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私的な魔剣鍛冶《グラムスミス》 ~英雄やめても望むは平穏~  作者: 夜神
第3章 2部 見合いと裏と魔剣鍛冶
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第7話 「今すべきこと」

 家に帰ると……ユウが抱き枕にされていた。

 シルフィに大嫌いと言ったのだから我が家に来てもおかしくはないと思っていた。

 ただまさかの直行。

 悲しかったり寂しい時ほど人肌が恋しくなるのは分かる。甘えん坊で構ってちゃんなアシュリーならば独りになろうとしないのも分かる。

 しかし、せめて直行でここに来るのはやめてもらいたい。

 ここは駆け込み寺ではない。それにひとりであれこれ考えて、泣いて、落ち込む時間というのも時として必要なものだ。


「ルーク……じっと見てないで助けろよな」

「助けてやりたいのはやまやまだが、今お前を手放すとそいつがうるさそうだ」

「そうだけど、オレが動く度にギュッと抱き締めるあたりそうだろうけど……このままはオレも辛い」


 でしょうね。

 ただ抱っこされてるだけならまだしも、逃げられないように肩と腰あたりを抱き締められてるわけだから。

 アシュリーがラディウス家の屋敷から飛び出した時間から逆算しても、すでに結構な時間拘束されている。いくら獣人とはいえ辛くなって当然だ。


「おいバカ女、いい加減放せよな」

「…………」

「せめて何か言えよ。無言で力だけ強めんじゃねぇ……その様子からして何かあったのは分かるけどよ、オレにもやることがあるんだよ。夕食の準備もしねぇといけねぇし」

「ユウ、その点は心配しなくていい。今日の夕食はこの私が作ろう!」


 あ、お前帰ってたんだ。

 というか、やっぱりここに帰ってくるのね。俺以外にも知り合いは居るんだからそっちを頼っても良いだろうに。

 その方がここで寝泊まりするより快適な暮らしができるんだから。こいつもこいつで物好きである。


「いやスバル、食事の用意とかはオレの仕事……」

「心配するなユウ。私は一見がさつに見られることも多いが、そこそこ女子力は高い。君がいなくても料理くらい出来るさ」

「そこを心配しているわけじゃねぇし、スバルに料理をされるとオレが自由になれねぇから」

「ユウ……アシュリーは今、君を抱き締めることで安らぎを得ている。人間は誰しも弱ってしまう時はあるものだ。そのとき自分が少しでもその人物を元気づけられるのであればするべきではないだろうか」

「それはそうかもしんねぇけど……」

「ならばやるべきことをやれ。大丈夫、今日は裸エプロンに見えそうな格好でルークをからかったりしないさ。私も時と場所はちゃんと弁えられる。というわけで、君はルークと共にアシュリーのことを慰めたまえ」


 キザな言い回しに対する返答を言う間もなくスバルは颯爽と奥へと消える。

 悪気はないのだろうし、ユウが抱き枕になっていた方がアシュリーの機嫌が良いのも確かだ。

 ただ……抱き枕にされているユウのことを考えると、彼女がスバルに恨めしそうな視線を向けるのは仕方がないことだと思う。

 だってアシュリーさん怪力だし。思いっきり抱き締められたりしたら普通の人間は身体が軋むかもしれないし。ユウじゃなかったら泣いたり喚いたりしていてもおかしくないね。


「……なあルーク、こいつに何があったんだよ?」

「簡潔に言えば、シルフィと盛大にケンカした」


 シルフィという言葉に反応してか、アシュリーの身体が一瞬強張る。

 それとほぼ同時にユウの表情が一瞬歪む。

 この一連の流れからシルフィという単語は避けた方が良いかもしれない。

 だがしかし、アシュリーの現状を説明するにはシルフィという存在が関わっているだけに省くのは非常に難しい。

 まあ、そもそも他の言葉にも反応しかねないので下手に気を回すだけ無駄だとは思うが。


「それならまあ……こうなるのも無理はねぇな。つうかケンカしたってことは……シルフィの奴、結婚すんの……おいバカ女、地味に力強めんな。てめぇには嫌な話かもしんねぇけど、オレに八つ当たりすんじゃねぇ」

