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月読戦記 特騎体SS 料理の鉄人編

作者: アレス02

 基本的にキャラ説明とかはないので、本編を見た後に読んだ方がいいかもです。

 あと新キャラがいますが、詳細は後書きで。

 そのニュースは瞬く間にルナトーク中に響き渡った。

「マヌサが倒れた?」

 書類に判を押していたセラーネが顔を上げ、

「おばちゃんがっ?!」

 訓練中のエーナの棍はセージの脳天にめり込み、

「大変っ!?」

 自室で密かに重プラを組み立てていたヒビキは、組みかけのそれを丁寧に隠した。

 ―――ドドドドドドドドッ!!

 ルナトーク中の(暇な)隊員たちが救護室に詰めかける。そこのベッドに横たわるのは、このルナトークの食事情を一手に賄う『食の母』こと調理班班長マヌサ・ベーンであった。

 血相を変えて飛び込んできた皆の姿にその瞳を潤ませるマヌサ。しかし、

「きょ、今日のご飯はどうなるの?!」

「明日の、いや明々後日とかそれ以降は?!」

 何を隠そう彼らの一番の心配事は食事についてだった。

 なにしろ大半が10~20代という成長期まっしぐらな若者たち。一つ所に停留せずに大陸中を渡り歩く艦内では娯楽も少なく、食事が生きがいという者も少なくない。

 故に彼らの必死さも頭ごなしに否定することはできないのだが、

「う……ぐす……」

 マヌサ(子持ちの42歳)は結構傷つきやすい性格だった。

 真剣に涙ぐむ彼女に怯む隊員たち。そしてそこにとどめとばかりに響くのは鶴の一声。

「―――落ち着きなさいっ!! 者どもっ!!」

 そう言って人混みから現れたのは皆大好き総隊長。ネージェが引いた椅子に座り、セラーネはマヌサに優しく語り掛ける。

「……マヌサ。具合はいかが?」

「ぐす……お嬢様……申し訳ありません…。どうやら腰を痛めてしまったようで……」

「急性腰痛症――つまりはギックリ腰ですね」

 ネージェの言葉に顔を赤くするマヌサ。申し訳なさそうにセラーネに言う。

「重い箱を抱えようとしたら、グキッと……」

「あー。もう年なのに無理するからー」

「わ、私はまだ40代です! アラフォーです!!」

 エーナの言い草に反射的に体を上げようとするが、腰の痛みに耐えかねて横になる。元宮廷料理長とは思えぬその姿を見て、セラーネは自分の従者に尋ねる。

「どうかしら、ネージェ。酷くなりそう?」

「いえ。早急に処置をしましたので大事には至らないかと。安静にしていれば数日中に動けるようになりますよ」

 そっか、よかった~、と胸をなで下ろす一同。しかしそうなると、

「ですのでその間は皆さんで自炊―――」

「あいわかったわ!!」

 叫びと共に立ち上がるセラーネ。そしてドンと胸を叩くと、その場にいる全員に宣言する。

「皆にひもじい思いをさせるのは総隊長として非常に心苦しい限り。だからマヌサの代わりに私が―――!!」

 しかしその襟首を無造作に掴む従者。

「お嬢様。お仕事が残っておりますので」

「ちょ。ネージェ?! ネージェさんっ?!!」

そしてズルズルと引きずられていく皆大好き総隊長。彼女の料理の腕を知っているエーナは、心の中でメード賛歌を歌い、そして止まった空気を正すようにパンと手を打ち鳴らした。

