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図書館ドラゴンは火を吹かない  作者: 東雲佑
■ 六章 司書王
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◆3 これからどうするの?

 以上が、読者よ。

 以上が我々の主人公と宿敵の愛すべき関係者たちの、変化しかつ新たに育まれた関係です。



 さて、彼らがどうしてこの日こうして骨の魔法使いの森に集まっていたのかと申しますと、それはつまりこういうことでございました。


 まず色の魔法使いと踊り子の夫婦ですが、実はこちらはこの一日だけに留まらず、もうずっと森でユカたちと一緒に暮らしているのです。


 物語の便たよりによってユカに呼び寄せられて以来ずっとあのお祭りの街に滞在していた二人ですが、一連の事件に決着がついたあとで長逗留の宿も引き払い、ではこれからどうしようとそうなりました。

 そこで当然のように「だったらうちにいらっしゃいな」とそう提案したのは、外ならぬ骨の魔法使い、ユカの母親にして森の主である彼女でございました。


「……よろしいのでしょうか?」と膚絵師の夫が遠慮しいしい確認しますと、

「よろしくない理由がどこにあるの?」と森の魔女が不思議そうに問い返します。


 そのあとで、はじまったのは長い長いお説教です。


「いい? あなたの奥さんはもうバッチリ身重で、しかも産み月までどんどん重くなって、つまりこれから、大変さはいや増す一方でしょう? あなたね、そんな奥さんを引き連れて、いったいどこへまた流れようというの? 少しは想像力を働かせなさい」


 そうだそうだ! そう横から声を合わせて言うのは、彼の愛する妻と、それに彼を愛する目に見えぬ兄でした。

 踊り子にはこの兄のことが一切感知出来ていないはずなのですが、時として二人の息はぴったり合わさってズレもなし、まるっきり一致団結して夫であり弟である青年をやりこめるのです。

 妻と兄の参戦も相まって、色の魔法使いはすっかりたじたじ、きまり悪そうに「いえ、まぁ……」などと口籠もるばかりです。

 と、そんな風に言葉に窮している膚絵師に、骨の魔法使いがさらに言い募ります。


「それにあなたの大切な彼女は、私のユカのお姉さんなのでしょう?」


 はーい、お姉ちゃんでーす、とまたも横から踊り子。

 それを受けて、骨の魔法使いは当たり前の理を説く口調で、言い切ります。


「私の息子のお姉さんなら、彼女はれきとして、断固として、私の娘だわ。だったらもうこれは、ただの里帰りではなくて? 遠慮の必要が、どこにあるというの?」


 なんとも奇妙な論理で、しかし力強い論理です。なにしろユカと骨の魔法使いの間にすら血の繋がりは一滴としてないのですから、そこは重視されようがありません。

 そして力強いと言えばなにより力強いのは、やっぱりおっ母さんの一存です。


 ともかく、そのようにして里帰り出産は可決されたのです。

 夫婦の双方が一度として訪れたことのない、未訪未踏の故郷ふるさとでの。



 これが魔法使いの夫婦の経緯いきさつで、では、呪使いたちは。

 ユカの画策した通り(いまにして思えばなんという無茶な計画であったか!)、左利きは、瞬く間に呪使いの組織にその存在を知らしめていきます。


 彼の魔法使いへの覚醒まではさすがに絵を描いたユカにとっても想定外だったのですが、しかし結果として、これには左利きの雷名をさらに轟かせる効果がありました。

 なにしろ存在それ自体が最高の証明です。

『物語の魔法使い』であるユカが最高の語り部であるように、『呪使いの魔法使い』である左利きは最高の呪使いなのです。

 なまじ魔法使いについての知識を持つ呪使いという組織の中で、その一点に疑いを挟むことは至難、つけようにも言い掛かりのつけようがありません。

 電撃的な登場と同時に、たちまち、最重要人物です。


 では、彼の日々はどのように変化したか?

 一言で言って多忙です。

 いいえ、一言では言い表せないほどの、多忙の中の多忙。

 忙しさを極めに極めて――あな、忙殺!


 と、宿敵のそうした状況を彼の相棒から伝え聞いて(前述した通りこの相棒は色の魔法使いと仲良くなっていたので、そこを介して)、ユカはなにをどう思ったか?


