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第5話 「急がず焦らず」

 3日後。

 当初予定していたとおり、俺はアスカと共に例の廃村に向けて出発した。

 廃村までの距離は早馬ならば数日ほど。ただ俺達は馬車でのんびりと移動している。

 状況を考えれば迅速さが求められるのだろうが、このへんの答えは隣に座っているアスカに確認すればすぐに判明するだろう。


「なあアスカ」

「何ですルークさん」

「ずいぶんとゆっくりとした移動なんだな」

「急いだって良いことありませんからね。荷物も多いので早いペースだと馬もすぐにバテちゃいますし」


 確かにゆっくりと移動している答えではある。

 しかし、俺としては何故こんなにも荷物が多いのか。どうしてお前は町娘のような恰好をしているのか。

 そのへんを含めて説明が欲しいところなのだが。

 こちらの心境を悟っているのか、アスカはにこりと笑う。


「その顔は色々と疑問に思ってますね。でもルークさんなら何となく答えは分かってるんじゃないんですか?」

「否定はしないが俺としては確定した情報が欲しいんだ」

「じゃあ順番に説明しましょう。まずは何から聞きたいですか? まあ大体のことは連動しちゃうんですけど」


 ならば、こちらに質問させずに順を追って話してくれたら良いのでは?

 そう思いもするが、胸の内にある疑問を吐き出した方が早い気もする。アスカは人との会話を楽しんでいる節もあるため、ここは彼女の意向を組むことにしよう。


「そうだな……まずは荷車にある大量の荷物について聞こう。必要以上の食料や水は置いておくとしても、あの衣類や武器は何だ?」

「商品ですよ」

「商品?」

「はい。偽装用のですが」


 いや、そうでなくは困る。

 ここで「ちょっとお使いも頼まれてまして……」なんて言われたなら、この国は本気で奴らを危険視しているのか。対応するつもりがあるのか、と疑問をぶつけたくなるだけだ。


「つまり……お前が男装染みた私服でも黒騎士のコートでもなく、町娘みたいな恰好をしているのも偽装ってことか」

「そういうことになりますね。この方が商いをやってる人間に見えるでしょうし……似合ってます?」


 似合っていない、ということはない。

 ただアスカを遠目に見た場合、男のように見えてしまう可能性はある。それを考慮すると問題があるような気がするが……今は俺の主観だけでいいか。


「それなりにはな」

「ありがとうございます。じゃあ普段のボクと今のボク、ルークさん的にどっちが好みですか?」

「何でそういう話になる?」

「どうせ暇じゃないですか。必要事項だけ話してたら無言の時間が多くなっちゃいますし。それにボクも女の子ですよ? 男の人の意見は聞いておきたいじゃないですか」


 人を嫌にさせない笑顔でそれらしいことを言われると、確かにそうかもしれないと思ってしまう。俺にはない技能だ。

 これも時代の差なのかもな。

 俺が黒騎士のような任務を行っていた時代は、敵の存在がはっきりとしていた。それだけに直接その連中や関係者に遭遇し、口を割らない場合は拷問のような手段を取って白状させていた。

 だが今の時代は、表立って活動する組織はいないだけに一般人から情報を集めることも多いはず。なら人の懐に入り情報を引き出す術も必要ということだ。

 もしもアスカが今も仮面を被っておらず、精神に異常を起こすことなく黒騎士を行っているのであれば、ある意味黒騎士という仕事は彼女の天職なのかもしれない。

 大っぴらに言えない仕事が天職で良いのか?

 とも思いはするが、必要とされていない仕事なら存在はしていない。

 少なくとも黒騎士は、この国の女王が認めた仕事だ。アスカもその仕事に誇りを持っているように思える。ただの鍛冶屋に過ぎない俺がどうこう言うのは筋違いだろう。


「で、どうなんですか?」

「……普段の方がマシだな。そういう格好はもう少し髪を伸ばしてからやれ」

「なるほど……ルークさんは髪が長い女性が好きなんですね。確かにボクから見ても髪の毛が長い人は女性らしく見えますし、ルークさんと仲良くされてるシルフィ団長やアシュリーさんとかボクより髪は長いですもんね」


 アスカをショートとするならシルフィやアシュリーはセミロング。長さだけ見ればアスカより長いのは間違いない。

 しかし、髪の長さだけで言えば変態エルフや無表情吸血鬼の方が長い。長さだけ見ればあいつらの方が女性らしいと思うのだが……女性らしさを壊滅させる素養を持っているだけに除外されても仕方はないか。


