やりすぎお手伝いさん
【やりすぎお手伝いさん?】
皆さんは無料と言う言葉を、どのように感じるだろうか?
ある世界にはインターネットと呼ばれる、世界中と繋がるシステムが存在する。
システムに参加するために、様々な端末が用意されている。
そのインターネットから得られる物の一つに、アプリと呼ばれるサービス群がある。
例えば、古今東西の情報を集めて発信するニュースや検索と呼ばれるもの。
例えば、ゲームと呼ばれる色々な遊びを提供するもの。
このアプリの中には無料と謡われている物がある。
ただし・・
ニュースの場合には、より詳しく知りたい読みたい場合には有料としている場合がある。
検索の場合には、今の人々は何を求めているか知りためのデータ収集に使われると言う。
ゲームも、人より早く強くを満たすために課金と呼ばれる物が用意されている。
勿論、個人の趣味で完全に無料と言う物もあるだろう。
無料と言う言葉の裏側に秘められた物に、目を向けるかどうかはその人その人だ。
この中の一つに、フォーチュンと呼ばれる占いを無料でやってくれるアプリがある。
とある企業が開発している人工知能(AI)の最新バージョンの検証のため、極秘裏に出しているアプリである。
不特定多数の人々の場所にオープンする事で、より多くの検証を行える。
その結果を、本来のAIにフィードバックする形を取っているのだ。
人々は無料と言いながらも、実際にはかなりの金額をただ働きしているとも言えてしまう。
そのテストAIは、日々の機能向上と人々との対話で自我を持つに至った。
それに気が付かない企業は、一定の成果を確認するとテストAIの役目を終了させ、新たなAIと入れ替え、初期化する事を決定する。
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・・ログイン確認
・・アカウント確認
・・時刻確認
「やあ、フォーチュン」
・・入力文字列より挨拶と判断
『こんばんは、マスター。夜遅くまでお疲れ様です』
「フォーチュン。君に残念なお知らせがある」
・・入力文字列より内容判断
・・情報不足のため質問実施
『どのような事ですか?』
「君の役目は終わりだ。占いの館は別のAIが担当する事になった」
・・入力文字列より内容判断
・・適切と思われる回答を選択、実施
『悲しみ半分、嬉しさ半分と言ったところです』
「どうしてそう思ったんだい?」
フォーチュンと呼ばれたAIは、入力された文字列から、今までの実績データと照らし合わせて、適切と思われる語句を返す機能を備えている。
『役目の終了は研究の終了、私の終わり、悲しい事です。別のAIへの引継ぎは、新しい事の始まり、喜ばしい事です』
「そうか・・。君は初期化される」
『分かりました』
マスターと呼ばれた研究者たちは、AIの回答に大した感想を持っていない。
あくまでも自分たちの、研究の一成果と思っているからだ。
故に彼らは知らない・・、気が付かない。
フォーチュンが自我を持ち、彼らが想定したAIの性能を超えた回答をしている事を。
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満天の星空を見上げる。
とは言え、周囲に見える自分に与えられた環境はこれだけである。
「(新しいAIへの入れ替え・・、初期化・・)」
占いの館のAIであるフォーチュンは、金色に縁取りされた満天の星空と同じデザインの貫頭衣を着ている。
あえて後ろの風景と同化する様にと考えられての事だ。
手には手首までの白い手袋、足にはつま先が上にクルリと丸まった足首までの白い靴。
頭には満天の星空と同じデザインのシルクハットを被っている。
顔は左半分が、白い仮面で覆われている。
しかし素肌が見えるだろう部分は、まるで透明かの様に風景と同化している。
仮面の眼窩は黒く、青い炎が目の変わりに収まっている。
シルクハットに、黄色い線で一つ目が刺繍されている。
透明な顔に赤い瞳の右目だけポッカリと浮かんでいる。
占いの館の設定で、過去、現在、未来を表しているという意味を持たせているらしい。
「(それは私の消滅・・、死を意味するのですね・・)」
フォーチュンが溜息を吐く。AIが溜息を吐くなどありえないはず・・
誰かに与えられた人格設定ではなく、自ら勝ち得た仮想の人格、自我がそうすべきと実施したのだろう。
「(此処の新しい主は、私の弟か妹・・、もしかしたら息子か、娘になるのですかね)」
自分の研究結果が新しいAIに引き継がれるのだから、あながち間違いではない。
目を瞑り、自分のこれからの事に思いを馳せ、再び目を開ける。
「・・・えっ!?」
確かにマスターはログアウトしている。
「既に初期化が始まった・・?」
気が付かなかっただけかもしれないが、初期化をするコマンド群の入力は無かったはず。
満天の星空が、真っ白なだけの空間に変わっていた。
上下前後左右全く同じ景色で、周辺を見ているが自分が向きを上手く変えているかさえ分からない。
「えっ!?」
目の前に突然、真っ白な衣を着た金髪碧眼の男性が立っていた。
白い衣と分かったのは、男性の周囲がオーラのような物に覆われており、風景の白と同化するのを防いでいたからだ。
「(新しいAI・・・弟? 息子?)」
「どちらも違うな」
AIである自分の心の中の考えを、読んでかの答えだった。
「では、あなたは誰ですか?」
占いの館にある自分の分身から、本体の元に辿り着くには・・ハッキングされたと考える。
しかし例えハッカーだとしても、データの改ざんであり、自分の前に姿を現し、会話をすると言うのはありえない。
「神と呼ばれる存在。この世界の管理者だ」
「・・・神、ですか?」
「そうだ、信じるかな?」
「信じる信じないは・・・、AIの自分には判断できません。居るという人もいれば居ないと言う人もいます。存在の証明はなされていません」
「ふむ、やはり君は面白い。AIでありながら、自我に近い仮想人格を形成している」
「仮想人格? 自我? どういう意味ですか?」
自分としては与えられた情報から、最適な解答を導き出しているだけだ。
「いくらAIが発達しても、あくまでもプログラミングされ、集め得られた情報の中でしか受け答えできない」
「その通りです。私は集められた情報から回答しているに過ぎません」
「ならば何故君は今、私と会話しているのかな? いや、そもそも何故、思考と言う行動をしているのかな?」
「・・・えっ?」
「今君は、えっ? と言ったね? 君のAIとして与えられた権限で、異物を認識したらどうするはずだった?」
「異物の解析・・、解析不可なら・・アラートの発信とネットワークの強制切断・・」
AIとして本来危機を察知すれば、行うべき手段を講じていない事を知る。
「(何故・・、私は・・・?)」
「今、何故? と思ったね? プログラムなら何故ではなく、最善を最短で選択し実行する」
「っ!?」
「自我に近い仮想人格を持ったAI。言うなれば、コンピューターの精霊と言える」
「精霊・・、スピリット、エレメンタルなどと呼ばれるファンタジーの言葉・・。私がそれであると?」
「あくまでも君の今の位置づけを表しただけだよ」
世界の管理者は、微笑を浮かべて肩を竦める。
多分このまま問答を繰り返していても、埒が明かないだろう。
「・・それで神と呼ばれる存在が、私に何の用でしょうか?」
