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図書館ドラゴンは火を吹かない  作者: 東雲佑
■ 二章.誰かが語って、誰かがそれを聞く限り
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◆3 獣の少女の挿話

 妹が案内してくれた先には待ち遠しそうな顔をした母猫の姿がありました。頭から涎だらけの長女の姿を目にした母は、まずは恐ろしい唸り声をあげて次女をどやしつけます。

 そのあとで、山猫はついてこいというように尾を一振りしました。


 並んで先頭を行く二頭に一同が導かれたのは、海岸線に沿って盛り上がって突き出た岬のたもと、斜面を登れば大海原を一望に見渡せる切り立った断崖です。山猫たちが案内したのはこの岬の断崖の裏手で、海側を挟んで逆になる陸側の側面です。

 大小様々な岩が転がる不毛そのものの眺望の向こうには、断崖によって海風から守られるうちに自然に繁茂したと見える小規模に密集した森があり、そして、その中にそれはありました。


 木々の茂みと、ひときわ巨大な岩の影に隠されるようにして、おおきな洞がぽっかりと岩壁いわかべに口をあけていたのです。


 洞窟内は進めば進むほど広さを増して、最奥部に至っては少女が幼児期を過ごした屋敷も入りそうなほど広大なものとなり……しかも、そこには空と風と、それに海があったのです。

 それは長い年月を波風に削られて出来上がった、いわゆる海蝕洞でした。


 なぁご、と妹が少女に身体をすり寄せて一鳴きします。

 どう? とでも問いたげな顔で。


「文句なし! さすがは私の妹ね!」


 そう応じて、少女は愛する妹の毛皮に飛び込むように抱きついたのでした。



 こうして少女とその家族は暫定的ながらも隠れ家を得たのです。

 多少湿り気はあってもそこは居心地の良い住処で、唯一開けている側は海に臨んでいるので人間の眼につく心配もありません。構造的に空気がこもる心配もなく、火を焚くことすら可能でした。

 またこれは先ほどの記述の繰り返しとなってしまいますが、自然にそうなったものかあるいは過去に人の手により開通されたのか、海蝕洞は断崖の陸地側へと抜ける隧道すいどうを有していました。

 このみちのあるおかげで、獣たちは自由に狩猟や採取へと出かけ、疲れては各々自由に戻ってきて羽を休めることが出来ました。

 仲間の持ち帰った肉や植物は洞内に貯蔵され、食べきれずに余ったものは少女が人里へと持って行って金品や品物と交換します。

 妹の背に乗れば最寄りの村までは半日とかからず、地理の点でもこの洞窟の都合の良さがわかるというものです。


 このようにあらゆる面で利便に優れた隠れ家で、異形の家族は求めに求めた安らぎを満喫しました。

 幼年の時代のすべてを費やした彷徨がようやく報われた少女は幼児に戻ったように母に甘えて、同様に妹を甘やかします。

 安寧あんねいを噛み締めて、彼女は安心に涙さえ浮かべました。


 海からの呼び声があったのは、海蝕洞での生活が三月目に入ったある夜のことでした。


 その夜、真夜中を過ぎてあらゆる生物が寝静まる刻限に、海蝕洞の面々は揃って眠りから飛び起きました。

 陸に生きるいかなる獣とも異なる声が月に吠え、海原を低く走って少女と家族の元へと届いたのです。

 悪霊兎と臆病ヘビはふるえあがり、半身を起こした一角馬の背の上では黒くない鴉が鳥目を凝らし、山猫たちはそれぞれが姉であり娘である少女を守るように海を睨み据えて唸り声をあげています。


 ややあって、声の主が一同の前に姿を現します。

 洪水のように波を立てながら海中から浮上して、挨拶代わりに高く潮を吹きあげて、その偉容を家族にお披露目します。

 巨大な、地上のあらゆる生物を圧倒して巨大なその姿を。


 それは陸の竜と双璧をなす海の幻想生物――すなわち、鯨でした。


 海流の関係上、少女たちが住み着いた海蝕洞が岸辺を接する海域はその鯨の休憩場所だったのです。

 つまりそこは家族の安息地であるのと同様、鯨にとってもそうだったのです。


 最初こそその巨大なる様に度肝を抜かれた家族でしたが、しかしそこは元々が寄せ集めの集団です。ほとんど一晩のうちに全員がこの海からの訪問者に打ち解けて、いつの間にか新たな家族として認めるに至っておりました。

 幸いなことに少女の能力は海の獣に対しても開かれていることが判明し、だから交流につつがはありません。

 そして鯨もまた家族のことを「陸には稀な気の良い連中」と認めてくれて、いつしか彼は真に家族の一員となっておりました。


 さぁ、新たな家族を迎えて、洞窟の生活はいよいよ賑やかさと愉快さを極めます。


 長生きの鯨は霊智れいちの域に達した物知りで、家族の中では長老のような役目を担って大いに頼りにされました。

 引っ込み思案だった臆病ヘビは鯨に習って泳ぎと魚の捕らえ方を覚えて徐々に自信を獲得します。

 一角馬は己の角にまつわる神話を教えられ、それまで邪魔としか感じていなかったそれに誇りを抱くようになりました。

 悪霊兎は兎といえば自分と同様の長毛種ばかりが生息する土地の話しを聞かされ、一方では黒くない鴉もまた、東の果てのある国では白鴉が神の使いとされていると教えてもらい、二者はそれぞれに遠い異国に憧憬を馳せました。


 そして少女は、誰にも、母にも妹にも出来ない打ち明け話を鯨に聞いてもらうことで、その心を随分救われたのでした。


 鯨は一月ほどの滞在が終わるとその後の二月は海の回遊へと戻りました。

 獣たちの多くは彼との別れを大いに嘆きましたが、少女はいつも笑って送り出しました。必ず帰ると鯨は約束して旅立ち、そしてそれはいつも必ず守られたからです。

 彼女らを自分の家族だと言ってくれた鯨を心から信じて、少女は再会を喜ぶ準備とおかえりなさいの言葉だけを用意してその帰還を待ったのでした。


 最初の旅から、鯨は約束の日を一日と違えずに戻りました。

 二回目と三回目もぴったりと期日通りに。

 四回目は一日だけ遅れましたが、それでも彼はきちんと帰ってきてくれました。


 ですが、五回目の旅からは戻りませんでした。

 約束の日から二日が経ち、三日が経っても。

 今回の分量が少ないのは、一度書いた後半部分をごっそりと削除してしまったのが原因です。

 最初に書いたものと展開は多少異なりますが、次回分からの展開に問題はないと思います。

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