「じゃ、じゃあ当番制にしようか。料理ができる人でローテーション組んでさ」

「「「さんせーい」」」

「―――ああ、ありがとう。皆」

 マヌサは皆の若干ぎこちない笑顔にまた涙を流した。


 んで。

「今日はオレらなわけね……」

「代わりに任務や訓練は免除なんだから文句言わない。ほら手動かして」

 即席で作った当番表には、今日の夕食当番は重装騎士隊第2班とばっちり書いてある。そして2班は班長のエーナと副班長のセージしかいないという現状。

 なにか間違っている、と思いつつとりあえずエプロンをつけるセージ。文句を言いながらも素直に従ってくれる副官に笑顔を向けつつ、献立を思案するエーナ。

「んーと。明日はヒビキたちがアズマ料理を作るっていうから、とりあえずカレーにしとこう。いっぱい作れるし、あたしも大好き♪」

「へいへい」

まずは材料を洗って切るわけだが、これが意外に大変だった。

「流石に数十人分だと半端ないな……」

「~~~♪」

 自炊経験はあるものの、専ら一人が多かったセージは早くもゲンナリ。だが一方でエーナは慣れた手つきで材料を刻んでいく。

「…お前手際いいな。もしかして実家は大家族か」

「へへー。ま、そんなとこ―――」

 しかし。

「あ……」

 不意にエーナが俯いた。

「どどどうした? なんか悪いこと言ったか?」

 唐突な事態に狼狽えるのは男の性か。セージが包丁を置いて駆け寄るが、

「な、何でもないよ!」

「何でもないことないだろ!」

 慌てて顔を背けるエーナを訝しむセージ。顔を見ようと近づくが、

「やあ、もーーー!!!」

 と言って調理場を出て行ってしまった。残されたのはポカンと口を開けたセージと多数の食材。

「や、も……」

 あの言葉は一体何を意味するのか。しかしすぐにピンときた。

「―――ヤモリか!?」

 たかがトカゲごときで悲鳴を上げるとは、意外と可愛いところもあるものだ。そんなことをセージが考えている最中、

「―――っ!!」

 走り去る彼女の顔を見ていた者がいた。

「………」

 しかしセージはそんなことを露知らず。ふと気づいた。

 もしかして調理は自分一人でやらないといけないのだろうか、と。ぶっちゃけ一人で数十人分は自分にはまず無理だと思うのだが。

 しかし救護室に殺到した隊員たちの顔をすぐさま思い出す。

 ―――すなわち、やらなければやられる。

「ま、まあ。すぐに帰ってくるだろ……」

 正直言ってそうでなければ困る。一抹の願いを抱きつつ食材を切っていると、

「………」

 ふと戸口に誰かが立った。

 もう帰ってきたのか、と顔を上げたセージだが、そこにいたのは果たしてエーナではなかった。

「んお? まだできてね―――」

 ガッとセージの襟首を掴む男――リオン・テンガ。そして彼にしては珍しく、険しい顔で睨みを利かせる。

「……エーナに何をした」

「あん?」

「とぼけるなっ!」

 またしても珍しく声を荒らげるリオン。しかし、

「……放せよ、うっとおしい」

 すぐさまその手を払いのけるセージ。細腕の割には力が強くて驚いたが、考えてみればこの男は特騎隊最強の男だった。

 だが意味が分からない。何故いきなりこいつに因縁を吹っ掛けられる必要がある?

