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おにさんこちら

【鬼さんこちら】


ふと眼を覚ますと、見た事のない小さな白い四角い部屋に私は居た。


「・・ここは?」


自分では動く事が出来ない様だが、見ようと思えば何処でも見る事ができた。

当たり前だが自分自身を見る事ができない。


「私は・・誰?」


私が何者で、どうして此処に居るのか記憶を辿ろうとする。


そこまで考えると、急に頭の中に色々な情報が流れ込んでくる。


「私は・・ダンジョンコア? ダンジョンを管理する存在?」


ダンジョンコアとは何なのか。

ダンジョンとは何なのか。

ダンジョンポイントとダンジョンの育て方。

ダンジョンの敵とは。


などなど色々な情報が与えられ、分かるまで繰り返し教えてくれた。


「なる程、大体は理解したわ。あとは・・チュートリアル?」


どうやらある程度理解すると、実際にお試しでやってみる事が出来る様だ。


「えーっと、部屋を二つと通路、階段を作ってみると・・」


自分の部屋から通路と作り、部屋を作り、昇り階段を作る。


ぱぱぱぱぱーんっ!


頭の中にファンファーレが鳴り響く。


「・・・えっ!? 何? 何が起きたの? どう言う事? ダンジョンの解放って・・」


ダンジョンの解放には、まだまだ期間的に猶予が有ったはず・・


「どうしてダンジョンが解放されたの!?」


調べて行くと、昇り階段の先が外と繋がっていたらしい。


「ま、まさか、此処は下り階段を作るべきだった訳? そ、そんな事より、どうしよう・・冒険者たちが来ちゃう・・」


猶予期間でダンジョンを大きくするダンジョンポイント(DP)を貯めて、少しでもダンジョンを強化して生存率を高めなければいけなかったのに・・


「・・・もう終わりだわ!?」


そして頭?と言うか、侵入者を告げるメッセージが響いて来る。


「えっ!? もう? こんなに早く来るなんて・・」


まだ罠らしい罠も、モンスターらしいモンスターも用意していない。


今まで学んできた知識から、最悪の事態を想定する。


『ごめん、誰か居るか?』

「ひぃっ!?」


そして最悪の事態が、正に目の前に迫っていた。






---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---






村人たちが、小さな社の前で神に呼び掛ける。


「鬼神様ー・・、鬼神様。居られませぬか?」


何度か呼びかけをするが、鬼神とやらが現れる様子はない。


「今日はご不在か?」

「ならば山に入んねぇ方が良かろう」

「だども・・、特に吼えられてはおらぬ様じゃが・・?」

「なら、まだお休みかぇ?」


村人たちが口々に言い始めたその時・・


「んん、うるせぇぞ!? 何か用か?」


小さな社の上に、フワリとぼうぼうに伸ばした白髪、緋色の瞳を持った一人の男が現れる。

ただ裸では無く、足首が絞られたボロボロの袴に道着を身に纏っている。


「おお、鬼神様! 居られましたか!」

「だ・か・ら、何の用だ?」


見た目は普通の人間と変わらない。

手足に生えた爪が鋭く尖り、服から出た肌には虎の様な痣も誤差の範囲だろう。

額から天に向かって伸びる二本の角がなければ・・


鬼が来る方向を鬼門、艮(丑寅)と言う。

それは鬼が牛(丑)の角と、虎(寅)の衣を持つと言われるが所以である。


「この者たちが、これから山に入りますのでご挨拶に」

「そんな事で、いちいち呼ぶな・・」


鬼神のぶっきらぼうな言葉を、村人たちの代表がにこやかに無視して、猟師と思しき二人の男性を指し示す。


「どうかこちらをお納め下さい」

「いつも、こんなものは要らんと言っているだろうに・・」


縄の結びつけられた五合徳利を受け取る。

口では要らん要らんと言いながらも、顔はニヤついている。


「鬼神様のお陰で、我らは安心して暮らせております故」

「はぁー・・。良いか? 山は誰の物でもない。実りは山に暮らす全ての者への恵みだ」


鬼神としては、自分の楽しみを奪いさえしなければ構わない。

山に入る者たちは自己責任だし、何かあっても助けるつもりもない。


とは言うものの頼られて嫌な気持ちはしないし、迷子ぐらいは手助けをしてしまう。


「山・・、大いなる自然と言うヤツはオレ如きがどうこう出来る代物ではない。努々忘れるなよ?」

「勿論、承知しておりますとも」

「あと・・オレの楽しみの最中・・、オレが吠えている時は山に入るなよ?」

「分かっておりますじゃ」


ただ鬼神の楽しみによって、結果的に村人たちが守られている。


それだけ言うと、徳利を肩にぶら下げて、来た時の様にフワリと姿を消す。






鬼神は自分が根城とする山々の一角へと戻る。


苔むした岩の上で胡坐をかき、月を見ながら徳利から直接酒を飲む。


「グッグッグッグッ・・。何ガ鬼神ダ? 単ナル甘チャンジャネェカ」

「ふん! クセェクセェと思えば、やっぱり鬼王か・・」


うんざりした表情で振り返れば、鬼神の倍はあろうかと言う大鬼が姿を現す。

鬼神と違いその姿に痣はなく、虎柄の布を腰に巻き、一本の角に一つの目であった。


「相変わらず口が臭ぇなぁ鬼王は・・。折角の酒が不味くなる」

「ホザケェ!」


鬼王の豪腕の一振りを鬼神に叩き付ける。

鬼神はヒョイと避けるが、その一撃は乗っていた岩を粉々に砕く。


「鬼神ィ・・。オ前ハ、ココデ消エロ!」

「やってみろや、鬼王!」


鬼神は鬼王の胸元へ飛び込み拳を叩き込むが、多少骨が砕けた程度・・


「フン! ソノ程度・・ダッ!」


まだ空中の鬼神に、同じように一撃を放つ。

鬼神は腕を交差させて受けるが、両腕は砕かれ、肋骨、内臓にまでダメージを受け、血を吐きながら吹き飛ばされる。


・・が、地面に着く頃には、全てが回復する。

それだけでは無く、全身にある虎模様の痣が黒く染まり始める。


「あーっはっはっはっはぁ・・。良いねぇ、良い。これだから闘いは止められねぇ!」


鬼神の顔に狂気の笑みが浮かび、声高らかに吠え、大地を大気を木々を振るわせる。


鬼神の咆哮・・、鬼神の楽しみ・・、すなわち死闘。

強い者との闘いは喜びであり、結果として村人たちは守られている。


「おらぁ、行くぞ! 鬼王!」


鬼神は先ほどよりも数段速く、力強い拳を叩きこむ。


「ヌルイワ、鬼神!」


鬼王に先程よりダメージを与えつつ、鬼王の一撃は先程より耐える。


