死に神を見た6
そういえば、紅葉のきれいな一本道にあったボロボロの家屋について中村さんやお母さんに聞いてみたが、二人とも存在自体を知らなかった。
あの一本道は一年中、草木が生えているらしく、ほとんど国を出たことのないこの国では知らなくてもおかしくはないらしい。
あの家屋がどんなものか知りたがったが仕方がない。調べるのは諦めて、私はお母さんと共に国の歴史資料館に来ていた。
幸運にも私が民泊しに来たこの市に歴史資料館があり、この国の歴史を手っ取り早く知ることができるのは僥倖だ。
今はお昼の三時を少し過ぎたところ。市長は仕事に戻り、私たちはどこに行くか決め、昼食を済ませてさっそく出かけた。
一時間ほど時間をかけて歴史資料館を見学し、資料館併設の喫茶店で休憩することにした。
しかし、何というかここを喫茶店と言い張るにはちょっと広すぎるのではないだろうか。最初は食堂だと思ったが、看板には喫茶店と書いてあるのだから喫茶店なのだろう。
喫茶店の窓から見える景色に背の高い建造物はぼちぼちだ。おかげで視線を少し上にあげれば、城壁の奥にあの紅葉を遮るものなく享受できる。空はどこまでも続く快晴で、青い空と相まって紅葉がよく映えている。
ホットコーヒーに大量の砂糖とミルクを入れ、甘々になったコーヒーだったものに口を付ける。
なお、お母さんはブラックで飲んでいて、大量に砂糖とミルクを入れる私に苦笑いを浮かべていた。
お互い一口ずつコーヒーを嚥下したところで、資料館を見て回った感想を打ち明ける。そして、知らない部分を補填し合う。
とはいっても私が分からなかったところを教えてもらうのがほとんどだ。
「この国の団結力はすごいでしょ? 大きくない国なのに、他の国に引けを取らない、それどころか、圧倒するほどの動きの速さが伝わったかな?」
「うん、過去にあった戦争で団結するまでの速さがこの国の生存に繋がったお話は特に印象深かったよ。それと、元は王様が統治していたんだね」
「そうなのよ、独裁的な統治はやっていなかったんだけど、戦争で亡くなっちゃってね、それ以降は民主主義でやっているのよ」
この国が250年前からどう歩んできたかが鮮明ではないがある程度理解した。
この国は天災以降、人見知りをこじらせ、復興活動に協力ができずに保守的になっていたが故に迫害された人々が集まってできた国だった。
なんとなくひどい話だと思うが、それだけ当時はピリピリしていたらしい。
最初は後に王となるリーダーを中心に、村として隠れて静かに暮らしていたが、同じ考えを持つ者は意外と多く、村の噂を聞きつけた人や復興活動を途中リタイアして隠居する人たちが集まり、各々がやりたいことを他人にあまり干渉しないように生活してきた。
長い年月が経ち、村というには流石に大きくなりすぎたため、村を国に変え、当時のリーダーが王様として君臨した。
しばらくして食糧難が原因により近隣国で戦争が勃発。この国も標的になり、他国から狙われた。
おろおろして、動き出さない国民に対し、王様が一致団結の号令を出した。その際、誰一人として諦めず、団結することを選択した。
あまり他人に干渉せずに暮らしていた国民がなぜ、すぐに団結できたのか?
