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図書館ドラゴンは火を吹かない  作者: 東雲佑
■ 五章.物語の日、神話の午後
66/141

◆3 準備期間

今回、普段の半分ほどの文章量です。

 たゆたう空気すらがやすらかで。流れる時間すらがゆるやかで。

 帰郷の日々、故郷で過ごす日々は、旅から旅の数年を送ってきたユカとリエッキにとってはこの上のない休暇、瑕疵と瑕瑾の一切と無縁の完全なる人生の中休みでした。


 しかし残念ながら、そういつまでも遊んでばかりいるわけにもまいりませんでした(もちろん、遊ぶことだってとっても重要です。きちんと遊んで、きちんと息抜きして、きちんと眠って……まったく、人生に怠けている暇なんて全然ありません!)。

 なにしろ、ユカにはある男とのあいだに交わした約束があり、その果たすべき誓いの為にしておかなければならない下準備が、打っておかなければならない布石があるのですから。


 あの呪使い、宿敵たる左利きとの決闘に備えて。




「宿敵? 決闘?」


 ユカから説明を受けた骨の魔法使いがそう復唱しました。夕食後の広間で、母はそのふたつの言葉を空き皿の並んだテーブルの上に浮かべます。それからもう一度、ゆっくりと確認するように彼女は呟きました。

 宿敵……決闘……。


「はれまぁ……まさに物語みたいな大仰さね」

「まあね。そりゃ、語り部だっていつも物語の外にいるとは限らないさ」


 たまには登場人物として活躍しなきゃね、とユカは冗談を口にします。

 母の手料理はあらゆる土地の名物料理を凌駕して美味で、それを満腹になるまで詰め込んだ彼は五臓六腑に幸福を実感しています。

 ユカの隣の席ではリエッキが、にゃごにゃごとじゃれついてくる子猫をあやしながらどうにか食事を進めていました。最初に抱き上げてもらったときからこの子猫はリエッキのことが大好きで、暇さえあれば構って欲しくて彼女にまとわりついているのです。


「面白い物語になりそうじゃない。魔法使いと呪使いの決闘の物語、勝敗の行方はいかに」


 本当に面白そうだと思っている口ぶりで骨の魔法使いが言いました。暢気というか楽天的というか、なんにしろ、息子を案じて顔色を青くするような様子はまったくありません。

 そうした母の態度を喜ぶように、ユカはにんまりと笑います。それから彼は言いました。


「いいや、僕の演じる役はあくまでも語り部だよ。魔法使いである前にね」

「あら、でも相手はそうは思わないのじゃないかしら? 呪使いならば特に」

「それがそうでもないんだ。その男は、僕が魔法使いであることに少しも拘ってないんだよ」


 不意に、ユカの目にそれまでになかった光が灯ります。単純な友情ではなくて、けれど嫌悪や憎しみではけしてない感情が。

 彼の瞳は、この場にはいない宿敵の姿を映していました。


「あの男はほかの呪使いとは全然違う。あいつは、別に僕が魔法使いだから僕を追いかけ回してるわけじゃない。断言してもいいけど、彼は目の前に魔法使いが百人いたってそっちには見向きもしないよ。あいつにとって重要なのは、ただ僕が僕であるっていう一点だけなんだ」


 熱を帯びた口調でユカは言います。話しながら、彼の口元には不敵なものが浮かんでいます。

 我が敵を語る息子の様子の変化に、母は驚いたような表情となります。けれどすぐに、驚きは驚きとして据え置いたまま、なにかを喜ぶような微笑みをその上に浮かべたのでした。


「あなたが森の外で得たのは、どうやら最高の相棒だけではないみたいね」


 実に嬉しそうに骨の魔法使いは言って、それから、力強い眼差しを我が子へと向けてしみじみと続けたのでした。男の子っていいわねえ、と。


「しっかりやんなさい。母様にいえるのはそれだけだわ」


 あとはただ物語の行く末を楽しみに見物するだけ、と母は楽しげに締めくくりました。


 そんな骨の魔法使いに、不意に質問が投げかけられます。


「お袋さんはさ、不安だったり心配だったり、しないのか?」


 純粋に不思議に思っている調子で、リエッキは親友の母親にそう尋ねました。遊び疲れて眠ってしまったのでしょう、彼女の膝の上では子猫が規則正しい寝息を立てています。


「その、敵とか決闘とかさ、いまユカが言ったのはそういう剣呑なことだろ? だから、母親ってのはこういうとき、おろおろしたりとか神経質になったりとかするんじゃないかって」


 お袋さんはそういうの、全然ないのか? とリエッキ。


「全然ないわ」


 骨の魔法使いは少しも迷わずに答えました。


「そうね、確かに世の母の常としてはリエッキさんの言うようなのが普通なのかもしれない。でもほら、なんといっても私は未熟な母親ですからね。我が子を案じる気持ちはあまり正常に働かなくて、我が子が得たもののすばらしさを喜ぶ気持ちばかりが先に立ってしまうの。やだわ、やっぱり親ばかなのね」


 楽しそうに言って、骨の魔法使いは「それに」と続けます。


「決闘とか宿敵とか、そういうのってなんだかかっこいいじゃない? まるで騎士道物語か英雄叙事詩のよう。しかもその主人公がほかならぬ自分の息子だなんて」


 もう、考えただけでわくわくしちゃうわよ。

 作り物ではない陽気さでそう言った骨の魔法使いに、リエッキが呆れたような、あるいは負けを認めるような視線を送ります。それから、彼女は親友に瞳を移しかえて言いました。

 やっぱり、流石はあんたのお袋さんだ。


「それでユカ」


 と骨の魔法使いがユカを見ます。


「私たちの語り部さんは、その物語の中でいったいどんな風に活躍するのかしら? なにか考えはあるの?」

「ああ、そいつはわたしも是非聞かせてもらいたいね」


 親友と母、二人の女性の目がユカに集中します。優しいのと鋭いの、温度の差こそあれど共に問いつめているような、有無を言わさぬ強さのある視線。

 その眼差しを、しかし語り部はいつものようにやんわりと受け止めて、うそぶきます。


「さっきも言った通りだよ。僕の役割はあくまでも語り部さ」


 微笑みながらユカは続けました。


「語り部の武器、語り部の戦法なんて、神話の昔からただひとつだけじゃないか」

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