お嬢の憂鬱
「ええーーっっ!!」
あたしは大声を張り上げた。
新堂楓、私立の女子高に通う十八歳。
まだまだ遊びたい盛りの十代に対して、そんな話がまかり通っていい訳ない。
あたしが大声を張り上げた原因は、つい数分前のこと……。
ーー巷では有名な「新堂財閥」当主である父こと新堂源一郎は、自室にあたしと例のタレ目男を呼び寄せると、そのまま並んで向かい側のソファに座らせた。
白髪混じりの髪にガウンを羽織り、こうして見ている限りは貫禄のあるジェントルマンなんだけど……そんなお父さんが、こう切り出した。
「母親を早うに亡くしたお前には、今までずっと寂しい思いをさせて申し訳ないと思とるんや」
関西出身のお父さんは若い頃に上京したにも関わらず、未だに関西弁が抜けないらしい。
小さい頃は戸惑いもあったけど、今じゃすっかり慣れて、毎日聞かないと落ち着かなくなる。
「え?今さら何言ってんのよ……」
あたしは少ししんみりする。
そう。
元々病弱だったお母さんは、あたしが小学校に入学して間もなく亡くなってしまった。
でも、お父さんはその優しかったお母さんが大好きで……再婚もせず、今まで男手一つであたしをここまで育ててくれた事には本当に感謝している。
「お前も来年には高校卒業やと思てたら、二年後には二十歳になるんやな」
しみじみと語るお父さんだ。
「ま、まあ、そうなるね」
あたしには、お父さんが何を言いたいのか分からずにいた。
「そこでやな、お前にもそろそろ社会勉強をしてもらわなあかんようになってくる訳や」
社会勉強って!?
「実はこの夏休みの間を借りてやな、ワシのファーストレデーとして少しだけ協力して欲しいんや」
「あたしがっ!?」
レデーじゃなくて、レディーだけどね。
「そんな心配せんでええ。色んな企業さんから招待されたり、うちが主催したりするパーテーとかに一緒に参加してもらうだけやさかいに」
パーテーじゃなくて、パーティーだし。
「ち、ちょっと、急にそんな事言われても……」
さすがのあたしも困惑する。
今まで話に聞いたことはあったけど、実際に出席するとなれば、見知らぬ大人の方々に囲まれて、いっぱい話しかけられたりして……そのうち墓穴を掘って、お父さんに迷惑かけたりなんかして……。
「ま、待って!そんな大事な場所に、あたしなんかが出ても迷惑じゃ……」
そう言いかけた時、
「何を言うとんねん。逆に歓迎されるに決まってるやないか。誰もお前一人だけで参加せえとは言うてへんし、ワシもおる。そやけど、お前も少なからず相手してもらわなあかん場合も出てくる訳や」
と、お父さんが口を挟んだ。
「それは、分からないでもないけど」
「中には、ちょっと癖のある人間もおるからな。特にお前みたいな若い娘は気ぃつけなあかん」
あたしは一応に頷く。
「そこでやな……」
そう言いかけて、お父さんは隣にいるタレ目男に視線を向けた。
「彼にお前を守ってもらおうと思てな。ワシが無理言うてお願いしたんや」
「ええーーっっ!!」
ーーという訳で。
これが、あたしが大声を張り上げた経緯なんだけど。
「ま、待ってっ!そんなの嫌よっ!」
あたしが立ち上がってまで断固拒否する様子に、お父さんが拍子抜けしたように驚いている。
「何でや?彼はなかなか頼りになる男やで?」
へっ? このタレ目顔が?
「名前は、柊木要君と言うてな、今日からお前の執事兼ボデーガードになる男や」
さも自慢気に紹介するお父さんだ。
ボデーガードって……。
あたしはゆっくりと隣に座っているタレ目男、いや、柊木要という名の人物を見た。
「ま、そういう事でお嬢様、以後お見知りおきを」
わざとらしく気取ったような言い方に腹が立つ。
さっきとはまるで違う態度に、あたしは腸が煮えくり返る気持ちを堪えながら、隣に座るタレ目柊木を睨みつける。
「……」
「俺のことは、普通に呼んでくれたらいいですよ」
そう言ってニコリと笑顔を向けてきた。
あー、そうですかっ!
「普通で良いの?じゃあ、タレ目野郎とでも呼ばせて頂きましょうか!?」
あたしはガツンと言い返してやった。
「か、楓っ!?お、お前っ……これからお世話になる柊木君に向かって、さすがにそれは失礼とちゃうか」
お父さんはそう言って、オロオロと心配そうにあたし達を交互に見ている……さっき部屋で起こったことなんて知らないから、無理もないけど。
しかし当の本人は、
「いえ、旦那様が気にするような事ではありませんのでご安心下さい」
ここに来ても全く動じる様子もなく、再び淡々と対応するタレ目野郎だ。
何よっ、この余裕のある態度っ!
いちいち気に入らないっ!!
「そ、そうか?じゃあ柊木君、くれぐれも娘のことは頼んだよ」
そう言いながら、右手を差し出したお父さんとガッチリ握手をするタレ目野郎。
「はい。お嬢様は俺が責任を持ってお守りします」
いかにもって感じの営業スマイルを見せつけている。
フンッだ!
イケメンなら様になるけど、タレ目が言っても全然カッコ良くないってば!
「……はああーっ……」
あたしは二人に聞こえないように静かに、だけど深く溜め息をついたのだった。