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第12話 「商人と吸血鬼」

 買い物を終えた俺達は、今日泊まる宿を探して歩き始めた。

 ルナに着せ替え人形のようにされ最初は嫌がっていたユウだが、根っこはやはり女の子なのだろう。灰色じみたモフモフな外套を身に纏い、今はルンルン気分で歩いている。

 俺は何かと実用性の高いものを中心に買ってしまいがちなので、今回ばかりはルナに助けられたというべきか。


「ルーク、わたしに言いたいことがあるなら素直に口にしてもいいのだぞ」


 この吸血鬼、何でこのタイミングで人の心を見透かしたかのような発言を。


「……伊達に長生きはしてないな」

「それも本心なのだろうが、もう少し素直になっても良いと思うんだがね。まあわたしは君に心底惚れている。そういう君も好きだ。だから許そう」

「はたから見たら背伸びしてる子供にしか見えないぞ」

「そう見えるからこそ、君への愛を白昼堂々紡げるんじゃないか。君が望むのならあちらの姿で紡ぐが?」

「それはぜひともやめてくれ」


 今は子供の姿だから誰も嫉妬の視線を向けていない。こちらを見ている人間が居たとしても、微笑ましいものを見るような感じだ。

 だがもしもルナが大人の姿になったなら。

 間違いなく野郎からの視線は嫉妬じみたものへと変わる。中には絡んでくる者も居るかもしれない。

 今回の旅はこれまでよりも長い。無駄な体力を使うような場面には可能な限り出くわしたくない。そう思うのが当然の思考だろう。


「ところでルーク」

「ん?」

「先ほどから気になっていたのだが……君の隣を歩く可憐な少女は誰だ?」


 ついにそこに触れちゃいますか……。

 現在の立ち位置を説明すると、俺を中心に前をユウが歩いており、右側にルナが居る。そして左側を歩いているのは……フッテンビリアだ。

 先ほど怒ったようにどこかに行ったはずだったのだが、店から出て歩き始めるといつの間にかそこに居た。

 俺達の目的は説明したはずだし、こいつも暇ではないはずだが……本当は暇なのだろうか。


「目的地が同じ方向にあるどっかの誰かだろ」

「君に輝かしいばかりの笑顔を向けているが?」


 そうだね、向けてるね。

 ただ笑顔は笑顔でもユウが浮かべるような眩しくて純粋なものに比べると、この子の笑顔は実に黒い。何で無視するんですか? ぶっ殺しますよ、と言いたげだ。


「きっと人には見えないものが見えるお年頃なんだ」

「人間で精霊の類が見れる者は稀だと聞くが……ルーク、わたしから見るとやはりその少女は君を見ているようにしか思えない。もしかして……現地妻なのか?」


 真剣な顔で何言ってんだろこいつ。

 真昼間の街中で堂々と言い放つなんて俺のこと嫌いなんですか?

 内容的に他人に聞かれたら冷たい目線を向けられるんですけど。ルナが子供の姿のせいもあって俺の育て方が悪いみたいな偏見も発動しそうだし。


「そんなものが俺に居るように思うか? 仮に居たとしてもこんなガキを現地妻にはしない」

「ルークさんルークさん、いい加減わたし怒っていいんですよね? 無視してたことに関しては、まあわたしが勝手に付いて行ってる状態なので良いとして。でもわたしのことをガキだとか、女性としての魅力が皆無なチンチクリンとか言ったわけですから怒っていいですよね?」


 確かにガキだとは言いました。

 だけど俺の記憶違いですかね? あなたに対してチンチクリンだとか言った覚えはないのですが。絶対あなたの被害妄想入ってますよね。


「というか、その金髪の子は誰なんです? ユウちゃんのお友達じゃないですよね? 何というか、話してる感じが対等でしたし……もしかしてルークさん、そういう趣味だったんですか。正直ドン引きです」

「勝手に人の性癖やら決めつけて引くな。お前も含めてガキは対象外だ」

「ルークさんルークさん、わたしはガキじゃありませんよ?」

「俺から見たらまだまだガキだ」


 ガキじゃないなら今くらいの言葉は軽く流せる……はず。


「ルーク、わたしをガキ扱いするとは……君はわたしより上に立ちたいのだな。そうかそうか……うん、ありだ。一向に構わんぞ。わたしは相手を立てる女であり、尽くす女だからな」

「人の好みについてどうこう言うつもりはないですけど……この子、ずいぶんとマセてますね。その見た目で自分のことを女の子じゃなくて女って言うあたり背伸び感ハンパないです」


 その言葉、多少なりともあなたにブーメランでは?