幾度か同じ様な攻防を繰り返し、鬼神の肌が純白に、痣は漆黒に染まる。

全身から金色に煌く靄の様な物が立ち上る頃には、立場が逆転していた。


鬼王の一撃は鬼神にダメージらしいダメージを与えない。

一方、鬼神の一撃は、自分の倍近い鬼王の全身を隈なく破壊する。


鬼族の再生力や回復力は凄まじい。

三日三晩の闘いの末、ついに鬼王が先に鬼力を使い果たす。


「ゴッバァ!? クッ・・ココマデカ・・。流石ハ鬼神・・、オ主ノ勝チダ・・」

「かっかっかっか・・・。当たり前だ!」


鬼王に止めの一撃をくらわすと、鬼魂のみ残して跡形もなく消え失せる。


「くっくっくっくっ、良いねぇ。やっぱり鬼族とやり合うのは楽しいねぇ」


鬼王の鬼魂をバリボリと喰らいながら、高ぶった全身を静めて行く。






全身の虎模様が、ただの痣に戻った頃に来訪者に声をかける。


「・・で、人間どもがワザワザこんな山奥まで何の用だ?」


別に指に何か残っている訳でもないのに、ペロリと舐めて現れた三人に問いかける。


「「「無論、鬼を討つため」」」

「・・ああん? おもしれぇ事を言う人間だなぁ」


三人のうちの一人、一番年若い少女が首にかけていた勾玉の首飾りを外す。

一番大きい物を一つを両掌で包み込むと、全ての勾玉が周囲に散って行く。


「んん? 何やって・・・・っ!?」


カクンと鬼神が膝を着く。


「何だ・・? 何が起きた!?」

「御珠家の結界術は、鬼力を奪い、封じる」


ドゴォォォォーン!


「なっ!?」


大気を切り裂く轟音に咄嗟に身を躱すも、鬼神の右肩周辺が吹き飛ぶ。


「御鏡家の退魔術は、鬼の身を砕く」

「ちっ!?」


再生と回復が遅い・・、いや殆どその力が発揮されていない。


斬ッ!


「ぐっ・・」


振りぬかれた刃を何とか躱すが、腹を切り裂かれる。


「御剣家の刃は、鬼を滅する」


何時も闘いの時に滾る、沸き上がる力がない・・

何時もの様な回復も再生も起こらない・・

何時もの人間如き一捻りの怪力も速さも届かない・・


何故・・


しかしそんな事は関係ない。


「良いね・・、良いぜ。とことんまで殺り合おうぜ! 人間たちよ!」


そんな状況にも鬼神は三人を見て、狂気の笑みを浮かべ吠える。






---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---






人は間違いを犯す。故意だったり、無意識だったり・・


何度も何度も確認をしたつもり、確認したはずと思っても間違いは起こる。

その間違いをできる限り零に近づける、小さな作業の積み重ねが大切である。


「報告書は読んだ・・」

「申し訳ありません」

「君は事後処理と、再発防止策に取り掛かる様に」

「はい。しかし問題解決につきまして・・」

「その件についても、こちらでフォローする」

「・・ありがとうございます」


上司の役割の一つは、部下のミスをどれだけ素早く適切に対応するかである。

まあ、もっともそんな上司は少ないかもしれないが・・




‐BAR 堕天使 −


一時の憩いから、人生の問題解決まで起こる神秘の酒場・・


「ふぅー・・」


注文した物が届くまでに、何度溜息を吐く事になるだろうか。


部下の手前安請け合いをしたが・・


「どうかされましたか?」


店員の Mephistopheles が声をかけてくる。

管理者である天使には、何の冗談だろうと思わせる名前である。


彼が静かに差し出したグラスに一口付ける。


「いや何、部下がちょっとしたミスをね」

「そうでしたか」


流石に事細かに聞いて来るような事はしない。

まあ、聞かれても答えられない事ではあるが・・




部下の仕事(世界)には、八百万の神と呼ばれる、管理者とは別に人間に祝福と試練を与える神と呼ばれる存在が有る。

その存在の数は決められており、決して滅びる事はない。


そして人間の負の感情に応じて、鬼と呼ばれる存在を生み出すシステムを取り入れている。


八百万の神が人間に、鬼を退治するための武器や祝福、力を与える役割をするのだ。


ここまでは特に問題はない。


しかし鬼でありながら、神でもある鬼神はイレギュラーな存在だった。




鬼は滅ぼすべき存在と、人間たちが鬼神を滅ぼしてしまった。

本来死ぬはずのない神が死ぬ事になり、存在数が決められているのに一つ減る。


世界のバランスが著しく変わって、今後どのようになるか予想が付かない。


更に鬼神の魂は、神ゆえに完全に滅する事無く世界を漂い、不安定な世界にいつどのような影響を与えるかも分からない。


魂ならば異世界に送るのがベストなのだが、イレギュラー過ぎて引き取り手が有るかどうか・・




店員が失礼と一言断って、耳打ちしてくる。


「マナー違反ではありますが、あちらのお客様のお話しを・・」

「ん? どう言う事かな?」


少し離れた所に、男女のペアが要る。


店員の言葉に従って、何となく聞き耳を立ててみる。


「二人で二つって思うじゃない?」

「やはり確認して置くべきだったんですよ・・」

「ちょっと失敗したからって・・」


どうやら向こうも、何かをやらかしたのだろう。


「問題になっているのは、そこではなくて・・ぎったんばっこんであって」


・・ぎったんばっこん?

そう言えば、二人で二つ・・と?


「(あっ!?)」


突如思い出す。

管理者同士の中での大問題中の大問題、全管理者が沈黙で見守る大事件を。


「(あの二人、例の双子管理者か!)」


ピーン!

頭に閃く物が有った。


「(確かあの二人に対して、罰を募集中だったはず。使わせてもらえるかもしれん!)」


店員がグラスに移る別人に微笑んだを見ることなく・・




急いで店を出ると、色々な伝手を使って双子管理者の上司を調べ上げる。


「どうか、部下を助けてやって欲しい!」


双子管理者の上司に会うなり、いきなり土下座をして見せる。


「ちょ、ちょっと待って下さい。話しが見えません。先ずは顔を挙げて下さい!」


碌すっぽ話しもせず、いきなり土下座されては何も分からない。


「実は・・」


自分の部下の失敗を聞かせ、浮いてしまった魂の引き取り先を探していると正直に話す。


「そうですか・・」


その話を聞いた、双子管理者の上司は、とても素敵な笑顔を浮かべる。


「それは大変でしたね。是非協力させて下さい。こちらも勉強させたい部下が居りまして、教材を探していた所なんですよ。先程もちょうど良いのが見つかりまして、なんと運が良いのでしょうか!」


