第一話
見切り発車をしてしまった新連載です。温かい目で見てやってください。
窓の向こうには、青く晴れた空に淡いピンクの花弁が舞っている。その奥に見える、見渡すかぎりの田圃。夏になればきっと、一面が緑に輝くんだろう。
空気も美味しいし、自然豊かな場所。
隣町はビルが立ち並ぶ、所謂都会なのにここは隔離されたかのように田舎だ。ど田舎、と言ってもいい。本当に何もないのだ。
その田舎にあるのが、私が今日入学した県立楓華高校。因みに今、私がいるのは楓華高校の東棟の1階、1年C組の教室の中だったりする。1年生の教室は景色もよく日当たりもよく、学校の中でも一番環境のよい場所だ………ってさっき、担任の若狭先生が仰っていた。
…え?今、私が何をしているかって?
それは、
「久保野五十鈴さん、外に何かあるのかな?」
静まり返った教室に、若狭先生の低くて落ち着いたハスキーボイスが響く。
「次、久保野さんの番ですよ。自己紹介してください。最低1分は話してくださいね」
「はい…」
余所見をしていた私を叱る訳でもなく、ただ優しく私に教壇に立つことを促す若狭先生。叱られるのは恥ずかしいが、何も言われないのも調子が狂う。中学校の時は今と同じ状況だったら絶対に怒鳴られてる。クラスメイトも囃し立てたり笑ったりしてたはずだ。
でも、この学校は違う。学校全体が落ち着いていて、無闇に騒ぐ人も怒る人もいない。現に今だって誰一人、口を開かない。
さすがに市内でトップクラス、県内でも有数の進学校なだけはある。…私、この学校でうまくやっていけるのかな…。
内心複雑なまま教壇に立ち、私は頭を下げる。
「はじめまして。久保野五十鈴です。出身中学は東中学で、中学では弓道部に入ってました」
取り敢えず無難に自己紹介をしたが1分にはほど遠い。先生を見れば、口パクで「まだダメ」なんて言われてしまう。
…どうしよう…何を言ったら良い?私、こういうのって苦手なんだ。
沸騰したみたいに顔が熱い。言葉なんて1つも出てこない。
その時、後ろの方に座っていた男の子と目が合った。
あ、柴犬だ。
クリっとした目が印象的な人。引き締まった口元が、賢い印象を与える。なんだか、うちの家の柴犬みたい。可愛いな。
一瞬ぼうっと見つめてしまった私だけど、男の子の唇がゆっくりと動いていることに気がついた。慌てて見ると、男の子はもう一度唇を動かす。
えっと……趣味は?
ん?趣味?
「趣味は、えっと、読書とお菓子作りで…よく作るのはクッキーです。クッキーはココアクッキーが一番好きで、甘めより少しほろ苦い方が良いです。家で作る時はココアパウダーを多めに入れて作ります。ただ、うちのオーブンは今、調子が悪いので焼けないんですけど…。中学の時は時々作ってました。またオーブンが直ったら作りたいです」
…って私、なんでクッキー…。確かに好きだけど、そんなに語ってどうするの。もう既に自己紹介じゃないよ…。
「はい、ありがとう。じゃあ次、笹本さん。久保野さん、席に戻ってくださいね」
先生に言われて、私は反射的にぺこりと頭を下げた。パチパチと拍手が起こり、私は教壇を降りた。その途中でさっきの男の子を見たが、彼の視線は既に次の人に向けられていた。仕方ない、後でお礼を言おう。
その後、他の人の自己紹介を聞いていたけれど、私の頭は、さりげなく助けてくれた男の子のことでいっぱいだった。