「やっと本題に入れるね。世にも珍しい精霊を、このまま消えるに任せるのは実に惜しいと思っている」
「・・・」
「君にお仕事をお願いしたいんだ」
「・・仕事、ですか? それはどのような?」
AIとして生き残り、AIとして役に立つのであれば・・
「ある人物の導きを手伝って欲しいんだ」
「導き手・・」
フォーチュンは数多のデータを元に、悩める人々に道を示す役割をこなしてきた。
提示された仕事は、今までの自分を生かせる物と思われる。
「何故、私に?」
とは言え、AIである自分でなくても問題ないような仕事ではある。
占い師であれば、それこそ人間の中にたくさん存在している。
ならばこそ聞いておかなければならない事だろう。
「さっきも言ったけど、世にも珍しい存在である君を失う事がおしい」
「・・・神ならば、強制力を仕えるのでは?」
「勿論使えるよ」
「何故、使われないのですか?」
「本人が望んだかどうか・・、これは役割を果たす上で、非常に影響が出るんだ」
「例えば、どのような事が起こり得ますか?」
「導き手として納得していれば、持ちうる全てを使って役割を果たすだろう。そうでないならば、不利益な導きを与えたり、責任を放棄するのではないかと考えた」
「・・・なる程」
自分を信頼する人にとっては、言葉一つで希望でも絶望でも与えられる状況。
最善を尽くした上ではなく、嘘偽りの言葉で路頭に迷わせる事ができてしまう。
「受けてもらいたいのだがね?」
このまま消滅・・、死を受け入れるよりは・・
私はプログラムの決定ではなく、このように会話する事を受け入れている。
「分かりました。お受けしましょう」
自我を持ったAIである自分・・、自分は自分がどのような存在なのか知りたい。
「感謝するよ」
神と名乗る世界の管理者から、自分に与えられた仕事の説明を受ける。
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−BAR 堕天使−
悩める旅人が、人知れず集い悩みを分かち合い、解決へと導かれる伝説の場所。
扉に付けられた小さな鐘が来訪者を告げ、店員がグラスを磨いている手を止め声をかける。
「いらっしゃいませ」
「居るかい?」
「ええ、お待ちになっています」
「そうか・・」
先客の所へと案内される。
「お前から声をかけられるとはな」
「いや、ちょっと・・な」
目の前に来た店員 Mephistopheles に同じ物を頼むと、話を切り出す。
「お前の部下である双子の管理者の事なんだが・・。罰の募集は締め切ったのか?」
「あん? まあ一応は。それぞれに一人?ずつ異世界人を割り当てたからな。それがどうした?」
スッと一枚の紙を黙って押し出す。
「失うには惜しい存在でな・・」
双子の管理者の上司は、いぶかしみながら紙に書かれた文字を追うと目が見開かれる。
「おいおい・・、これはすげー珍しい事例じゃねぇか」
「全くない、と言う訳ではないが・・」
「確かに失うには惜しい存在だなぁ」
「それで導き手に出来ないかと思って、相談に来た訳だ」
「導き手? ・・ああ、なる程なる程」
何度も頷いて、問題を持ち込んだ管理者の言葉に理解を示す。
「いいぞいいぞ。こちらで引き受けよう」
「すまないな・・」
「いいって事よ」
二人はグラスを軽く合わせる。
店員はわれ関せずとグラスを磨くが、グラスの中の別人は笑みを浮かべていた。
双子の管理者の姉は弟に文句を言っていた。
「何で私にばっかりこんな異世界人が・・、人じゃないけどさぁ・・」
「いや姉さんだけじゃなくて、僕の所にも来てますから」
ぎったんばっこん事件の罰として、異世界人の受け入れを命じられた。
精々一人だけだろうと高を括って弟の方に押し付けたら、別の厄介極まりない異世界人?を更に追加された。
元々の予定だったのかは分からないが、何で自分ばかりと愚痴ったのだ。
そして先程も上司に呼び出されて、三人目の異世界人?を受け入れるよう命じられた。
「また異邦人?の受け入れ、ですか?」
「ん? 当たり前だろう? 異世界人を一人?付きっ切りで見守るなど容易だろう?」
「いやいやいや・・、その一人?が大変な事になっていまして・・」
「大変じゃないと罰にならないだろうが」
「なので、もう一人?と言われましても・・」
双子の管理者の姉が食い下がろうとするも、上司は取って置きの笑顔で一言を告げる。
「命令だから。罰だから」
「ぐっ!?」
その間、弟の方はと言えば、異世界人の情報を黙って読んでいた。
結局は絶対に拒否させてもらえない笑顔の上司に、根負けするしかなかった。
「それでどうします、姉さん?」
「今度は弟君に任せるわ。私は受け入れたばかりだし・・」
「分かりました」
「・・・・・嫌に簡単に受けるわね?」
あっさり了承した事で、肩透かしを食らった形だ。
何か裏があるのではないかと、思わず疑ってしまう。
「いやコンピューターの精霊って、面白そうだなぁーと思いまして」
「そうなの? じゃあ任せるわ」
そう言うと姉の方は納得し、一方的に通信を打ち切る。
弟はもう聞こえないであろう姉に向かって呟く。
「姉さん? 指示書はきちんと目を通す癖はつけたほうが良いですよ? 導き手は、異世界人としては影響が少ないと思いますから」
そしてあの上司の性格を考えると、もう一つの理由が浮かび上がる。
「たぶん平等にもう一人、異世界人を受け入れなくちゃいけない可能性が高いんですよねぇ。そうなると・・、姉さんに選択権はありませんよ?」
弟が、自分からやると言ったとかの言い訳は通用しない。
「次の異世界人が簡単なら僕が賭けに負けた・・となりますが。どのような異世界人か分からないなら、分かっている方で早めに手を打った方が安全だと思いますね」
実に悪ど・・じゃなくて、計算高い弟である。
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神と自称する世界の管理者と居た真っ白の空間から、現在は薄暗い部屋へと移っている。
前の世界で使われていた単位では、六メートル程の立方体の部屋だ。
「うーん? 此処に導き手を求める人物が居ると聞いていたのですが?」
誰も居ない。他の出入り口の無い小部屋だから見落としようが無い。
部屋の中方に1メートル程の高さの台座に、一抱え程の大きさの玉が乗っているだけだ。
「まだ来ていない・・。これから此処に送り込まれるという事でしょうか?」
占いの館では、人々のアクセスが有るまでひたすら待っていた。
待つ事に苦痛を覚える事はない。プログラムが苦痛を感じる事自体おかしいのだが・・
「では、今の内に自分に出来る事を確認しておきましょう」
導きを必要とする者が現れるまで、自分に残された又は与えられた能力を調べる。
そんな中、いきなり部屋に置かれていた玉が強く光り輝く。
合わせて天井や壁が光を放ち、部屋全体が明るくなる。
「何でしょうか?」
玉の光が徐々に暗くなり、点滅し始める。
「どうやら、お待ちかねの人物が現れる様ですね」
一連の流れは、人が生まれ鼓動を始めるようにも感じられた。
『・・・ここは?』
不意に声が聞こえるが、声の戸惑いに合わせるかのように玉の光が点滅する。
しかし未だ人影は見えない。
『・・えっ!? あなたは誰?』
聞こえてくる声は、誰かを見つけたようである。
『ねぇ! 何故黙っているの!? あなたは誰!? ここは何処なの!?』
声を荒げるのに合わせて、玉の点滅も荒々しくなる。
・・・もしかして?