一瞬マジでヤバい、選択を間違えたかもと思わせる程、素敵な笑顔だった。


「もう心配は要りません。後は万事こちらのお任せ下さい。お礼とか責任とか一切感じられる事はありませんから。ええ、全く。こちらがお礼をしないといけないと思う位でして・・」

「そ、それは・・どうも」


後は任せてしまった方が間違いなく良い、と判断し丸投げさせてもらう。

正直、魂は受け渡してしまえば、世界への影響はプッツリと切れ一安心できる。

後はこちらとしては、存在数の決まっている神の数が一つ減った事の影響の調整に、注力すれば良い。


何よりも、相手はとてもとても、それはとーっても喜んでくれているのだから・・






---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---






奥深い森の中に横たわる一人の男性・・

辺りは漆黒の闇が覆い、時間としては真夜中の様だ。


「んん・・? ここは何処だ・・?」


ぼうぼうに伸ばした白い髪、赤い瞳、鋭く尖った手足の爪。

ボロボロになった足首を縛った袴の道着を身に付けている。


「確か・・、死んだはずじゃあ・・」


額から伸びた二本の角は、鬼で有ることの証明。


「助かった・・のか? それとも蘇ったのか?」


三人の人間との闘いで、鬼神としての力の殆どを封じられ、文字通り手も足も出なかった。


「ん? 何か来る・・か? 確かめに戻ってきやがったか? おもしれぇ・・」


あの人間たちが、自分に止めを刺しに戻って来たと考える。


ガサリッ


草を踏む音に振り向けば、鬼神は目を見開く。


「獅子・・か? 羽が有るとは聞いていなかった・・ぬぉ!?」


噂で聞いていた姿に似た生き物が現れる。


不意に何かを飛ばしてきて右腕で受け止めれば、深々と突き刺さる。


「おいおい。尾に棘まであるのか?」


マンティコアと呼ばれるモンスターなのだが、鬼神は見た事は無かった。


「んん?」


尾が刺さった個所が、黒くなり始めたかと思うと、目の前がグワングワンと回る。


「これ・・は、毒・・か?」


思わず膝を着いて、込み上げてきた血を吐き出す。


「どうやら・・、死んだ事に、間違いない様だ・・」


血に染まった歯を剥き出しにして、ニタリと狂気の笑みを浮かべる。


自分が見聞きした事のない生き物が闊歩し、いきなり襲い掛かってくる。


「果たしてここは地獄か、はたまた修羅か・・。どちらでも楽しめそうだ・・」


自分たちが死ねば、行く事になると言われていた世界を思い浮かべる。


痣が漆黒に、肌が純白に、全身に金色の靄を纏い始めると、毒に侵され黒ずんだ個所が小さくなっていく。


「はーっはっはっはっはっ! 良いぞ、とっても良いぞぉ!」


戦の咆哮を発し周囲を震わせると、右手に尾を絡め、掴み、引き寄せる。


「グルッオォ!?」


マンティコアはまさか引っ張られるとは思わず、四肢を踏ん張る。


鬼神はその一瞬に踏み込んで、顔面へ左拳を打ち込む。


「ゴォ・・」


力無く苦悶の声を上げるマンティコアの顔面は陥没しており、頭が半分程、身体にめり込んでいる。


更にトドメと言わんばかりに、マンティコアの尾を打ち捨て、右拳で顔面を殴りつける。


頭部は完全に身体に埋もれると言う、滑稽な有様である。

しかし頭蓋骨と頸椎は完全に粉砕され、当然の如く脳も無事では無い。


マンティコアはそのままドッと倒れ込む。


「・・ああっん!? もう終わりか? つまらんな」


皮を適当に剥ぎ、肉や内臓を喰らえば、少しずつ虎模様が元の痣に戻っていく。


「まずっ!? まずいが・・、贅沢は言えんなぁ」


鬼にして神である鬼神は闘い傷ついたり、回復すると鬼力を少しずつ失っていく。


その鬼力は、相手を倒し喰らう事で得られる。

闘いが長引けば長引く程、鬼力を失うのだ。


しかし神たる部分を持つ鬼神はもう一つ、神通力と言うモノを持っている。

神通力は人々の信仰によって回復する。人に仇なす存在と戦う事でも得られる。


鬼神は戦えば戦う程、神通力を得られ、勝てば勝ったで鬼力を蓄える。

神通力と鬼力を持つ鬼神ならではの強みであった。




そんな食事の最中、自分に近づく存在に気づく。


「おいおい、人の大事な食事を邪魔する気か?」


再び何かが近づく気配、ガサガサでは無くバキバキと言う音共に熊が現れる。


「これは・・、すげぇーなぁ・・」


一眼一角の鬼王と同じ程の体高を持つ熊に、目を丸くし呆然とする。


ザシュッ!


巨熊の右前足の一振りを無造作に受け、鬼神の左肩から右脇腹まで引き裂かれぶっ飛ぶ。


木にぶつかり、地面に落ちる・・のではなく、二本の足でスッと降り立つ。

既に傷は癒えており、鬼神の体は再び白と黒に染まり始めている。


「こりゃあ、退屈しねぇなぁ!」


黄金を纏い一声吠え、大気と大地を震わせると、新たな獲物に向かって駆け出していく。






やがて太陽が昇り始め、森に朝日が差し込んでくる。


小さな山となったモンスターたちの屍の上で、ひたすら肉を貪り喰らい続ける鬼神。


「まずっ! どうしてこう不味いのかねぇ・・」


闘っては喰らいを繰り返せば、血の匂いに惹かれて新たなモンスターを呼んでしまう。

次々と現れては、ぶちのめし、喰らってを何度もやってきた結果だ。


夜が明ける少し前に、森はやっと落ち着きを取り戻したのである。


鬼神は何処に蓄えるのかと思われる程、いくら食べても満腹になる事はない。

だからと言って空腹に悩む事もなかった。


「かっかっかっかっ・・、もっと強え奴がいると良いなぁ」


手にしていた骨を後ろに放り投げると、手近な肉を骨ごと毟り取る。

口に持って行こうとした手が、不意に止まる。


このまま闘い続けるのも悪くはないのだが・・


「うむぅー、このまま野宿って言うのも悪くはないが」


鬼神は寝なくてもどうという事はないし、寝ようと思えば眠れる。


「まあ、寝床ぐらい探しておくか」


雨露に当たるのも偶には悪くはないし、それはそれでまた良し。

夜露をしのげる場所が有るなら、またそれに越した事はない。


「まあ、先ずはくっそ不味いこいつらを片付けるか」


自分の力の源うんぬんではなく、闘って息絶えた者への最低限の礼儀は尽くす事にする。






---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---






鬼神は新たな獲物を求めながら、ついでに自分の寝床を探す。


ちょっとした丘を降りた先にむき出しの岩肌があり、人が一人入れるかどうかの亀裂を見つける。


「ふむ良さ気だな。亀裂の先はどうなってるのかな?」


鬼族は昼夜問わず活動できる。そのためか昼間と同じように暗闇でも物を見通す事ができるのだ。


中を覗き込んだ正にその時・・



ドクンッ!