「人の好みを勝手に決めるな。あいつらの髪型についてどうこう言った覚えはない」

「でもシルフィ団長って昔はもう少し髪の毛短くありませんでした?」

「家の復興から解放されて色々と視野が広がったんだろ。それに貴族で団長ともなれば、人に見られても恥じない格好を目指すだろうさ」

「まあシルフィ団長は真面目な方ですからね。今ルークさんが仰ったようなこともあると思います。でもボクとしては……別の理由もある気がするんですよね~」


 実のところ、ボク知ってるんですよ。おふたりの関係♪

 みたいな笑顔をされると、爽やかさがあっても腹立たしく見える。

 いや、むしろ爽やかさで嫌味を覆い隠しているからこそ腹立たしいのか。


「あったとしても……俺もあいつも生き方を変えることはない。お互いに決めた道がある」

「……いいなぁ」

「ん?」

「おふたりの関係ですよ。恋人だとか夫婦だとか、そういう直接的な関係も素敵だと思います。でもルークさんとシルフィ団長の関係って、寄り添うわけじゃないけどお互いを理解してるって感じじゃないですか。それはそれで心がときめく関係ですよ」


 根っからのロマンチストなのか、それとも黒騎士という仕事をしているが故に高望みはしていないのか。

 どちらにせよ、アシュリーは対照的な感想である。きっとあの女なら


『は? 今のどっちつかずの関係のままが幸せなわけないじゃん。新しい恋に進むにも進めないし。誰だって好きな人と一緒になれる方が良いに決まってんでしょ。つうか、あたしの目が黒いうちはてめぇなんかにシルフィ団長やれねぇから!』


 といったようにケンカ腰の返答があるに決まっている。

 アスカは自身には友人が少ないと言い、それにアシュリーは友人になろうと言った。

 今のふたりは友人……と言えなくても、友人になろうとしているかもしれない。

 ただアシュリーは、アスカをただの騎士だと思っている。黒騎士であることを知らない。



 騎士と黒騎士。



 それは人々を守るという共通目標はあれど、考え方が異なる存在だ。

 もし10人の人質が居たとして、騎士は全員の救出を考えるだろう。

 だが黒騎士は、数人の犠牲で大多数が助かるのならばその方法を選ぶはずだ。

 騎士は最善を求め、黒騎士は最悪を回避する。

 その思想は表と裏。

 清濁併せ吞めない限り、決して交わることはないだろう。故に今のアシュリーでは……


「ルークさん、難しい顔してますけど……どうかしました?」

「いや別に……ところで、話を続きはいつしてくれるんだ?」

「おっと、そういえばまだ終わってませんでしたね。どこまで話しましたっけ?」

「後ろの荷物とお前の服装に関してまでだな」


 残る疑問は、移動速度がこんなにゆったりとしてて良いのか。

 この一点に尽きる。まあ偽装を行っているあたり、何となく予想は付いているのだが。


「ということは、あとはこんな新婚旅行みたいにのんびりとした移動で良いのか? という疑問について解答すればいいんですね」

「そうなるが……旅行はともかく、新婚なんて言葉を入れる必要あったか?」

「ありますよ! むしろそこが肝心なところです」


 本当ルークさんは女心が分かってないなぁ~

 そう言いたげなにアスカは数度首を横に振る。

 アスカの中には、偽装に当たって俺達がどういう関係なのか。どういう目的があるのか。それらが明確にあるのかもしれない。

 しかし、俺はそれらを事前に説明されてすらいない。

 にもかかわらず、やれやれといったリアクションはひどくないだろうか。


「いいですかルークさん。ボク達は敵の情報網がどれくらいなのか、どんな方法で監視しているのか。そのへんに関しては現状まったく分かっていません」

「そうだが……自信満々に言うことではないぞ」

「そこには触れないでください。触れないのが優しさであり、大人の対応というものです」


 何かこのへんのノリは覚えがあるなぁ。

 どこの誰かまでは言わないけど。だって今のアスカ、口を挟むとうるさそうだし。


「話を戻します。ボク達は後手に回っている状態です。その状態で人気のない廃村に急いで向かう存在があれば、敵は迅速に行動し雲隠れするでしょう」

「それはそうだな。俺達以外に明確な意思を持って廃村に向かう奴なんて、仮に居たとしても罪を犯して逃げてる奴くらいだ」

「でしょう? 王都から廃村まで早馬でも数日は掛かります。ほぼ確実に敵が先手を打てるでしょう。とはいえ、ただゆっくり行っても意味はありません」


 それも当然だ。

 商人に偽装してゆっくり向かおうと、敵は確実に気づくだろう。

 広いグラウンドで制限時間のある鬼ごっこをするとして、鬼が歩きで逃げる方が走るのであれば、よほどのことがない限り鬼が勝つの不可能。今のままではそれくらい馬鹿らしい話だ。


「そのため、ボク達がこうしている間にも騎士団には市街地及び国境の警備強化を行ってもらっています。特に国境の警備に関しては、普段は配置していない場所にまで人手を回してもらう予定です。それでも足りない部分には、陽動も含め黒騎士の方が向かう手筈になっています」

「少しずつ廃村を中心にした包囲網を作ってるってことか」

「はい。それでも敵と会合どころか補足するのも難しいと思います。ただ敵がギリギリまで何かを行っていて、急な展開に動揺してくれれば、少しくらいは手がかりを残してくれるかもしれません」

