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半精霊

 


 勇気を出して開けた手紙の内容は、おちゃらけた舞踏会のお誘いなどでは決してなかった。ジェッダ家からの手紙で、確かにそれはないでしょう。少し考えればわかることだったわ。


 とはいえ、内容は決して穏やかなものではなく、数日のうちにスチュアート家を訪問すると、簡潔な文章にあった。

 え、数日っていつなの?レイにも言わなければならないのに、と思っていれば、追伸には『エルヴィラ嬢にお会いする予定であるため、スチュアート卿がご不在でも一向に構いません』との旨が記されている。

 あたくしがかまうのだけれど。

 なんとも独特な言い回しだわ。いっそ清々しいほどに。


 もはや、ただ訪問の手順を踏んだだけの手紙のせいで、あたふたと準備をしているうちに、その二日後またも唐突に伝令が走っていらっしゃった。

 曰く、あと数時間ほどで、ジェッダ家からの馬車が到着するとのことだった。

 訪問なさるのは、ジェッダ家当主ではなく、そのご嫡男であるらしい。


「まあ、冷静に考えればそうよね」

「奥様。納得している場合ではございません。場所はいかがいたしましょう。さすがに、未婚の男女が二人で屋根の下というのは、あまりよろしくありません」


 いけない、現実逃避してしまった。

 慌てたのは侍女達ね。ネリアまでも、普段の冷静さはみられず、なにかを恐れて不安がっているよう。


「旦那様が、機嫌を損ねてしまわれます」


 大変面倒臭いのです、とネリアの目は必死に訴えてきている。

 ジェッダ家とは、想像以上に大変な家なのかしら……。

 と、噂しか知らないことを後悔した時間を、返してくれないかしら。あなたの中での対処すべき優先順位は、なによりもレイが先なのね。そうなのね。


「わ、わかったわ。それなら、中庭はどうかしら」


 中庭なら常に給仕の目があるでしょうし、なによりあの庭師の少女が美しく手入れをしてくれているものね。人を迎えるのに、不足はないでしょう。

 レイがそれくらいで機嫌を損ねるかしら。

 とは思うけれども、舞踏会のこともあるし、何よりあたくしはレイのことをそこまで理解しているとは言えないものね。大人しく従っておきましょう。


「すぐに準備をさせます。奥様はお支度を。どうか、くれぐれも、御髪にアイスブルーの装飾品をお忘れなきよう」


 最後まで一番必要なさそうなことを念押しして、ネリアは慌ただしく去っていってしまった。


「……聞いていたわね?」

「はい、奥様。お任せくださいませ」


 ネリアに負けず劣らず優秀な侍女達は、手に手にアイスブルーの髪飾りを持ち、素晴らしいスピードで結い上げてくれた。

 ちょうど、ジェッダ家の馬車が到着した旨を知らされた瞬間に、支度を終えられたというのは、さすがとしか言いようがない手腕だわ。




 #




 シェーニバティアーレと名乗ったのは、銀色の瞳とラベンダー色の髪が特徴的な、恐ろしいほど整った美丈夫でした。

 思わず、彼の束ねられた髪から晒されている耳に視線を走らせてしまった。普通の、あたくしと同じような形。

 ただ、その肌はこの国ではあまり見られない、浅黒い色をしている。


「私の名前は呼びにくいでしょう。シェーンと呼んでくれて構わないよ」


 それにこの、耳慣れない長すぎる名前。

 いえ、人の名前にケチをつけるような教育はされていないと、ナイトレイ家の名誉にかけて否定しますが、そうではなくて。


 人ならざる色彩に、この名前。


 そのほかの容姿に変わったところはないとはいえ、彼はもしや。


「あ、レイモンドや他のご令嬢ももれなく私をそう呼ぶから、気にしなくても大丈夫だよ」


 あたくしの沈黙を、愛称で呼ぶことへの迷いと受け取ったらしい。いらぬ気を回させてしまったところでやっと我にかえった。


「では、シェーン様と。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。エルヴィラ・ディア・ナイトレイですわ」


