第4話 「さらりと登場」
現在の位置は、ノーリアスとの国境付近から目的地に向けてやや進んだところ。全体の道のりの3分の1ほど移動した平地だ。
ここまでの道は比較的整備されているため順調に来れたが、ここから先は森や山脈など足場の悪い道が多くなる。安全を考えるなら夜の移動は控えるべきだ。場合によっては、馬車を置いて行かなければならない可能性もあるだけに足取りは確実に遅くなるだろう。
とはいえ、今回の個人的な目的は流星石の確保。
ついでに謎の勢力への対応もしなければならないが、今ある情報では人事的な被害が出ているわけでもない。
それだけに現状焦る必要はないのだ。
流星石が他の誰かに取られてしまうかもしれないが、元々誰のものというわけでもない。
俺より先に手に入れた者が居たとしても仕方がないことだ。交渉出来るならば交渉するだろうが、少なくとも暴力で奪う気はさらさらない。そんなことをしようとすれば、一緒に居る騎士から大目玉を食らってしまうのだから。
「せりゃあぁぁぁッ!」
気合の声と共に地面が爆ぜる。
怪力騎士ことアシュリーさんが愛剣を地面に叩きつけたからだ。
いや、この言い方だと八つ当たりしているようにも聞こえるか。正しくはシルフィに避けられ行き場を無くした剣が地面に直撃したが正しい。言わなくても分かるとは思うが、ふたりは今模擬戦中である。
何故ふたりが模擬戦をしているかというと、現在俺達は昼食の準備をしているからだ。
調理器具の関係上、全員でやろうとしても作業量が偏ってしまう。それなら2人ずつ交代で準備するのが望ましいとなり、今回当番から外れたふたりは待ち時間を有効活用しているというわけだ。
「振りが大きいですよ。まず隙を作ることを考えなさい」
「はい!」
アシュリーはシルフィの指導を素直に聞き入れ、先ほどよりも小振りに剣を振る。
ただアシュリーの持つ剣は、一見大振りな普通の剣にも見えるが玄武鋼を用いた魔剣である。非常に硬く衝撃などを受けても元に戻ろうとする力を持つが、その代償として並みの剣とは比べ物にならないほど重い。
そんなものを小振りだろうがまともに振れれば、刀身に巻き込まれた空気は唸りを上げる。
これだけ聞くと私服で行う模擬戦に真剣を使うな、と言いたくなる者も居るかもしれない。だがアシュリーの相手をしているのは、エストレア王国で騎士団長を務めているシルフィだ。根本的に実力差があり過ぎる。風のように舞うシルフィにアシュリーの剛剣は通用していない。
「アシュリー、腕力だけで振ってはいけません。重量のある得物を扱う場合、体重移動や腰の回転を利用することを意識してください」
「は……はい!」
少しずつアシュリーの動きは良くなるが、繰り出す斬撃は全て空を切る。
それに対してシルフィは怒りはしない。ただ少しでも手を抜くような素振りを見せれば、それを注意するようにアシュリーの顔近くに鋭い斬撃や突きを放つ。優しい顔の割に手厳しい教官様だ。
「おいルーク、あんま見てっと指切るぞ」
「ん? あぁ心配するな。野菜の皮むきくらいなら見なくても出来る」
魔竜戦役時代は前線で出ていれば動ける奴が食事の支度やらしなくちゃいけなかったし、ついこの間まで一人暮らしだったわけだしな。
「大体お前に料理を教えたのは俺だぞ。お前こそよそ見してると指切るぞ」
「オレだってこれくらい見なくても出来るっつうの」
対抗心を燃やすところでもないと思う。
だがユウは料理を始めた頃は緊張でガチガチだった。その頃と比べれば、たとえよそ見をしようと自然体で料理が出来るようになっている今の方が見ていて安心か。身体だって同年代の人間と比べたら丈夫なわけだし。過度な心配は煙たがられるだけだろう。
「しかし……オレは剣とかに詳しくねぇけど、そんなオレでも見てて分かるくらい力量の差があんな」
「まあ騎士団長と駆け出し騎士みたいなものだからな」
「駆け出しね……実際あのバカ女ってルークから見てどれくらいの腕なんだ?」
素人に毛が生えた程度。
そう答えたくもなるが、正直何を基準にするかで答えが変わる難しい質問だ。
「そうだな……正直俺も今の騎士団に力量には詳しくないから断定はできないが、まあ良くて中の下ってところだろう」
「え……あれで中に入んのか?」
「今騎士団に居るのは魔竜戦役が終わってから入った者がほとんどらしいからな。魔竜戦役の頃と比べれば、実戦を経験する回数も格段に減ってる」