「その可能性を少しでも上げるために俺達は今のペースを保ちつつ、廃村に向かうしかないってわけだな」

「そのとおりです」


 そういう手筈になっているのであれば、従う他にない。

 ただ、それでも言っておきたいことがある。

 そういう手筈になっているのならば、朝に俺を迎えに来て出発した際、すぐにでも話してくれて良かったのではなかろうか。


「ちなみにですが、道中で誰かしらと接触するかもしれません。その人物が敵の間者かもしれないだけに、ルークさんにはボクと商いを営んでいる夫婦を演じてもらいます」


 そのための馬車や積み荷なのだろうから夫婦を演じるのは構わない。

 身分を偽っての諜報活動やらは俺の時代にもあった存在した手段だ。ただ……アスカの笑顔が、これまでのものと少し違うように見えるのが気になる。


「……何か、ずいぶんと嬉しそうだな」

「そうですか? ボクはいつもこんな風に笑ってると思いますけど」

「…………」

「あ、その顔は疑ってますね。何ですか、ボクが職権を乱用してルークさんと夫婦を演じたかった。そう言いたいんですか? ええ、そうですよ。こういう時くらいしか女の子らしい体験を出来ませんからね。何か文句あります?」

「……いや、ない」


 ここまで開き直った相手に何を言ったところで無駄だろう。

 それに……偽装工作の一環なのは間違いがない。今のテンションを現地に持ち込まれると困るが、アスカもプロ。さすがにそれはないだろう。

 それに敵のスパイに道中で出会う可能性がある。

 故に仕事状態より今のアスカの方が夫婦を演じる上では都合が良い。本人をそう感じて振る舞っているのかもしれない。ならば、目的地が近づくまでは好きにさせることにしよう。しかし……


「なあアスカ」

「何です? 夫婦を演じる上での設定ですか? いつから交際していつ結婚したとか聞きたいんですか?」

「それについては別に聞きたくないが、任務に必要なことではあるからあとで聞く。俺が今聞きたいのは別のことだ」

「別ですか? なら……もしかして、ボクの胸のサイズだったり? いけません、いけませんよ。いくら夫婦を演じるからといって女性の身体的情報を得ようなんて。大体そんなことを聞くくらいなら触らせてと素直に言うべきです」


 いや、その方がアウトだろ。

 同じセクハラなのには変わりないけど、胸のサイズを聞くより胸に触って確かめる方が罪は重いと思います。

 というか、触ったからって胸のカップするが分かるか。分かるのは一部の変態……特殊能力を持った奴だけだ。俺は断じてその仲間ではない。


「男の人に触られるのは恥ずかしいですけど……まあルークさんはボクの恩人ですし。女の子として扱われるのは嬉しいわけで……少しだけなら」

「いや触らないから。俺が聞きたいことはそんなことじゃないから」

「そんなこと……で、ルークさんは何が聞きたいんですか?」


 そうだね。女の子からしたら勇気を振り絞っての発言だよね。

 そんなこと、なんて言ったのは確かに俺が悪かった。でもさ、俺は至って真面目な話をしようとしているわけ。そこにおかしな話題をぶち込んできたのはそっちなわけよ。

 だからさ……そこまで露骨に不機嫌そうな顔をするのは理不尽過ぎない?


「色々と偽装したりして手間が掛かってるわけだが……お前はともかく、俺の顔は敵に知られてるんじゃないのか? 俺を連れてる時点で偽装が意味をなくしそうな気がするんだが?」

「そうかもしれません。まあそのときはそのときですよ。道中で不審な奴を見つけたら即行で無力化して色々と吐かせるだけですし。口を割らないようなら手足の1、2本は斬り捨てます」


 黒騎士なら日常的なことなのかもしれないが、せめて爽やかな笑顔のまま言うのはやめてくれ。精神的に狂ってる気がして不安になるから。


「お前……そういうことアシュリーの前で言うなよ」

「言いませんよ。アシュリーさんはボクと友達になってくれた人ですし。友達は大切にしたいですからね。まあでも仮に……任務先で出会った場合は仕方ありませんけど」

「声色が怖いんだが」

「それはルークさんのせいです。今のボクは少しばかり不機嫌なので」


 そうですか、じゃあそういうことにしておきましょう。

 これから数日一緒に居るわけだし、機嫌を直す機会はあるだろう。仮にそれがなかったとしても、仕事とプライベートは分ける奴だ。

 だから結果的に無事に家に帰ることが出来れば良しとしよう。早々黒騎士と一緒ん仕事をする機会もないだろうし。


「ちなみにここで黙っちゃったらボクは余計に不機嫌になります。今のルークさんはボクの旦那さんなわけですから、ちゃんと妻のご機嫌は取るべきです」

「ご機嫌を取るにも詳しい設定を聞かされていないんですが?」

「それもそうですね。では、ボクの考えた設定をお話ししましょう」

「……お前、本当は不機嫌になってないだろ?」

「いえいえ、不機嫌ですよ。ただボクの場合、ルークさんが相手をしてくれれば自動的に上昇するだけです」

「あ、そうですか」

「はい、そうですよ。それでは……そうですね。まずは出会いからお話しすることにしましょう。ボク達の出会いは……」




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