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図書館ドラゴンは火を吹かない  作者: 東雲佑
■ 三章.だからわたしが背負ってやるよ
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◆1 踊り子 

   Ⅰ

 

 出会いはそこそこに劇的で、そして別れはその何倍も劇的だったひとりの女性。

 あの魔法使いの踊り子と、ユカとリエッキは件の夜から二月ふたつきののちに再会したのでした。


 刻限はこの日も夜、そして場所はこの時も酒場。ですが、そこは最初に彼女と出逢った酒場とは段違いの規模を誇る、劇場も兼ねた大都第一の大店おおだなでした。

 吹き抜け二階建ての店内は並の酒場を桁で上回る客席を有しており、そしてその大半が夜毎に埋まってしまうほどの大変な繁昌ぶりです。

 特にこの二週間ほどは盛況ぶりにさらなる拍車がかかっており、時には早々に収容人数の限度に達してそれ以上の入店を断る夜もあるほどだとか。


 さて、老舗の劇場酒場に未曾有の活況をもたらしていた張本人は、観客たちの中に見知った二つの顔を見つけた瞬間、巨大な丸舞台の上から喜びの声を張り上げました。


「ユカくん! リエッキちゃん!」


 そう叫ぶが早いか、踊り子は与えられた舞台を放棄して観客たちの中に飛び込みます。

 彼女が歩くのにあわせて鈴なりの人だかりが二つに割れます。

 そしてその先には、困ったような笑顔を浮かべている少年と、困りきった顔をしている少女の姿がありました。


「どうして? ふたりともどうしてここにいるの?」

「今日ついたんだ。街について早々『すごい踊り子がいる』って噂を耳にして、それでもしかしてって思ったんだけど……そしたら案の定だ」


 ユカが言い切るよりも先に、踊り子は両手を広げて並び立つ二人に同時に抱きつきました。


「今夜は最高の夜よ! また会えてどんなに嬉しいか、あたしの踊りでも表現しきれるかどうかわかんないくらい嬉しいわ!」

「僕だって嬉しいよ」


 ユカは言葉通りの表情で応じます。


「それに彼女も、ね? リエッキ」

「嬉しいより苦しいのほうが大きいけど……まぁ、そういうことにしといてやるよ」


 踊り子の抱擁から抜け出そうと藻掻きながら、リエッキもあまのじゃくに認めるのでした。


「それよりも、おい。なんかみんなこっち見てるぞ」


 リエッキにそう指摘されて、踊り子はようやく抱擁を解いて周囲を見渡します。

 四方、八方、果てには二階席の上方からも、酒場中の視線が三人へと注がれていました。


「あたしたち三人が揃うと注目を浴びるのは、もはや宿命なのかしらね」


 お気楽にそう言ってのけると、踊り子はユカとリエッキの手を引いて歩きはじめます。

 戸惑う二人を引っ張って彼女が向かったのは店の中央、先ほど放棄した舞台にほかなりません。

 とりあえず二人のことは舞台袖に残し、踊り子は大きな丸舞台へと文字通り舞い戻ります。


「せっかく盛り上がってた一番を中断しちゃってごめんなさーい! お詫びに今入ってるお客さんにはあたしから一杯振る舞わせてもらうからさ、それで勘弁して!」


 芸人の声は通りが良くてなんぼとは言っても、彼女のそれは大勢のざわめきを物ともせずによく響きました。

 陽気に言ってしなをつくる踊り子に、観客たちから了承と奢りに対する感謝を告げる歓声が飛びます。彼女がいかに愛されているかがわかるような、熱烈な声でした。


「ありがとう! 今夜のお客さんは最高だわ!」


 店中に手を振りながら踊り子が言います。


「それに、最高についてるわよ! なんたってあたしの大切なふたりに会えるんだから!」


 言って、踊り子はユカとリエッキの元に駆け戻ります。

 そして、成り行きを理解した二人が抵抗する間もなく、彼と彼女を舞台の上に引っ張り上げてしまいました。


「紹介するわ! まずこっちの男の子がユカくん! 子供と侮るなかれ、彼は瞠目すべき……いえ、違うわね。そう、心耳しんじを開きて接すべき雄弁な舌、魔法の弁舌を持つ物語師よ!」


