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8『Welcome to the Community』

「助けてくれて、ありがとう」


 そう言いながらも、彼女は僕の数歩先を歩く。まさか、同じ学園出身で、仲良くなれるかもしれないはずだった男が、ゾンビだとわかったのだから当然のことかもしれない。

 さすがに能力を考え出したのは僕とは言え、こういった欠点をまったく鑑みないというのは許しがたい。確かに、気持ち悪いだろ、これは。


「いや……ねえ、佐倉さんの能力って、訊いてもいい?」


「私のは、朝桐君ほど凄くなくて、ずっと平凡なやつだから、その」


「言いたくなければ、いいんだけど」


 僕らは学校を後にして、廃墟だらけの荒んだ街を歩き続けていた。三キロほど歩けば、目的地である彼女のコミュニティがあると言う。


「…空間把握。私は一度来た道は絶対に忘れないし、足音とか、そういうのでどこに誰がいるかとかを全部把握できる。まあ、もとから、記憶力は良かったから自分の能力ちからに気づくのはずいぶん遅かったけどね」


 かすれた笑い声が響き渡る。彼女と、たった数十分の事件で、かなり距離が広がってしまったようだ。破れてしまった防護服はすでに脱ぎ捨てて、学校に残っていた予備の制服を着ている。こうしていると、なんだか、現実では叶わなかった女の子との登下校をしているみたいだ。


 いや、違う。これは、現実、なんだけどさ。


 僕らはそれから、言葉数がめっきり減って、ほぼ無言のまま歩いていた。ずっと俯いていて、夢見ていた廃墟が立ち並ぶ景色にも目が行かない。だから、僕が顔を上げたのは、彼女が呟いたときだけだった。


「着いたよ」


 気づけば、僕らはすでにコミュニティが暮らす基地の前までやって来たらしい。西武新宿線、新宿駅の入り口。根暗だったから、あんまり訪れたこともない。


「朝桐君、あんまり、喧嘩とか、しないでね」


「僕がするように見える?」


 佐倉さんはまたしても渇いた笑いを零した。

 なに平然と言ってんだよ僕は。したんだよ、ついさっき、喧嘩。


 シャッターの下りた地下鉄の前で、佐倉さんはノックをした。すると、シャッターが自動的に開いて、中への道が続く。

 付いていこうとすると、突然、シャッターの内側から手が伸びてきて僕を壁に押し付けた。なんだっ、そう叫ぶ間もなく、ぼけっと開いた口になにかが差し込まれる。

 これは……拳銃、か?


「誰だ」


「あっ、な、なずな、その人は」


 またこのパターンかよ!


「……美鈴、こいつ、この制服、まさか」


「そう。彼は、私の学園の生き残り」


「生き残りだぁ? たいがいにしてくれ、美鈴。だって、お前の学園の奴らはみんな――」


 僕はポケットから取り出した生徒手帳を開き、なずなと呼ばれているガスマスク女の目の前にかざす。


「ひんひふぇもらふぇるは?」


「……嘘、だろ」


 女は僕の口から拳銃を抜くと、落ち着いたと思ったのもつかの間、その怒りの矛先は佐倉さんに向いた。


「おい、美鈴。お前、こいつをどうするつもりだ?」


「ど、どうするって……」


「まさか、自分の仲間ができたからって浮かれてるんじゃないだろうな。あたしたちは、お前が、一人だから、仲間に入れてやってるんだぞ」


「あっ……」


 僕に対し見せたような、佐倉さんのあの強く凛々しい声はすでに掻き消えそうだった。今、そこにあるのは自分よりもずっと上に立つ人に対する畏怖と、疎外感。


「二人ともなれば、話は別だ。お前らが二人で企んでなにをするかもわかったもんじゃない。お前も、ここにいられなくなる可能性だってあるんだぞ」


「そ、それは」


「なあ、それくらいに」


「お前は黙ってろ!」


 はい。

 伊達に小中高と日陰者だったわけではない。いくら強い能力を持っていたって、女の子に凄まれて勢い良く返せるような肝っ玉はあいにく持ち合わせていない。


「とにかく、この件はリーダーに伝えておく。その間、こいつは幽閉しておく。いいな?」


「それは――」


「いや、いいよ」


 佐倉さんが僕を庇おうとするのを遮って、言う。


「彼らには彼らのルールがあるんだろう? なら、僕は従うよ。早く認めてもらうためにもね」


「朝桐、君……」


 それに、佐倉さんに喧嘩をするなと言われたばかりだからな。

 胸の内で、そうひとりごちた。


「……物分かりがいいじゃないか。美鈴は先に戻ってろ。あたしはこいつを牢に連れて行く」


「うん。あの、朝霧君、ありがとう」


 首を振った。佐倉さんはそれだけでも安心したようで、少しだけ微笑むと僕らを置いて小走りで奥へと駆けて行った。

 仕草の一々がかわいいなあと、後ろ姿を眺めながら呆然としていたところ、両手になにか重みを感じ、直後にガチャンという音が聞こえてきた。


「……え?」


「さあ、邪魔者もいなくなったところで、二人でお話でもしようか?」


 両手には、手錠がかけられていた。

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