「僕なら泣いてるなぁ」とまずは言いました。

 続いて、「絶対逃げちゃうなぁ」とも。


 我らが語り部は己の宿敵に同情して、他人事の立場から平然と憐れんで。

 それから、不意に責任を感じます。


「……あれ? それって、もしかして、僕のせい?」


 伝えられた近況を話してくれていた色の魔法使いと踊り子と、それから一緒に話しを聞いていたリエッキとが、揃って大きく首を縦にしました。

 うん、あんたのせい。


 ユカの内側に、にわかに罪の意識が兆して。雲集して。

 罪悪感は、たちまち特大の黒雲と膨らみました。


「弱ったなぁ。なんだか、後味が悪いぞ。これじゃあ僕、ひどいやつみたいだぞ」


 そういうわけで、急遽文書がしたためられます。


『やぁ、元気? ずいぶん忙しくしてるみたいだけど、君には休暇おやすみが必要だって思ってお手紙しました。ねぇ、今度うちに遊びにおいでよ。自慢じゃないけどうちには気晴らしになりそうなものが山ほど(うん、山もあるね。それに海も川も、なんだってあるよ。ほんとだよ)あるんだ。頑張りすぎは身体に毒だよ、人生には息抜きが大事です』


 文面は以上のようなものでした。


「できた。こんなにしっかりと書いたお手紙は、きっと僕史上はじめてだ」

「わたしには喧嘩売ってるようにしか読めないけど……でもまぁ、いいんじゃないか。どうせ応じちゃ来ないだろうけど、それであんたの気が済むならさ」


 はてさて、リエッキはそう言ったものでしたが、しかし後日届けられた返信にはたった一言、『招待に応じる』と簡潔に記されておりました。

 まったく、意外千万。これにはリエッキのみならず森の家族全員が、すわ、本当マジか、と返し文を回し読みに読んでは驚愕びっくりして目を瞠ったものでしたが、しかし当のユカだけは屈託なく得意満面。

 「なんたって僕とあいつの仲だからね」と鼻高々です。 


 さて、約束の日。森にやってきた呪使いは、一人ではなく三人。

 招待客である左利きだけでなく彼の相棒と後見人もちゃっかりついてきていて(魔法使いである左利きだけでなく、こちらの二人もまた正しい心の持ち主と森に判定されたようで、無事に入場を認められています)、

 しかしそれはまぁ、ある程度招待した側も想定していたので、だから、異論などまるっきり抜きであっさりと承諾されて。


 それは、よろしい。

 それは、むしろ賑やかで全然歓迎なのですが。


 よろしくない様子なのは、正式な来賓らいひんである左利きでした。

 彼は到着して顔を合わせるなり、クマが浮いて充血した眼で(ああ、見るからに寝不足!)、ぎょろっとユカを凝視して。

 凝視しただけでなく、ニヤァと、あるいはニタァと、んで。


「ふ、ふふ……今日は……おい。今日は、気晴らしをさせてくれるのだろう?」

「う、うん。広大な自然で心を清めた後は、美味しいごちそうをたらふく食べて、お酒も飲んで。それから、歌って踊って、楽しい遊びも――」

「楽しい遊び!」


 ユカの言葉を遮るように、左利きが声を張り上げます。大事なのはそこだとばかり、どこか怪鳥じみた奇妙な声で復唱します。

 それから、またもぎょろっとみてて、またもニタッと笑って、言いました。


「ならば、やるな? いざ尋常に、るんだな?」

「……はい?」

「わからんか! 私にとって一番に楽しいのは、無論、宿敵たる貴様との勝負よ! あのギリギリの決闘、お互いのすべてをぶつけ合いしのぎを削った、あの日のような!

 ああ、そうだ! 私は鬱憤が溜まっている! 今の私には憂さ晴らしが必要だ!」


 だから、闘え! と左利きは吠えます。


 これに対するユカの返答は、「……とりあえず、寝なさい」でした。

 我らが語り部はすぐさま本棚から一冊とってきて、譚りました。

 対象を眠りへと誘う『不眠ねむらずの王の物語』。

 かつて鋼の精神で見事に抵抗してみせたこの魔法に、しかし今日の左利きはユカが物語の題名を言い切るよりも先に、堕ちます。陥落します。


 いかにも、寝不足だったのです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 全員が幸せになっているところに安心しました。 ほっこりです! [一言] そして、まさかの左利きが招待を受けたとは…… しかも、ユカの眠りの魔法にかかるなんて……気のせいか、このまま誘いを受…
[良い点] それぞれに仲良くしてるさまも大変幸せでしたが、何より疲れに疲れて沈没した左利きさん可愛い! お疲れさま……ゆっくりおやすみなさい。
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