 なんでもないよう取り繕って返せば、シェーン様は「あれ」と目を瞬かせた。


「ディア・ナイトレイ? てっきり、スチュアート夫人かと……。ああ、そうかそうか、あのヘタレナイト、なるほどなぁ」


 ひとり、何やら納得なさったように顎を撫でている彼は、あたくしと目があうとにこりと人の良い笑みを浮かべた。


「あの、失礼とは存じますが、レイとはどのようなご関係なのでしょう?」

「え、君、レイモンドのことをそう呼んでいるの? いいなぁ!」


 なんだか、思っていたような方とは違ったわ。

 噂でのジェッダ家というのは、人にも国にも興味がない、冷酷な変わり者の一族と聞いていたのだけれど。


「というか、レイモンドから伝えられていないことの方が、私はショックだなぁ。旧知の仲なのに」

「そうなのですか」


 また、知らないレイの話をレイのいないところで聞けてしまった。

 とはいえ、お忙しい方なのだから、直接お話する機会など微々たるものだけれど。

 言っておきますけど、不満ではないですからね。


「ああ、いやあ、関係のない話を挟んでしまって申し訳ない。早速本題に入ろうか」


 中庭に佇む東屋に腰を下ろして数分、いえ、数秒で、関係ない話も何もあったものではない。それなのに、本題に入るですって?

 そもそも、シェーン様は一体何をしにいらしたのか、それすらもあたくしは知らない。


「本題、ですか」

「うん。というか、お願い? かなぁ?」


 なんともふわふわとした前置きで、彼は出された紅茶に手もつけぬまま、ぐいっと身を乗り出してきた。

 間近で覗くことになった瞳に、息を飲む。それはまるで、星が瞬いているような、それでいて、暗い湖の底のような、受け入れがたい輝きを(たた)えていた。


「このスチュアート領にはびこる《黒魔石》と、それを斡旋している黒魔法師どもを、根絶やしにしてもらいたい」


 そうして飛び出してきたのは、全くもって穏やかな内容ではない。

 えっと、ちょっと聞こえなかった──というのは、使えないかしら。

 なんですって?《黒魔石》と、そうおっしゃった?しかも、このスチュアート領に?


「まあ、なんのご冗談ですの?」

「私は冗談は嫌いなんだ」


 バッサリ反論されてしまった。

 だけれど、冗談にしてもらわなければ困る。

 第一、《黒魔石》など、そのような話一切聞いたことがない。そんなものが蔓延しているのならば、宰相であるお父様の耳に入らないはずがないというのに。


 《黒魔石》とは、簡単に言えば、本来持つ魔力以上の力を、普通の魔法で利用する半分の力で引き出す魔法道具。

 けれども、いいことばかりではなく、その代償はとても大きい。この国では、その危険性と依存性から、使用は全面的に禁止されているはず。


 それでも、手を出す者があとをたたない。その代償が、最終的には命をも奪い去るものであると知っていても。


 現国王陛下は、特に嫌厭なさっていて、即位と同時に《黒魔石》を取り締まる特殊な部隊を設置なさった。いわゆる、魔法騎士団がそれ。

 そこが、王立魔法学校を卒業した後の主たる就職先となっているのだけれど、あたくしには関係のない話。

 卒業後すぐに結婚が決まっていたというのもあるけれど、なによりも。


「……あたくしの扱える魔法など、たかが知れておりますわ。相手がプロの魔法師であればなおのこと、対抗できません」


 彼の話が嘘か誠か、本当であれば大変なことだけれども、それより何より大事な事実がある。


「魔力だって、それこそ《黒魔石》を使ったとしても、人並みになれるかどうかというくらいですわ」


 それはさすがに言い過ぎかもしれないけれど、概ね事実だからいいでしょう。

 悔しいけれど、あたくしは結局、向いていないのだから仕方がないのだわ。

 これは諦めではなく、人には向き不向きがあるという話で、あたくしにはあたくしのやるべきことがある。例えば、今この場でシェーン様を満足させて、さっさとお帰りいただくこと、とか。


「うーん、だけど、これは君にしか頼めないんだよ?」


 心底困ったなぁ、とまるで、駄駄を捏ねる子供に言い聞かせでもするような態度に、苛立ちを表情に出さないようにするのに苦労した。

 なにかしら。鍛え抜かれたあたくしのポーカーフェイスを、早々に崩すほどのシェーン様の勘に触る言動は。


「だって君、心通わせられるんだろう? 精霊達と」


 ──え。


 なぜ。なぜわかったの。

 普通の魔法師ではわからないあたくしの能力は、精霊であれば造作もなく見破れる。

 シェーン様の髪や瞳は人間が持つ色彩とはかけ離れた色。けれども、その耳は尖っておらず気配も人間そのもの。


 彼が精霊であるという決定的なものは見当たらない。

 