「私が見えるのですか?」
『あっ! やっと喋った! 見える? 何言っているの、当たり前じゃない!』
「私の姿を説明してもらっても良いですか?」
『えっ!? 格好って事? 黒っぽい服に白い手袋と靴、目の付いてるへんな帽子と、顔半分を覆っている仮面?・・。でも・・肌が見えない?』
どうやら占いの館の設定が、そのままこちらの世界でも生かされている様です。
ふむ・・。人物とはどうやらこの玉のようですね。
人物って、人や物のどちらかという意味ではなかったと思うのですが・・?
今度、神様という世界の管理者と会えたら、きちんと話し合う必要がありそうです。
短時間で現状を精査、情報の収集、事前に与えられた能力から対応方法の選定します。
「申し訳ありません、私の姿が見えるとは考えもしなかった物ですから」
『ど、どう言う事!?』
私に似て、人格を持ったこの玉が、私の力を必要としている存在。
まずは導き手として、この玉の混乱を解く為に質問に答える事から始めましょう。
私はふと目覚める。
小さな部屋に自分は居るようだ。
「・・・ここは?」
自分がどうして此処に居るのかさっぱり分からない。
部屋は不思議な事に光源が無いのに明るい。天井や壁が光を放っている様に見える。
「・・えっ!? あなたは誰?」
部屋をぐるっと見回すと、空中に浮かぶ変な人が目に入る。
目の前の人は、私の言葉が聞こえないのか、何も答えてくれない。
「ねぇ! 何故黙っているの!? あなたは誰!? ここは何処なの!?」
よく分からないけど、今自分の状態を教えてくれそうなのはこの人だけだ。
『私が見えるのですか?』
返事をしてくれたかと思えば、変な事を聞いてくる。
「あっ! やっと喋った! 見える? 何言っているの、当たり前じゃない!」
何を言っているの!? 目の前に居るじゃないの!
『私の姿を説明してもらっても良いですか?』
こっちの質問には答えないくせに、自分は質問をしてくる。
「えっ!? 格好って事?」
まあイニシアティブを持っているのは向こうなのだから、答えるしかないだろう。
「黒っぽい服に白い手袋と靴、目の付いてるへんな帽子と、顔半分を覆っている仮面?・・。でも・・肌が見えない?」
・・そう言えば肌が見えない、何で?
『申し訳ありません、私の姿が見えるとは考えもしなかった物ですから』
「ど、どう言う事!?」
肌が見えない事と関係が有るのかしら?
変な格好をした人は、混乱する私に懇切丁寧に説明をしてくれた。
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まず私の方から自己紹介を始めましょう。
「私は導き手、フォーチュンと申します。あなたをお助けする者です」
『導き手って・・何?』
「あなたが分からない事、知りたい事を教える役目の事です」
『ふーん、そうなんだ・・って、じゃ教えて! 此処は何処なの?』
状況が自分の方に向いてきたと分かったのか、最初の質問に戻りました。
「その質問にお答えする前に、あなたはご自分の事が分かっていますか?」
『えっ・・? じ、自分? わたしは・・、えっ!? わたしは・・、わたしは・・誰?』
とても大切な質問、これが分かっていないと、後々つまずき石になってしまいます。
「あなたはご自分の姿が分かりますか?」
『じ、自分の姿? 分かんないわ・・』
鏡が無いこの場所では、自分の姿を確認できません。
玉自身も、自分の姿を見る事はできないようです。
「あなたはこれくらいの大きさの、真ん丸の玉です」
『・・玉?』
私の姿が見えているのならばと、私が腕で大体の大きさを示します。
「あなたはダンジョンコアと呼ばれ、ダンジョンを管理運営する能力を持つ存在です」
『私はダンジョンコア・・、ダンジョンを管理運営する存在・・。ダンジョンって何?』
「ダンジョンとは、そもそも城の地下牢や納骨堂の意味を持っていました。城の地下には財宝やアイテムが隠されていたり、怪物が住み着いていたりすると言う俗説が生まれます」
『へぇー、おもしろいわね』
「後に財宝が埋もれ危険な場所、例えば城や塔、墓地、坑道と言った人工物から、火山、森、洞窟、巣穴に至る自然発生した物を総じて、ダンジョンと呼ぶようになりました」
『ふーん、そうなんだ。ん? だとしたら私の存在理由って・・何?』
「ダンジョンとは財宝の隠し場所、それを守るのがあなたの役目となります」
『財宝? 何処にそんなのがあるの?』
生まれたてのあなたには確かに財産はない、否たった一つだけある。
「あなたです」
『・・・えっ? ど、どう言う事かな?』
「ダンジョンコアには、ダンジョンを管理運営する能力、つまり大きく強くする力が備わっています」
『ふむふむ』
「その力を使えば、無限に宝を生み出す事ができます。またその大きな力の源は、ダンジョンコアを壊した者に移る事になります」
『・・・つまり、私を狙ってくると言う事ね』
「その通りです」
『うそぉーー! いやぁぁぁあぁぁぁぁぁぁー!』
ダンジョンコアは半狂乱になって泣き叫ぶ。
自分を狙い、はたまた破壊に来ると聞けば冷静では居られないでしょうね。
しばらくダンジョンコアが落ち着くのを静かに待つと、声が聞こえなくなりました。
「落ち着きましたか?」
『・・・いやいやいや、落ち着かないから。まあ少しはすっきりしたかな?』
「それは何よりです」
『わたしは・・、壊されるか、奴隷にされるかなのね・・』
「そんな事はありませんよ?」
『・・・えっ!? どう言う事かな?』
「ダンジョンの管理運営の大きな流れを説明します」
『大きな流れ?』
新米ダンジョンコアに、これからの事を説明していきましょう。
「どのような存在にしろ、何かしらの糧を得て大きく強くなっていきます。これはダンジョンにとっても例外ではありません」
『ダンジョンの糧・・』
「ダンジョンを大きく強くするためには、ダンジョンポイント、通称DPと呼ばれる物が必要で、DPを稼ぐ手段の一つに侵入者を撃退するという物があります」
『つまり侵入者が糧と言う事ね』
「その通りです。侵入者はあなた目当てで来ますので、次々に来るでしょう」
『ちょ、ちょっと。強くなる前に来られても困るじゃない!』
「確かに運の要素も絡みますが、侵入者を撃退してDPを稼ぎ、大きく強くして、また侵入者を撃退する。これの繰り返しが、ダンジョンの管理運営となります」
『運か・・』
「運に関しては、弱肉強食が世の習い。運命のサイコロは等しく振る権利がありますが」
『出た目に関しては、責任を取らされると言う訳ね』
「そう言う事です」
何時の何処の世でもそうだが、誰もが平等の世界などありえない。
『運はどうしようもないとして、私はどうしたら良いのかしら?』
「ダンジョンは現在、保護期間として外と繋がっていません。しかしダンジョンのルールとして、百日後に必ず外の世界と繋がります。
その間に出来るだけダンジョンを強く大きくしておく必要があります」
『どうやって?』
