7.星天の宮
暗闇の中をぐるぐると光の階段がのびています。その階段を2人と一匹が駆け上がっていきます。
はあはあと息をあらげるエリザベスが とうとうすわりこんでしまいました。見上げると、まだまだ階段がありそうです。
「ご、ごめん。ちょっと休ませて。」
というエリザベスの前にアーサーが背中を向けてしゃがみます。
「お兄ちゃん?」「いいから。乗れ。」「うん。」
エリザベスを背負ったアーサーが階段をのぼり始めます。しかし、スピードはおそくなりました。それも当然です。2人分の重さを背負っているのですから。
キツネのチャールズが2人を見上げました。
「チャールズ?」
とアーサーが問いかけます。
「次は私の番だ。2人とも……、最後まであきらめてはいけないよ。ぜったいに。」
「え?」
と2人が声をかける間もなく、チャールズは階段をおりていきます。
「行くんだ、紡ぎ手よ! 君の物語をつづるんだ!」
アーサーはぐっとこらえるように唇をかみしめて、階段をのぼりつづけました。
――――
光の階段の途中で、虚ろの王がキツネのチャールズと向き合っています。
「……お前も紡ぎ手だな?」
静かに虚ろの王が問いかけます。チャールズは、
「その通りだ。虚ろの王よ。」
「お前が物語を書くべきではないのか?」
チャールズは首を横にふって、晴れ晴れと笑いかけました。
「私の時代はとうに過ぎ去っている。……それに心配はいらぬよ。私のペンを受け継いだアーサーが、そして、エリザベスがきっとこの物語を紡いでくれるだろう。」
虚ろの王はうなづくと、右手をキツネのチャールズにかかげました。
「そうか。……ならばお前も石となり眠るがいい。」
チャールズは黙って笑った顔のままで石になっていきました。
虚ろの王は、チャールズの石像の横を通りぬけ、ふたたび2人を追いかけ始めました。
――――
とうとう階段を登り切り、そのままアーサーとエリザベスは ゆかに たおれこみました。
2人は息を整えながら周りを見回します。
そこは少し広めの洋風のあずまやでした。
周りには満天の星空と銀河が広がっています。
はなれたところに1台のつくえが置いてあり、その上の書見台にどこか見覚えのあるノートが置いてあります。
エリザベスはそのノートを見下ろして、
「これは……お兄ちゃんのノートだね。」
とつぶやきました。アーサーは予想がついていたのか、おどろく様子もなくだまってうなづきます。
ノートの一番はじめにはアーサーの文字で『季節廻る国の童話』と書いてありました。
アーサーはノートを手に取り、ページを繰っていきます。
その時、とうとう虚ろの王も階段を登り切って星天の宮へとやってきました。
エリザベスが怖がってアーサーの後ろへとかくれます。アーサーはノートを手に持ちながら、キッと虚ろの王をにらんでいます。
2人の手前で虚ろの王は立ち止まり、
「紡ぎ手のアーサーとエリザベス。よくぞここまでたどり着いたな。」
と話しかけました。そして、ノートを指さして、
「さあ、最後の言葉を書くがいい。……だが心せよ。言葉をまちがえれば、その瞬間に私がお前たちを石にする。」
と告げました。
アーサーは緊張しながら物語の最後の部分を開きます。
ノートに書かれた物語は、星天の宮に来た2人が虚ろの王と対面しているところで止まっています。
そして、一番最後には、
――その時、アーサーとエリザベスは願った。「 」と。
と書かれていました。
アーサーにはわかりました。この空白に言葉を書き入れなければならないのです。
しかし、何の言葉をここに書き入れるべきなのでしょうか。
虚ろの王が語りかけます。
「アーサーよ。そなたは知っているか? 夢に破れた人々の後悔を。余計な期待をしたばかりにダメだった時のなげきを。……人々には夢や希望などは必要ないのだ。」
その時、アーサーの耳には色々な人々の声が聞こえてきました。
――ああ、いくら努力しても才能のあるやつには勝てないんだ。
――くそっ。なぜ上手くいかないんだ。あれだけがんばったのに。
――なぜなの? なんで、私は……。
――あの時、ああしておけばっ。
――ここが自分の限界なのか。
――夢なんて持ったばかりに。
――希望なんていだいたばかりに。
アーサーは思わず耳を押さえて頭を横にふります。
「わかっているんだ。僕だって。夢ばかり抱いてはダメだって。現実はもっと厳しいんだって。」
虚ろの王はうなづきました。
「そのとおりだ。いくら努力してもどうにもならぬことが現実には多すぎる。どうせ嘆くことになるのなら、最初から夢や希望など無い方がよい。『季節廻る国』など無くなるべきなのだ。」
アーサーはふるえる手でペンを取りました。
その手をエリザベスがくいっと引っぱります。
アーサーがエリザベスを見ると、エリザベスはニッコリ笑って、
「でもね。私。お兄ちゃんの書く物語が好きだよ。夢や希望があるお話が。」
その時、アーサーのふるえがすっと止まりました。「……エリザベス。」
アーサーの目に力がこもります。そして、虚ろの王に、
「今、わかった。お前は僕の心から生まれたんだね。……悪口に傷つけられ、紡ぎ出す言葉をなくしそうになっていた僕の心から。だから、君は僕だ。だから、僕はこの言葉を君のためにつづる!」
――その時、2人は願った。「 虚ろの王に夢と希望を! 」と。
その途端、虚ろの王の鎧の内側からまばゆい光があふれ出しました。
どんどん強くなる光が2人も包みこみます。
2人の耳に色々な人々の声が聞こえてきました。
――でも、努力している俺が好きだって言ってくれた。
――これは上手くいかなかったけれど、別のところでその経験がいかされた。
――なやんで、なげいて、苦しんでいるのは私だけじゃなかった。
――今度はこうしてみよう。
――いつも がんばれって応援してくれる人がいるんだ。
――だから。
「夢と希望はあきらめない!」