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第2話 「アスカは良い人?」

 誰? お客さん? もしかして大切な話の最中だった?

 とでも言いたいのか、アシュリーはこちらに何度も視線を向けてくる。

 さて、俺はどう対処するべきだろうか。

 そう考えてみたもののすんなりと追い返す手段は浮かんでこない。

 何故ならアシュリーさんは素直な性格をしているけど、その素直さ故に俺が帰れと言っても素直には帰らない人物だから。


「誰かと思えばアシュリーさんじゃないですか」

「あ、えっと……どこかでお会いしました?」

「いえ、顔を合わせるのは初めてですよ。ただボクも騎士なのでアシュリーさんのご活躍は最近よく耳にしています」

「いや~ご活躍なんてそんなに活躍はしてないですよ。えへ、えへへ」


 言葉では謙遜してるけど、顔と声が完全に調子に乗っている。

 謙遜するならもう少しまともな顔で言わないと意味がないのではなかろうか?

 まあアスカはそんなこと気にしないだろうけど。


「おっと、そういえば名乗っていませんでした。ボクはアスカ・デュアルイスと言います。よろしくお願いします」

「これはどうもご丁寧に。知っているとは思いますがアシュリー・フレイヤです。こちらこそよろしくお願いします……あの、あたしの顔に何か付いてます?」

「あ、すみません。可愛らしいお顔をされているのでつい」

「か、かわ……いえいえ、あたしなんてそんな!」

「そんなことないですよ。アシュリーさんは可愛いです。それと明るくて素敵な方だと思います」


 アスカは、爽やかな笑顔で甘い言葉を紡いだ。

 アシュリーさんにクリティカルヒット。アシュリーさんは、口をパクパクしながら赤面する。

 これは完全にアスカの性別を誤解してますね。

 皆さん、アシュリーさんは中性的な顔立ちがお好みなようです。それと多分面食いですね。

 理想を高く持つのは良いことだけど、持っている武器の割に色気のないアシュリーさんでは高望みは危険な気もします。理想が高すぎると行き遅れる可能性が上がっちゃうから。

 まあでも、普段はシルフィ団長とうるさいアシュリーさんがちゃんと女の子してる点は安心できる。百合に走ったらシルフィあたりが自分のこと責めそうだし。


「ルルルルルルルルルーくん」

「俺に助けを求めるな。お前が嬉しいと感じたのならそれが全てだ。たとえ同性から言われたとしても」

「いやでも……え、同性? 誰が?」


 困惑顔のアシュリーさんの意識を、視線を使ってアスカの方へと誘導する。

 アスカは笑顔のまま若干小首を傾げているが、アスカの性別を勘違いしていたアシュリーさんは……


「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇうっそぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?」


 このように芸人顔負けのリアクションである。

 まあアスカの容姿的に仕方がないことではあるが、もっと控えめに出来なかったのだろうか。やっていることはアスカに対して失礼なのだから。


「マジで女の子!? いや確かにそう言われたら女の子も見えるけど! 本当に女の子?」

「はい、ボクは女ですよ。確認してみます?」

「え、どうやって?」

「こうやって」


 アスカはアシュリーの両手を握ると、自分の胸に押し付けた。

 突然のことにアシュリーの顔が驚愕に染まったのは言うまでもない。一方アスカは変わることのない爽やかな笑みのままだ。

 胸を触っている方よりも触られている方が平然としている光景は、ある意味新鮮であるが同時に違和感もある。


「お、おぉ……これはなかなか。見た目よりも遥かに大きい」

「どうにも着痩せするみたいでして。ただルークさんも居るのであまり感想を口にされるのは……さすがにボクも恥ずかしいです。それとそんなに揉まれると変な気分になるといいますか」

「ごごごごめんなさい、あまり触る機会がないのでつい!?」


 つい、で許されたら警察は要らないと思いま~す。

 なんて言うつもりもない。

 だって触らせたのはアスカからだし。胸に触ったら感触を確かめるためにモミモミしたくなるのも分かるし。俺も男だからね。

 え、アシュリーは女?