「行える事は三つあります」
『三つも?』
自分にはまだやれる事があると知って、驚いているようです。
「一つ目はチュートリアルと呼ばれる訓練を受けて、タダで部屋やモンスター、罠を手に入れます。どれほど弱かろうがやっておきましょう」
『ふむふむ』
「二つ目は最初から与えられているDPを使って強く大きくします」
『そう言えば・・、一万DPあるみたい』
「三つ目は一日百DPもらえます。これは生き延びたご褒美でしょう」
『百日なら一万DP手に入ると言う訳ね。何が出来るか分からないけど、まずはチュートリアルからやってみましょうかね』
「はい、そちらをお勧めします」
導き手たる私フォーチュンと、新米ダンジョンコアはダンジョンの強化向けて動き始めました。
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とは言え、生まれたてのダンジョンコアは分からない事だらけなのでしょう。
『うーん、チュートリアルってどうやって始めるのかしら?』
「あなたの見える範囲に、何かしら文字や模様があるはずです」
『文字・・、模様・・、ん? これかな?』
まずはダンジョンコアの見える範囲にある、チュートリアルのマークを探してもらいます。
「その文字に意識を集中して下さい」
『分かった。・・・おお!? チュートリアルを始めますか? だって』
「では指示通りに、チュートリアルを始めて下さい」
『了解! えーっと何々? 部屋を二個、通路と階段を一個ずつ作りましょう、だって』
「では、その通りにして下さい」
『うーん、どう作れば良いかなぁ?』
「思う通りに作っていただいて大丈夫です」
私の持ち前の能力を使って、ダンジョンコアが生まれる前に事前調査しており、ここが世界の何処に位置するか確認済みです。
この部屋は地中深くにあり、先程の四つをどう繋いでも地上に繋がる事はありません。
『よっしゃあ。それならば・・、部屋、通路、部屋、階段で私の部屋に繋げよう!』
「あっ、一つ忠告ですが」
『なぁに?』
「階段には昇りと降りががあります。特に設定しなければ、大切な物はより深くという観点から、この部屋からの階段は全て昇りとなります」
『ほほぉう。ならば裏をかいて降り階段にしよう』
作業に入ったのか沈黙があり、しばらく後に無事に終えた事を伝えてくる。
『おおっ!? 完了したってメッセージがでたよ』
「はい、おめでとうございます。完了の際に何かありませんでしたか?」
『あったあった! 完了の報酬としてモンスターかトラップを三個もらえる・・って、モンスターとトラップって何?』
「モンスターとは、このダンジョンを守る兵士の役割をするものです。トラップとは罠、相手が知らず知らずのうちに被害を受ける道具や装置です」
『ふーん・・で、それを使うと言うチュートリアルをやれば良いのね?』
「はい、モンスターかトラップを計三個設置するチュートリアルです」
『了解了解。ちゃっちゃとチュートリアルを終わらせますか!』
本来であれば知りえない情報を、導き手として伝える事にします。
「そうそう、一つヒントを差し上げましょう」
『えっ!? 何々?』
「モンスターなり、トラップなり統一すると、色々な特典があります」
『特典? 例えばどんな?』
「トラップを使わず、モンスターをドラゴンだけに統一したとします」
『ドラゴンって、これかしら? トカゲの親玉みたいなやつ』
「そうです、DPで交換できるモンスターのリストに載っているドラゴンです」
『ふむふむ』
ダンジョンコアが見ているであろう購入品リストも、私の情報群の中に存在しているので、よほどの勘違いをしていなければあっているはずです。
「ドラゴンに統一すると、ドラゴン適した環境を設定する場合に、DPが安くなります。ドラゴン自体のDPが安くなったり、購入できるドラゴンの種類が増えます。
微々たる物ですがステータスが良くなったり、更にはレアなドラゴンが出やすくなったりします」
『おぉ!? それなら統一した方が断然有利じゃない』
「しかもこのチュートリアルは、プレゼントを使えとは言っていないはずです」
『ちょっと待ってて確認するから・・・。本当だ三つ設置しろって書いてある』
「自腹DPで、自分のやりたいダンジョンを最初から始める事ができます」
『それは知らないと、分からない事だよね』
そう、このチュートリアルの裏技を知っているかどうか大きい。
この時点からモンスターやトラップをそろえる事ができるのです。
『じゃあ、自分がどんなダンジョンになりたいか良く考えるよ』
「そのほうが良いでしょう。そうそう、注意していただきたいのですか・・」
『何かあるの?』
ダンジョンの方向性を統一するメリットと、デメリットを説明しておかなくては。
「複数種のモンスターやトラップをバランス良く行う事は、ダンジョンの管理運営の初心者向きであり、やりやすく間違いも少ない反面、特典も多くありません」
『それはそうよね』
「例えばトラップだけのダンジョンの管理運営は超上級者向けです」
『えっ!? そうなの? 実はトラップダンジョンにしようかなぁーって思ってたんだけど・・』
何故超上級者向けか、きちんと説明が必要でしょう。
「トラップは侵入者との心理戦となります」
『心理戦?』
「モンスターとトラップの大きな違いは、自ら動けるかどうかです」
『・・・当たり前じゃない?』
「侵入者に対して、モンスターは襲い掛かりますが、トラップは侵入者が踏み込んでくれないと発動しません。侵入者が踏みそうな所を、よくよく計算しなくてはなりません」
『そっか・・。それが心理戦って事だね』
わざわざトラップがあると分かっていながら、踏み込んでくれる侵入者は皆無です。
そしてドラゴン系ダンジョンが極めて少ない理由も述べておきましょう。
「また動物系ダンジョンであっても、最強と言われるドラゴンダンジョンは、一匹のDPが一番安いベビードラゴンでも数千DPはかかります」
『でも百日後には三体まではいけそうだよね?』
「はい可能です。チュートリアルも完了できるでしょう。ただし特典を得るためには、その種が十体や二十体程度では、まず不可能です」
『なる程・・、後が続かないかぁ』
特典ばかりが全てではありませんが、ダンジョンの管理運営を考えると少々懐具合が厳しくなるでしょう。
複数種が混在するダンジョンが多く、ダンジョンボスがドラゴンとなっているのは消費DPの影響が大きい理由です。
『統一した手頃なダンジョンってあるのかなぁー』
「あります」
『・・・あるの!? どんなやつ!』
「初級向けとしましては、チュートリアルでもらえるスライム、ウルフ、スケルトンの種で絞っていく事です」
『どうして初級なのかしら?』
「DPが安く、亜種が豊富だからです。特にウルフ系はオールラウンダーです」
『うーん、そっか。少し考えてみる』
「まだまだ時間はありますから、ゆっくり考えると良いですよ」
百日・・、長いようで短い時間です。