 それならなぜ。

 はたと気がついた。こちらを見据える瞳は、鏡のように白銀の光を放っている。

 どうしてすぐに気がつかなかったのかしら。不思議なくらい。

 ざわざわと、あたくしの周りの空気が震えた。ポーカーフェイスなどと言っている場合ではない。


「そんなに怯えないで。あまりにもそんな態度でいると、ほら、精霊達が君に牙を向くかもしれないんだよ?」


 あたくしは植物の精霊達に結界を張っていただくよう、お願いできる。中庭にはたくさんの気配が、今もあたくしの周りに感じられる。

 だけれども、それは気休め程度で、強い魔法師にとっては障壁にもなりはしない。そして、それは他の精霊相手にも共通する。

 むしろ、精霊達は同郷であるというだけで、魔法師よりもあたくしにとっては畏ろしい。

 彼らは、あたくしを守ることよりも、当然のごとく仲間を選ぶから。


「ほら、ほらほら、君を護っていた結界なんて簡単に壊れて、ほぅら、私のために、私に悪意を向ける人間に、牙を剥く」


 心底楽しげに、シェーン様が言い切った途端、ピタリと空気が固まった。文字通り、風のざわめきも、鳥の声も、何もかもが止まってしまって、そうして──何も起こらなかった。

 数秒、また数秒、さらに数秒。


「……」

「……」


 あたくしもまた、シェーン様を見つめたまま、動くことができなかった。主に、困惑のせいで。

 シン、と沈黙が落ちる。

 シェーン様の表情がみるみるうちに驚き、崩れていく。


「……これ、本当に?」


 最初に口火を切ったのはシェーン様だった。

 美人は、ぽかんと呆け顔でも美人であるらしい。女として悔しいくらい、とそんな思いが頭に浮かぶくらいには、あたくしも余裕を取り戻してきた瞬間。


「ブッッフォ!!」


 ぎくん、と肩を跳ね上げてしまったのは、見逃してほしい。

 シェーン様はそのまま、お腹を抱えて突っ伏してしまった。大丈夫ですか、だなんて声をかける暇などない。


「ぶわっはっは、アーッハッハハハ、っ、ウェ、ゲホ、ゴホッ、あは、あははははっ!!」


 美しく整った唇から飛び出しているだなんて、信じられない、否、信じたくないほどの大爆笑が聞こえてきたから。

 まさか、確認せずとも、これはシェーン様が笑っていらっしゃるのよね。お腹を抱えて。突然。咳こむほどに。


「っ、ふ、あー笑った久しぶりに笑った、グフ、ふふ、ああ、そうかそうか、なんてことだい、こんなことがあっていいものか!」


 未だ肩を震わせたまま、涙が浮かぶ目元をぬぐいながら、シェーン様が上体を起こして座り直した。笑いの余韻を置いて来られずに引きずったまま。


「まさかまさか、精霊達が僕の味方をしてくれないどころか、君の味方につくだなんて! そんなこと思わないだろう? だって、僕は半精霊で、君はただの魔力も貧弱な人間なのに!」


 一体何が起こっているのか、把握はできていないのだけれど、とんでもなく失礼なことを言われたことだけはわかった。


「貧弱な魔力しか持たない分際では身にあまる大役ですわ。おっしゃる通り、あたくしに《黒魔石》の対応は不可能ですので、父に話を通しますわね」

「いやいや、待ってよ。今僕、もっと驚かれるべきこと口走っちゃったんだけど、そっちについては無反応なの?」

「『僕』というのが、本性なんですの?」

「本性って! まるで二重人格であるかのように! じゃあなくてだね! 半精霊! 聞いてた!?」


 まあまあ、耳が痛いですわ。

 余裕を取り戻したあたくしとは対照的に、シェーン様はどこか疲れたかのように、どさりと椅子に脱力なさった。


「いやあ、全く。レイモンドはとんでもないご令嬢を嫁に迎えようとするな。いや、まだ迎えられてないのか。まあ、こんな令嬢じゃあ、僕でも手を焼きそうだなぁ。現にもうお手上げだ」