「なっ!」


思わずその場から飛び去る。


「今のは・・一体なんだぁ?」


鼓動・・、そう感じたのだが、大地そのものの鼓動かと思わせる物だった。


「もしかして・・、楽しそうな事が起きる、ってかぁ?」


ニヤァーと危ない笑みを浮かべると周囲を見渡す。

先程の鼓動のような者を感じさせる存在は見つけられない。


「周りに変わった事は感じられん・・。って事はぁ、ここの中だよな?」


亀裂を通り抜けると、ドーム状の空間になっていた。


「十畳・・ぐらいか。寝床としては悪くないが・・」


入り口の亀裂の丁度向かい側にぽっかりと空いた、四角い穴とその先にある物を見る。


「・・あの階段は何だ?」


亀裂は自然の物・・

ドーム状の空間も自然の物・・


しかし四角い穴とその先の階段は、明らかに人の手が加わっている。


「誰かがここに住んでいるのか?」


特に何かが居る気配は感じないが、階段を下ってみる事にする。


「ほぉー・・。二十畳ぐらいか。誰かが作ったのは間違いない様だな」


見上げる程の高さがある、石畳と石積みの部屋に辿り着いた。

更に階段の向かいには扉が有った。


「ふむ・・、勝手に住むのは心苦しい。一言断るべきか」


いくら戦いが好きでも、戦意のない者から奪ってまで如何こうするつもりはない。


目の前の扉の前から、中に居るであろう誰かに声をかける。


「ごめん、誰か居るか?」


しばらく待つが、中からの反応はない。

何度か声をかけてみるが、


ドンドンドンドン!


