1.アーサーとエリザベス
あるところにアーサーとエリザベスというとても仲の良い兄妹がいました。
今日もアーサーはノートに何かを書き込んではペンを止め、考えごとをしては ふたたびペンを動かしています。
そのとなりでは、2つ年下のエリザベスが別のノートをじいっと読んでいました。
講堂のまどから射し込むお日さまの光が、2人を包みこんであたたかい日だまりを作っています。
エリザベスの目が、ノートの左から右、また左から右と動いて、時たまフフっと小さく笑っています。
エリザベスが笑うたびにアーサーもそっとほほえみました。
カリカリと文字を書く音が続く中、とつぜん、ろう下から数人の男の子の声が聞こえてきました。
がちゃりとドアが開いて部屋に入ってきた男の子たちは、さっそくアーサーとエリザベス見つけて近づいてきました。
「おいおい! ま~た、アーサーのやつがなんか書いてるよ。」
中の一人の男の子がアーサーのノートをのぞき込みます。アーサーはさっとペンをジャケットの内ポケットにしまいました。……そうしないと大切なお父さんの形見のペンが取られてしまうからです。
別の男の子が横からアーサーの書いていたノートをひったくりました。
「あっ」といって取り返そうとするアーサーでしたが、他の男の子たちが じゃまをします。
ノートを持った男の子が意地悪くノートを広げ、大きな声で読み始めました。
「季節廻る国の童話
あるところに――。」
男の子は最初の数行を読んだだけでノートをバチンと閉じると、アーサーをばかにします。
「ばっかでぇ。何この話! お前さぁ。キンダーガーデンからやり直したら?」
すると他の男の子たちもアーサーをかこんで、
「夢ばっかり見てるアーサー。」
「売れない小説家だったお父さんといっしょだな!」
「少しは現実を見て勉強しろよ!」
「親なしアーサー!」
……そうです。アーサーとエリザベスのお父さんとお母さんはすでに死んでいたのです。今は子供がいなかった叔父さんの家でくらしている2人でしたが、学校ではこのように いじめにあっていたのです。
そこへエリザベスがわりこんできて、うつむいて こぶしを強くにぎっているアーサーの手を取ります。
「お兄ちゃん。行こう。……もう帰ろう。」
アーサーはうつむいたままでエリザベスに手を引かれ、ドアから外に出ていきました。
その間にも男の子たちはアーサーをばかにしていましたが、やがてあきてしまいました。アーサーのノートを持っていた男の子は「ふん」と鼻を鳴らしてノートを放り投げ、他の男の子といっしょにどこかへ行きました。
ゆかに投げすてられたアーサーのノートでしたが、同じ講堂にいた一人の女の子がそっとそれを拾いました。
――――
アーサーとエリザベスはお揃いのコートを着て外に出ました。まだ雪こそふってはいないものの、木々が寒そうに えだを空にのばしています。
2人はまっすぐに家には帰らずに近くの公園に向かいました。
公園のベンチにならんで座り、池をおよいでいる白鳥の家族をながめています。
エリザベスがぼそっと、
「お父さんとお母さんに会いたいな」とつぶやきました。
アーサーはだまってエリザベスの頭をなでました。
「なんで私たちって、こんなにいじめられないといけないの?」
その目じりから一すじの涙がこぼれました。頭をなでていたアーサーの手が止まり、そっとその涙をぬぐいました。アーサーが、
「でも叔父さんは やさしいだろう?」
と言います。エリザベスはうなづきましたが、
「それでも会いたい。もっと色々とお話ししたかった。……それにお兄ちゃんだって、あんな風にいじめられることもなかったわ。」
寂しそうにいうエリザベスの手を、アーサーはぎゅっとにぎります。
「僕は――。」
そう言いかけた時、エリザベスが「あれ?」と不思議なものを見つけたような声を上げました。
その目は真っ直ぐ前を向いています。
アーサーが前を向くと、2人と池の間に大きな鏡がぽつんと立っていました。
まるでどこかのお城にあるような、美しい装飾のほどこされた大きな鏡が、ベンチにすわっているアーサーとエリザベスを写しだしています。
「なんでこんなところに?」
いぶかしげに言うアーサーでしたが、エリザベスは立ち上がると鏡に近づいていきました。あわててアーサーも立ち上がって、2人でおそるおそる鏡に近づきました。
エリザベスが、
「きれいな鏡……」といいながら細い指を鏡にのばします。その指先が鏡にふれた瞬間。2人の意識は遠くなっていきました。