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お嬢は恋するお年頃  作者: ほづみゆうき
~第一章~
6/17

執事の思惑 ~柊木side~



 俺の名前は、柊木要。


 まだまだ育ち盛りの二十五歳。


 ついでに独身。


 職業は……人の役に立つ仕事ってとこか。


 世間様には公表していないが、秘密裏に活動している言わば『シークレットサービス』のようなものだ。


 依頼の内容を聞いて、可能だと判断すれば大抵のことは引き受ける。


 という訳で。


 今回の依頼は、巷では有名な「新堂財閥」の総帥より直々の命を受け、一人娘の執事兼ボディガードという大役を仰せつかった。


 当然、報酬もそれなり……いや、予想以上の額を提示してきた。おまけに、住み込みプラス三食昼寝(出来れば)可という何とも好条件な依頼である。


 俺は二つ返事で快諾した。


 しかし。


 この一人娘というのが、世に言うお嬢様とは程遠い育ち方をしたらしく、おしとやかで純真無垢な雰囲気など微塵も感じない、何とも色気より食い気なお嬢様なのだ。


 小さい頃は、素直で可愛らしい女の子だったのだが……。


 おっと、この詳細は追々話すとして。


 そんな経緯があって、俺はここ新堂家の屋敷の一室(お嬢の隣室)を拠点にしている。


 とはいえ、過去にボディガードという依頼は幾度となく経験してきたが、執事ってのは正直言って未経験だ。


 何やらご主人様の身の回りの世話をする役目らしいが、俺にそんな事が出来るのか……しかも、相手は年下の女子高生とくる。


 せめて、朝の挨拶がてら起こすぐらいはしておこうと思って、いざ顔を出してみればあの様だ。


 と思いながらも、それが楽しみの一つになりつつあるのだが。



「……ったく。休みだからって寝過ぎだろ」


 俺はお嬢のベッドの横に立ち、呆れたようにその寝顔を見下ろした。


 色気より食い気とか言いつつも、その無防備な姿に多少なりともドキッとする。


 そういや、最近そっち方面はご無沙汰してるよなあ……俺。


 だからと言って、そういう素振りを見せるなんてヘマはしない。


「……うーん……あと五分だけ……」


 お嬢は掠れた声で答えながら寝返りを打った。


 と同時に、パジャマの胸元のボタンが一つ外れているのに気付く。


 おいおい、幾ら自宅といえど不用心すぎやしねえか?隣室には、こんなイケメンのお兄さんがいるというのに。


 俺は、ごく自然にお嬢の胸元に手を伸ばした。


 勿論、ボタンを留めてやる為に。それ以外の意味は無い……今のところは。


 そして、お嬢のパジャマに手が少し触れたと思った時だった。


「きゃあああああーーっ!何すんのよっ!」


 バッチーン!!