「ごめん、誰か居らぬか?」


今度は扉を叩いてから、声をかけるがやはり反応はない。


「どうやら不在か・・、既に打ち捨てられたか・・?」


扉に付けられた取っ手を握って、押したり引いたりする。


「むっ!? 鍵がかかっているか? しかし錠前の様な物は・・。ならば内側か?」


ガチャガチャと左右に回る取っ手を弄りながら、再び扉を押したり引いたりする。


「おぉ!? 開いた」


取っ手を右に目一杯回して、扉を引くとすんなり扉が手前に動く。


「ほぉ、この様な仕掛けだったか」


光が零れる中を覗くと、六畳ほどの部屋であった。

部屋の真ん中には台座があり、一抱えはあろうかと言う透明な珠が置かれていた。


「誰か居らぬか?」

『とうとう冒険者が来たのね・・』

「ぬぉ!? 誰か居るのか?」


突如、頭の中に響く声に驚き、キョロキョロと辺りを見回しながら声をかける。


しかし、誰の姿も見えないし、誰かが居る気配もない。


「確かに声が・・」

『ワタシよ』

「また・・。ワタシ? ワタシとは誰か? 何処に居る?」


鬼神である自分に見えぬ、肌で感じれぬ存在とはいかなるモノか。


『貴方の目の前よ』

「・・目の前?」


自分の目の前には、台座と珠が有るだけで、人影など無い。


「姿隠しの術・・と言うやつか?」


目の前にいる人物が分からないとは、どれほどの強者だろうか。

思わず口元が緩んでしまう。


『姿隠しの術って・・、隠密とかのスキルとは違うわよ。・・目の前にあるでしょ?』

「目の前に・・ある?」


居るではなく有ると言う事は・・


「もしかして珠が・・喋っておるのか?」

『大正解。喋ると言うより念話と言って、貴方の頭に直接話しかけているの』

「ほほぅ・・。これはまた面妖な」


鬼神は面白い玩具を見つけたかのように、嬉しそうに笑みを浮かべる。






---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---






一通りダンジョンコアから、黙って話を聞いて行く。

話しを聞き終ると、幾つか分からない言葉を質問しながら状況を擦り合わせる。


「要約すると、だんじょんこあ殿は、だんじょんを管理する付喪神なのだな?」

『うーん、ちょっとニュアンスは違うけど、概ね合っているわ』

「で、ちゅーとりあるとか言う鍛錬で、運悪く外と繋がってしまったと?」

『その通り・・、まだ解放まで猶予期間が有ったのに!』


もう終わりだとか、壊されるとか、あまりに悲観的な事しか言わない珠が気になって、四方山話を聞いた訳だが・・


「ふむ・・」

『はぁー、全部愚痴を言ってスッキリしたわ。じゃあちゃっちゃと殺っちゃって』

「殺っちゃって・・か。ふん! つまらん」

『・・はぁ!? つまらないってどういう意味よ! ワタシはダンジョンコアよ? 物凄い力が手に入るのよ!? 話し聞いてた?』


言わなくて良い、ダンジョンコアを破壊した時のメリットまで喋ってしまっていた。


「ああん? 文字通り手も足も出ない様な奴を倒してもつまらん。やはり、オレに牙を向ける気概を持つ奴と闘う事が楽しいんだからな!」


まだ見ぬ強者を思い描いてか遠くを見て、笑っている・・ドン引きである。


『じゃあ、ワタシを壊さないの?』

「壊す? そんな勿体ない事できるか!」

『勿体ない? どう言う意味かしら?』

「お主を狙って、強い奴が来るんだろう? 良いね、良いじゃないか!」


強い者と戦うのが鬼神の喜び。バッと両手を開いて、天を仰ぎ喜びを表す。


『・・・うわぁ! 完全にワタシを囮にするつもり満々ね』

「良いじゃねぇか。結果としてお主を守る事になるんだし、その時間も稼げる」

『確かに一理あるんだけど、何となーく腑に落ちないのよね・・』

「細かい事は気にするな! かっかっかっかっ!」


そして鬼神から提案してくる。


「それで、ちぃーっとばっかし頼みが有るんだけどよぉ」

『お願い? 何かしら』

「いや、待っているのも退屈だろう? 獲物を探しに外に行っている間に、お主が壊されたら元も子もない」

『ま、まあ、この際突っ込み所満載なのは置いておくとして・・、それで?』

「あの扉、オレが倒されるまで開かない様な仕掛けは出来ねぇか?」

『うーん、そうね・・。ちょっと調べてみるわ』

「なるべく早く頼むわぁ」


そう言うと扉を開いて、隣の部屋へと移動してしまう。






---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---






屈強な男たち数人が取り囲む様に、荷馬車が進んでいく。


荷馬車の中には、普通の荷物の他に、荷物としては似つかわしくないモノが乗っていた。

年端もいかぬ少女たち・・五人乗せられていたのだ。


五人の中でも、一番年かさの少女が四人を抱きしめている。


自分たちのこれから起こるであろう出来事を思って、先程までさめざめと泣いていた。

一番上の少女の慰めと、泣き疲れも加わって寝てしまったのだ。


「(神様、どうか私たちをお救い下さい・・)」






高い木のてっぺんに、鬼神はちょこんと座る。


表現は合っているのだが、状況が若干おかしい。

鬼神とて大の大人の一人であるのに、右足の親指で木の先端の細枝に乗っているのだ。


まあ、それはさて置き、今日も今日とて獲物を探して辺りを見渡している。


「何処かに、何か、居ないかなっと?」


扉の問題は、部屋のモンスターを倒さなければ開かない、居なければリポップまで待つと言う仕様で何とか解決でき、晴れて外に出る自由が得られたのだ。


「んん? ありゃぁかち合っちまうかな?」


荷車の進行方向の先に、モンスターを見つける。


どの世界と言えども弱肉強食が掟の自己責任である。

とは言え前の世界での、ちょっと人間の手助けをしていた事が思い出される。


「まあ、ヤバそうなら考えるか・・」


一言ぼやくと、付かず離れずと言った感じで、枝から枝へと荷車の後を追いかける。


「あっ!? ありゃダメだ・・」


狼系のモンスターの群と接触するや否や、人間たちはあっという間に倒される。


鬼神はヒョイという感じで飛び降りると、巨大な狼の群の一匹の背中に着地する。


ドゴーン!


