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1『現実なんてクソッタレ』

 僕はなにを言ってもまず、成績がそこそこ良い。いかにその正体がラノベばかり読んでいて、俺ツエー物に憧れている「中二病」男子だとしても、周りからアホだのバカだのそもそも「中二病」だのと笑われたことはない。


 ちょっと頭の良さそうな哲学書を読んでいようと、ドヤ顔でウィキペディアの知識をお披露目しようと、彼らには関心がないし、なんだかちょっと頭良いやつがそれっぽいことを言ってるとしか受け止められることはない。


 クラスでは確かに友だちと呼べる友だちはほぼいないが、いや、いないが、それでもいじめられることも、いじられることもなく、うまく生きている。


 絶対に学校ではオタクであることを明かさないし、ラノベだって家か帰りの電車、しかも誰もいないことをしっかりと理解した上でしか開かないと徹底している。


 僕は絶対に、世間で最近流行っている「中二病」をネタにした作品の主人公にはならない。「中二病」であることは絶対に隠す。


 それでも、期待はしている。


 いつかテロリストが学校に来るんじゃないか。僕は屋上で寝転んでいて、半壊した校舎を前にして呟くんだ。


「どうして、こんなことに」


「こんなこと?」


「すわっ!?」


 読んでいた本を閉じ、猫背になっていた背筋をピンと伸ばす。

 話しかけられた?

 いや、そうじゃなくて、問題は。


「え、なんか僕、言ってた?」


「うん。どうしてこんなことにーって」


 頭を抱える。そんなバカな。なにしてるんだ僕は!

 あ、あろうことか、妄想を口に出すなんて。しかもその呟きをクラスメイトである園田さんに聞かれるなんて、完全にやらかした。


「あ、あんまり、成績が振るわなくて、塾で」


「えー、朝桐君、優等生なのに」


「いやぜんぜんそんなことないよ……」


 ごまかせた、か?

 園田さん。園田涼子そのだ りょうこ。彼女は、クラスの中でも僕が一推しする女性の一人であって、とにかく人当たりが良い。自由な髪型が許される校風の中で、ナチュラルなままの黒髪ロングというのも好印象だ。

 

 優しいから、僕のような根暗ガリ勉にも積極的に話しかけてくれる。だというのにリア充どもとの交流もあり、いったいどんだけコミュ力が高いのかとある意味で妬ましくもある。


 ああ、こんな子をヒロインにした、ラノベが、読みたい。


「今日はなにを読んでるの?」


「これは、ミシェル・フーコーって言って、フランスの、哲学者」


 むろん、内容はほぼ理解していない。


「哲学者かぁ。難しそう……いつも思うけど、良く読めるよね」


 読めてません。


「あ、そ、そうかな?」


「うん。すごいよ。尊敬する」


 園田さんのキラキラ輝く羨望の眼差しが僕の良心を貫く。

 ごめんなさい。まったく内容は理解できていません。ただかっこ良いと思ったから、表紙と、哲学者っていう肩書に惚れて買っただけなんです。ひけらかすためにしか読んでません。ていうかページ捲ってるだけです。


「おーい園田ァ、小説返すよ」


 と、至福の時間も、ほんの一分ちょっとで終わってしまった。

 教室の端から端まで届く声で、クラスで一番のおちゃらけものの新藤高良しんどう たからが、園田さんを呼びつける。


「あっ、いまいくー。じゃあ、またね」


「う、うん。じゃあ、また……」


 小説、って言ってたか今。

 新藤なんかが小説を読むのか? あんなリアルに充実してるような輩が、どうして小説なんか読む必要がある?

 横目で、本のページを眺めるふりをして、園田さんと新藤の姿を視界に入れる。二人は楽しそうに、本を手に取って、話し合っているではないか。


 まるで、彼氏と彼女のように。


 い、いやいやいやいや。さすがにないだろう。

 だって相手はあの新藤だぞ? 女には困っていない、文句なしのイケメンだし、それがなんであえて地味な園田さんにアタックをする必要がある。


 だけど、もし、もしもだ。


 新藤が園田さんのことを好きだとしたら、園田さんは、どうするのだろうか。相手はクラスでも一番レベルのイケメンだ。そいつに告白されたら、園田さんだって、悪い気持ちにはならないだろうし、つまり……


 ぐ、ぐぐぐああああ、む、胸が痛い。


 僕は寝取られが大の苦手なんだ。想像するだけで吐き気がする。いや別に僕の彼女でもなんでもないから厳密には寝取られでるとかそういうワケじゃないしさすがに新藤にも園田さんにも失礼過ぎる妄想だとは思うけど、だけど実際に今にも吐きそうな僕がいるわけで。


 ああ、これだから現実なんて、嫌いなんだ。


 昼休みに逃げ込める屋上なんてない。普通は鍵が掛かっていて入れるわけがないからだ。現実は便所飯だのなんだのって、さすがに便所でどんなファンタジーを繰り広げろと言うのか!


 便所で一人飯を食ってたら、女の子が話しかけ……いや、男子トイレだぞ。平然と入ってくる女子とかただの変態じゃないか。

 降ってくる空もないから、未知へと繋がるトンネルがあるとしたらそれは便器しかない。便器で異世界にワープとか夢も希望もないだろ!


 実際にテロリストが占拠してきたらどうだろう。

 僕 in 便所。

 銃声が鳴り響く。僕は颯爽と便所から弁当片手に走り出し――いやいやダサすぎる。もう「便所」って要素が入ったら全部駄目だ。


 どんなイケメンもwith便所でおかしくなる。

 新藤with便所。あ、いや別になんか、むしろ逆に卑猥な、つまり。


 園田さんwith便所。


 ウッヒョオオオオ!これはいけるぞ。いやイケねえよ!イケるけど!


「なにしてんだ、僕は」


 腕を枕にしながら、顔を埋めて、一人でボケて一人でツッコんでいるこの虚しさ。話し相手の一人もいないから、こうなる。


 ほら、何度も言ってやる。

 やっぱ現実なんて、クソったれだ。

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