5.秋の女王の城館
純白のユニコーンのセディナは風のように林を駆けぬけていきます。
夏の女王の城館を出てから、2人は一言もしゃべっていません。重々しい空気がただよっています。
風を切って走って行くセディナのせなかで、アーサーは、
「虚ろの王……、か。」
とつぶやきました。その時、近くの木々の上をバタバタバタと何匹もの黒い鳥が飛んでいきます。
エリザベスが心配そうに、
「夏の女王さまは……」と言いかけた時、となりを走っていたキツネが、
「おそらくはもう、石に」と答えました。ぎゅっとエリザベスは手をにぎりました。
その小さなこぶしの上からアーサーが手を重ねます。「お兄ちゃん。」
「女王さまはエリザベスに指輪を託したんだ。たぶん、……虚ろの王からこの世界を守るために。だから僕たちは僕たちのできることを、しよう。」
アーサーの言葉にエリザベスはうなづいて、
「でも指輪を集めてその先は? どうしたらいいのかしら?」
と首をかしげました。アーサーもこれには答えることができません。ただ、
「きっと秋の女王が教えてくれると思う」としか言えませんでした。
秋の女王の城館が近づいたのでしょうか。まわりの木々の葉が赤や黄色に染まっています。そして、どこからか陽気な音楽と人々の楽しそうな声が聞こえてきました。
セディナの走っている道は、どうやらにぎやかなお祭の方へと続いているようです。
森がとぎれて村の広場に到着しました。正面に建っている女王の城館から、周りの家々にいくつもの旗をくくりつけたロープがわたされています。
広場の中央では、ピエロのようなすがたをした楽団が陽気な演奏を行っていて、その周りを村人たちが、そして動物たちが楽しそうにおどっていました。
春の女王のところで見た黒い霧。夏の女王のところでみた黒い雲。すべての色を飲みこんで染めてしまうような、そんな恐ろしいものはここには関係が無いようでした。
色あざやかな木々に、陽気な音楽。どこか切羽詰まっていたような気がする2人も、ようやく人心地がついたようです。
城館の扉は開け放たれていて、だれもが自由に中に入れるようになっていました。
セディナは迷うことなく中に入り、歩き続けます。
アーサーがセディナに、
「もう自分たちで歩くよ」と声をかけましたが、セディナはブルンッと鼻を鳴らして、美しい声で、
「ダメです。お2人を秋の女王の前にお連れするのが私の役目ですから。」
と決しておろしてくれません。アーサーもあきらめて「わかった」と言いました。
城館の石のゆかをカツンカツンといいながら、セディナが進みます。
やがて、広間に出て、そこに秋の女王がいました。
2人はセディナからおりて女王の前に行きます。
えんじ色のケープを羽織ってブラウンの髪をした秋の女王は、めがねの奥から2人を見て、にっこりとほほえみました。
「ようこそ。私の城館へ。紡ぎ手のお2人よ。」
その言葉にアーサーとエリザベスは顔を見合わせます。アーサーが、
「紡ぎ手、ですか?」
と言うと、女王はうなづいて、
「アーサー・スペンサーにエリザベス・スペンサー。この季節廻る国の童話の紡ぎ手たちです。」
と答えました。
女王はやさしくエリザベスの金色の髪をなでると、
「よく聞きなさい。集めた3つの指輪をたずさえて季節廻る塔へ行くのです。そして、冬の女王の指輪が揃えば道が開かれことでしょう。――星天の宮への道が。」
アーサーが、
「星天の宮ですか?」
と聞きかえすと、それにうなづいて、
「ええ。……この世界の物語が紡がれるところです。ですが、やがてそこへ虚ろの王も向かうでしょう。彼がそこにたどり着く前に、『季節廻る国の童話』を書きつづるのです。」
それを聞いたエリザベスがじいっとアーサーの顔を見上げました。アーサーは驚いています。
「『季節廻る国の童話』を書きつづる……、のですか?」
女王がうなづきます。
「ええ。まだ最後までつづられていない物語を完成させるのです。……永遠に続くように。そして、それはあなたにしかできません。『紡ぎ手のペン』を持つあなたにしか。」
アーサーはおもわず上着を押さえました。その手の下には、売れない小説家だった父の残したペンがあります。
毎日、書斎でコツコツと小説を書いていたお父さんのペン。秋の女王がうなづいて、
「そうです。そのペンこそ、『季節廻る国の童話』を書くことができる『紡ぎ手のペン』です。」
秋の女王はそのしなやかな指から美しい赤い指輪をぬき取ると、エリザベスの手のひらにのせました。
「さあ、そろそろ行くべき時間です。」
その言葉とともに外の近いところで雷が落ちました。ビリビリと城館がふるえます。
ユニコーンのセディナがすわって、「さあ、早く乗って」と2人に言いました。
2人が急いでそのせなかにまたがると、セディナが立ち上がりました。
キツネが女王をふり返ります。そのキツネに女王がほほえみました。「チャールズ。……後はあなたがたに任せましたよ。」
キツネはセディナの前を進んで秋の女王の城館を飛び出ました。
すでに周りの林も、お祭りを楽しんでいた人々も石になっていました。うっすらと立ちこめる黒い霧の中に、白くなった木々や石になった人々がまるで悪い夢の中にいるように浮かび上がっています。
黒い霧を突きぬけるように セディナとキツネのチャールズが走り抜けていきました。
――――
秋の女王は城館の広間で虚ろの王と対面していました。
秋の女王がやさしく話しかけます。
「虚ろの王よ。あなたにも夢を抱くことができるといいのですけれど。」
しかし、黒い鎧を着た王は首を横にふります。
「それはできぬ相談だ。秋の女王よ。……夢を失った人々の心から私はやってきたのだからな。」
秋の女王は足元から石になっていきながら、寂しそうに言います。
「私はそれでも願っていますよ。いつの日にか、あなたが……。」
しかし、その言葉が終わる前に秋の女王は石になってしまいました。
虚ろの王はしばらくその石像をながめながらも、
「女王よ。安心するがいい。みな、現実に執われるのだ。この世界も時を止める。長い長い眠りにつくのだ。」
そういうと、虚ろの王はふり返り、霧の中へと消えていきました。
姪っ子に脱字を指摘された……。「赤い指をぬき取ると」→「赤い指輪をぬき取ると」
確かに怖いね。