 再びの無礼な物言いに、もはや閉口だわ。

 きっとこれがシェーン様の平常運転なんでしょう。いちいち目くじら立てていても、こちらが疲れるというもの。

 調子が狂うわ。


「ええと、それで、シェーン様は半精霊ということですの?」

「ああそう──え、聞いてたの?」


 丸くなった目は、精霊の中でも高位である証の色。ラベンダーの髪が何を表しているのかわからないけれど、きっと精霊に関するもので、人間ではない印なのは変わらない。そして、整いすぎた造形美とも言えるお顔。


「どなたでも、あなた様のお色を見てしまえば、言われずともわかってしまうでしょう」


 それにしても、あまりにもバカにされすぎじゃないかしら。もはや、ジェッダ家の嫡男であることなど忘れて、高圧的な態度に出てしまいそう。わずかな理性で抑えているけれど。


「……驚いた」


 再び、シェーン様は呆けたようにあたくしを注視した後、恐る恐るといった風に「僕の色は何色に見える?」と呟いた。


「はい?」


 一体何を聞かれているのかしら。

 見たままを伝えれば、シェーン様は黙り込んでしまう。口元を覆って考え込んでしまった。

 顔を半分隠されていても、その美しさまでは隠しきれないだなんて、いくら精霊の血が入っているとしたって、なんてずるいのかしら。

 世のご令嬢は、あたくしも含め、このシワもシミもない肌が手に入るとすれば、冗談でなく持ちうる全てを投げ打つでしょう。

 きめ細かい褐色の肌はそれはそれは美しい。


 レイもまた、浅黒い肌をしているけれど、彼のそれは日焼けによるものでしょう。元は白いはずだけれど、騎士としてのお仕事ばかりなのね。最近もまた、国境付近が慌ただしいご様子で、今朝も随分と忙しくお出かけになられた。

 それでも、ほんの少しだけお顔を合わせることができて、レイは左頬に小さなエクボを作りながら、「行って参ります」と仰ってくれて──、

 って、いけない。いつのまにかレイのことを考えてしまっていたわ。


 忘れかけていたシェーン様は、すでに口元から手を引き、じっとあたくしを見つめてらした。

 はっと慌てて座り直せば、それを待っていたかのように、彼はおもむろに口を開く。


「…………私はね、自分に魔法をかけているんだよ」


 口調が、最初のように戻ったみたい。やはり、二面性があるのかしら?


「魔法、ですか」

「そう。君がいう通り、このままでは誰もが私の正体に気がつくだろう? だから、本来の姿に人間の姿を被せているんだよ」


 どういうことなのか、首をかしげるしかない。

 察したのか「つまりね」と補足してくださる。


「普通の人間は、私は栗色の髪に緑色の目をした、ちょっと顔がいい男くらいに見えているんだよ」


 ……誰の話をしているのかしら。


「私の話さ」

「……。……ですが、」

「ああ、君は見破ってしまった。なぜかわからない──と、言いたいところだけれど、君は随分精霊に気に入られているらしい。彼らのいたずらで、私の魔法をすり抜けて本来の姿を、君に見せてしまっているんだ」


 精霊達が、あたくしを?

 嘘でしょう、そのような素振り、全くなかったわ。


「まあ、それと、この屋敷の庭師が、いい仕事をするんだろうね。精霊達はここをとても気に入っているらしい。それもあるのかな、私が今ずっと嫌がらせを受けているというのは」

「え?」

「あ、わからない? 私の紅茶、猛毒だよ」


 ほら、と見せられたカップの中身は、すっかり冷めてしまったこと以外、あたくしのものと変わらないように見える。

 これは、あたくしが毒を盛ったと、遠回しに言われているのかしら?違うわよね?

 飲んでみるかというお誘いは、丁重にお断りしました。


「いやあでも、そうかそうかぁ、だから君たちは彼女のそばにいるのか」


 シェーン様は、またも自らの中で解決させてしまったらしい。もう、あたくしにはついていくことなど不可能だわ。


「あんなにカッコつけて脅したっていうのに、むしろ精霊達に怒られてしまうなんて、嬉しい誤算だったよ」


 ニコニコと、微笑む顔に先ほどまでの恐ろしい雰囲気もなければ、不思議なことに、馬鹿にされている気配も消えていた。


「うん、やはり改めて頼みたい。君の力で《黒魔石》を根絶やしにしてくれないかい?」


 どうしてそうなるんですの?

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