 まあ言わないけどね。言ったらこれまでよりウザ絡みしてきそうなのは目に見えてるし。

 ……しかし。

 何でこのロリ化している吸血鬼は、尽くす女だとか口にしたあたりから俺の腕にすり寄ってきたのだろう。

 はたから見れば懐いてる子供にしか見えないけど、息遣いが興奮気味なのが非常に気になるのですが。勢い余って噛みついたりしないよね……してもおかしくないから頭を掴んでおこう。


「なっ――ルークがわたしの頭を……これはもしかしてナデナデされるのか!?」

「フッテンビリア、こいつはこんな見た目だから誤解するのも無理はないが……」

「え、その状態でわたしと話します? 何かその子、無表情のまま興奮してるんですけど。放っておいていいんですか? というか、マジでどういう関係なんですか? やっぱり口にしたら人間性を疑われるような関係なんですか?」


 そこに戻るのやめてくれる?

 自分のことを聖人だと言うつもりはないし、人に大っぴらに言えないことをした経験だってある。

 だがしかし、断じてロリコンだと疑われるようなことはしていない。ロリコンだと疑われるのは心外だ。

 確かに小さい子を可愛いと思うことはある。だがそれは父性を刺激されるからだ。異性として意識しているわけではない。

 俺だって男だ。スタイルが良くて胸が大きい女性が好きだよ。

 まあ大きすぎるよりは形が綺麗な方が良いが……そういう意味では、シルフィくらいの体型が個人的にベストかもしれない。


「そういうことを口にするあたりお前の頭の中は俺より変態だ」

「だ、誰が変態ですか失礼な!」

「まあそんなことはどうでもいいとして、とりあえず俺の話を聞け。こいつは人間じゃなくて吸血鬼だ」

「どうでもいいわけないでしょ、ルークさんは何様で……え、吸血鬼? 誰が? その子が?」


 ルナが首を縦に振る。

 言っておくが、今のはルナが自主的に行ったことであって俺が強引に彼女の首を動かしたわけではないぞ。小さくても吸血鬼。本気で抵抗されたら片腕で勝てる筋力差ではない。


「いやいやいや、いくら何でもそれはないでしょう。今のご時世、ただでさえ人間以外の種族は珍しいんですよ。元々数が少ないと言われる吸血鬼がこんなところに居るわけが……」


 饒舌に語るフッテンビリアにルナは口を開く。

 ルナの口に生えている牙を見たフッテンビリアは、表情を凍らせたまま動きを止めた。

 人間以外の種族と出会った場合、潜在的能力の違いから恐怖を抱く者は居る。

 ただフッテンビリアは商人だ。

 若いながらも各国を渡り歩き、人間以外の種族を目撃している可能性は高い。接した機会があってもおかしくはないだろう。

 だからユウに対しても驚いた素振りは見せなかったし、人間と変わらないように接していた。

 にも関わらず、何故吸血鬼だけこれほどまでに抵抗を覚えているのか……


「き、牙がある種族なんて他にもいますし……きゅきゅ吸血鬼である保証は」

「フッテンビリア、何で俺の袖を掴む?」

「は? 掴んだりしてませんよ!」


 いやいや、思いっきり肘あたりの袖を掴んでるじゃん。

 逆ギレ気味に大嘘吐かないでくれないかな。指摘すると面倒臭くなりそうだからスルーしてあげるけど。


「お前、吸血鬼が怖いのか?」

「べべ別に怖いとかそんなんじゃないですから。この子、小さいですし」

「本来の姿は小さくないぞ。胸だって大きい」


 確かに本来のお前は背も高くて胸も大きい。

 だけど今の場面で胸の話は必要だった? ただお前が自慢したかっただけみたいに思えるんだけど。


「しょ、証拠はあるんですか!」

「見たいというなら本来の姿を見せるぞ。ただ……今着ているのは子供用のサイズだ。本来の姿に戻ると、なかなかに際どいことになるが?」

「だったら見せるとか言わないでくれますかね! 女性ならもっと慎みとか恥じらいを持つべきです!」


 正論ではある。

 しかし、それはフッテンビリアも同じなのでは?