 いやいや、あいつは日頃から脳内でシルフィを辱めてる変態じゃん。同性の身体には興味深々でしょ。スバルほどではないにしろおっさん染みたところもありそうだし。

 というわけで、アシュリーさんにはむっつりスケベの称号を上げよう。

 いや……あいつは素直だし、別にむっつりじゃないか。つまりただのスケベ


「おいそこ! 何か言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ。口に出してくれないと弁解の余地がないじゃん!」

「弁解する意味あるか?」

「ある、大いにある! 弁解しないとあたしの評価が下がるだけだから」

「別にそれくらいのことでお前の評価なんて下がらないが」

「え、それってつまり……」

「基本的にお前の評価なんてどん底だし」

「知ってた、そういうこと言われるって分かってた。別に期待とかしてないから。ルーくんに期待なんてこれっぽっちもしてなかったから!」


 期待してないなら二度も言わないでもらえますか。

 大体さ、何を期待したのかは知らないけど……そういう言葉が欲しいのならまず自分を変える努力をしなさい。

 俺の中の君は我が侭、甘えん坊、構ってちゃん、面倒臭い……といった言葉で構成されているんだから。

 可愛くはならなくてもいいけど、せめて可愛げのある人間になってくれ。そうすれば多少は俺も優しくなれるから。


「おふたりの仲が良いのは聞いていましたが、予想以上ですね」

「なななな仲良くなんてないからッ!? ただその、ルーくんって無愛想であんまり友達いないし。定期的に相手してあげないと寂しさで死んじゃうかもだから仕方く相手しているだけで」


 無愛想で友達がいないという点に関してはまあ認めるとして。

 そのあとの部分は俺ではなくアシュリーさんのことではないんですか?

 だって今年に入ってユウやスバルが転がり込んでくるまで、ずっと一人暮らししていたけど、寂しさで死にそうになったことは一度もないし。


「……って、あのごめんなさい! 急にタメ口になっちゃって、じゃなくてなってしまって!」

「いえいえ、別に気にしてませんよ。それとタメ口で結構です。ボクとアシュリーさん、そんなに年は離れてないと思いますし。それにボク、実はあまり友達がいないので対等に話せる相手って欲しいんですよ」

「え……アスカさん良い人なのに? もしかして見た目のせいで同性愛者に言い寄られて困ってるとか? それに嫉妬した男共にいじめられてるとか!」


 こらこら、アスカをどこかの小麦肌系英雄と一緒にするんじゃありません。

 君の中のあいつはどうなってんの? まあ考える必要もないけど。だって絶対ろくなものじゃないし。

 何故なら俺も似たような評価をしている部分があるから。あいつには女性として欠けているものが多すぎる。スペックは高いはずなのに残念さの方が上回ってしまう本当我が友人ながら何でああなってしまったのか。

 でもこれだけは言っておこう。

 あの方は同性に好かれることは多いが、男達からいじめられたことはない。だってそのへんの男よりも腕っ節強いから。そうでなくても普通に仲良くなっちゃう奴だから。


「違います違います。そういうのじゃなくて……その、単純に雑用が多いと言いますか、人手不足で交流する時間がないんですよ」

「そっか……そうだよね。どこの騎士団も人手が足りてないって聞くし。でも大丈夫、アスカさんならきっと友達出来るよ。あたしなんかに至ってはすでに友達の気でいるし!」


 それは少し早いのではなかろうか。

 というか……友達というものは、はたして友達になろうと宣言してなるものなのだろうか。

 知り合って度々話すうちに一緒に居る時間が増え、気が付いたらあれこれ言える関係になっているのが友達では?

 まあでも知り合わないと始まらないし、親しくなるきっかけという意味では「友達になろう」宣言も悪くはないのかもしれない。


「ありがとうございます。そう言ってもらえると、ボクとしても嬉しいです」

「いえいえ、あたしなんかの言葉で良ければこれくらいのことはいくらでも……そういえば、ルーくんと何か話をしてたんじゃ?」


 よく自分で思い出せたね。えらいぞ、話をぶっ壊したのお前だけどな。


「あぁ……まあ最低限の話は済んでましたし、まだ話したいことはありますけど日を改めます」

「え、いや、あたし外で待ってるんでどうぞ続きを」

「いえいえ、お気になさらず。ボクにもやることがありますし、多分話すとなるとボクよりもルークさんが嫌がるでしょうから。あまり人に聞かれたくない話もしなくちゃいけないので」


 そういう話をするとアシュリーさんが興味持っちゃうんですが?

