第2話 「見かけ倒しのポンコツ侍」
俺とオウカという女性は向かい合う形で腰を下ろしている。
彼女の横には腰に差していた刀が置かれており、使い込まれてるものではあるが多少知識があるものなら業物だと分かる。
「ほいお茶」
「お気遣い感謝致す」
「別にいいって。じゃあオレまだやることあるから。お茶が切れたら声かけて」
ユウはお茶を出し終えると素早く厨房へと戻って行った。おそらく夕食の下準備しておくのだろう。
「血は繋がっていないように見えるが、良い娘さんであられるな」
「ただの居候だ。まあ……年齢を考えればそれに近いものはあるが」
「某が見た限り魔剣鍛冶殿はまだ若そうに見えるだが?」
「もう20代半ばだ」
この世界では10代で結婚して子供を授かる者も多いだけに、俺くらいの年齢でユウくらいの子供が居ても不思議ではない。
俺がアシュリーよりもユウに甘いところがあるのもそれが理由だろう。まあ悪さをすれば容赦なく注意はするが。
「となると某の少し上なのだな……魔剣鍛冶殿」
「ん?」
「20歳を超えても結婚していない女は生き遅れているのだろうか? 未だに殿方とお付き合いしたことがない女は手遅れなのだろうか?」
何故俺は初対面の相手に恋愛絡みの相談をされているのだろうか?
「別にそうは思わない。人の幸せなんて人それぞれだし、何かやるべきことがあるなら結婚が遅れるのも仕方がない話だ」
「そ、そうか! いやそうであるな。うんうん、なら幼い頃から剣ばかり振ってきた某にもまだ機会が……」
……本当に剣だけ振ってきたのなら若干手遅れのような気もするが。
俺の知り合いにも武人の類は居るが料理や洗濯といった家庭的なところはあるし。まあでも世話好きで主夫になりたい奴と知り合えれば、何もできないままでも結婚できる可能性はあるだろう。
「それで……用件は?」
「う、うむ! つい脱線してしまった。すまない……某の用件はただひとつ。某に魔剣を打って欲しいのだ」
これまで魔剣は知り合い相手くらいにしか打ってこなかったが、魔剣を打つ技術を高めるためにも今後は打つべきだろう。
農具を作るよりも魔剣を作る方が高額な収入が得られるわけだし、ユウが住んでいることで前よりも食費や衣類に掛かる金額も増しているのだから。ただ……
「まあ仕事として頼まれれば打ちはするが……その刀、見た限りそれなりの業物のようだが?」
「さすがは魔剣鍛冶、その観察眼は確かなものだな。しかし、某には頼まねばならぬ理由があるのだ……」
オウカは自身の刀を手に取るとゆっくりと引き抜いていく。
鞘から刀身が半分ほど現れたところで刀は完全に抜けきってしまった。これは小刀を納めていたわけではなく、単純に刀身の中程から先が折れてなくなっていたからだ。
「なるほど、理由は分かった。しかし……鋳型による鍛冶が主流になってきているとはいえ、溶かして鍛え直せる鍛冶職人も居るだろ? それなのに何でわざわざ魔剣を欲しがる?」
「それは……この刀は代々我が家で受け継がれてきたものなのだ。折れてしまったのは某の腕が未熟だったのもあるが、他の鍛冶職人に見せたら寿命だとも言われた。無論、魔剣鍛冶殿が言うように鍛え直すことも出来たのだが……」
オウカは目を伏せる。
その表情と雰囲気から何となく予想は出来るのでここで止めることも出来るが、一瞬の間の置いてオウカ再び口を開いた。
「某の生まれ育った村は魔物の被害に遭うことが多い場所なのだが、武術に優れた者も多く自分達の手で村を守ってきた。そのためその村の子供は10歳を超えた頃から武者修行として村を出るのだ。そして世界を旅して回り、魔物を狩りながら伴侶を見つけ、村へ帰ることが習わしになっている」
「そうか……」
「某も今旅をしている最中なのだが……つい先日父上が亡くなったという知らせが届いた。家も魔物に壊されてしまって何も残っていないらしい」
「…………」
「だから……某と父上と繋ぐ絆はもうこの刀しかないのだ。鍛え直せば刀は直る。だがそれではもう別の刀になってしまう……それでは絆が……繋がりがなくなるような気がして。だからこの刀は村に戻った時、このまま父上の墓標に供えたいのだ」
「……そうか」
俺からすれば共に過ごして親が子に武術を伝えればいいと思う。それだけにオウカの村の風習は時代錯誤のようにも思えるのだが、そこに住んでもいない者が口を出すのも間違っている。
俺に出来ること。それはオウカの意思を組んで新しい刀を打つことだけだ。
「理由は分かった……だがもうひとつだけ聞いておきたい。その刀は魔剣じゃない。別に魔剣にするなと言うつもりはないが、俺より腕の優れた鍛冶職人に刀を打ってもらう方がいいんじゃないのか?」
「そ、それも……考えたのだが」
「また訳ありなのか?」
「う……うむ」
何やら微妙な顔をしているが……先ほどの話以上に話しずらいことなんてそうないと思うのだが。
「その……信じられないかもしれないが疑問を抱かずに聞いてほしい」
「ああ」
「じ、実は……そ、某はこれまでに魔物を斬ったことがないのだ」
……うん?