一般的には平和になったと言えるのだろうが、騎士という職に身を置く者にとってはある意味不幸なのかもしれない。どんなに覚悟をしていても想像と現実は違うのだから。
「だから模擬戦で良い結果を残していても実戦では何もできない者だって居る。経験があるのとないのとでは雲泥の差だ。そういう意味ではあのバカは何度か実戦を経験しているし、人並み外れた怪力もある。だからまあ中くらいには入る気がしてな」
「ふーん……ちなみにシルフィは?」
「聞く必要があるのか?」
あいつは魔竜戦役を生き抜き騎士団のひとつを任されてる女だぞ。言うまでもなく上の上に決まってる。
「その言い方からして察しはついた。じゃあルークとシルフィだとどっちが上なんだ?」
「単純な能力だけならあっちだな」
「即答だな。ルークだって相当な腕前だろ?」
「剣だけならな。ただ俺の剣とシルフィの剣は扱う得物が違う。それにシルフィは俺よりも遥かに保有してる魔力も多ければ使える魔法も強力だ。何より俺は鍛冶職人であっちは騎士だ」
ユウは最後の言葉の真意が理解できなかったようで小首を傾げる。
考えれば単純な話だ。鍛冶職人と騎士では実戦を行う機会に差がある。ここ最近は荒事に巻き込まれているため、多少なりとも戦闘の勘も養われているが魔竜戦役時代と比べれば大分鈍っている。
シルフィも当時と比べれば鈍っているかもしれないが、剣を握る回数は俺よりも多いはずなので戦闘の勘で劣るのは俺の方だろう。
そのことを説明しようかとも思ったが、それまでの説明である程度納得出来たのかユウの視線は手元の野菜の方に戻っていた。皮は見らずに剥けても芽の部分は慎重になるらしい。
「ねぇねぇ、今何してんの? 何作ってんの?」
「何ってスープ用の野菜を皮剥いてんだよ」
「ほぅほぅ野菜のスープ。うんうん、簡素だけど家庭の味って感じがして良いよね」
「家庭の味ってオレの味付けはルークから教わったのだけどな……うん?」
ユウの顔に疑問の色が浮かぶ。
それも当然だ。今ユウが話していた相手は俺ではない。無論、アシュリーでもシルフィでもない。あのふたりは今も目の前で模擬戦中である。
とはいえ、声の主は会う度に非常に嫌な意味で印象に残ることをやらかす人物。一言で言えば、変態という称号が似合うエルフ様だ。
ユウは今回で会うのは二度目のはずだが、振り返るまでもなく相手が誰だか理解しているようでみるみる表情が険しくなっている。
「おっひさ~! 会いたかったよワンちゃん」
「ワンちゃんって言うな! オレは犬じゃねぇって言っただろうが。つうかオレはてめぇなんかに会いたくはねぇ!」
「やれやれ、そんなに照れなくても。まあ正直なことを言うと、ヴィルベルさんもそこまで会いたくはなかったけど。そこまでワンちゃんに興味ないし」
「だったら会いたかったとか言うな!」
ユウの怒りの度合いを現わすように彼女の手の中にあった野菜が砕け散る。
食べ物を粗末にするなと注意したいところではあるが、会話している相手がヴィルベルということを考えると仕方がないとも思える。
しかし、あのヴィルベルのことだ。自分が満足するまでは周囲を振り回すに決まっている。ユウはしばらくヴィルベルの玩具にされるだろう。
そう踏んだ俺は、一段落するまで調理を進めることにした。
ただ急に騒ぎ始めたユウに騎士様方は意識を惹きつけられたらしく、模擬戦を中断し慌てた様子でこちらに駆けよってきた。
「どうしたの! ……って、あんたは!?」
「何者ですか!」
嫌悪感の混じった驚愕の表情を浮かべるアシュリーに対し、初対面であるシルフィは愛剣を握り直しながら警戒態勢を取る。
今のシルフィの視線は実に鋭く、並の男ならば委縮してしまってもおかしくない。
だがしかし、今その視線の先に居るのはエルフ。思考が一切読めないというか読みたくもない変態エルフである。シルフィの視線で威圧されている雰囲気は全くない。それどころか……
「何者かと聞かれたら! 秘密でもないので答えましょう。前回は空から颯爽登場! 今回はそのへんからさらりと登場。魔石と魔剣を愛する眉目秀麗な天才エルフ……金色の妖精ヴィルベルさん、ここにす・い・さ・ん♪」
といったように、ぶりっ子アイドルのような口上を述べながら最後には投げキッスまで決めた。
それを見たシルフィは理解が追いついていないようで呆気に取られている。一方アシュリーやユウはというと、強い不快感襲われたのかそれを吐き出すように「オエぇ~」と言い出す始末。実にカオスだ。
