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終末までもうすぐです  作者: 七香まど
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死に神を見た7

 次の日もお母さんと国の中心にある街へ外出した。前日は歴史を学び、今日は買い物がメイン。

 街を案内してもらいながらこの国の特産物を教えてもらい、旅に必要な物を揃える予定だ。

 しかし旅人の私に興味を持っている人は殊の外多く、資料館のときと同じく、数多の人々に声を掛けられた。


 私の青を帯びた、ライトブルーにも、見える白い髪色が異様なほどに目立つことも相まって、私への注目はよそ見による他人同士の接触事故を誘発させた。


 せっかくの観光をお話だけで終わらすのはもったいないから、話は簡潔に、歩きながら観光と両立することで時間のロスを減らした。あとは観光したい旨を伝えると大体は引き下がってくれた。

 街を歩きとバスで移動しているのだが、交通のマナーとルールが目を見張るほどに順守されている。

 歩行者、自転車、自動車とそれぞれが通るべき場所をわきまえている。もちろん信号無視をする人なんていない。私がいるせいで接触事故が起きているだけらしい。

 交通安全がしっかりされていることをお母さんに聞くと。


「そう? ルールを守るのは普通じゃないかしら?」


 たしかにそうなのだが、詳しく聞くと交通面では法律が厳しいらしい。事故を起こした際には、それは厳しい罰が下されるみたいで……。

 代わりに運転免許を返納する六十五歳まで無事故、無違反を続けていれば、返納時に報奨金が出るそうだ。だが、そんな人は十年に五人いるかいないか程度だそう。どんなに気を付けてもいつかは事故や違反を起こしてしまうのだろう。


 規則正しいルールのおかげで、街を歩いていて不便に思うことはなかった。バスも一分違わずやってきて、一分違わず次のバス停へ到着した。

 どうやらこの国の団結力は今でも継続しているらしい。


 そして賑やかな街を歩き、買い食いして、時々話しかけられたけど、順調に観光は進んでいった。

 鎖国だったせいで、店頭に並ぶ商品は他の国と比べて一世代古い。代わりに栄養豊富な土地で育ったこの国の果物類は他の国の果物と比べて群を抜いて瑞々しく輝いていた。


 本当に他人へ干渉しないように生活していたのか疑問に思うほどに、グループをつくって行動し、楽し気に会話する国民の声には張りがあった。


 もしかしたら他国よりも活気のある国かもしれない。


 そんな楽しいお買い物に障害になるものはないと思っていたが、そうでもないらしい。

 私が人ごみに疲れ、少し人気のない裏通りに逸れて歩いていた時だった。


 店員が店の奥に行ったのを見計らい、店頭の高級そうな黒い鞄を抱えて走り出した男がいた。

 黒いニット帽に黒いサングラス、マスクはしていなかったが、ジャンパーで口元を隠していた。

 いかにも怪しい格好の男は案の定万引きだった。それを私たちは目の前で見ていたのだが、私たちが何かをする前にその男は逮捕された。


 どんな国であっても犯罪とは縁を切れないのだなと思いながら私はその光景を眺めていた。

 それは本当に一瞬の出来事だった。


 捕らえられた瞬間、まるで電車が通り過ぎた後のように裏通りの喧騒が止んだ。


 男が鞄を持って走り出した約二秒後には周囲にいた三人の男たちに足を引っかけられて転倒し、押さえつけられていた。すぐ近くにいた二人の警官がやってきて万引きをした男を後ろ手に手錠をかける。捕まった男が万引きしてから十五秒と経っていない。

 


「ご協力感謝します!」


 警官たちはピシッと男たちに敬礼し、万引きした男を連れて行った。


「……!?」


 誰もが蝋人形になったと錯覚した。

 先ほどの一末にあっけをとられて気付かなかったが、誰もが捕まって連れていかれた男を見据えている。

 動いているのは私だけ。万引き犯を捕まえた男たちも、万引きに気付いてすぐに出てきた鞄屋の店主も……。

 誰もが微動せず、据わった目で万引き犯を見据えるこの光景は、蝋人形だけが並ぶ哀愁漂う屋敷の廊下を想像させた。

 すぐ隣にはお母さんがいる。

 だけど、お母さんの顔を見合上げる勇気は持ち合わせていなかった。

 大通りの喧騒だけが小さく囁くように耳へ届く。


 プーー――――!