「言いたいことは分かる! 皆まで言うな。某の村は世界を回って魔物を狩るのだろ? そもそも10代で旅に出ているはずのに今まで1匹も斬ったことがないなんてあるのか? とか思うのは当然むしろ必然。しかし……それでも某は本当にこれまで魔物を斬ったことがないのだ!」
拳を握り締めて宣言するほどのことじゃないぞ。というか……
「それならお前……どうやって今まで旅してきたんだ? さすがにずっと自給自足なわけないだろ」
「うむ。街を訪れた際は、ちゃんと宿に泊まったり食料の補充はしていたぞ。某も武人とはいえ女だからな。ずっと野宿が続いたりすると身体を清めたくなる」
旅をしているなら水浴びが出来なかったりするのは仕方がないことだが……女子力をアピールしてくるなら身体は毎日清めてるくらい言うべきなのでは。
今の言い方ではたまに入ってませんと言っているようなもの。
俺は戦争を経験しているし、一時期魔石のために旅をしていたこともあるのでそれほど気にはしないが、普通の男からは不評だと思う。
「旅費の稼ぎ方としてはまず日雇いの仕事を考えたのだが、何分某は幼い頃から剣の修行ばかり。失敗の連続で稼げそうにないと悟った」
「そうか」
「うむ。ならばこの武を活かし傭兵として依頼を受けようと考えたが……意味もなく人を斬りたいとは思わぬし、魔物を目の前にするとどうにも昔から緊張しまい……その、刀すらまとも抜けなくなってしまうのだ。この刀も先日魔物と相対した時、どうにか半分までは抜けたのだが敵の攻撃を防いだ時にぽっきりと逝ってしまって」
「……そうか」
「うむ! しかし、それまではちゃんと別の方法で稼いでいたのだぞ。剣の修行は行ったことがないからな。それを活かして演舞を行っていた。催し物として必要としてくれる者も多かったのでな!」
胸を張ってドヤ顔で語ってくれたわけだが……。
こいつダメだ。語れば語るほどポンコツにしか思えなくなる。そりゃあ結婚相手も見つからんわ。
「……で、それがどう魔剣を求める理由に繋がるんだ?」
「それはだな、やはり魔物狩りをしてきた一族の末裔としては魔物を狩るのが使命。しかし……某は魔物を前にするとダメダメになってしまう。そこでだ!」
「いや、もういい」
「そんな殺生な!? ここまで語ったのだから最後まで言わせてくれ。というか、言わせてもらう。聞いた話では魔剣鍛冶殿は退魔の剣を打てるというではないか。それさえあれば某も緊張せず戦えるのではないかと考えたのだ!」
いやいや、精神的な安定は得られるかもしれないけどさ。それだけで変わるほど人って単純じゃないと思うよ。
明るく力説してくれたけどさ、昔から魔物の襲撃が多かった場所で育ったんならトラウマのひとつやふたつあるんじゃない? 多分君が魔物と戦えないのはそれが原因だよ。故に……
「事情は分かった」
「では!」
「あぁ、今すぐ帰ってくれ」
「何故そうなる!? 先ほど仕事として頼まれれば打つと言ったではないか!」
確かに言ったけども……社交辞令ってものがあるでしょ。
それに……ザ・剣の達人じみた雰囲気出していた相手が、まさか蓋を開ければポンコツ侍だったなんて普通思わないだろ。関わると面倒事に巻き込まれそうな気配しかないし、断るのは当然ではなかろうか。
「か、金ならある!」
テーブルに置かれた袋を手に取って開けてみたが……
「……まったく足りないんだが?」
「やはりか……」
「おい」
分かってたのなら最初から頼むな。
そう続けたかったがそれよりも先にオウカが跳ぶようにこちら側に移動し、無駄のない無駄な動きで華麗な土下座を決めた。
「魔剣鍛冶殿、どうかお頼み申す! 某に退魔の剣を打ってくだされ。ここから移動しようにももう旅費がないのだ。た、足りない分は……その……身体で払う所存! だからどうか某に剣を打ってくだされ!」
おいポンコツ侍、情に訴えようとする試みは悪くはないが……これだけは言わせてもらう。
てめぇ……奥に子供が居るって知ってて今の言葉言ったんだよな? ここでオーケイしたらその後俺の身に何が起こるか考えて言ってんのか?