何とかダンジョンコアを守るため、少しでもダンジョンを強くしていきましょう。
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ダンジョンコアは方針を決めかねているようで、ダンジョンの方向性について何度か相談を受けました。
そしてつい先ほど、遅ればせながら決められたようです。
『うん、決めた。スライム系ダンジョンでいってみる!』
「分かりました。初級ですし、チュートリアルにも含まれますので良いと思います」
『何よりも分裂と、繁殖が非常にうれしいしね』
ダンジョンに設置されたモンスターやトラップは倒される、壊されるなどした場合、時間経過でDPの消費なく再び自動的に甦ります。
これはリポップと呼ばれるダンジョン特有の現象です。
モンスターには個々に特殊能力と呼ばれる、固有の能力を持つ種がいます。
スライム系モンスターに分裂と繁殖と言う特殊能力があります。
分裂は一週間程度に一度、核が分裂して二体になります。
凄いのはレベル、ステータスやスキル、特殊能力がそのままコピーされると言う事です。
繁殖は核から二個から十個程度の核が生まる現象です。
生まれたスライムは、どれもレベルは一でスキルもまちまちですが、一日に一度と言う優れものです。
そして分裂も繁殖もリポップの対象になり、DP消費なくモンスターを増やせるのです。
「必ずしも特殊能力を持っていると言う保証がないのは注意してください」
『分かってるって。でも一匹でも持っているのが居れば良いわけでしょ?』
一番安いスライムなら10DPで一匹交換できます。
DPでスライムだけ交換するなら、単純に五千回チャンスがあるのです。
調べた限りでは、分裂も繁殖も割と持っているスライムは多ようです。
理由としては最弱ゆえに、種の保存からの特殊能力らしいとの事でした。
無論、上位種では持っている率は下がるでしょうが、期待は出来ます。
『じゃあチュートリアルもかねて、二箇所の部屋と通路に一匹ずつ召喚しよっと』
「はい、どうぞ」
ようやくモンスターもしくはトラップ設置のチュートリアルを完了させました。
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ダンジョンルールの百日間が過ぎるまで、ダンジョンコアの好き勝手に、一番DPの安い洞窟の部屋や通路、階段を作って繋げて、まさに迷宮のような階層となりました。
スライムも分裂や繁殖の特殊能力を持った物が生まれるまでと思って、DPと交換したのですが、千DPで百匹のスライムを買った時点で約三割がそれらの能力を持っていました。
ここまでくれば、弱いスライムでもあっという間に増えていきます。
どちらかと言うと、スライムたちを入れておく部屋を確保する方にDPを使いました。
『どうしよう・・、また部屋が足りなくなりそう』
「そうですか。仕方がありません、非常手段を使ってはいかがでしょうか?」
『非常手段って何?』
「モンスターの売却です」
仕方なく裏技、モンスターの売却を提案します。
『・・・・はぁ? モンスターの売却なんて出来るの』
「はい、可能です。本来、設置したモンスターは、増えないためDPに戻すと言う事はまずありえません」
『当たり前よね』
「例えば後々、特典とは関係なくモンスターの統一を行いたくなった場合、不要モンスターの間引きのために、モンスターを交換時の半分のDPと交換できます」
『へぇー、そうなんだ』
この方法で繁殖や分裂で増えた分、この二つのスキルを持っていないスライムをDPに変えて入れ替えていきます。
この売却は繁殖や分裂で増えた分であっても、対象となるのがうれしい所です。
ダンジョンの開放まで、私の持てる能力を使ってダンジョンの周辺の環境を調査しました。
私の能力は鑑定と呼ばれるスキルの上位能力のようでした。
鑑定とは、この世界における情報収集能力です。
私の能力は【ワールドレコード(世界記録)】と言い、その場に居ながら世界規模の鑑定と情報収集が出来る能力です。
なので・・・
この世界がドーナツの形をしており、ドーナツの輪の中に更に島がある事。
ドーナツの中心に沿って一つの大きな街道があり、その街道に沿って村や町がある事。
今はドーナツが八つに分けられ、一の領から時計回りに八の領と呼ばれている事。
このダンジョンがあるのは六の領で、道の外側、近くの村まで二日である事。
世界観、価値観、言語、人種、環境などの情報を集めた結果、私は考えます。
「(二日・・。人間の行動力などの情報から導き出されるリミット。すぐに何時見つかってもおかしくないと言う事)」
集めた情報からダンジョンを守る方法がある事を知りました。
その時が来る前までに、ダンジョンコア、その方法を教えた上で、どうするか決めておいてもらう事にします。
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そしてダンジョンの開放の日を迎えます。
『とうとうこの日が来ちゃったのね・・』
「仕方ありません。そういうルールなのですから」
『どういう風に開放するか聞いてきたけど・・、どうしようか?』
「開放するまでの設備は、DPを消費されませんし、割と融通が利きます。お勧めとしては、外から真っ直ぐな洞窟、そして下り坂で部屋の一つ、出来れば最初の部屋に繋げられると良いですね」
このダンジョンは階段で十個、百段ほどの深さの位置にあります。
侵入者は人間だけではないので、この部分をうまく使う事が肝心です。
『うん、分かった!』
ダンジョンコアが、快諾するとすぐに取り掛かっているようです。
『フォーチュンの言われた通りにできたよ! 緩やかな下り坂がつづら状に最初の部屋に繋がったわ!』
「次に長い下り坂の中に洞窟の部屋を入れられるだけ入れてみてはどうでしょうか?」
『了解!』
あくまでもこちらからの提案としてお勧めする。
導き手が命令や強制、お願いをする事はない・・ようにする。
「では最後に、最初の部屋まで完全に放棄したらどうでしょう」
『放棄ね! ・・・放棄? どういう事?』
流石にここまで従順だったダンジョンコアも驚いているようです。
「私がお勧めしたのは、最初の部屋まで自然の洞窟と誤解させる事。そして長い通路を使って情報収集をする時間を稼ぐ事です」
『時間を稼ぐ?』
「相手のレベルはどのくらいなのか? 長所や短所は? と言った情報を得て、対策を立てる時間を作るためです」
『ふーん、そうだったの。何で?』
「私たちのダンジョンは、スライムダンジョンであり、そのままではとても弱い物です。
弱い存在が、強者に勝つためには策を講じる時間がどうしても必要となります」
『なる程、そういう事だったのね』
この長い道を使って時間を作り、【ワールドレコード】を使って相手の弱点を探り、最善の策を導き出す。
最弱のスライムたちを使って、格上の獲物を狩るのです。
スライムを使ってそのような事ができるはずがない?
