第4話 「ジジィは悩みの種」
アシュリーとオウカが会合した日から数日。
またアシュリーが来るかと思うと、実に神経の休まらない日々だった。
何故なら……アシュリーとオウカは相性が悪い。いや悪すぎる。
一見オウカは何でも出来そうなカッコいい女性に見せてしまう。それに本人としては事実を言っているだけなのだろうが、アシュリーの解釈も相まってとことん騒がしい方向性に行ってしまうのだ。
さらにオウカもオウカで生真面目というか正義感の強さもあってか、アシュリーの物言いに反論を述べたがる。
故に互いが罵倒するような流れとなってしまい、止めようとしたユウも気が付けば参戦し……どうなったかなんて言うまでもなかろう。
そのためアシュリーに対し仕事に専念しろ。オウカが出ていくまでは家に来るな。そう思いながら生活していたわけである。
しかし……!
現在俺はアシュリーの来訪した日よりも格段に精神的に負荷を掛けられている。その原因は目の前に座っているにやけ面の大男が原因だ。
「ルークよ」
「何だ?」
「お前との付き合いもそれなりに長いわけだが……ああいう女子が好きだったとはな」
ガーディスの視線が窓の方へと動く。
窓から見える庭には超絶見かけ倒しなポンコツさんことオウカが木刀を振っている。幼い頃から武に打ち込んできた女なだけに毎日欠かさず訓練しているわけだ。ガーディスが来てなければ、今頃それに付き合わされていたことだろう。
「ふむ……顔立ちは凛としておるし、一見細身に見えるが無駄なものがないのだろうな。あの手の者はさらしなどを巻いておるだろうし、身体つきも女性らしいのだろう。髪色から見るに東方寄りの血を引いておる。あればかりは血筋……アシュリーやシルフィは染めぬ限り無理なことよ」
「あいつは一時的な居候だ。大体まじまじと観察して分析するな。あと何でそこであいつらが出てくる?」
「がはは、良いではないか。気づかれないように見る分には不快感も与えぬだろう」
それがこの国の騎士団の一角を率いる団長の言うことか。
最近はまだしも……前はふらっと訪ねてきたかと思えば、今から風俗に行くからお前も付き合え。なんてことばかりだったし。
その年でまだ枯れてないのは凄いとは思うが、もう少し尊敬される年の取り方しろよ。俺からすれば、本当お前はただのエロジジィにしか見えないからな。
「それと問いの答えだが、お前と親しい女子など数えるほどしかおらぬだろ。あやつらを除けば……女王といった戦時の頃に付き合いがあった者くらいではないか」
それはそうだが……戦時の頃から考えても女王と親しくしている覚えはないんだが。
俺は過去に英雄のひとりとして魔竜戦役を戦った。現女王……あの頃はまだ姫だったが、武闘派かつ騎士達を鼓舞する存在として数多の戦場に身を投じた。
故に面識はあるし、話したこともある。また現女王は
神剣を超える魔剣を打つ。
俺のこの考えに賛同してくれ、鍛冶屋を始める際には色々と手を貸してくれた。
その話題を出せば「世界を救ってくれた礼と考えれば安いものだ」とでも言いそうではある。ただ事実だけ見れば一応俺の恩人とも呼べるわけで……。
しかし、戦後は滅多に顔を合わせていない。
そもそも、俺はもう英雄ではない。城下町の田舎で鍛冶屋を営む一般市民だ。
どう考えても気軽に女王と話せる立場ではないだろう。あっちからすれば、そんなことは知らんと一蹴されそうだが。
女王……いやあの女は、臣下や民の前では尊大にも見えるが優秀な王として振る舞う。
だが気を許したというか許すと決めた相手には自分勝手な振る舞いも辞さない。甘えていると取れるのかもしれないが、無理難題を吹っ掛けられる可能性もあるだけにあまり付き合いたくはないタイプだ。