 突然耳をつんざくようなクラクションが私のいる裏通りまで響き、驚いて目を瞑る。


 トラックの鳴らしたクラクションは注意喚起のためなのか、蝋人形になる呪いを解くための合図なのか……。

 滅多にクラクションを鳴らさないこの国では後者の方ではないかと考えてしまう。


 私がゆっくり目を開けたときには、万引き犯は見えなくなり、先ほどの出来事などなかったかのように時は進んでいた。


 男たちは談笑し、店主は客引きをしている。他の人たちもいたって普通の行動をしている。誰も据わった目をしている人はいない。


「澪ちゃん大丈夫? ごめんね、嫌なもの見せちゃって。普段はあんなこと滅多にないのよ?」

「うん……大丈夫」


 すべてを気のせいで片付けることはできないけど、これ以上深く考えないことにした。

 その後は、特に問題なく楽しいショッピングをしている。


 たしかに気がかりではあるけれど、この国の風潮や文化だと思えば納得できた。

 私の知っている知識や文化が全てではない。知らないことを見つけることも私が旅を始めた理由だ。こんなところでつまずいていたら、この先やっていけない。


 再び陽の照り付ける大通りに戻ってきたが、先ほどの裏通りみたいに突然賑わいが絶えることはない。

 そんな大通りも夜には全ての店がシャッターを下ろし、次の日に備える。こんな喧騒も消えてなくなるらしい。

 まるで想像できない光景ではあるが、夜はしっかり寝て休むことが信条なこの国では当たり前なのだそうだ。


 お母さんには「他の国は違うのかい!?」と満月顔負けで目をまん丸に見開いて驚かれた。

 驚かれたことに驚いたが、今後もこういうことは絶えずあるだろう。冷静でいられる努力をしなければなるまい。


 お母さんと立ち寄ったアパレルショップでお母さんが「ちょっとトイレ行ってくるわね」とカラフルな服の向こうに見えるトイレへと向かっていった。私は試着している人を待っている用の椅子に座って今日のことを振り返る。


(連携がよすぎる気がする)


 特段おかしいことはない。

 人見知りの人々が戦争を経て手を取り合うようになり、この国の趨勢の変化は明るいものとなっていく。

 子孫たちは親の助け合いの精神を見て、自らも真似る。


 それが今となっては交通や犯罪の抑止力にも繋がっている。実に素晴らしいことなのに、どうしても気になってしまう。


「何もかもが徹底されている。まるで、国民が機械のように周りの人と同調して――」

「ただいま、澪ちゃん、ん? 何か言ったかい?」

「何でもないよ。そこにある服、市長さんに似合いそうだなって思って」


 お母さんがいつの間にか戻ってきていて、思考が中断される。しかし、驚かされるのは苦手でも、誤魔化すことは得意だ。




 次の日も、その次の日も私はお母さんと街へ出かけた。入国して六日目にはお父さんも参加し、まるで本当の親子のように、……手はつながなかったけども、私は周りから親子と勘違いされることを望んでいたのかもしれない。


 両親と街を一緒に歩くなんて一度も出来なかったから。まともな幼少期を知らない今の私は余計に子どもと思われるかもしれない。


 もし、そう思われるのなら本望だった。それで、空いた幼少期を埋められるなら。

 しかし、私が有名すぎた。


 歴史資料館で質問攻めにあってからというもの、国の旅人ブームが徐々に広まっていった。

 開国したことを近くの旅商人が聞きつけ、金の匂いを嗅ぎながらぼちぼちやってきているそうだ。

 街には「旅を始めるなら今!」「旅グッズ入荷!」といった国の外に興味を持った人向けに、商人が旗を上げて宣伝していた。

 二日前の夕方、中村さんが満面の笑みで家にやってきて報告してくれた。

 この国にはないもの、そして、旅人である私がこの国にいることは旅商人には筒抜けだったらしく、旅関連のグッズを大量にこさえてきた。

 その結果がこの国の旅ブーム。どこを歩いても声を掛けられ、握手にサインを求められる、終にはハグを求められた。もちろん全力で断った。

 握手だけは頑張って応じ、立ち止まらないようにだけ気を付けた。一度立ち止まれば最後、夜まで解放されないと、物恐ろしい光景を想像して全身に戦慄が駆け巡った。


「澪ちゃん、大人気ね。すっかり街が変わっているわよ! 今まで見たことのない物がいっぱい! それも澪ちゃんが来てくれたから」

「そうだな、澪ちゃんが来てくれたおかげで俺も職場で鼻が高くてな。周りから羨望の目で見られてばかりだよ」


 お父さんが周囲に聞こえるよう高らかに話す。おかげで周りからは注目を集めているが、お母さんたちは気にしている様子はない。

 私は俯いて歩く。

 頬がリンゴのように真っ赤になった顔を下に向けて、お母さんの後ろについて行く。

 恥ずかしかった。それと同時に嬉しかった。

 母さんが死んでからは独りぼっちで暮らした実家や引きこもって本の虫と化していたあの書庫蔵での毎日は、自由でいられる嬉しさはあったのに、なぜか満たされるものが無かった。


 顔も覚えていない父に、病室で寝ていることが印象の母。

 私の知っている親子関係は何もかもが間違っているかもしれない。

 しかし、歓迎会の家族団欒を知ったときと同じ、こうしてお母さんたちといるこの時間が親子関係なんだなと思う。


 だけど近いうちにこの国を出なくてはいけない。

 お母さんたちとも別れなくてはいけない。

 

(せめて、この国にいられる間は親子でいられる楽しい時間が続いてほしい)


 私が望む願いはただ、これだけ……。しかし――

 

 

 そういう時に限って、願いというものは叶わない。

 花びらを毟るように摘み取っていく。

 それが、神が世界を終末に陥れることを目的とした、御業なのだろう。


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