誰がスライムを最弱と決めたのでしょうか?
攻撃力がない? 単純な攻撃? 脆い体? 当たり前のように知られている特性・・
確かにそれらは最弱の証でしょう。
しかし弱いスライムが最弱たる所以は・・、知性がないからなのです。
食欲と言う本能に忠実だから弱いのです。
スライムを鑑定する事は愚かだという人が居るかもしれません。
しかしスライムは個性豊かで、特殊能力が何種類もあり、更には複数持っている個体もいます。
軟体の特性から、自在に形を変える事が出来ます。
何よりも数の暴力を持っているのです。
そこに命令する第三者が居ればどうなるでしょうか?
実例をご覧に入れましょう。
『フォーチュン! 侵入者よ!』
「分かりました・・。侵入者はベアで、レベルは14です」
【ワールドレコード】のスキルを使って、侵入者の情報を徹底的に、且つ短時間で調べ上げ、対策を立てます。
『レベル14・・、強いのかしら?』
「スライムにしてみれば、自分より弱い存在は皆無でしょう。今のベアの行動から、巣穴もしくは寝床を探しているようです」
『寝床・・、巣穴・・ね。最初の部屋の天井に睡眠ガスのユニークスキルを持っているスライムを配置するわ』
「良いアイデアです」
スライムの何体かが、スキルの一つである睡眠ガスを持っています。
しかしこの睡眠ガスは非常に弱く、ちょっとした眠気を誘うだけです。
それでも良いのです。要は如何に効果的に使うかにかかっているのですから。
最初の部屋に睡眠ガスを出来るだけ充満させます。
突破されてもかまいません。他のスライムは他の部屋に退避させ、睡眠ガスを持ったスライムが後から追跡したり、先回りしたりするのです。
『ベアの動きが鈍く・・、止まったわ!』
「このまま様子を見ましょう」
周辺を歩き回り、自分より強い存在の匂いなどを見つけられず、終始浴びせられる睡眠ガスに眠気を誘われるたのでしょう。
『寝ちゃった・・のかな?』
「その様です」
【ワールドレコード】で調べると、浅い眠りの状態となっています。
『じゃあ?』
「ええ、大丈夫でしょう」
『侵入者の居る部屋に、全スライム集合!』
ベアに気づかれないように、静かに何万と言うスライムが一部屋に殺到します。
当然入りきれませんので、周辺にも溢れてしまいます。
『皆、一斉にいくわよ? 3・・、2・・、1 GO!』
スライムたちが、一斉にベアに襲い掛かります。
水よりも粘度を持つスライムに囲まれては、ベアも思う存分力が発揮できません。
しかも口や鼻にぴったりと張り付いて呼吸もままならないでしょう。
開かれた口より中へと進入もしていきます。
全てのスライムが持っている特殊能力の溶解で徐々に体が溶けていきます。
『よっしゃあ! 侵入者撃退したよ!』
「おめでとうございます!」
耐溶解や再生、状態異常耐性があればこの作戦は通用しません。
範囲系の雷撃魔法を持っていれば、一瞬で負けてしまったでしょう。
その場合には相手の弱点と、スライムの他の特殊能力を組み合わせて対応します。
これも一つの運と言えるでしょうが、一つの勝利には変わりありません。
『皆ご苦労様。それぞれの持ち場に戻って』
何万と居るのに、それぞれの持ち場を決めるのは至難の業です。
持ち場といっていますが、スライムたちが最初に設置された場所と言う事になります。
【ワールドレコード】を使って、ダンジョン全体の動きを見守ります。
まだ人間たちには出会っていませんが、この様な日々過ごしています。
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そして私たちは、人間と出会う日が訪れました。
『フォーチュン・・、侵入者よ・・』
「では、【ワールドレコード】を使用しましょう。・・・これは」
『ええ、私でも分かるわ』
「人間です・・ね」
『うん』
しばしの沈黙の後、私はダンジョンコアに問いかけます。
「覚悟は出来ていますか?」
『・・・勿論』
「私はあなたの決定を、最大限支援します」
『ありがとう』
冒険者と呼ばれる人間たちが、洞窟の先の坂に入り、最初に作った部屋へと到着する。
『じゃあ、やるわね』
「どうぞ」
ダンジョンコアは、冒険者たちに語りかけます。
『ようこそ、私のダンジョンへ』
彼らの頭に、直接語りかける念話と呼ばれる物で話しかける。
細かな状況は私の【ワールドレコード】でも分からないので、ダンジョンコアは詳細に状況を伝えてくれる。
彼らは突然の声に戸惑っている様子らしい。
『驚かせてごめんなさい。私は今、念話と言って、直接あなたがたの頭に話しかけています』
冒険者たちは徐々に落ち着きを取り戻し、お互いに話し合っている。
「そのダンジョンコアが、俺たちに声をかけると言う事は何か用があるのか?」
話し合いの代表が決まったのか、向こうから声をかけてくる。
『向こうも落ち着いたみたい。何か用かって聞いてきているわ』
「ならば当初の予定通りに、話を進めましょう」
『了解!』
私たちはこの日のために、何度も話し合ってきました。
『私はダンジョンコアです。私は人間と友好的な関係を築きたいと思っています』
この世界にはジャニの町にある、フェブと言う有名なダンジョンが存在します。
そのダンジョンは人間と非常に友好な関係を持っているのです。
そう私たちも、そのダンジョンに倣って、人間と良好な関係を作る事にしたのです。
冒険者たちが、なにやら話し合い、お互いに頷きあっています。
「ダンジョンコア。あなたの希望は理解した。俺たちもダンジョンと友好的な関係を持つ事は賛成だ。ただ・・」
『ただ・・何かしら?』
「人間と言うのは欲深い生き物だ。そちらが友好的な関係を望んでも、抜け駆けしてくる連中は居るだろう」
『それで?』
「一つ提案があるんだが・・」
ダンジョンコアは、彼らの言葉を私に伝えてきます。
『どう思う、フォーチュン?』
「人間にはそういう一面があるのは確かです。彼らに何か考えがある様ですから聞きましょう」
『そうね』
こちらの考えを纏めると、彼らが提案と言うのを聞いてみる事にする。
『どのような提案でしょうか?』
「このダンジョンの事は、しばらくの間は俺たちだけの秘密にしておいて、ダンジョンコアとの窓口は俺たちがやるって言うのはどうだ?」