かなり音がおかしいが、周りの狼たちに問いかける。


「よぉよぉよぉ! オレとも闘わねぇか?」


言葉が通じるとは思ってはおらず、ただ単に独り言と戦意の確認。


ちなみに下敷きの狼は、背骨や肋骨、内臓が潰れて既に死に絶えていた。

モンスターの群は、群の一匹がやられた位で逃げるほど温くはない。


幾多の獲物を血祭りにあげた、自慢の牙と爪を持って鬼神に襲い掛かる。




・・が残念、瞬く間に単なる躯と化してしまう。


「不味い、何喰っても不味いのはどう言う了見だ、この身体はよぉ・・」


鬼神の鬼力は、相手を倒して喰らう事で蓄えられるため、いくらでも食える。

ここで美味いと感じれば、それこそ根こそぎ喰らいかねない。


世の中うまく回る様に出来ているものだ。


「さて、食える所は皆食っちまったし・・、そろそろ出てきたらどうだ?」


鬼神の感覚は、端から荷車の中に何かが居る事は分かっていた。


「別に戦う気のねぇ奴を、如何こうするつもりはねぇぞ?」


そう声をかけるが、出てくる様子はない。


「んーん? 病気か? 怪我でもしてるのか?」


荷車ののかを覗き込むと、身体を寄せ合って震えている少女を見つける。


「・・・あぁ、こりゃあ出て来れんわなぁ」


もしかしたら外にいたのが家族で、家族をモンスターに喰われ、そのモンスターさえ喰らう存在・・、恐ろしくて出てこれるはずもない。


「あー、お前たちがどう言う者か知らんし、聞くつもりもない。また何かしようとするつもりもない」


怯える少女たちに淡々と告げる。


「外にいた人間はもんすたーとやらに喰われ、そのもんすたーをオレが喰った」

「あ、ありがとうございます・・」


少女たちの中で一番、年上の少女が声を発する。


「ありがとう・・? 外に居たのは親兄弟では無いのか?」

「い、いえ違います。私たちは攫われて来たのです・・」

「ははぁん。外の男たちは人攫いだった訳だな」

「そうです。お助けいただきありが・・」


少女の例の言葉の途中で、鬼神が言葉をかぶせてくる。


「助けたつもりはない。オレは強い奴を倒して喰らっただけだ。弱い者を強い者が喰う、実に簡単な事で、世界の理であり、掟だと思っている」


その言葉に少女たちが、自分達も食べられると思ったのかビクリと身体を震わせる。


「ああん? 安心しろ。さっきも言ったがお前たちをどうこうするつもりはない。闘う意思のない者は、オレの得物足り得ない」


そう言うと少し荷車から身を離す。


「まあ、こんな森の中じゃあ、どれだけ長く生きられるかは分からん。山や森、自然は来る人を拒まず恵みを与えながらも、誰彼構わず容易に命を奪う」


そう言うと、くるりと向きを変え、自分の寝床であるダンジョンに戻ろうとする。


「お、お待ち下さい!」

「んん? 何か用があるのか?」

「どうか、私たちをお助け・・」

「断る」

「えっ・・!?」


助けを求める少女に、ぴしゃりと言い切る。


「何度も言うが、この世界は弱肉強食が掟だ」

「な、ならば弱い者が強い者に、庇護を求めてはいけないのですか!」


少女が叫ぶ。


「うん? どうだ・・ろう?」


少女の叫びに、思わず首を傾げてしまう。


「弱い者は、弱い者同士集まって群を作り、強者に抗う事が有ります!」

「そう言う事もあるわなぁ・・」

「強い者に媚売って、強い者にまかれる事は掟に反しますか!」

「ど、どうだろう・・」


少女の気迫に、鬼神が徐々に押され始める。

鬼神は正直深く考えるのが苦手で、理詰めされると途端に旗色が悪くなる。


「どうか、どうか私たちを、いいえ、この幼子だけでもお助け下さい!」

「そう言われてもなぁ・・」


正直言えば、闘って倒して喰らう生活の自分に、この子らを助けられるとは到底思えない。


「うーん、どう助けたら良いのか分からんし・・」

「どうか、お助け下さい!」


少女の必死の姿に、小さな子どもたちも一緒になって頭を下げてくる。


「どうなるか分からんが、相談してみるか・・」


一つ溜息を吐くと、少女たちに言う。


「立て。俺一人ではお前たちを、如何助けて良いか分からん。相方と相談してくれ」

「相方・・、奥様ですか?」

「いや、全く違う・・、えーっとだんじょんこあとか言っていた、分かるか?」

「・・えっ!? ダンジョンコア? あのダンジョンの?」

「ほう! 物知りだな。そうそう、そのだんじょんとか言うからくり屋敷の、付喪神がだんじょんこあだ」

「か、からくり屋敷? つ、付喪神?」

「ならば話は早い。子供らよ行くぞ!」


少女が混乱しているのを余所に、五人の子供たちを抱きかかえる。


「えっ!? ええっ!? きゃぁあああぁぁぁぁ・・」


いきなり鬼神の全力疾走および跳躍に、五人の少女たちの悲鳴が木霊する。






---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---






ダンジョンコアの前で、何処をどうしたらそうなるのか分からないが、鬼神が胸を張ってドヤ顔をしている。


『で、この子たちを、此処へ連れて来たという訳ね?』

「そう言う事だ!」


どうだ偉いだろうと言う態度の鬼神に、呆れた声を響かせるダンジョンコアである。


『・・あんた、馬鹿じゃないの?』

「うむ! ・・馬鹿? どう言う意味だ?」


てっきり褒められると思っていたところへの、馬鹿発言に首を傾げる。


『わざわざ人間をダンジョンの、しかもダンジョンコアであるワタシの前に連れて来て! 本当に馬鹿じゃないの?』


キラキラとした少女たちの目に囲まれて、ダンジョンコアから、何やら居心地の悪い雰囲気が伝わってくる。


「何か問題でもあるってか?」

『問題も何も、ワタシが壊されたらどうするつもりよ!』

「壊す? それほどの戦意を示せるなら、オレの得物足る資格ありと言ったとこだな」


ウンウンと頷いて、にこやかな笑顔を浮かべる。


子供たちと言えば、その一言に一斉に部屋の隅に逃げて、首を横にフルフルと振っている。


『いやいやいやいや・・。あなたが良くても、ワタシはとーっても困るのよ』

「子供たちよ。だんじょんこあを壊すつもりはあるか?」

『だ・か・ら馬鹿だって言うのよ! 正直にはい壊しますって言う人がいる訳ないでしょうが!』

「ふむ・・、そう言うものか・・」

『はぁー・・』


鬼神とダンジョンコアの、少し間抜けなやり取りを聞いていた少女が声をかけてくる。


「あ、あのー・・」

『「うん? 何?」』

「信じていただけないかもしれませんが、ダンジョンコア様を壊すつもりはありません。

逆に私たちをお助け下さい。お願いします」

「ほら見ろ!」

『そんな事は最初っから分かってるのよ! この大馬鹿!』

「・・・えっ? そうなのか?」


ダンジョンコアは、鬼神が連れてきた子供たちの状況から大体の見当は付いていた。


ダンジョンコアが唯の珠だとしても、壊すにはある程度の戦闘力が必要だ。

しかし子供たちには、その様な戦闘力は見受けられない。


少女はダンジョンコアの存在を知っていた。

ならばダンジョンコアを知る者で、好意的なダンジョンコアを壊す事はない。

何故ならダンジョンは、無限の富を生み出すからだ。


それらを差し引いても、この子たちはダンジョンに庇護を求めている。

人間に好意的なダンジョンは、そう言う人間にとっては最も安心できる場所なのだ。


まあ尤も、自分が生まれたばかりで、脆弱と言う点を除けばではあるが・・




子供たちの受け入れの話が一段落した所で、現実問題について話し合う。


『さて。この子たちと暮らすとなると問題が有るわね』

「問題? どんな事だ?」

『この子たちに最低限の、衣食住は準備しなくちゃいけないでしょ?』

「なる程・・、石畳に寝させる訳にもいかんし、食べ物に水は要る訳だな」

『その通りよ』

「うむ。では後は任せた!」


鬼神は全てをやり遂げた感たっぷりに、部屋を出て行こうとする。


『ちょっと待ちなさいよ! あんたが連れて来たんでしょうが!』

「それはそうだが、オレが出来る事は少ないぞ!」

『え・ば・る・な! その少ないなりに知恵を絞れ!』

「オレにもっともない物を、頼らないで欲しいんだがなぁ・・」


自分でも分かっている。

闘いしか能のない自分が、あれやこれや考えるのは一番の不得手だ。


だから少女にやり込められて、ダンジョンに連れてくる羽目になった。


「それで一番の問題は何だ?」

『DPね。何を生み出すにしてもDPが必要になるから』

「あのぉー・・」

『「うん? 何?」』


再び鬼神とダンジョンコアの声が揃う。


「DPって、ダンジョンポイントの事でしょうか?」

『あら、良く知っているわね』

「ええ、有名ですから」

「うん? 有名なのか?」

「はい。三の領にあるジャニの町にある、フェブのダンジョンを切っ掛けに・・」

『・・ふーん、良く知らないけど。DPと貴方に何の関係が有るのかしら?』

「DPの裏の稼ぎ方なら、私たちでも出来ると思うのです」

「『DPの裏の稼ぎ方!?』」


少女がそのダンジョンで行われている、DPを稼ぐ方法を説明する。