「帰れ」
「そこをどうか! 某を助けると思って!」
「今日会った赤の他人だろ」
「そこを何とか! 宿に泊まる金もなければ、演舞などで稼ぐことができない状況なのです。野宿なんてしようものなら見回りの騎士に何をされるか分かりませぬし。あと魔剣鍛冶殿は剣の達人とも聞いておりまする。ついでに某に手解きを! 出来ればしばらくここに置いてくだされ! そ、その分の代金も……某のか、身体で払いますので!」
恥ずかしいと思うなら大声で言うな!
というか、お前どれだけ図々しいんだよ。あのバカで自分勝手な騎士様より我が侭な客はお前が初めてだ。会えて全く嬉しくないがな。
「さっさと帰れ。もう二度と来るな」
「魔剣鍛冶殿ぉ~そこをなんとか。某にはもう魔剣鍛冶殿にしか頼る相手が居らぬのです。ここで見捨てられたら某は故郷にも帰れず、父上の墓にも線香も焚けず、男も知らぬまま生涯を終えてしまうのです!」
その順番だと父親よりも男を知ることの方が上のように思えるのですが?
あと足に抱き着くのやめてもらっていいですか。こんな状況を誰かに見られたら非常に面倒なことになるのですが。
「ルーク……」
「ユウ……言っておくがこれは」
「いや、話は聞こえてたから分かってるよ。そのうえで言うけど……もうさ~絶対そいつ引き下がらないだろうし、魔剣打ってやれば? 途中で会ったからとはいえ、ここに連れてきたのはオレだし。何かあっても文句とか言わねぇからさ」
「だそうです魔剣鍛冶殿! ユウ殿もこう仰ってくれていますし、どうか某を助けてくだされ!」
アシュリーといいこのオウカという女といい……自分より一回り近く年下の子供の方が大人な対応をしていることに何も思わないのだろうか。
というか……今年に入って俺は厄介な奴と出会い過ぎてないか?
今年は厄年なのか。だからこんなにも面倒な女とばかり出会ってしまうのか。いったい俺が何をした?
「はぁ……変な真似したら即行で叩き出すからな」
「それでは!」
「ああ……魔剣も打ってやるし、しばらくここに置いてやる。ただしその分の代金は」
「無論、某の身体で……!」
「ちゃんと働いて稼いだ金で返せ」
身体で払うにしても俺に直接じゃなく、風俗にでも雇ってもらって他の男が払った代金にしろ。直接俺に払おうとするな。知り合いの騎士達に知られでもしたら何が起こるか分かったもんじゃない。
「はぁぁ……何でこうなるんだか」
「魔剣鍛冶殿、ため息ばかりでは幸せが逃げると言います。たとえ辛いことがあっても我慢した方がよろしいのでは?」
お前のせいで辛いと思ってるんだよ。ため息が出てるんだよ。
亡くなった親父さんにこんなことを思うのも悪いんだが……もう少しちゃんと子育てしてから旅に出してくれ。こんなんじゃ誰も嫁になんかもらいたがらないから。
もしも自分の手に余るから旅に出したのなら……ハハハ、笑い事ではないが笑うしかない。
これからしばらくの間、俺の生活はどうなってしまうのだろうか。
出来ればあの騒がしい騎士にだけは来てほしくないが……こういう時に限って頻繁に来たりするんだよな。もしそうなったら呪われてる気がしてならない。
神よ、どうか存在するのなら俺の心身を守ってくれ。毎日なんて望まない。このポンコツ侍がいなくなるまでの間だけでいいから……。




