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お嬢は恋するお年頃  作者: ほづみゆうき
~第一章~
15/17

お嬢の戸惑い~後編~

「仕方ありませんね。この続きはご自宅でゆっくりと……」


 病室を出たと同時に囁かれて、あたしはたちまち顔が火照ってくるのが分かった。


「じ、冗談は顔だけにしてよねっ」


 だけど。


 このドキドキが、ある一時的なものなのか本気なものなのか、あたし自身まだピンと来ない。


 そりゃあ、さっきのように思わせぶりに近付いてきたり、優しくされたりしたらドキッとするけれど、今の柊木さんには以前のような強引さは感じられない気がする。


「お嬢様、どういたしましたか?」


 げっ。あたしってば何考えてんのよ。


 これじゃあ、まるで物足りなくてガッカリしてるみたいじゃないの。


 ブルブルブルッ!


 首を左右に振りまくる。


「お嬢様?」


 ちっ、違うからね!


 断固として、そういう乙女チックな気持ちなんかこれっぽっちもな……。


 チュッ!


 ふと、あたしの右頬に柔らかい感触と聞き慣れない音がした。


 今のは何!?


「……」


 チュッ、て。


 ま、まっ、まさかっ!?


 恐る恐る音のした方を見上げると、元々タレている目尻をさらに下げて、ニンマリと笑っている柊木さんと目が合った。


「な、何したのよっ!」


 あたしは右頬にサッと手を当てる。


 それに、いつの間にかお父さんの姿も見当たらなくなってるし。


「何って、アレしかないでしょ」


 とぼけたように答えながらウインクなんかしたりして。


 おえっ!


 誰が見ても誰に聞いても首を縦に振るようなイケメンのお兄さんならともかく、惜しいお兄さんが格好つけたって似合わないから。


「周りに人がいるのに」


「そのような心配はご無用です。誰も気付いてはいませんよ」


 あたしはグルリと周囲を見渡してみた。


 確かに、すれ違う人は皆素知らぬ顔で通り過ぎていく。


「でも、ここは病院だからっ」


 チーン。


 エレベーターホールで待っていると、ちょうど目の前の扉が開いた。


 この人には、恥じらいというものがないのかしら。


「さあ、急ぎましょう。きっと旦那様がお待ちです」


 そう言いながら、柊木さんがあたしに手招きする。


 全く……その待たせてる原因を作ってるのは誰なのよ。


 あたしは、小さく溜め息をつくのだった。




 ーー案の定、お父さんはロビーのソファーに座って煙草を吸っていた。


「おおーい、ここやで、ここっ!」


 そして、あたしと柊木さんの姿を見つけるなり、大きな声で呼んでいる。


「ちょっと、ここ病院だからっ!」


 お父さんに慌てて駆け寄り注意した。


 何であたしの身近にいる男って、こんなにもデリカシーがない人ばかりなの?


「おー、スマンスマン。こんだけ人がおったら分からんやろう思て、つい声が出てもうたわ。ガハハハハッ」


 ガハハハハッじゃないわよ、もうっ。


「恐縮です」


 あたしがムスッとしていると、柊木さんがお父さんに頭を下げている。


 はあっ!?


 この当たり前のような反応は何なのよっ?


「おいおい、いつまでそんな他人行儀な態度を取るつもりやねんな。ワシにとってはもう息子同然やねんから、もっと普通に接してくれたらええんやさかいに」


 え? お、お父さん?


 今、何気に凄いこと言ったよ?


「いや、そういうわけにいきませんよ」


 柊木さんが珍しく謙遜している。


「ほら、楓からも言うたってくれ」


 お父さんはそう言って、あたしの脇腹をつついてきた。


「なっ、何であたしがっ」


「何でって……そんなん決まってるやろが。我が娘の未来の旦那さんになる人やねんから仲良うせな」


 へっ?


 今、あたしの目はテンになっているに違いない。


「未来の……旦那?」


 誰が、誰のだって?


「あ、旦那様。そのお話はまだ内緒の筈ですよ」


 柊木さんが苦笑しながら言った。


「ん?そうやったかいな、スマンスマン!」


 後頭部に手を当てながら笑ってごまかすお父さんを、あたしはキリッと睨みつける。


 そんな大事な話をあたし抜きで進めるなんて信じらんない。


 もう怒りを通り越して呆れてしまう。


「……その話、家に帰ったらゆっくり聞かせてもらいますからねっ」


 プイッと顔を背けて、そのままスタスタと病院から出て行くあたし。


「さっきは堂々とチュウしとった癖に何言うとんねん」


「……っ!?」


 恐らくうろたえているであろう柊木さんを想像しながら、あたしも戸惑いを隠せないでいたことは言うまでもない。


 まさか、お父さんに目撃されていたとは……。



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