『なる程、確かにこの方法なら問題は解決ね』

「DPにそんな稼ぎ方が有ったとは・・な」


DPの稼ぎ方の一つに、侵入者の撃退がある。

正確には侵入者を倒すか、追い出す事で相手に見合ったDPが手に入る。


すっかり忘れていたのだが、鬼神も、この少女たちも侵入者なのだ。

そして出入りするだけで、DPが稼げると言う方法が成り立つ。


これは好意的なダンジョンと、そのダンジョンを受け入れた人々による裏技なのだ。


『とは言え、あまり人の出入りが見つかると疑われるから・・』

「鬼神様に外で見張っていただいて、ぎりぎりダンジョンの外まで出るようにします」

『そうね。階段を登り切った少し先まで行けば大丈夫のはずよ』

「でしたら出入り口の亀裂まで行けば良いのではないでしょうか?」

『うん、それなら間違いないわ』


ダンジョンコアと少女が話しあっている間、鬼神は蚊帳の外で暇そうにしている。


『じゃあ、あなた達が稼いだDPについては、あなた達が好きに使うと良いわ』

「ありがとうございます。では早速・・」

「ちょっと待て」

『んん? 何?』


少女たちがダンジョンを往復しようとすると、鬼神が待ったをかける。


「先に獲物を狩ってきても良いか?」

『何で?』

「ただ座っているのもつまらんからな」

『あなたって、ほんっとーに闘う事と食べる事しか能がないのね・・』

「そんなに褒めるな」

『褒めてなんかいないわよ! この馬鹿!』


あくまでもマイペースな鬼神に、思わず叫び声をあげてしまう。






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真っ白な空間に佇む、一人の男性。

鏡面世界を創造した双子の弟にして、世界『イグザ』の管理者。


「今の所は問題らしい問題は、起きそうにないか・・」


上司から、とても素晴らしい笑顔で、異世界人の受け入れを命じられた時は、どんな人物を受け入れる事になるのかと戦々恐々としていたのだが。


「鬼神・・、鬼にして神たるギフトを持つ存在・・か」


話を聞けば、他の世界でイレギュラーの存在であり、世界にどのような影響を及ぼすが不確定であるとの事だった。


そんな不確定な存在も異世界の、英雄や勇者、魔王として祭り上げてしまえば、影響はかなり抑えられるだろう。


「確かに異世界転生や召喚を容易に行えば、問題解決にはなるが、その失敗からは何も学べない・・。

上司の許可が必要な上に、信仰ポイントが必要な理由も頷けると言う物だ」


鏡面世界は双子が二人で一つの世界を創るべき所を、二人で二つの世界を創った上に鏡合わせに一つの世界としてしまった。


そのため、容易に別の世界への行き来できる事になってしまった。

お互いの世界で問題が起こる度に、二人で人のやりくりをしたのだ。


それが上司にばれ、何らかの処罰が有ると脅されていたのだ。


「しかし、姉さん・・、あんまりだ」




上司から二人が知らない世界からの、異世界人の受け入れを命じられた時・・


「お任せ下さい! 私たち二人で見事クリアして見せます」


姉の方の管理者が上司に大見得を切ったのだ。

しかし自分たちの世界に戻った途端、とんでもない事を言い出したのだ。


「ねぇ、弟君。きみにいーっぱい貸しが有ったよね?」

「・・えっ!? あ、あれは姉さんが・・」

「言い訳は良いから。異世界人は、弟君の世界で受け入れてね!」

「ちょ、ちょっと姉さん!」


今思い出しても、腹が立ってくる。

貸しと言ったって、本当は姉さんが勝手に言い出した事だし・・


最低限の干渉という事だったので、先ずは言葉が分からないと、即争いになりかねない人物なので、異世界言語理解の能力だけ付与して、自分の世界に招きいれた。


「まあ、勉強になるから良いか・・」



姉との思い出に疲れ切った溜息を吐いて、異世界人の様子を見守る。






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鬼神が呟く・・


「うむぅ・・、困ったな」


ダンジョンコアも呟く・・


『困ったわね・・』


一人と一つは、ほとほと困り果てていた。


最初に会った少女は二人に平謝りを続ける。


「申し訳ありません。すぐに、すぐに・・」


年長の少女は、幼い少女たちを必死に慰め、諭そうと無駄な努力を費やしていた。


「みんな良く聞いてちょうだい。私たちが助かったのは、ダンジョンコア様や、鬼神様のお陰なのよ・・。御二方のお慈悲が有ったからこそなの。お願いだからこれ以上お姉ちゃんを困らせないで・・」

「でも、でも・・」

「お父ちゃんや・・」

「お母ちゃんに会いたいよぉ・・」




彼女達はダンジョンコアとの約束を守り、五人の少女たちは時間と体力が許す限りDPを稼いだ。


最初は石畳にDPで交換した毛布を敷いて寝たり、同じくDPで出した出来合いの料理を食べるしかなかった。


少しずつDPを貯め、自分たちの部屋(寝室、台所、トイレ、風呂付)を持つに至る。

調理器具を手に入れ、食材や調味料をDPで交換し自炊を始める。


更に一人ひとりの肌着や服を揃えられ、豊かな生活を手に入れる。


そして衣食住が満たされると、心を満たしたくなるのは仕方のない事だろう。


彼女達は好き好んで奴隷になったのではない。

いやこの世界では、奴隷を認められていない。


少女たちにも何らかの不注意は有ったのだろうが、犯罪に巻き込まれ、無理やり家族の元から引き裂かれたのだ。


生命が保証されると、失われた時間を取り戻したいと泣きだしたのだ。


鬼神もダンジョンコアも、少女たちの気持ちのは分からないでも無い。

・・が、二人にはどうにもならない。正直言えば泣きたいのはこっちの方である。




例えばダンジョンコア・・


ダンジョンコア自身は自分では動けないし、彼女達を守る事すらできない。

そもそもダンジョンから出る事が出来ない。


チーン、はい終了。




では鬼神ではどうか・・


パッと見人間ではあるが、額には二本の角があり、まともに町にも入れないだろう。

そもそも人間として暮らした事がなく、価値観も分からず、交渉もできるかも不明だ。

ぶっちゃけ鬼神が死ぬか、町が滅びるか・・、そんな未来が垣間見える。


チーン、はい終了。




・・とは言っても、動けるのは鬼神だけ。

鬼とは言っても神様、人に助けを請われると、何故か放ってはおけない気持ちになる。


「むむぅーん、仕方がない、オレが何とかしてやろう!」

「・・・えっ!?」

『あんた馬鹿? そんな安請け合いして・・』

「本当? 鬼神様・・?」


期待に満ち満ちた視線が集まってくる。

ダンジョンコアとしても、この瞳を曇らせるのは忍びない。


『はぁー、分かったわ。出来るだけフォローはするわね』

「おう! 任せとけ!」


何か考えがあるのか・・。いや全く考えていないのだろうが、今は任せるしかない。






少女たちを親元へ帰すための作戦会議が開かれる。


『どうやって、この子たちを親元に帰すつもり?』

「ふん、任せておけ! まず、お前たちの村の名前は分かるか?」

「えっとぉー・・」

『なる程、確かに村が分からなくちゃダメよね』


子供たちは一人ひとり、自分たちが暮らしていた村の名前を告げる。


「よしよし。次は村に一番近い大きい町の名前は知っているか?」

『ふむふむ、良い考えね』


村や町の名前が分かれば、帰れる確率はぐっと上がる。


残念ながらこれに関しては、自分の村から出る事は極稀なため、殆どの子供たちが知らなかった。


「私の村の近くの町でしたら・・」


五人の中で、一番の年上の少女が教えてくれる。


『この子たちの村や町の名前が分かっても、この後どうするのよ?』

「このダンジョンの近くの村や町を探す」

『どうやって?』

「どうやって? ・・・ ・・・ ・・・ どうやって?」

『何で私に聞くのよ・・。やっぱりあんた馬鹿でしょう? ここが何処だかだって、分かってないのに』

「先ずはそこから始めるか・・。近くの村か・・出来れば町を探そう」

『探すのよ? 襲うんじゃなくて? 分かってる?』


鬼神は視線を漂わせながら、何とか答えを導き出そうとする。

すると少女が声をかけて、助け舟を出してくれる。


「ダンジョンコア様、鬼神様、森の近くで街道を見つけては如何でしょうか?」

『「街道?」』


街道とは人が常に通る道を、通り易く整備した物だ。

つまり街道を見つければ、村や町に通じている。


「ふむ。何とか街道を見つけて、どちらかに向かえば村か町が有るはずだよな?」

「はい、それは間違いありません」


意味無く街道を整備する事はあり得ないと言う。


少女たちを攫った者たちでさえ悪事を隠すため森の中を進むが、やはり裏街道と呼ばれる道を使っていると言う。


「良し! じゃあひとっ走り、街道か村か町を探してくるか!」


少女たちと出会った街道へと足を向ける。






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やがて少女たちを見つけた裏街道から、町へと通じる街道を見つけたと、報告をしに鬼神が戻ってくる。