 意図的にそういうものを演出することはあっても、本当の意味でそれらがあるようには俺には見えないのだが。


「そんなものを持っていて好きな男が落とせると思っているのか!」

「何でここで怒られるんですか!? というか、怒るならもう少し表情にも出してくれませんかね。無表情に近い顔で怒られても反応に困るんですけど。大体多少の慎みや恥じらいがないと可愛いって思ってもらえないと思うんですが!」

「な……んだと」


 この吸血鬼は、何をそこまで衝撃を受けているのだろう。

 今まで独り身だとしても他人の恋愛を見てきたことはあるだろうに。他人には適切なアドバイスが出来るのに自分のことになるとダメになるタイプなんですかね。

 ……それは本当か? みたいな目で見られているけど、こればかりは肯定しか出来ません。身体だけの関係とかならまだしも交際するなら可愛さを感じるって重要なものだし。


「まさかわたしのことを怖がっている本当の恋をしたことがなさそうな小娘に教えられるとは……くっ」

「さらりと侮辱されてるんですけど……って、誰が怖がってるですか! わたしは別に怖がったりしてませんから」

「噛むぞ」

「~~~~~~~~~っ!?」


 言葉を発しただけの脅迫にフッテンビリアは声にならない悲鳴を上げ、俺の背中に隠れた。誰がどう見ても怖がっている。


「やはり怖がっているではないか。何もしていないのにそんなに怯えられてはわたしも少々傷つくのだが……」

「だ、だから怖がったりしてませんから。その……吸血鬼って若くて可愛い子の血を吸うとか聞きますし。スバル様と添い遂げる前にわたしの身体が穢されるんじゃないかって不安になってるだけです」

「他の吸血鬼は知らんが少なくともわたしは君を襲おうとは思わない。わたしが襲いたいのはルークだけだ。ルークとカプカプでチュッチュでハァハァしたい!」


 この子いったい何言ってんの?

 無表情で爆弾発言をしたルナを見るフッテンビリアの目は実に冷めている。

 スバルに対してのお前も似たようなものだと言いたくなるが……ここは我慢だ。


「ルークさん、もう少し付き合う人は選んだ方がいいと思います。わたしはスバル様一筋ですけど、この吸血鬼さんと付き合うくらいならわたしを頑張って落とすが賢明です」

「そうやってスバルに気がある素振りを見せながらルークを狙うとは……あくどい女だ」

「そういう誤解を招く発言やめてもらっていいですか。確かにルークさんはそのへんの男の人と比べたら多少はマシですけど、わたしの狙いはスバル様なので」

「それは本当の恋を知らないから……いや、知っていても男にどうアピールしていいか分からない初心な少女というだけか」

「だ、だだ誰が初心ですか!」


 若干言い淀んだぞ……もしかしてこいつ


「わたしにかかればどんな男の人だって簡単に落とせますよ。何ならあなたからルークさんを奪ってあげましょうか!」

「構わんぞ」

「はい? いやいや、何でそこで肯定の返事が来るんですか。普通そこは絶対に渡さないとか言うところじゃないですか」

「わたしはルークが好きだ。大好きだ、愛している。故にルークが他の誰かを愛するのならそれで良い。わたしは愛人という立場で一向に構わん」


 身を引くようで引かないんですね。

 というか、今のだと俺が誰と選んでもあなたのことも愛さないといけなくなっているように思えるんですが。

 ハーレムって男なら憧れたりもするけど、正直それを継続していくのはいばらの道だと思う。


「む……何という愛の深さ」

「ふ、伊達に長生きはしていないさ」

「ほほぅ、ちなみに今何歳なんですか?」

「こらこら、女性に年齢を聞くものじゃないぞ。たとえ同性でもな」

「つまり……言いたくないくらいには年を取ってるってことなんですね~」

「ふふふ……噛むぞ?」

「な、そこで暴力とか卑怯ですよ!」

「お前らさ、少し黙っててくんね? 周囲の視線すげぇから。お前らの声でかくて周囲の人に迷惑だから」


 ユウの言葉に口を紡ぐふたり。

 どうやら俺の周りでは、最も常識的なのは年齢が低いユウのようです。

 だからこそ切に願う。

 ユウは周りのダメな年上や大人に流されることなく、どうかこのまま成長して欲しい……と。


「つうかお前、いつまで付いて来る気だよ?」

「今日はずっとですよ。ここを出発するのは明日ですし、皆さんはまだ宿を決めてないそうじゃないですか。わたしが泊まってるところなら口利きとか出来ますよ」

「ならさっさと案内してくれよ。さっさと荷物置いて色々と見て回りてぇし」

「ユウちゃんの即決素晴らしいですね。ではでは、ご希望に答えて案内しましょう。皆さん、わたしのあとに付いて来てくださいね~」


 宿がすんなり決まりそうなのは良いことだが……。

 おそらく今日は夜にも騒がしくなる時間がありそうだ。明日からの道のりを考えるとゆっくりと休んでおきたいのだが、こういう出会いも旅の醍醐味ということで割り切ることにしよう。




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