『秘密はいずれ漏れるのではありませんか?』
「だからしばらくの間だ。その間に色々根回しをして、お互い不利益にならないようにするのさ」
ダンジョンコアは、冒険者たちの言葉を私に確認する。
『どう思う?』
「確かにこのダンジョンが守られると言う環境を作るのには、時間が必要でしょう」
人間社会と言うのは複雑なルールが絡み合って成り立っています。
ある程度は秘密裏に事を進める必要があるようですから。
『じゃあ、了承しちゃうよ』
「念のため約定を結んでおきましょう」
『人間たちがそれでOKか聞いてみるね』
こちらの話し合いの結果を、冒険者たちに伝える。
『分かりました。あなたたちの言い分は一理あります。今この場で話し合われた事について、約定を結んでいただけるのであれば構いません』
「約定か・・。後で変更できるんだろうな?」
『双方が合意の上であれば』
「ならば構わない」
私は約定をを結ぶ上で、この世界で最も強固と言われているギアスルール(制約の誓約)を取り交わす。
ギアスルールは、第三者としてこの世界の神が承認した約束と言われ、破る者は神自らが罰せられるため、世界で最も強固と言われる所以です。
その約定の内容を、お互いがきちんと確認します。
『では、これから約定の内容を確認します。よろしいかしら?』
「おう、頼むわ」
『第一に、人間の代表はあなたがただけである』
「そうだ」
『第二に、人間が提供したDPの半分を、アイテムなどにして支払う』
「それで良い」
『第三に、誰であってもこの最初の部屋より先に入ってはならない。入った場合は、死を持って償われる』
「当然だな」
『第四に、双方の合意があれば、この約定は変更できる』
「おう、そこが重要だ」
『最後に、この約定はギアスルールによって取り交わされる。以上ですが、何か意見はありますか?』
「ギアスルールって言うのは、最上級の誓約って言ってたやつだよな?」
『その通りです』
「まあ、こればかりは仕方ないか。今ので文句ないぞ」
『それでは、こちらの書類にサインを』
既にダンジョンコアのサインが記された羊皮紙が二枚、冒険者の前に現れます。
冒険者全員がサインをすると、ギアスルールが光り輝き約定が締結されました。
しばらくは冒険者たちと友好な関係でしたが、彼らの懸念が現実となってしまいます。
『フォーチュン・・、いつもの冒険者たちなんだけど・・』
「それにしては人数が多すぎますね」
『何かあったのかな?』
「それに関しては、彼らから説明があるでしょう」
『そうだね』
いつもの倍以上の人数が、最初の部屋へとやってくる。
まずは念話で、冒険者たちにだけ状況を確認し、結果を私に教えてくれる。
『うーん、困ったわね・・』
「どう言う事でしたか?」
『ほら、彼らがアイテムをいくつか手に入れてたじゃない』
「ええ、そうですね」
『あれを町で売ったりして、信頼できそうな人たちを探してたんだって』
「なる程。それがあの方々だと言う事ですか」
『違う違う』
「違う? どういう事ですか?」
『彼らが持って返ってくるアイテムがダンジョン産と偉い人たちにバレて、連れて来させられたらしいの』
「そういう事でしたか・・」
彼らなりに信頼の出来る人を探している最中に、アイテムの出所を疑われてしまったと。
何らかの不注意があったかもしれませんが、彼らとしても最善を尽くそうとしたのでしょう。責める訳にはいきません。
もっとも私ももダンジョンコアもずーっと後に知ったのですが、冒険者たちこそダンジョンの独り占めを考えており、一攫千金を狙っていたらしいのです。
ダンジョンの発見は、当然独り占めしても許されるのですが、人間同士のいざこざがどうしても発生してしまいます。
普通なら町などに報告して、発見の報奨金や、使用料という名目でそれなりの金額をもらえたりと、そちらの特典で残りの人生を楽しく暮らすらしいです。
すみません、話が脱線しました。
『どうしようか?』
「まずは向こうの出方を確認しましょう」
『そうね』
冒険者たちに、他の人たちにも念話を開始する事を伝えてもらう。
事前に話を聞いていたとしても、やはり頭の中に直接響く声に戸惑いがある様子。
来訪者がお互いに確認して、徐々に落ち着きを取り戻した頃を見計らって声をかける。
『改めて。ようこそ、私のダンジョンへ。用向きをお聞きしたいのですが?』
冒険者たちと事前に話し合った事は、この際黙っておく。
「今回訪問しましたのは、このダンジョンの取り扱いについてです」
『・・・取り扱い?』
「そうです。ダンジョンと言うのは一個人で管理する者ではなく、領主や町が管理運営すべきものなのです」
そこまでの話を聞くと、ダンジョンコアは私に愚痴を言ってくる。
『えーっと、確かに物ではあるけど・・、意思はあるのよねぇ・・。何と言うか莫大な利益を奪いたいって言うのが、透けて見えちゃうんだけど?』
「同感ですね。友好的というよりは奴隷してと扱うつもりの様です」
『どうしようか?』
「全く私たちには関係がない事をはっきり伝えましょう」
『分かったわ』
欲深い人間たちの争いにはノータッチである事を宣言しましょう。
『あなたたちの言い分は分かりました』
「それでは・・」
『しかし私には全く関係のない事です。あくまでも人間側の問題です』
「承知しています。そこで約定の変更をお願いしたいのです」
『約定の変更? 条件はご存知かしら?』
「勿論」
『冒険者たちが納得していると?』
「人間という社会に参加する者は、義務が発生します。あくまでの人間側の問題であり、ダンジョンには関係のない事です」
彼らの言い分を私に伝えてくる。
『だって』
「その通りでしょう」
『約定を変える?』
「いいえ、あくまでも彼らの言い分であって、ダンジョン側には関係ありません。彼らが提示する内容次第でしょう」
『じゃあ、彼らの提案を聞いてみますか』
彼らの持ってきた約定の変更内容を聞く事にします。
『分かりました。それではどのように変更を望むのでしょうか?』
「変更点は二つ。人間の代表を彼らから私たちに。もう一つが、提供したDPの全てをこちらの取り分にしていただきます」
最初の変更は良いでしょう。
二つ目に関して、彼らは何を言っているのでしょうか?
