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魔王様のご帰還  作者: たまこ
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魔王様のご帰還 其の三

 研究室は二階の北の端にある。あまりいい環境ではないと思うのだが、当主であるオリヴィエが書物が大量にあるから、と一日中陽の当たらない部屋を選んだのだ。夏でも涼しいので、冬以外はまあ、いいのかもしれない。


 心得た使用人たちを後に、階段を上がって目的の部屋を目指す。皇子としては格段に質素なこの家を彼女は居心地よく感じていた。庶民出身の歌姫であるシャンタルはもともと贅沢を好まない。彼女に育てられたオリヴィエも同様だ。継承権が低いことも、関係しているだろう。長兄が王位を継いだならば、成人した弟妹は須らく出ていかなければならない。


 ステラ=リュール自身も、自宅をもっと地味にしたいのだが、ごくたまに来る母がものすごくうるさいので、ままならない。公爵家出身の母は贅沢になれていた。そして、それを娘と息子にも求めているのである。

 落ち着いた色味の壁紙(普通は絹を使うのだが)にかかる絵画や陶器などを眺めつつ歩いていると、目的の部屋に突き当たる。軽くドレスの裾を整えると、部屋のドアをたたいた。


「お兄様、リュリュですわ。開けてくださいませんこと?」


 親しい人にしか呼ばせない自らの愛称を名乗る。この名前を呼べるのは両親と兄姉くらいのものである。別にいいのに、と言ったが、ユーゴーやコンスエロは呼んでくれない。


 中がガタゴトバサ、という不穏な音が響いた後、勢いよく内側に扉が開き、中からぼさぼさの金髪の青年が飛び出してきた。彼こそが、この国の第二皇子オリヴィエ・アドラル・ランベール・ド・ファタリテ、その人である。


 きちんとすればまさしく貴公子なのだが、本人は衛生的であればいいという認識しかない。いつも執事のナタンがぼやいている。


「ああ、リュリュ!ステラ=リュール、よく来たね。さあ、お入り」


 満面の笑みで招き入れられ中に足を踏み入れると、古い書物のにおいが充満していた。だが嫌な臭いではない。ステラ=リュールも好む匂いだ。インクや革、ほこりなどがまじりあった書庫や何かの匂いだ。()()()()が呼び起こされて懐かしさが胸を去来する。


「お茶でも用意させようか」


 無理やり積まれた書物を寄せて、一応ソファの上に座る場所を作ってくれる。一方で自分は机の椅子に座り、片手で水色のぺロケを取り出した。純粋に喜んでくれていることがわかり、ステラ=リュールはうれしくなった。


 ぺロケは魔力を含んだ粘土で作った伝書バトのようなもので、連絡に非常に便利だ。言ったことを繰り返すのでぺロケ(オウム)の名がついている。


「いいえ、結構ですわ。わたくし、トマゾの焼き菓子を持参いたしましたの。後で下でお茶と一緒にいただきましょう。お兄様、どうせ今日はお昼もいただいてないのでしょ?きっとチーズや野菜の焼き菓子も入ってますわ」


 十歳近く下の妹に看破され、オリヴィエはバツが悪そうな顔をした。そうしていると、まるで昔の宗教画に出てくる天の御使いのようだ、とステラ=リュールは思う。


 緩やかな癖のあるくすんだ金髪にややピンクを帯びた紫の瞳。ナタンが苦心して食べさせる栄養のとれた食事のおかげで保たれている白く滑らかな肌。まだ大人の男として完成しきっていないどこか中性的な彼は、危うい魅力を放っていた。自覚はなかったが。


「ばれてたか。ナタンが怒ってたんだけど、ちょうど面白い記述を見つけてしまって…。無視して調べてたら食べ損ねてしまったよ」


「今日はどんなことですの?」


「うん、君に関係あることかな」



 そうして生き生きと古文書を取り出し、オリヴィエが破顔する。愛想笑いなどではなく、心からワクワクしたような表情だ。普段は表情を動かすことを良しとしない貴族でも、仲の良い相手の前では表情が変わる。二人の間には妙な遠慮は一切なかった。


「あら、どんなことかしら」


「昔の君の治世に関する記述だよ」


 少女の目がきらりと愉快気に輝く。そして、ぱちんと指を鳴らすと、部屋中に結界を張り巡らせた。余計な音を一切遮断する。


 その途端、彼女の纏う雰囲気が一変した。大人びた幼女から、完全に大人の雰囲気へと切り替わる。


「へえ、そりゃ、面白そうだ」


 ふわりと兄の机に腰掛け、いきなり伝法な口調になる。まるで、下町の男衆のようであった。フリルトレースがあしらわれた豪華な衣装と非常にそぐわない。


「君の様子について書いてあるよ。帝国側からの見方だけどね。でも、この人物は比較的、中立的に物事を見ていたみたいだ。割と偏見が少ない」


 その切り替えを気にもせず、オリヴィエは見つけた資料を彼女に向かって差し出した。古びたずっしりとした書物はステラ=リュールの手に渡ることなく、宙に浮く。そうして彼女の目の前に記述された箇所が示された。

 

 『第二十八代魔王オルトロス。ファタリテ帝国に呪いをもたらした最後の魔王である。在位期間はわずか一年であった。しかしながら、この世に生を受けてから八十四年ほど皇太子として過ごし、二十五代及び二十七代魔王である母の死をきっかけに即位する。皇太子時代に人間との混血児や異種族を身分に関係なく側近に取り立てたことでも有名』


「へえ、よく知っているな。事実だけ書いてる。まだ、ましな奴も居たってことか」


「そうだね。戦争をしたわりに、評判は悪くなかったみたいだよ。ねえ、()()()()()()()()()()()()()殿()


 このファタリテ帝国での別名は愚王・オルトロス。


 彼女、ステラ=リュールの前世での名前であった。

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