 ……いや、そういえば。

「お前、エーナの兄貴だったな?」

 目の前のこのモザイク男は、あの残念班長の家族だった。血は繋がっていないらしいがそれはどうでもいい。

「過保護すぎなんじゃねーの? あんなことで―――」

「あの位、だと……!!」

 瞬間。リオンの姿がかき消え、凄まじい衝撃と共にセージの身体が吹き飛んだ。

 食材やら食器やらの中で身もだえするセージ。そして痛みと共に湧き上がってくるのは怒り。

「いってえな! 一瞬死ぬかと思っただろうが!」

 セージの反撃がリオンを捉える。

 実力差を考えれば無謀な攻撃。しかしリオンは避けようともせずにそれを受け、両者の激しい殴り合いが始まった。

「―――何をやってるの?! あんた達っ!!」

 が、すぐに終わった。

 調理室の前に仁王立ちするセラーネに硬直する二人。

「あ、いや……」

「……料理、を」

「……ネージェ」

「はい♪」

 ドカバキグシャブシゴッゴッゴゴロゴロズッドドドドドガガガガガドドーン。

 ―――数分後。

「「ず、ずみまぜんでしだ……」」

 顔がボコボコに腫れ上がり、服もボロボロになった男たちにセラーネは冷ややかな視線を浴びせる。

「で、原因は?」

「……こいつがエーナを泣かして…」

「はあ?!」

 殺人的に鋭くなるセラーネの眼光に怯えるセージ。

「い、いや誤解っす。マジで、はい……」

「………」

 嘘を吐いている様子はない。というかネージェにここまでされて嘘を吐けるとしたら、そいつはそいつで大物だろうが。

「……原因の是非はともかく。隊員の私闘は特騎隊十法度で厳重に禁じられているわ」

「「………」」

 第7条。隊内の風紀を保つため、私闘はご法度。これは誰しも逃れられない絶対の決まりである。

 しかし、

「でも二人とも白黒つけなくちゃ納得できないようだし……こうしましょう!!」

 どんな法律にも例外はある。

 第7条追記。決闘ならば可。大いに可。


「で、なんで料理対決なんです?」

 ヒビキが素朴な疑問を隣に立つジンにぶつける。だがジンはいつも通りに飄々とした様子。

「総隊長のやること。何か深遠な理由があるに違いない」

「……そうでしょうか?」

 ただ単に自分のお腹が空いていただけでは。そう言いたかったが、とりあえず自分の胸の中にしまっておくヒビキ。

 そんな会話が繰り広げられているとは露知らず。調理台の前でにらみ合うコック姿のセージとリオン。

「手前ぇは前から気に食わなかったんだ。吠え面かかせてやるよ」

「……妹を任せるに足るか、この目で見極めてやる」

 見えざる火花が二人の間を行き交う。しかしそれが見えないヒビキは冷めた視線を浴びせるばかり。

「……なにやってんですかね、あの二人」

「熱きおとこの戦い、だな……」

 温度差の激しいアズマ組はともかく。

 審査員席に座ったエーナはキョロキョロと周りを見回して、怪訝な顔で隣のセラーネに尋ねる。

「……セラーネちゃん。なんであの二人喧嘩してるの?」

「……マリエーナ・テンガ。罪作りな女ね……」

 その更に隣に座ったノヴァが無言で頷く。

「へ? え?」

 知らぬは当人ばかりなり、とはよく言ったもの。心の中で苦笑しつつ、立ち上がって腕を振り上げるセラーネ。

「制限時間は30分。時間内に完成できるものならどんな食材・器具を使ってもOKよ」

 構えの合図とともに包丁を持つ両者。そして決戦の火蓋が切られる。

「それでは30分一本勝負。始め!!」


「そこまで!」

 セラーネの声が決戦場となった食堂に響き渡る。そして審査員席に並べられる料理は、

「ほう……」

「そう来ましたか……」

 リオンは5品。前菜からメイン、そしてデザートまで揃えたフルコース。

 一方でセージは1品。赤めのスープで肉や野菜などを煮込んだ、いわゆるシチューである。

 セージの料理を見てノヴァはこう評する。

「なかなかの自信家」

「いや、普通にこいつがおかしいんだって! 分身しながら料理とかしねーだろ、普通!!」

「……負け犬の遠吠えにならないよう願うわ」

 審査員3名が順番に料理を口にする。

「なんだかお腹が空いてきましたわ……」

「拙者もだ……」

 ヒビキやジンのみならず、見学している観客全員が同じ気持ちだった。何しろこの部屋美味しいニオイし過ぎである。

 そして運命の判定は―――!

