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3『つねる頬の痛みは』

 屋上での邂逅を果たしてから、すでに三日が経った。


 僕の身にはなにも起こらない。テロリストだってやってこないし、異世界へのワープトンネルが開くということもない。銀髪の美少女はあれ以来会ってもいないし、学校で見かけたことは一度もない。


 幻覚説も濃厚になってくる。だって、さすがに、銀髪美少女だぞ? 屋上だぞ? なにがどうして、現実であり得るっていうんだ。


「お兄ちゃん、遅刻するよ!」


「ああ、もう出る」


 妹に急かされ、リュックを背負った僕は自室をあとにする。玄関にはすでに靴を履いてカッコカッコと踵を鳴らしながらステップを踏む妹の姿があった。


 ああ、まあ、確かに、僕は一般的な家庭よりもずっとフィクションに生きているのかもしれない。なぜなら、妹がいるからだ。しかも少しは兄として慕ってくれる、まるで二次元から生まれでたような妹が。


 ただし、誤解してもらいたくないのが、決して妹に対して恋愛感情を抱いたり、ましてや欲情なんてしたことはない。王道展開として良くあるように両親が長期旅行で出かけていて二人っきり、というシチュエーションは過保護な僕らの両親からしたら夢のまた夢だし。


 至って普通の兄妹で、ちょっと仲が良いだけのこと。

 それだけでも、ちょっとは人生が潤うというものだけど。


「また夜更かし?」


 大きく欠伸をする僕を見咎めて、結名ゆいなは言う。


「ラノベ読んでたの?」


「まあ、そんなとこ」


 妹には、昔は僕がラノベ読みだということを隠していた。だけど、同じ屋根の下に住んでいるんだ。バレないわけもなく、いつからだったか、結名は僕がオタクであるということを自然なものとして接するようになった。


 そもそも結名も血は争えないというか、たまにアニメとかを一緒に観たりする。僕はもちろん枚数をたっぷり使ったアツいバトルシーンからのラブシーンが大好きなのだが、結名の着眼点は男性キャラ同士の絡みにある。


 もともと素質があったとしか言いようのない順応性を備えている結名は、僕と同じように学校ではそういった趣味をひた隠しにしているそうだ。女子は男子よりもずっとルールが厳しいそうで、毎日大変そうだと同情する。


「面白かった?」


「ん、『遥か遠く、悠久の池で』ってやつなんだけど」


「あ、それ気になってたー。何巻でてたっけ」


「四巻だね。ちょうど、新刊読んでたんだけど、いやこれがまたクソアツい展開でね……」


 これでいいんだ。


 どうせ現実はフィクションにはなり得ないし、期待したって裏切られたときの絶望が増すだけだから。

 僕には良き理解者である妹がいる、それだけで良い。

 あきらめかけていた。


 僕のクラスに、転校生が来るまでは。


「ユーリカ・N・トルスタヤです。向こうでは、ユーリカと呼ばれていました。どうか、よろしくお願い致します」


 ユーリカと、名乗る少女は、まさに僕が、あの屋上で邂逅を果たした少女だった。教師が彼女はロシアから、とか、ハーフだとか、そういう話をしているのも、断片的にしか頭に入ってこない。


 僕の目は、彼女の美しい青い瞳に囚えられて、離れない。

 ドクン、とからだが震え出す。またしても、あの感覚だ。

 今まで読んだ数多のライトノベルが、見てきたアニメが、やってきたゲームが、原動力となり僕の全身を支配する。


「あっ――――」


 そして、彼女もまた、僕を見つけて、声を漏らす。


 冗談じゃない。ただでさえ、周囲から男子はユーリカに対し露骨に好意を表すような声が上がっているし、女子だってその美貌にため息を漏らしているっていうのに、そんな美少女が冴えない僕を見て、声を発してしまった。


 そんな、まったく、普通ならば理解することのできないアンリアルを、僕はいとも容易く理解することができた。


 そうだこれは、革命なのだ。

 僕の人生が、今までの、クソッタレで、なにも面白くなかった現実が。

 ユーリカという、一人の少女の存在で、丸ごとひっくり返る。

 そんな、瞬間。


「あなたは――」


 その呟きに、教室は途端に静まり返り、クラスメイトの視線はユーリカと僕を交互する。いったい何ごとかと、小さなざわめきが続いた。


 ユーリカは、そのあと、ぼそりと小さくまたなにかを呟いて、僕の座る机まで歩いてきた。いや、ちょっと、わかるけど、準備がまだなんだ。待ってくれ、いまはまずい。


 手汗が。


「ユーリカです。お名前を教えてもらえますか?」


「あっ、え」


 くそっ、うまくいかない。屋上は二人きりだったから恥ずかしげもなく色々と言えたんだ。衆目に晒されて、こういう状況に慣れない僕は声すら出ない。

 

 なんだよ。つまりあれじゃないか。ラノベの主人公って、結局はリア充かよ。こういう場面でなんでスムーズな対応ができるんだ。


 僕には無理だ!だって、汗が、ほら!


朝桐海斗あさぎり かいと


 はっ、まただ!誰かにアフレコされたように、僕の知らぬところで声が出た……いや、あれ、さすがに、高くないか?


「朝桐海斗君だよ、ユーリカさん」


 いつの間に、ユーリカと対面する形で立っていた園田さんが、僕の言葉を代弁してくれていた。

 えっ、ちょっと、なにこの展開。


「朝桐海斗君ですか……ありがとうございます。よろしくお願いします、朝桐さん。それと」


「園田涼子です。よろしくね、ユーリカちゃん」


 これは、いったい。

 頬をつねるなんて現実でやったことはなかったけど、今回ばかりは。


「痛いな」


 ああ、これ、現実リアルなんだ……



 

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