彼らにはもう後がなかったから。戦う意思はあるが動き出すきっかけがなかった。
他人から逃げるように集まってできたこの国の住人は、どんな理由であれ逃げてきて集まったことに変わりはない。この国を守り切らなければ居場所がなくなる。
過去の敗北者、逃亡者として、戦争に敗北すればどんな扱いを受けるか、想像に難くなかった。
故に国民が団結するまでに時間は半日とかからなかった。指示伝達の速さや情報収集は、何度も国を救った。
――敵が攻めてくる前に攻め返す。
一歩、二歩先を行く行動は近隣国を苦しめた。死者を最低限に抑え、国は穴に埋まるように存在する不利な状況下で、籠城にも近い戦術で彼らはこの国を守り切った。
彼らは国を守ったことに満足したかったが、王様であるにも関わらず前線で彼らを勝利に導いた英雄は惜しくも命を落とした。
「敵国の王に刀を差し込んで倒すお話は有名で、今でも語り継がれているわ。その後、力尽きて冥府へ旅立ったけど、城は今でも活用されているわよ。まさにこの資料館がそうね」
「そういえば内装の造りが城っぽいね、あ、あそことか石でできているけどそうなの?」
「そうよ、この国では西洋の城が採用されていたみたいだけど、戦争で王城が半壊して、残った部分を改築してこの資料館を造ったのよ」
この資料館には当時の王様の像が展覧されている。錆びてはいない茶色の像だ。西洋の全身を覆う鎧に刀という不格好な装束ではあるが、格好悪いとは言わせないほどの英雄の威厳があった。
コーヒーを最後まで飲み干し、机にコンッと小気味良い音を立てて置く。
「すみません。ちょっといいかな?」
「はい?」
コーヒーが空っぽになったのを見計らったように、肩や足の露出が激しい軽装をした、私とはまるで正反対の女性二人が声をかけてきた。
「もしかして昨日入国してきた観光客の方だよね?」
「この国初の来国者だよね?」
女性二人がぐいぐい迫ってくる。顔が近い、香水のいい香りがする。
昨日の反対派の集団がいたせいで話しかけられることはないと思っていたから、こうして迫られるとは予想していなかった。
「はい、そうです。昨日入国したのは私です」
二人にそう答えた瞬間、私たちの周りに座っていたお客たちが立ち上がって近づいてきた。
ぎょっとして周りを見渡すと、喫茶店にいたお客や店員はみな、私の事を観察していた。八十人くらいいるだろうか?
「え、あ、その……」
「はい、はい、みなさん澪ちゃんに聞きたいことがあるとは思うけど、驚いているから一旦離れて。澪ちゃん、少し時間もらってもいいかしら? この人たちは外のことを知りたいのよ」
「え? あ、いいよ、長い時間は疲れるけど少しなら」
こんなところで人見知りが発動してしまった。悪い癖だ、お母さんの誘導が無かったらどうなっていたか。大勢に見られているのってなんだか恥ずかしい。
自分の体を抱く。落ち着こうと考えるが、どうすればいいかよく分からなくなってくる。
(どうすれば落ち着けるんだっけ? 羊を数えるんだっけ、違う! それは寝る時だ。そうだ深呼吸)
「す、はあ、す、はあ」
「ちょっと! 澪ちゃん、大丈夫? 深呼吸と過呼吸の間みたいな呼吸になっているけど」
「大丈夫! ちょっと緊張しているだけ」
お母さんが背中をさすってくれる。先ほどの女性二人が水をコップに注いで持ってきてくれた。
「ええと、澪ちゃんでいいのかな? 水飲んで」
「ありがとうございます」
こくこくと喉を鳴らしてゆっくり飲み干す。
「……ふう、落ち着きました。ありがとうございます」
「澪ちゃん無理はしなくてもいいのよ。今回は断る?」
「ううん、お話はしたいから大丈夫だよ。ちょっと人見知りが発動しちゃっただけだから」
その言葉に喫茶店にいた人たちは歓喜の声を上げる。
館長が「何事だ!」と乗り込んできたが、私たちを見つけ、なるほどと頷いて持ち場に戻っていった。
いつの間にか私たちの席には行列ができていた。先頭にはやはり先ほどの軽装の女性二人が並んでいる。揃ってピーンと真っすぐ手を伸ばし、近づいてきた。
「じゃあ、私たちから質問! 私達って旅の商人とかって見たことがないの」
「国に商人がやってくると、どう国が変わるの?」
