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図書館ドラゴンは火を吹かない  作者: 東雲佑
■ 五章.物語の日、神話の午後
96/141

■12 精霊山羊の親子

 牧畜が行われていた。五年目の図書館の森ではいくつかの作物栽培と平行して、鳥や獣、数種類の家畜が飼育されていた。

 この事業は食料自給の観点よりもカルメの情操教育を目的としたものであり、言うまでもなく牛頭がはじめたものであった。


 いつもはカルメが手伝っている作業を、この日はリエッキが手伝っていた。


「昨日のあの子は、ずいぶん聞き分けが良かったですね」


 黙々と鳥たちの世話を続けていた牛頭が、不意にそう話しかけてきた。


「そうだな。ちょっとびっくりしたよ」


 産み落とされた卵を拾い集めながらリエッキが答える。

 放牧場には簡易な柵が設けてあったが、たとえそうした囲いがなくとも鳥たちが逃げ出すことはないだろう。鳥たちから収穫されるのは専ら卵であって、彼らが食肉の為に屠られることは滅多にない。

 鳥たちはそれを理解しているのだ。


「あのがきんちょも、あれで成長してるんだなぁ」


 なんともめでたいことだな、とリエッキは言う。言って、近くに生えていた草をむしる。

 むしり取った草を、リエッキは不思議そうに見つめた。自分の無意味な行動を疑問に感じて。

 なにやってんだわたしは?


「そうですね。子供の成長というのはどんな時もめでたいものです」


 楽しそうに、嬉しそうに牛頭が言った。

 そのあとで、ですが、と彼は続ける。


「ですが、少しだけ……ほんの少しだけ寂しくもある。違いますか?」


 リエッキが、その場に固まる。

 そんな彼女を、牛頭が得意そうな顔で見ていた。彼女の図星を言い当てた彼が。


 牛頭の言うとおりだった。

 昨夜のカルメの反応、あの聞き分けの良さに、リエッキは言いしれぬ空しさを感じていた。

 その感情に名前をつけるとしたら、やはり寂しさとしか名付けられないだろう。


 まったくどうかしている、とリエッキは自分で思う。

 いつもなら泣いて喚いてわがままを通そうとするのに涙も鼻水も抜きで聞き分けてくれた、それのなにが悪い?

 牛頭と二人どう納得させるか頭を抱えた時間も無駄になった、喜ばしいことじゃないか。


 なのに今日まで尾を引いている、この寂しさはなんなのだ?


 視線をあげると、向こうの日だまりの中に二頭の精霊山羊がいた。

 乳児だったカルメに乳を提供してくれた彼らもまた飼育される獣の一種、普段は野生下で生き、給餌きゅうじと収穫の時には自ずと姿を現す、家畜ならざる家畜だった。

 餌と引き替えに乳を絞らせることを許し、老いたものや傷病を負ったものはしばしば安楽な死と引き替えに肉を与えてくれる、高い知性により図書館との共存を理解した愛らしき獣たちである。


 日を浴びて微睡む二頭の精霊山羊は、大きいのと小さいの、一目で親子であるとわかった。

 母子おやこであると。


 そのとき、強烈な想いがリエッキの心に去来した。

 一瞬、ほんの一瞬だけなにかが自覚されて、しかしそれは、すぐに意識には留まらぬ思考の狭間へと失われてしまった。

 自分がどんな気づきを得たのかを見失い、どころかなにかに気づいたということすら忘れてしまったリエッキの心には、ただ自分の感情に対する問いかけだけが残されていた。


 もしかしてわたしは、あの子のわがままを期待していたのだろうか。リエッキも一緒じゃないと嫌だって、そう言って困らせてほしかったのだろうか。


「リエッキさんは、ご自分を身勝手だと感じているのではないですか?」


 牛頭が、またも不意に言った。

 リエッキは不機嫌な顔で牛頭を見る。こいつはたまにこうして見透かしたようなことを言うんだ、と彼女は思い出す。

 そして癪なことに、それはいつだって正しいのだということも。


「散々カルメのだだっ子に悩まされて、でもいざそれがなくなってみると妙に寂しい。まったくこれじゃあこっちがだだっ子みたいだ……そんな風に感じてらっしゃるのでは?」


 リエッキが小さく呻く。牛頭の言葉は腹立たしいほど彼女の内心を言い当てていた。


「でもねリエッキさん」と牛頭。「私はね、そんなリエッキさんが嬉しいのですよ。だってあなたのその身勝手な寂しさは、我々にとって大切なことを証明してくれているんですから」

「大切なこと……? おい、なんだよそれ?」


 意味深な牛頭の言葉をリエッキが問いただそうとする。牛頭はただ微笑んでいる。

 リエッキの問い答える代わりに、牛頭は言った。深い感慨をこめた声で。


「あの子にあなたという方がいてくれて、本当に、本当によかった」 


 どういう意味なのかと、リエッキがなおも視線で問う。

 しかし牛頭は、やはりにこやかに微笑んではぐらかすばかりだった。

 それ以上の追求が無意味なことは長いつきあいでわかった。


「街に行ったらあなたにどっさりとお土産を買ってくるんだって、昨日からカルメはそればかり言ってますよ。荷物持ちのことを考えると今から思いやられます」


 唐突に話題を変える牛頭。

 釈然としない思いはあったが、リエッキもそれ以上はこだわらないことにした。

 子守は任せたかんな、と彼女は牛頭に言った。


 それからしばらく、二人はまた黙々と作業を続けた。精霊山羊の親子は二人には目もくれずにひなたぼっこを楽しんでいた。

 作業が終わりにさしかかった頃、牛頭が手伝いに対する礼を口にした。リエッキはいつも通り、はん、と鼻を鳴らしてから、別に、と言った。

 別に、気にすんなよ。お前の作る飯は、わたしだって気に入ってんだからさ。

本日は更新を二度行います。次の更新は、遅くとも日付が変わる前に。

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