「あれれ~? みんなどうしたの~、何だか元気がないぞぉ。もしかしてヴィルベルさんの声が心に響かなかったのかな? じゃあ~もう1回だけ元気になれる口上やってあげるね♡」
「やらんでいい!」
「ぐぼぁッ――!?」
ユウの全力全開のドロップキックによってヴィルベルは飛んでいく。
何度も地面に打ち付けられ、転がり、そして……気づけば体勢を立て直し側転。最終的に高く跳躍して後方宙返りを決めた。ツッコミをボケに変えるための演出なのだろうが非常に過剰である。
「ふ……良い蹴りだったぜ。キリッ!」
「ウザい! 無駄に過剰な演出したのもウザいけど、それ以上にカッコ決めた顔とか少し良い感じの声とか何より最後にキリッ! って言っちゃうあたり凄まじくウザい!」
「そう褒めるなよボインちゃん」
「髪を弄りながらカッコつけるな! というか、ボインちゃん言う無し。そっちだって十分大きいでしょうが。というか、何であんだけ派手にぶっ飛んだのにあんたは無事なわけ!」
「そんなの……ヴィルベルさんだからに決まってるじゃないか。だってヴィルベルさん、天才だし」
「ウゼぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
ヴィルベルのあまりのウザさにアシュリーは両手で頭を掻きむしり始める。
その隣でユウも似たようなことを心で叫んでいるのか、同じような行動を取っている。
感性が似ている奴らだ。似た感性があるならもう少し仲良くすれば良いだろうに。
「落ち着いてくださいアシュリー。何故あの方が無事だったのか……それは攻撃が当たる瞬間に風の障壁を作り、同時に自分から後方に跳んで威力を殺したからです」
「このタイミングでまさかの解説ッ!?」
「あなた、言動はふざけていますがかなりの使い手ですね」
「うわ~お、警戒度合いが上がったぞ。ボインちゃんやワンちゃんと違ってあのお姉さんやべぇよ。戦闘力の面でもヴィルベルさんとの相性的な意味でも非常にやべぇよ……1番カモかなって思ってた真面目系美女にヴィルベルさん翻弄されちゃってんじゃん。いつもと立場が逆に……アハ、アハハハ」
誰が予想出来ただろうか。
あのヴィルベルが地面に崩れ落ち自嘲的な笑いを漏らす姿を。
いやはやアシュリー達と同じように振り回されるかと思っていたシルフィが、まさかヴィルベルの天敵だったとは。さすがは元超絶真面目系騎士、多少固さが取れてもその真面目さは不真面目を斬り捨てる。
「魔剣鍛冶~ヴィルベルさん傷ついた。傷心のヴィルベルさんを慰めて。ヴィルベルさんのご飯も用意して」
「あいにく4人分しか用意してない」
「じゃあワンちゃんのをヴィルベルさんに」
「ざけんなよこのクソエルフ!」
「そうだぞヴィルベル。育ち盛りの子供から奪おうとするな」
「ちぇ~、じゃあボインちゃんの分でいいや」
「まあバカ女のなら良いぜ」
「良いわけあるかぁぁぁッ! 自分のじゃないからってさらりと渡せないくれる。あたしだって育ち盛りだから。まだまだ絶世の美女に向かって成長中だから!」
育ちざかりは分かるとして……絶世の美女?
全員からそのような視線を向けられたアシュリーは……徐々に顔を赤くすると両手で顔を押さえてしゃがみこんだ。勢いだけで行動しなければ羞恥心を刺激されるようなことにもならなかっただろうに。
「……仕方ない。この変態の分も用意するか」
「イェーイ! さすがは魔剣鍛冶、話が分かる。愛してるぜ魔剣鍛冶~♡ 食事代は身体で払おう」
「いらん」
「つうかそのくだりは少し前に別の奴がやったぞ」
「なっ……こ、このヴィルベルさん以外にそんな変態が居ただと!?」
あいつはバカ真面目だっただけで変態ではなかったけどな。素養がないかと言われると怪しいが。
というか、自分のこと変態だって自覚あったんだな。まあ自覚があっても直す気なんてさらさらないんだろうが……それ以上に
「へぇ……何かしら身体で払おうとした人が居たんだ」
「ルーク殿、ユウ殿が知っているということはあなたも知っていることですよね? そこのエルフの方のこともですが……そのへんじっくり聞かせてくださいね」
不機嫌な彼女面している少女と絶対零度の微笑みを浮かべる騎士団長。このふたりの相手をする方が大変そうだ。
今更とは思うが……俺の周りっておかしな奴ばかりじゃないか?