顔が近い、やっぱりいい匂いがする。だけどこの質問は旅人である私に対して的を外していると思う。
「私が知っていることでよかったらですけど、外から品物が入ってくるということはそれだけ市場が色鮮やかになって賑わいますし、お客のニーズに応える品物を提供できます。季節ごと、年ごと、なんなら毎日のようにお客の欲しいものは変わっていくので、それに合わせた市場をつくることができます」
こんな感じでいいだろうか? 私の知っていることなんてこの程度の知識だ。本が好きででも万能ではない。
と思ったら、「おお!」 と歓声が上がり直後に拍手がやってきた。
そんなたいそうなことは言っていないのにどういうことなのかと目を回し、この歓声にどう反応したらいいのかまごついていたら、お母さんがいつの間にか紅茶を二人分用意して戻ってきた。
「澪ちゃんは気にしなくてもいいのよ。この国の人たちが外のことを知らなさすぎるだけなんだから。それにこの国では、各々の家庭が用意した品物しか売らないから、変化の大きい話に感動したのよ」
あまりピンとはこないが、それでいいのなら大丈夫だろう。紅茶を口に含んで匂いを嗜む。
落ち着いたところで質問してくれた二人にはとりあえずぎこちないだろうけど笑顔。
「澪ちゃん、教えてくれてありがとうね」
「それと、私たちの香水、いいにおいするでしょ? たまに匂い嗅いでいたの分かったよ」
「う……すみません」
ばれてた。気になってちょこちょこ嗅いでいたのがそんな分かりやすかったのかな?
「怒ってないよ! むしろ私たち、この香水を販売している側だから嬉しくて」
「よかったら、この香水、プレゼントするね、ぜひ使ってみて」
「え? あ、ありがとうございます」
二人はポシェットからそれぞれ一つずつ、赤と青の色をした二つの小瓶を取り出しテーブルに置く。
「それじゃあね」と手を振りながら去っていった。
嵐とまでは言わなくてもちょっとしたつむじ風二つが去っていった感じ。
それから、時間も忘れて質問にいくつも答えていった。最初に二人が香水をプレゼントしてくれたのを皮切りに、質問する人みなが何かをテーブルに置いていった。
それは主に食料品が多く、蜜柑や林檎、栗といった食べ物から、日用品ならばペンやアクセサリーといった小物をプレゼントしてくれた。
一応「気にしなくてもいいですよ」と一声かけてはいるのだが、みな何かしらプレゼントしてくれる。子ども連れの家族が来たときなんか女の子から飴玉をもらった。
いつの間にか外はすっかり茜色に染まり、カラスがどこか遠くで私に夕方だと知らせてくれた。
途中から、人見知りは空気に溶けるように消え去り、毎回笑顔で答えていたらいつの間にか残り数人。
たまに喫茶店の入り口を見たときは続々とお客が入ってきていたが、途中から列に並ぶ人はいなくなった。どういうことかと思っていたら、いつの間にかお母さんが列の最後尾で並ぼうとしているお客に何やら謝って頭を下げている様子だった。
話すことに夢中になってしまい、すっかり冷たくなった紅茶を飲み干すと、私の前にいる人はお母さんだけだった。
「ごめんなさい。なんか列に並ばないように列整理してくれたみたいで」
「気にしないの、澪ちゃんが楽しそうだったから邪魔しないようにと思って。それにこのままじゃ閉店の時間になっても終わらないでしょう?」
「そうだね、ありがとう。お母さん」
私はそう言って立ち上がる。今日の予定はこの資料館だけだったからよかった。疲れたし、今日は家に帰ったらお風呂に入りたい。
「待って澪ちゃん。まだ一人いるの」
「え、どこに?」
私たちの周りには誰もいない。こちらをちらちら見ている人はいるが、来る気配はない。
「どこ見ているのよ。私だってこの国の人なんだから」
完全に忘れていたが、お母さんだって私に質問する権利がある。
お母さんは列を整理していると同時に最後尾に並んで待っていたようだ。
「そうだったね、それじゃあ、聞きたいのはどんなこと?」
お母さんは優しく目を細め、今日一日の疲れが吹っ飛ぶ質問を一つ。
「今日は楽しかったかい?」
私はこの国に来て一番の笑顔で質問に答えた。
「最高に楽しかったよ!」
私がお母さんを完全に受け入れた瞬間だった。