「ついでにこれも言っておこう」
「いい。聞きたくない」
「そう言うな。最近お前が顔を見せぬと話す度に地味な苛立ちをぶつけられるワシの身にもなれ。1週間いや1ヵ月に一度とは言わぬが、せめて半年に一度くらい顔を出せ」
「断る。そもそも気軽に女王に会いに行く市民がどこに居る。お前が延々と苛立ちをぶつけられてろ」
そうすれば俺は平和に過ごせる。
ただでさえ身近に騒がしい奴が多いんだ。その中にはお前の関係者も居るんだから少しは俺が休めるようにしても罰は当たらないぞ。というか
「そもそも……今日は何をしに来たんだ?」
「そう急かすな。ゆっくり話そうではないか」
「あいにくこっちも暇じゃないんだよ」
「む? なるほど……まあお前も若いからな。日が沈まぬうちから欲望を発散させたくなるのも無理はない」
「斬られたいのかこのクソジジィ……」
「斬れるものならやってみるがいい」
挑発じみた笑みに壁に掛けてある刀を本気で取ろうかと思ったが、ガーディスと戦えばこのへん一帯の地形が変わってもおかしくない。このジジィの力はあの馬鹿力女のアシュリーよりも上なのだから。
周辺に被害が広がれば農家の人々に悪い。また庭には洗濯物も干してあるし、それに何かあればユウが怒るだろう。
クソジジィが自ら大人の対応をするとは思えないし、ここはこちらが折れることにしよう。将来剥げたら絶対こいつのせいだな。
「ちっ……いいから本題に入れ。人の色恋やあいつからの小言を伝えにきたわけじゃないだろ」
「やれやれ、お前はそんなんだから女子からモテぬのだ。まあ今身近に居る数少ない女子だけ見てもお前の女運はかなり良いがな。下手にモテるほうがかえって面倒か。がはははは!」
あぁもう……何で騎士団は、このジジィを注意する副官とかを傍に置かないんだ。そうした方が絶対に良いだろ。
「笑ってないでさっさと話を進めろ」
「仕方ない奴だ。本題だが……ルークよ、お前に折り入って頼みがある」
予想はしていたことだが、ここで真面目な顔をするってことは厄介事か。
「城下町を出て西に進むと自然豊かな山岳地帯があるのはお前も知っているな?」
「まあ」
「そこに近頃魔物が出没しており、山に入った者を襲っておる。このまま放置すれば近隣の村や町に被害が出るやもしれん。そこで、お前にその魔物を討伐してもらいたい」
「はぁ……どう考えても一般市民にする話じゃないな。普通俺より先に騎士を派遣するべきだろ」
「そうしたいのはやまやまだが……先日の魔人やヨルクの脱走の件で騎士団もバタついておる。それに聞いた話ではその魔物は極めて凶暴だそうだ。もしもの場合を考えるとワシやシルフィは動けん。かといってそのへんの騎士達だけでは、いたずらに犠牲者を増やす可能性が高い。だからお前に頼んでおるのだ」
ガーディスの立場と討伐できる可能性を考えれば正しい判断なのだろう。
話を聞いてしまった以上、今後もしも被害が出たという話を聞いたら間違いなく気分が悪くなる。自分が冷めきった人間ではないと安堵できることかもしれないが、最近厄介事に巻き込まれ過ぎてる気がしてならない。
「何もお前だけに任せるつもりはない。騎士団からも優秀な者を何人か案内兼護衛役として付ける。お前の個人的な伝手で手を借りても構わん。何なら外に居る彼女でも構わんぞ。少々太刀筋が綺麗過ぎるがそれなりの腕があるのは間違いなかろう」
確かにそのとおりだが……お前はあいつのポンコツさを知らないからそんなことが言えるんだ。
家事・炊事・洗濯といった世間一般で女子力として分類されるものだけが低いならまだいい。問題なのは十中八九、彼女は魔物相手には戦えないことだ。