「…………」

「無視すんな! 少しは何か言えよな。というか、いい加減オレを放せ!」


 ユウはじたばたと身を捩らせる。

 だがその動きに合わせるようにアシュリーが抱き着くのをやめないため、結局ユウの努力は無駄に終わった。

 普段は対応できなさそうなのに何でこういう時はスペックが上がるのだろう。その場に不必要な雑念がないからだろうか?

 もしこれが当たっているなら……この金髪は常日頃いったい何を考えて過ごしているのだろう。

 もしや……自分は変態ではないと言うが、実際のところ頭の中は桃色な考えばかりなのでは。そうであるなら間違いなく変態での仲間である。


「……ルークどうにかしてくれ」

「俺はそいつの保護者でもないんだが」

「こいつの保護者じゃなくてもオレの保護者みたいなもんだろ。オレが困ってんだからどうにかしろよな」


 何とも上から目線のお願いである。

 ただアシュリーに抱きつかれるとどうなるか、俺はここに至るまでの過程で体験済みだ。またユウの言うことも一理ある。

 そもそも、ユウの口の悪さは今に始まったことではない。そこを今更気にするのもおかしな話。どうにか出来る保証はないが、やれることはやるべきだろう。


「……おい、いい加減ユウを放さないか?」


 こちらの問いかけに返ってきたのは、横方向での首振り。

 せめて言葉で返してほしいところではあるが、話を聞いているだけマシと言えばマシなのだろう。

 シルフィの立場を考えると下っ端騎士のアシュリーにはあまり詳しいことは言えない。うっかりどこかで話して国家機密が漏れたりする可能性もゼロではないのだから。

 それに……シルフィに向かって大嫌いと言った手前、シルフィの本音を話すと自己嫌悪する展開になって余計に面倒臭くなることも考えられる。となると……


「これは俺の独り言だが、お前が出て行った後に少しシルフィと話した」

「――ぅ」

「別にお前への愚痴なんて言ってなかったから安心しろ。人手が欲しいらしくてな。見合いの当日、色々と手伝ってくれって話をされただけだ」


 ま、これを言ってきたのはシルフィではなく執事の方だが。

 ただ普段の力関係で言えば執事の方が上っぽい。それにこういう風に話した方がアシュリーには効果的なのは間違いない。今までより少しだけだが視線が上を向いているのが良い証拠だ。


「その日に仕事が入る可能性もあるが、シルフィにはこれまでに何度も世話になってる。だから手伝いに行くつもりだ」

「…………」

「あまり後ろ向きに考えるな。シルフィはああだこうだ言ってたが、見合いするってだけで結婚まで確定してるわけじゃない」


 本当は見合いですらないわけだが……これを今言うわけにはいかない。

 何より今俺がすべきことは、この泣き虫騎士の機嫌を直してユウを救い出すこと。甘やかすようなことをすると今後に響く可能性もあるが、今ばかりは仕方がない。

 俺はアシュリーに近づくと腰を下ろし、彼女の頭に手を伸ばす。

 撫で心地としては意外と悪くない。身だしなみにそこまで気を遣っているようには思えないが割とサラサラだ。

 まあ最近撫でていたのはユウばかりなので、そこと無意識に比べているのかもしれない。獣人は人間と比べると毛量が多いし。


「それに……相手がどうしようもないクソ野郎だったら、そのときは俺がどうにかしてやる」

「……ほんと?」

「ああ」

「でも……そんなことしたらルーくんに何かあるんじゃ」


 何で弱ってる時の方がそういうことに気づくのだろうか。

 他人のことを普段より気遣えるようになっているだけなのかもしれないが、こういう場に限っては逆に面倒臭い。

 だってすんなり話が終わらないから。

 本当こいつって面倒臭い……こいつが一人前になる日が来れば、手間が掛かった分だけ可愛げがあったと思えるのかもしれないが。


「あるかもしれないが、どうにかするのは相手がよほどのクソだった時だけだ。クソ相手ならそこまでひどいものにはならないだろう。なったらなったで……まあ次の居場所を探して旅にでも出るさ」