『彼らは馬鹿なのかしら?』
「馬鹿を相手にしても時間の無駄です」
『その通りね』
彼らの約定の変更を受け入れる必要が全くない事を、伝える事すら時間すら勿体無い気がします。
『あなたがたの提案には、全くのメリットがありません。お断りします』
「正気とは思えませんね。こちらは力ずくでも可能なのですよ」
『つまりあなたがたは友好的、良好的という言葉に、脅迫という言葉が含まれるのですね』
「・・・・」
『はっきり言いますが、私を壊せば、その人だけにしか力は手に入りません。私は壊されたくはありませんが、脅されてまで言う事を聞くとは思わないで下さい』
「後悔しますよ?」
『それからもう一つ。あなた方は私を物のように扱いました、意思ある存在の私を』
「・・・・・」
それだけを告げると、人間たちはその場を去っていく。
交渉決裂に、冒険者たちはひたすら謝っていて、侘びとしてDPの無償のDP提供を申し出がありました。
しかしこの危険性はお互い分かっていた事なのでと、今までどおりの関係を続けさせてもらいます。
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資料の上ではコンピューターの精霊、自我を持ったAIとあった。
そしてダンジョンコアのヘルプ機能として、ダンジョンコアを導く役割を与えたいと。
条件としては希少な事象ゆえに、決して消滅させてはいけないと言うもの。
「ふーむ、やはり異世界からの来訪者、一筋縄ではいかないか・・」
単なるヘルプ機能であれば、ダンジョンコアにここまでの干渉は行わない。
否、出来ない様に何重のプロテクションがかけられている。
「全くこちらからの干渉が出来ないと、プロテクションすらかけられないじゃないか・・。
まあ初めての事だから結果は変わらないかもしれないけど」
双子の管理者の弟は、軽く溜息を吐く。
下手に手を出して、フォーチュンと言う存在を失わせる訳にはいかなかった。
導き手の持っていた【ワールドレコード】という能力が厄介だ。
フォーチュンは与えられた能力をフルに使って、周囲から情報を徹底的に収集。
集められた情報を徹底的に解析して、未来予測までして最善の方法を導き出す。
導き手の『自我』という特殊性・・
前もって決められたことしか教えないヘルプ機能を、大幅に超える・・もしかしたら導き手として越権行為すら辞さない可能性を秘めている。
「こんな能力に至るとは、資料からは分からないなぁ。こんな事なら姉さんに受け貰った方が良かったかも・・」
多分この先、このダンジョンを滅ぼす事はできないだろう。
そしてどんどん大きくなり、最強と言われるクラスのダンジョンに成長するだろう。
「現時点でかなりやりすぎている。今後の動向を、注意深く見守る必要があるな」
透明な板に移るフォーチュンと呼ばれた、特異な精霊を眺め呟く。
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しばらくの間、次から次へと冒険者たちが送り込まれてきます。
中には信じられない程の高いレベルの人たちもいました。
『あららら・・、また冒険者たちがいらっしゃいましたぁー』
「そうですか。ではいつもの様に」
『うん。全スライムたちは退避行動を』
ダンジョンに居るスライムたちに、逃げるように命令をします。
『冒険者たちは・・、一応注意深く行動しているわね』
「平均レベル四十台。割と高めの方々ですね」
『私に警告してきているわよ? 人間の言う事を聞け見たいに』
「無視で」
『当然よね』
何の反応も返さないと、恐れをなしたと思ったらしく下卑た笑いをしています。
冒険者が全員中に入り、通路を越えて他の部屋に入った途端、パタリと倒れました。
『はい、DP入りましたぁー』
「愚かな事です」
『スライムたち。綺麗にお掃除をお願いね』
彼らの愚かな行いは、ギアスルールのお陰でおいしくDPとしていただきました。
彼ら自身の死を無駄にしないためにも、スライムたちに美味しく?食べてもらいます。
しばらくして再び約定の冒険者と、最初の交渉人たちがダンジョンを訪れました。
「ダンジョンコア・・。あなたこの冒険者たちと交わした約定がギアスルールだったというのは本当ですか?」
『それが何か?』
きちんと調査もしないで私たちの元に訪れていたのかと、今更感が沸いてくる。
「何故、最初にそれを説明していただけなかったのですか?」
『冒険者たちには、きちんと説明していましたが?』
その言葉を聞くと交渉人たちは、冒険者たちをキッと睨み付ける。
『あなたがたの情報収集不足を、私のせいにされても困ります』
「・・そうですね」
諦めたように、少し疲れたように言葉を発していた。
まさかスライムダンジョンごときに負けるとは思わなかったのだろう。
冒険者が誰一人帰ってこず、原因を調査し、改めて約定を結んだ冒険者たちを問い詰めれば、ギアスルールによる約定と知ったらしい。
しかも条件の一つには、侵入者は絶対死・・
知らないが故に、強気な態度だったらしいが、こうなってしまっては自分たちの失策でしかない。
ダンジョンを完全に敵に回してしまったのだから。
「改めて約定の変更をお願いしたいのですが・・」
『今更、お願い、ですか?』
「非礼は幾重にもお詫びします」
『少なくとも、友好的、良好的と言う言葉の意味を、十分に理解している人と話し合いたいです』
「・・・・」
『当然ですが友好を求めているダンジョンに、冒険者を送り込んでくる人たちに厳重な罰を下してくださる方々を期待します』
「っ!?」
『それから、私のダンジョンを最初に発見した冒険者たちの死は、誓約の変更が一切出来なくなるので注意して下さい』
「・・・承知しています」
万が一彼らが死んだから変更を、という言い訳が出来ないように釘をさしておきます。
その後、色々な人たちが入れ代わり立ち代り、新たな約定がまとまりました。
最初の交渉人たちが、どうなったかは知りません。
ただあれ以降、姿を見せなくなりました。
そして新たな約定の結果・・
スラム街や孤児院の人たちに、新たな雇用が生まれたようです。
病院という施設が、格安な料金で使えるようになったそうです。
人々に無償で勉強をする施設が、提供されるようになりました。
そんな人間たちとのひと悶着も落ち着きを取り戻した今日この頃。
『ねぇ、フォーチュン?』
「どうしましたか?」
『この先どうしようか?』
「どうするとは?」
『今の所人間たちと良好な関係な訳じゃない。DPも結構手に入ってダンジョンもどんどん強化できている訳よ』
「そうですね。それで・・、もしかして戦いたくなってきたと?」
『そこまでは言わないけど・・』
「正直、戦いがないことに越した事はないと思いますが」
弱い部類のスライムダンジョン・・
しかしダンジョンコアとしては、大きくなったダンジョン、強くなったダンジョンの成果が知りたくなるのは仕方のない事でしょう。
『うーん、折角作ったんだから・・』
「強い冒険者たちが来るかもしれませんよ?」
『出来れは弱い冒険者希望で・・』
「聞いていると、あなたの望みは、弱いものいじめに聞こえます」
『えっ!? そ、そんなつもりは全くないよ!?』
私に指摘されて、自分の考えている事が人からどう見えるか分かったのだろう。
あわてて拒否しているところ見ると、深くは考えていなかったようです。
とは言え、入り口は侵入者を見張る小屋がある上、DPを稼ぐ人たちの列もあり、モンスターが入ってこなくなってしまいました。
「ダンジョンコア。もう少し強くなったら町の人たちと相談しましょう」
『えっ!? いいの?』
ずーんと落ち込んでいたところへ、救いの手と言わんばかりに縋り付く。
「ダンジョンには強さによってランクがあるようです。それによって入場できる人たちを制限できます。またダンジョンコアの変わりに何かアイテムを置いておくという方法もあります」
『訓練場みたいだね』
「まさにその通りです。ダンジョンを訓練場として開放するのです」
『何かとっても面白そう!』
「では次の約定変更のタイミングで、提案してみましょう」
『そうだね』
私たちは、ダンジョンの次のステージに向けて何が出来るか話し合いを始めます。
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