魔王様のご帰還 其の四
ステラ=リュールが魔王オルトロスだという自覚を持ったのは、漸く首が座ったころだった。
生まれてまだ一年にも満たないころに、自分が魔族の王オルトロスであった記憶を取り戻したのだ。間抜けた侍女にうっかりと落とされた時だった。見つかったらそくざに手打ちにされただろう侍女は、いまでも母の傍にいる。
今でも覚えている。強烈な痛みだった。よく死ななかった自分、とほめてやりたい。頭蓋骨が陥没していないのは奇跡だ。
そして、自分の状況を確認して、驚愕した。ステラ=リュールは赤ん坊であった。ロクに体すら動かせない。
あの時、様々なことがあったが、とにかく命は失われたはずであった。命を失わなければあの呪いは完成しない。
オルトロスの意識を得た時に時に、自分の負の魔力が城全体を満たしていることに気づいたので、呪いは完成されただろうことは、すぐに理解した。呪いの力は実に弱弱しかったが。
すぐにでも状況を確認したかったが、赤子の身では何ともできず、起きたり寝たりという生活であった。肉体と精神は結び付いているらしく、まともな思考ができるようになったのは生後1年を経てからである。
そうして、生まれ変わったらしい、という結論に達するのには、思ったほど時間は要さなかった。昔から魔族には生まれ変わりの伝承が伝わっていて、富や知識をもたらすものとして重用されたから、生まれ変わるという概念は知っていた。
この千年ほどは魔族の世界に生まれていなかったが、自分もそうなのだ、と理解した。きっと、表ざたになっていないだけで人間の世界にもいたのだろう。
しかしながら生まれ変わった先が問題で、生まれた家はなんと、前世の仇、ファタリテ帝国の長の子どもとしてだった。
つまり、魔王オルトロスは、ファタリテ帝国第二皇女であるステラ=リュール・セレスティーヌ・マリルー・ド・ファタリテとして、生まれ変わったのである。
_______________________________________
皇帝の妃や妾は城に居を構えている。六歳までは子どもたちも其々の母のもとで暮らすのだ。
なので、離宮へ移る前に、と体が何とか動いて無事に歩行ができるようになると、ステラ=リュールは現在の世界の知識を集め始めた。転移魔法はまだ体に負担がかかりすぎるので使えず、地道な移動を繰り返していた。三歳になることには転移もできるようになったが。
そんなわけで夜な夜な乳母の目をかいくぐり、生母のお飾りと化している図書室に通ったのである。希少な本を見せびらかすためだけに、生母は図書室を持っていた。一種のステータスである。だが、ステラ=リュールにとっては非常に有益な本であった。
そこに通ってわかったことは、魔族の国・プレケスは百年と少しほど前に滅ぼされ、現在は元の魔王城がファタリテの首都の居城になっていること。魔族が辛うじて生き延びていること。魔族から搾り取った魔力で作った魔石でこの帝国が成り立っていることなどであった。
魔族は三等国民という、奴隷と同じ階級で虐げられている。この国の階級は王族、貴族、特級(荘園主、上級役人)、一等(役人、大商人、農園主など)、二等(商人、農民など)、三等(奴隷など)とわけられる。所謂一般市民はほとんどが二等だ。
魔族が大幅に人数を減らしたのは、あの決戦直前の転移によるものだろう。歴史書を紐解いた時に、突然の魔族一斉消失か、などと書かれていた。庶民はほとんど消え失せたとある。
ステラ=リュールはしてやったりという気分になったが、転移した側で無事でいるという確証もないので、すぐに微妙な気持ちになった。
その次に魔石のことが判明した。残った魔族、つまり戦争に参加していた貴族階級と移動を拒んだ庶民だが、彼らは魔力を供出し、魔石にすることで生きることを許された。
だが、その実、ファタリテ帝国は魔族の庶民階級を人質としたため、魔族は恭順の意を示したのである。弱きものを庇護する性質のある魔族の性質を利用した、実に卑怯な策である。
また、面白いことに城で使われている高品質の魔石にはある特徴があった。かつて、命運を共にした五大公爵の魔力が染みついていたのだ。混ぜてはいたが、間違いはない。ムーシカを除く、コルウス、シムラクルム、ルークス、ニンブスの魔力が認められた。
心が躍った。
新しく運び込まれた魔石からも魔力を感じたから、少なくとも四人はまだ生きているようであった。
なんとしても、どうしても、彼らの居場所が知りたかった。かなうことならば会いたい。いくら彼らでも、これだけの量の魔石を作り出していたら早死にしてしまう。彼らのほとんどはオルトロスの幼馴染でもあった。
えー…説明です。今一つ、すっきりしてませんが。