 昔は魔石を求めてあちこち歩き回っていたし、別にここじゃないと鍛冶が出来ないわけじゃない。

 ここの環境に慣れているだけに他の場所で同じような感覚で打てるようになるには時間が掛かるかもしれないが、それはそれ、これはこれだ。

 しかし、可能ならこの場に留まりたい。

 だからユウよ、そんなキラキラした目でこっちを見ないでくれ。

 旅に出るのは最悪の時だけだから。お前が自由を愛し旅好きな種族なのは知っているが、今はその好奇心に満ちた目を押さえて押さえて。


「これが俺に出来る精一杯だ。だからアシュリー、お前もそれで納得しろ。シルフィが仮に結婚するとなれば、それはあいつが結婚しても良いって思った相手だ。あいつの幸せをお前も望んでるんだろ?」

「…………分かった。……無理言ってルーくんがどこかに行くのも嫌だし。でもフィー姉が変なのと結婚とかしたら、そのときは一生恨んでやる」


 可愛げのあることを言ったと思ったら余計な一言が。

 そういうところがなければ、もう少し異性にもモテるだろうに。色気はないけど可愛げはあるって言ってもらえるだろうに。まあアシュリーらしくはあるが。


「はいはい、そのときは恨んでいいからいい加減ユウを放してやれ」

「……いや」

「おいバカ女、何でそこでそうなるんだよ。ここは素直に放すところだろ!」

「抱き心地良いからもう少し……ご飯が出来るまで」

「オレはお前の抱き枕じゃねぇぞ! おいルーク、お前も何か言って……おい待てルーク、お前いったいどこに行く気だ!」

「スバルの手伝いだが?」


 別にあいつの腕を心配しているわけではないが、悪ふざけでおかずの中に激辛を混ぜたりする可能性はある。アシュリーが落ち込んでいたからつい……、みたいなノリで。それに


「そこはオレが行くからオレを助けろよ!」

「料理が出来たら解放するって言ってるんだからそれまで我慢しろ。お前を引き剥がしてまた機嫌が悪くなったらどうする?」

「ぐるる……」

「俺を威嚇するな。それは筋違いだし、スバルを手伝うのはお前を少しでも早く解放するためだ。良い子だからもう少しだけ甘えさせてやれ」


 お願いするようにユウの頭を撫でると、唇を尖らせながら早く飯を作れと返答が来た。子供扱いされたのが気に食わなかったのだろう。

 ただ、ユウの尻尾も元気良く揺れていた。

 これから分かることは、ユウは子供扱いされるのは嫌な割に頭を撫でられるのは好きということ。実に子供らしい一面である。


「おいスバル、一段落したから俺も手伝うぞ」

「何だと!? まさかここで初めての共同作業とは……今からでも裸エプロンに着替えるべきだろうか」

「お前とは何度か一緒に料理を作ったことがあるんだが? 大体お前さっき時と場所は弁えられると言っただろ。ならせめてあいつが帰るまでは大人しくしてろ」

「そう言われては仕方がない……ところでルーク」

「ん?」

「私の頭は撫でてくれないのか?」


 こいつ……ちょくちょく覗いてやがったな。

 何かあったとき助けてくれるつもりだったのかもしれないし、料理が進んでいないわけでもないからとやかく言うつもりはない。

 言うつもりはないが……頭を撫でるつもりもない。

 だからそんなにソワソワするだけ無駄です。さっさと料理しなさい。




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