そんな奴を連れて行くなんて自殺志願者を連れて歩くようなもの。魔物の討伐を考えるなら俺と騎士団の人間だけがベストだろう。
「さっきも言っただろ。あいつは一時的な居候。あいつ用の刀が出来上がればここを出ていく。魔物を狩るのは俺と騎士団だけで十分だ」
「その言葉は頼みを聞いてくれるという解釈でいいのだな?」
「この国の現状を考えれば仕方ないからな。ただその代わり……もうしばらく女王の防波堤になっとけ。こっちもこっちでやりたいことがある。顔を出すのはそれが一段落してからだ」
「よかろう」
肯定の返事は来たものの……正直女王から本気で何か言われたらその指示に従うだろう。
それに割とこの男は平然と嘘を吐くこともある。そのときが来たら「そのようなこと言ったか? 最近どうも物覚えが……」などと言って逃れようとするはずだ。
故に今の約束が守られるとはあまり思えない……が、放置しておいていい問題でもない。すでに犠牲者も出ている。世の中には必要な犠牲というものはあるが、その数が少ないことに越したことはない。何より今回の場合は必要ではない犠牲だ。
「いつ出立できる?」
「何もなければ明日の朝にも刀は出来る。国内とはいえ日帰りできるものでもないだろうからな。その準備も考えると早くても昼くらいが望ましい」
「うむ、ならばそれくらいに騎士団の者を向かわせる。ルーク、ワシの分まで頼んだぞ。ではこのへんで失礼する」
「ああ」
嬉々として出ていくガーディスを見送った後、俺は盛大に大きなため息を吐いた。
明日の朝に刀が出来る。その言葉に嘘はない。
断魔鋼を使った刀は何度も打ってきたし、打つための材料も揃っていたのだ。刀身の長さなどをオウカ好みに調整する手間はあったが、すでに最終段階のところまで来ている。なのでほぼ間違いなく明日の朝には刀が完成するだろう。
俺が危惧していることはふたつ。
ひとつはオウカが刀を受け取ってすぐに旅立つかどうか。たまに出かけたりはしていたが、基本的には家に居た気がする。旅費が貯まっているとは思えない。そうなるとまだ家に居ようとする恐れがある。
もうひとつは……「魔物狩りですか? ならば某も共に参りまする!」となる場合だ。魔物を相手にすると身体が固まってしまう奴がアホなことを言うなと言いたくなるが、ポンコツ侍の性格を考えるとありえない話ではない。
「……やめよう」
今考えても鬱になるだけだ。
とりあえず今はオウカの刀を仕上げることだけ考えよう。明日のことは明日考えればいい。現実逃避しているだけのような気がしないでもないが、このまま負のスパイラルに追い込まれるよりはマシだろう。そのときになれば俺も覚悟が決まるだろうし……
「魔剣鍛冶殿殿! 何やらお疲れのご様子ですがよければ某と手合わせを!」
「……まあ少しだけならいいだろう」
「本当ですか!? まさか肯定の返事をもらえるとは。某、魔剣鍛冶殿に無駄な時間だったと思われぬよう誠心誠意励む所存!」
本当前向きというか元気な奴だな。自然にディスってたようにも思えるけど、まあそこは許してやろう。何故なら
「これだけやる気があるなら多少八つ当たりしても大丈夫だろうしな」
「うん? 魔剣鍛冶殿、某……今良くないことを聞いたような気がするのですが?」
「気のせいだ。やるならさっさと準備しろ。ユウの飯がいつもより美味いと思えるくらいには扱いてやる」
「若干その物言いは恐怖を感じますがせっかくの機会。このオウカ、全身全霊で臨ませてもらいまする!」
ほんと元気だね。
俺もお前くらい楽観的というか目先のことだけ考えて生活出来たら楽なんだろうな。単純に俺の周りの人間が変われば問題なくなる気もしなくもないが……現実は残酷である。