 まず最初に札を上げたのはノヴァ。その色はリオンを示す青。

「いや。普通にこっちの方が美味しいと思うけど」

 幼い故に純粋な意見に地味に傷つくセージ。やはり完成度ではリオンの方が上か。

 しかし次に上げたセラーネの札の色は、

「なんと……!?」

「まさかのセージ票……っ?!」

「……セージのレッドシチューはメルキオレの一部地方に代々伝わる伝統的な料理ね。それを現代人の舌にも合うように着実に進歩させている」

 見事だわ、というセラーネの言葉に顔を赤くするセージ。

「でもリオンは相も変わらずネージェのバッドコピー。進歩の跡が見えない」

 いい、と立ち上がり瞳を瞑るセラーネ。それはあたかも宇宙的な神秘さを感じさせるポーズで宣告する。

「料理の腕は人生の味!! こちらも精進なさい!」

「………」

 俯くリオン。それを見たエーナはまあまあ、とセラーネを宥める。

「リオンめっちゃヘコんでるし、そのへんで。ね?」

 しかしセラーネの冷えた視線はエーナにも注がれる。彼女の札を見ながらセラーネは呟く。

「貴方はどうなの、エーナ。どちらも上げていないけれど」

 その言葉にエーナはふっと笑った。

「……アタシの答えは最初から決まってるよ」

 そして上げた札は、赤と青、両方の札。

「―――両者引き分け。間違いなし」

 驚く一同。その様子を眺めながらエーナは静かに微笑む。

「……セラーネちゃん、昔言ったよね。誰かを想って作った料理に優劣はつけられない。だってそれはその人を幸せにしてくれるものだから」

 料理は人が幸せになるために進歩してきたもの。だから食事は常に幸福と共にある。

「きっかけは争いからだったかもしれないけど、この料理は確かにアタシを幸せにしてくれた。だから―――」

 そして二人の手を取ってくっつけるエーナ。

「仲直り。ねっ♪」

 そう言って屈託もなく笑うエーナに、なんだか逆に幸せを分けてもらったような気がして。

 二人は苦笑しながらぎこちなく互いの手を握った。

「……エーナが言うなら」

「……班長命令なら、しゃあねえか」

 拍手と共に上がる歓声。その声を聞きつつ、嘆息を吐くセラーネ。

「―――勝負はここまで。じゃあ二人は皆に料理を振る舞ってちょうだい」

「「え?」」

「私闘の罰。結果も引き分けだし、ちょうどいいでしょ♪」

 セラーネのウインクと同時に、トレーをワラワラと手に集まりだす観客たち。

 ……二人でこの量を、今から?

 結局こうなるのか、と肩を落とすセージは置いといて。

 凄まじい速度で調理する二人を見ながら、何気なくノヴァに尋ねるヒビキ。

「ところで二人が争っていた理由は一体何でしたの?」

「ええと。確かセージがエーナを泣かしたから」

「ええ?! ないない。全然ない!」

 あははは、と大口を開けて笑うエーナ。しかしリオンがエーナが泣いていた、と。

 だが、それを聞いてエーナは逆に目を泳がす。

「あ、あれかなー。……玉ねぎ刻んでると涙出てくるよねー、なんて……」

 ……それだけ? それだけのことで……?

 食堂に冷たい風が吹きすさび、セージのこめかみに血管が浮き出る。

「手前ふざけんなボケー!! ぬあにが玉ねぎだコラー!! 紛らわしいマネしてんじゃねー!!!」

「うっさいなー! 勘違いさせてすいませんでした! これでいいでしょ!」

 あまり反省してる様子がないエーナに、頭を抱えるセージ。

「お前のせいでこっちはボロボロになって、柄にもねえカッコさせられて……」

 一体自分は何のために。どうして僕たちは、こんなところに来てしまったんだろう。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

「セージ、壊れた」

「精神面は脆いようね」

 体育座りで泣き始めるセージ。そしてそれをなんとか宥めようと元気づける一同。

 デザートのプリンを食しながら、ノヴァとセラーネは静かにその様子を眺めていた。

「……もしかしてセラーネ。これが狙いだった?」

 新入りのセージが特騎体に早くなじめるように一計図ったってところだろうか。ひねくれたセラーネが思いつきそうなことだ。

 しかしセラーネはその問いには答えず、独り言のように呟く。

「……一見相反する食材でも、ツナギ次第では面白い料理に化けるもの」

 楽しみね、と笑いあう部下たちを見てセラーネは目を細めるのだった。


 マヌサはゲストみたいな感じですが、セージは今執筆中の特騎隊Ⅱに出てくるキャラになります。つまりネタバレです。ヒドス。

 これ読んで興味が出た人は本編も見てください http://ncode.syosetu.com/n3404cp/

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