 これってちっとも誇大な表現じゃないもんね。二人にだけ聞こえる小声でいたずらっぽくそう言うと、次に彼女はリエッキの肩を抱いて一歩進みました。


「そしてこっちがリエッキちゃん! 彼女はドラゴン……のように気高い魂を持つ遠く高原に生きた少数民族の末裔! お酒に弱いところもドラゴンそっくりのかっわいい女の子!」


 魚のように口をぱくぱくさせているリエッキに踊り子は片眼をつむってみせます。

 最後に、彼女は二人の肩を両腕に抱いて、この一幕を締めくくる言葉を口にしました。


「ふたりはあたしの大事な――愛する弟と妹よ!」




 中断していた一番を最後まで踊りきると、踊り子は再演を熱望する観客たちには笑顔だけを振る舞って、真っ直ぐにユカとリエッキの円卓へとやってきました。


「おい! いったいなんだったんだよ! さっきのはさ!」


 踊り子が席につくなり、開口一番にそう文句を言ったのはリエッキです。恨みがましい目を踊り子に向ける彼女の横でユカはニコニコしています。

 ああ、やっぱりこの子たちは変わらないなぁ。踊り子はそんな嬉しさを顔に浮かべて、それから楽しそうにすっとぼけたのでした。


「さっきのってなんのことかしら? 無理矢理あなたたちを超満員の大観衆の前に引っ張り出したこと? それともドラゴンとか魔法使いとか仄めかして、純真なリエッキちゃんをからかったというか弄んだこと? んん、困ったなぁ、あたしってば全然見当がつかない」

「ものの見事についてるじゃないかよ見当! それだよそれ!」


 卓を叩いて立ち上がるリエッキの剣幕に、残る二人はいよいよ堪えきれずに笑い出します。


「……んもう、かわいいなぁリエッキちゃんは」

「なんだよそれ! いいか、わたしは怒ってるんだぞ! ……だいたいからして『高原の少数民族の末裔』ってのだって意味不明だ。いったいあんたはわたしを何者にしたいんだよ?」

「あら、だってリエッキちゃんてそんな感じしない? 涼しげで凛とした雰囲気、無愛想とはどこか違う気高さを湛えた顔立ち、それにその服装……ねぇ、これってユカくんの好み?」

「ううん違うよ。リエッキは最初からその格好だったんだ。でも確かに民族衣装っぽいよね」


 あっけらと答えるユカに、でしょでしょそうだよね、と踊り子が嬉しそうにはしゃぎます。勝手に盛り上がる二人に、リエッキはやっぱり恨みがましい目を向けているのでした。


「しっかりした籐編みのサンダル。紬の布地は抜けるような、それでいて純白にはないしなやかさを感じさせる白。しかもその白と相照らすような真っ赤な染め抜き……ねぇ、これって汚れたり破れたりしても人間に化けるたびになおっちゃうのかしら? ……わぁお、羨ましい」


 リエッキの服装を見分しながら、踊り子はいちいち感嘆の声をあげます。


「うん、どれもこれもいちからあつらえたみたいによく似合ってる。ただ髪飾りだけは……なにこれ? 花? 魚? それとも虫? ……まぁなんにせよ、これも魔法の賜物だっていうなら、やっぱり愛の力は偉大ってことかしらねぇ。お姉さん羨ましいなぁ」

「? なにそれ?」

「な、な、なんでもない!」


 踊り子の言葉に首をかしげるユカに、なぜだか慌てた様子でリエッキが横からそう言いました。

 真っ赤な顔をして睨み付ける彼女に、踊り子は意味深な笑いを浮かべて応じています。


 ひとりの給仕が三人の席にやってきたのはその時でした。

 店の格式を裏切らない洗練された挙動で三人に一礼し、そのあとで彼は切り出しました。


「美しい高原からの客人に一杯供じたい、または可憐なドラゴンを酔いつぶしてみたいと申すお客様が引きも切らない状態なのですが、我らの舞姫の妹御はどのような酒をお好みで?」


 そう問うて、給仕はひたすら好意的な笑顔をリエッキに向けました。

 蜂蜜酒をお願いします。石のように固まってしまったリエッキの代わりにユカがそう答えました。

 給仕は来た時と同様に恭しく一礼してその場を立ち去りました。

 そのあとで、踊り子は満悦の微笑みを湛えて言ったのでした。


「あたしがあなたを何者にしたかったのか、たぶんこれがその答えかな。あたしはあたしの大好きなあなたたちを、きっと他のみんなにも好きになってもらいたかったんだと思う」

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