 お嬢は無防備な姿から一変、ガバッと上半身を起こすと、俺の頬を思い切り叩いた……つもりだった。


「こらこら。人が親切に外れたボタンを留めてやろうとしただけなのに、その態度はないだろ」


 俺は肩をすくめながら、お嬢の右腕を寸前で掴む。


「だ、だって、あたしのパジャマに手を伸ばそうとしたじゃないっ」


「誤解すんなよ。さすがにそこまで飢えちゃいないぜ」


「それはどうだかっ」


 お嬢は俺が掴んでいる手を振り解いた。


「あのなー、俺だって選ぶ権利ってもんがある」


「あたしにだって選ぶ権利がある」


「生意気な女だな」


「自惚れた男よね」


「何だと?」


「何ですって?」


 俺とお嬢が睨み合う。


「……って、どうしてこうなるんだよ」


 やれやれと両手を広げて溜め息をつくと、


「元はといえば、そっちから喧嘩を売って来たんじゃないの」


 お嬢が言い返してきた。


「おいおいっ、俺がいつ喧嘩を売ったって言うんだ」


「さっきからよ」


「はああーっ……」


 俺は再び溜め息をつく。


「何よ」


「これでもさ、俺としてはお嬢と仲良くやっていきたいと思ってるんだぜ?」


「そ、それは、柊木さんがあたしの気に障るようなこと言わなきゃ済む話でしょ」


 何故か、パジャマの襟元を掴みながら後ずさるお嬢だ。


「何を後ずさってる」


「き、距離が近いなって思って」


 ふーん。


「もしかして、緊張してんの?」


「ち、違っ……!」


 ククッ、可愛いな。


「これは、慣れてもらわないと……」


 俺はお嬢の耳元で囁くように呟いた。


「え?」


 戸惑うお嬢の隣に座り、その長い髪を優しく撫でながら細い首筋にゆっくりと顔を近付ける。


「……そういや、まだ返事を聞いていなかった」


「へ、返事?」


「まさか、忘れてたなんて言うんじゃないだろうな」


 小声で言ってから首筋に軽くキスをした。


「ち、ちょっと柊木さんっ……」


 お嬢が驚いて離れようとするその背中に、俺はすかさず腕を回して引き寄せる。


「何?」


「何って……だ、誰か来るかもしれないのに」


「大丈夫、誰も来ないって」


 そう、旦那様は朝から出掛けて留守だ。


 つまり、現在この広い屋敷には俺とお嬢の二人きりということになる。


「で、でも、これはちょっと……こ、困るというか何というか……」


 そう言って顔を赤らめて抵抗するお嬢を見ていると、さすがの俺も歯止めが利かなくなってきそうだ。


「じゃあ、返事を聞かせてくれたら解放してやるよ」


 なんて、どっちにしろ解放する気は無いけど。


「そ、そんなぁ……」


 明らかに困惑しているお嬢に、俺はニコリと満面の笑みで見つめ返す。


「イエスかノーの二つに一つ、もしくは首を縦に振るか横に振るか、そこはお嬢に任せよう」


「そ、そんなの無理っ!」


「は?それぐらい簡単だろ?」


「……」


 普段はあんなに強く当たり散らすお嬢が、今はこんなにも焦っている。


 きっと、どう答えていいか考えてるんだろうな……そう思うと、尚更愛おしくてたまらなくなる。


「思いつかないのなら、ハッキリそう言えよ。俺がもっと努力すればいいだけの話だ」


「……ごめんなさい」


 お嬢は申し訳なさそうに肩を落とした。


 ふむ。謝ってくるってことは、まだ嫌われてはいないって意味だよな。


 本当に嫌いなら、こんな態度は取らないだろうし。


「ま、少なくとも嫌いじゃないって分かっただけでも安心した。これからもお嬢の側にいれるし、何かあったら守ってやることも出来る……」


 そう言って、お嬢を抱き寄せた腕に少しだけ力を入れた。


「だっ、だから近いって言ってるでしょ」


「そうだな……キスしてくれたら言うことを聞いてやれなくもない」


「じ、冗談言わないでっ」


 お嬢がキリッと睨む。


「俺は真面目だ」


 俺もキリッと睨み返す。


「こ、この前、強引にしてきたじゃないっ」


「アレはアレ、コレはコレだ」


 まあ、あの時は抑えきれなくてやってしまったもんだから、さすがに悪いとは思ったんだ。


 だから、今度はちゃんと……。


「……あたしの気持ちなんて、お構いなしなんだから」


 そう言って、お嬢は俯く。


「ん?」


「そんな簡単にキスとかあり得ない」


 何だ? 急にシリアスモードになって。


「おいおい。俺だって誰にでも言ってる訳じゃないぞ」


「言い方が軽すぎるから……信じられないの」


 軽すぎる? そうなのか?


「それは心外だな」


「え?気付いてないの?」


 お嬢は、さも驚いたように俺を見上げる。


「こっちは至って真面目だ」


 そうか。


 そう見えるから敬遠していたのか……ならば話は簡単だ。


「じゃあ、もっと真摯な対応を心掛けて、お嬢に信用されるように努力すればいいって事か」


 そう言って真っ直ぐにお嬢を見つめる。


「えっ?ま、まあ、そういうことになるけど」


「よおーっし!」


 俺はスッと立ち上がると、早速お嬢の手を取った。


「え、ええっ!?な、何なのよっ」


「お嬢の……いや、お嬢様の信用を得るために、これから精一杯ご奉仕させて頂きますので宜しくお願い致します」


 俺は深々と頭を下げる。


「ま、待ってよ!誰もそこまで変われとは言ってないでしょ」


「いいえ。男たるもの、一度決めたことは最後までやり遂げないと気が済まない生物ですから」


 そう、やるからにはとことんやらせてもらうぜ、お嬢。


「……やりにくいなあ……」


 ブツブツ言いながらも立ち上がるお嬢に、


「そうですね……まずは、そのお召し物を取り替えないといけませんね」


 俺はニッコリと微笑む。


「き、着替えぐらい一人で出来るからっ」


「それでは私の気が済みません」


「そんなの許される訳ないでしょっ!」


 お嬢が俺をキリッと睨んだ。


「まさか……お嬢様は何を勘違いなさっておられるのですか?私は執事ですよ」


 とか何とか言いながら、次はどうすべきかと思案している俺。


「柊木さんだから危ないんじゃないの!もう出て行って!」


 お嬢は俺から手を離すと、背中をグイグイ押しながら部屋から追い出そうとする。


「お、お待ち下さい、お嬢様!もしその間に何かあったらどうす……」


「一人の方が絶対安全だからっ!」


 バターンッ!!


「ちっ……失敗したか」


 俺は呆気なく部屋から追い出された。



 ま、今回はいいだろう。


 これから時間はたっぷりあるし、焦ることもないか。


 さて、次はどんな手でいこう……。



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