 まあ興味を持つように仕向けて、それを帰る口実にするつもりなのかもしれないが。

 にしても……アシュリーに聞かせたくない話で、俺が聞かれると嫌な話か。

 どう考えても聞いてて気分が良くなる類ではないだろうな。今のアスカは黒騎士で、俺の過去に似たようなことをしていたわけだから。

 下手をすれば、古傷を抉られるような感覚に襲われるかもしれない。確かにアシュリーみたいなすぐ聞き耳を立てそうな奴が近くに居る状態で聞きたくはない。


「それに……ボクとルークさん、ふたりだけの秘密の話なので」


 アシュリーさんには教えられません。

 そう言いたげにアスカは意地悪な笑みを浮かべる。その笑みはまるで友達をからかう女の子のようで、男に間違われるアスカが確かに女の子なのだと確信できるものだった。


「では、ボクはこのへんで失礼します。ルークさん、先にお願いした件に関してはお願いしますね」

「ああ」

「ありがとうございます。それと近い内にまたお邪魔しますので……それでは今度こそ失礼します」


 アスカは綺麗にお辞儀をし、アシュリーに笑顔で手を振ってから帰って行った。

 そのあまりにも流れるような動きにアシュリーも手を振って見送り……この場に訪れるのは沈黙。ただこれは嵐の前の静けさだということを俺は知っている。


「……よし」

「ねぇルーくん……何がよしなのかな? どこに行く気なのかな?」


 ほらー絡んできた。

 しかも毎度の如く彼女面した笑みで。

 不機嫌そうな顔ではなく、笑顔を使うようになったあたり成長したのかもしれない。だが「何かあの人と良い感じだったけど、どういう関係?」と言いたげに見えて心底鬱陶しい。


「厨房ですが?」

「うん、そっか厨房か。そうだよね、時間としてはお昼だし見たところユウもいないみたいだし。今日はルーくんがご飯を作るってことだもんね。あたしもお腹空いているし、その邪魔をするつもりはないよ。でもね」


 邪魔をするつもりがないのならそこで終わってくれませんかね。

 そもそも……最近はなあなあになってたけど、何でお前はここで飯を食べるのがデフォルトになってるの?

 野菜やらは近隣の農家から食べきれないくらいお裾分けがあるけど、それは俺やユウにくれているものでお前に食べさせるためにもらっているのではない。

 スバルが原因で起こった一件に関しては迷惑を掛けた。でもシルフィとのケンカの際は色々としてあげたでしょ。

 たまにならともかく、毎日のようにご飯をもらいに来るのは、騎士以前に人としてどうかと思う。割とマジで。


「でも、何だよ?」

「それはね……あんな良い子が知り合いってどういうこと! そりゃあルーくんにはあたしの知らない付き合いがあるだろうし、付き合いのある人は変人や変態が多いからまともな人が居て安心したけど。アスカさん、凄く良い感じの人であたしも友達になれそうというかなりたいっていうか、すでになっちゃったけど!」

「あっちがお前をどう思ってるかは置いておくとして……結局何が言いたい?」

「聞いたところによると、てめぇこの前シルフィ団長と何か良い感じだったそうだな! それなのに他の女にちょっかい出すってどゆこと? なめてんの? 温厚なアシュリーさんも事と次第によっちゃ激おこですよ」


 すでに激おこに見えるのは俺の気のせいですか?

 そもそも……シルフィと良い感じになったか?

 いやまあ多少はそんな空気が出た時間もあった気がするが、基本的にあの男装執事のせいで気まずかったような。

 つうか、こいつに余計な告げ口したのあの男装執事じゃね?


「何で自分の知らない女が現れただけで俺がちょっかい出したことになる? 訪ねてきたのはあっちだろ。大体お前はいったい何にキレてる? シルフィを取られたくない身としては俺が他の女と仲良くしてる方が都合が良いだろ」

「それは……そうかもしれないけど。ただ何というか……あたしじゃシルフィ団長を幸せに出来るか怪しいのが現状だし。そもそもあたし女だし……何よりアスカさん、意味深なこと言ってたし。アスカさんのお願いって何だったの?」


 結局そこが聞きたいんですね。ただ


「特に言えることはない」

「何で?」

「何でって……お前が来るまでに聞いた話は武器を作ってくれっていうことだけだ。鍛冶屋に客が来た。ただそれだけのことをどう言えと?」


 アシュリーはむすっと膨れる。

 ただこちらとしては、そんな顔をされたところで実際に肝心な話を聞いていないのだから何も言えない。

 聞いていたところでこいつに出来る話ではなかったと思うが。


「というか、今日も昼飯を食いたいなら大人しくしてろ。出来ないなら帰れ」

「うぅ……分かった、分かりました。だから今日もご飯を恵んでください」


 何でここまでうちで飯を食べたいのやら。

 金がないとか前に言っていた気がするが、しょっちゅう武器を壊すこともなくなって生活は安定しているはずだろうに。

 もしかして……勤務中に何か壊してるのか?

 こいつならやりかねないだけに可能性はある。ただ口にはしないでおこう。また噛みつかれたら面倒だから。

 さて、飯を作りますかね……。




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