『あなた・・、やっぱり馬鹿でしょう・・』

「そう褒めるなよ・・」

『何処をどう聞き間違えたら、褒めていると受け止められるのかしら?』


二人が話しあっている最中、少女たちが忙しそうに動き回っている。


『街道を見つけた、との報告は良いわ』

「そうだろう、そうだろう」


鬼神が最初に連れてきた少女たちが、新しく来た少女たちの世話を焼く。


『そもそもこのダンジョンに来た少女たちを、親元に帰す計画よね?』

「その通りだ」


見つけた街道から、何故か人目を避けるように裏街道に向かう荷車が通りかかったが、ちょっと声をかけようと近寄ると、荷台の中からすすり泣きが聞こえてきた。


『じゃあ、何で少女たちが倍以上に増えているのかしら?』

「それはとても不思議な事なんだがなぁ・・分からん」

『分からない・・って、分かり切った嘘を!』


ちょっと脅かせば逃げていき、荷車の少女達に話を聞けば、やはり攫われたとの事。

まあダンジョンに連れて帰れば何とかなるだろうと、安直に考えて連れて帰ったのだ。


『はぁ・・、しかしどうしたら良いのかしら・・』

「まあ衣食住に関しては、あの子らから何か言ってくるだろう」

『いや、そう言う事じゃなくて・・』


ダンジョンコアとしても、犯罪に巻き込まれた子供を見捨てろとは言えない。

しかし親元に戻す事も出来ず、今後も保護する子供が次々増える気がして気が気ではない。


「ダンジョンコア様、お願いが有るのですが・・」

『あぁ、はいはい。何が必要になったのかしら?』

「肌着と服を。それから部屋を広くして、ベッドを増やしたいのですが・・」


ダンジョンコアが要望に応えている間に、鬼神はコッソリと抜け出す。


「何とか親元に連絡する方法を見つけないと・・」

『早いところお願いね』


コッソリと鬼神だけ聞こえる様に、ダンジョンコアが告げてくる。


少女達は自分たちでDPを稼いでおり、ダンジョンコアに負担はない。

助けを求める人たちに、救いの手を差し伸べるのは吝かでは無い。


ただ一人と一個の思いは一つになりつつある。


「『めんどう・・』」






---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---






森を抜け裏街道に沿って街道に出て、人間たちの町と呼ばれる物の城壁が見える。


「多分、あれで間違いないと思うのだが・・」


昔は大陸をぐるっと一周する大環状道に沿って町や村が出来た。

しかしジャニの村やフェブのダンジョンと呼ばれる場所が生まれた事を切っ掛けに、色々な村や町の形が現れたらしい。


「さて、どうやって話し合いに持って行くか・・」


些か投げやりに、町へと近づいて行く。


城門に控える衛兵たちも、傍目には人間と言う姿が幸いして、角も珍しい装備の一つと気にしていなかった。


「身分証明書を」


衛兵に声をかけられると、鬼神は単刀直入に切り出す。


「町に入るつもりはない。攫われた少女たちを保護しているのだが、引き取って欲しい」

「・・・へっ!?」


最初何を言われているか分からず、間抜けな返事をして固まってしまう。

やがて衛兵たちが、再起動すると口々に問い詰めてくる。


「おいおい、冗談も大概にしないと・・」

「保護している? 何故子供たちが攫われたと・・」

「これが名前と、住んでいた村だ」


鬼神が全員の名前を覚えられる訳でも無く、羊皮紙に名前と村を書きとめたのだ。


「ん? 何だこの模様は?」

「ああ、読めないか・・」


当然、前の世界の文字のため衛兵に読めるはずがない。

鬼神に与えられた異世界言語理解には、読み書きは含まれていなかったのだろう。


「じゃあこっちで読み上げるぞ」

「ちょ、ちょっと待て!」


鬼神が読み上げ始めた名前、特に村の名前には覚えが有った。


大急ぎで書き留め、上司に連絡する。

上司の方でも近隣での人攫いの報告は来ており、子供と村が一致していた。


鬼神が町の中の、詰め所に案内されると事情を聞かれる。


「攫われた子供たちを保護しているとの事だが?」

「間違いないぞ。早いところ親元に帰してやってくれ」

「お前が人攫いでは無いのか?」

「・・お前は馬鹿なのか? 人攫いがわざわざ町に、攫った子供を返しに来るか?」

「ぬぅ・・」


バカ呼ばわりされた上司は真っ赤になるが、当たり前すぎて反論が出来ない。


「じゃあ、子供たちを連れてくるで良いのか?」

「ああ、頼む。人数が居るなら迎えに行くが?」

「悪いが、オレが住んでいる所に来て欲しくない」


これで終わりと会話を打ち切ると、子供たちを迎えに行く。


鬼神は両脇に一人ずつ少女を抱え、脅えさせない程度の速度で森を駆け抜ける。


最後の一人を運び終えると、少女たちが教えてくれた魔石を全部持たせる。

この魔石とやらは、人間の中でかなりの価値がある代物らしい。


価値の分からない鬼神は、モンスターを喰った時に、何で石ころが身体の中に?程度で打ち捨てていた。


最後に町のお偉いさんが、面倒な頼みごとをしてくる。


「もしこれからも人攫いに会ったら、子供たちを助けて欲しい」

「勘弁してくれ・・。面倒事はもうコリゴリだ」


鬼神もダンジョンコアも、孤独をこよなく愛する。

進んで揉め事に首を突っ込むつもりはなかった。






---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---






子供たちの居なくなった部屋を見て、考え深そうにダンジョンコアが呟く。


『嵐の様な日々だったわね』

「ああ、その通りだ・・」


鬼神が同意する。


『揉め事はお断りって、ちゃんと言って来たのよね? 町の人には?』

「勿論、そう伝えてある」


鬼神は小さい子を抱え、少し大きな子供と手を繋いでいる。

更に鬼神から離れ、目をキラキラさせた二人の子供が、ダンジョンコアの台座にへばり付いている。


『そう言う話で、もう終わったのよね?』

「そう・・、その筈だが?」




少女たちの実家探しで忙しく、暫くぶりに獲物を探し、狩って喰らい、次の得物をと探していると、森を進む荷馬車を見つけてしまう。


「・・・なぁーんか、とーっても嫌な予感がするんだが?」


馬車の荷台から、時折すすり泣く声に溜息を吐く。




『はぁー・・。連れてきたのは仕方ないわね・・』

「そうそう、仕方ない」

『張本人のあんたが言うな!』


前回は小さいながらもまとめ役の少女が居た。今回は期待できそうにない。


『どうしたら良いのかしら?』

「女中を雇うか?」

『んん? 女中? ・・ああ、メイドさんね。それなら雇うんじゃなくて人形系のモンスターでも召喚した方が安全かしら?』

「どっちでも良いから・・、何とかしてくれ」

『だ・か・ら、張本人が文句を言うな!』


一人と一つは、これから先まだまだまだずーっとずっと、面倒事が転がり込みそうな予感がしていた。


面倒ではある・・、嫌かと問われれば如何とも答えがたい話ではある・・






とんぴんぱらりのぷう





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