サプライズ・ゲスト? ~柊木side~
「安心する、か……お嬢の奴、無駄に期待させやがって」
俺は病室のベッドに横になり、ボーッと天井を眺めながら呟いた。
ちなみに、お嬢はちょっと売店へ行ってくると言い残して出掛けたから、今は自分一人である。
とはいえ、ムキになった時に言ってくれたお嬢の気持ちは正直嬉しかったし、個人的にお袋よりもお嬢に世話を焼いてもらった方が、俺的にはイイに決まっている。
だが、旦那様の気持ちを考えると……素直に甘えられないんだよな、これが。
昨日の帰り際に「何かあったら、楓に頼めばいい」と言って下さったが、それじゃあ俺の立場が逆になってしまう。
おまけに「本人が行きたいって言うて聞かへんねや」と今朝方も旦那様から電話がかかってきて、半ば困ったように話されていた。
まあ、あの様子だと何を言っても無駄だろうし……今回は甘えさせてもらうかな。
俺があれこれと考え事をしていると、ふいにガラガラと入口の戸が開く。
「ん?もう戻ってきたのか?早いな……」
その方向に顔を向けると、ふいに視界が暗くなった。
「要、大丈夫なのっ!?もう怪我して入院したって聞いてびっくりしたわよぉーっ!」
「え?」
お嬢じゃない、別の女か?
というか、何処かで聞いたことのある声……のような。
ムギュッ!!
「うぐぐっ……」
そのうちにも、部屋に入ってきた女は俺の後頭部に両腕を回し、あろう事かそのまま抱きついてきたのだ。
すっ、すげえ力だ……おまけに香水の匂いも鼻をつくし、たちまち息が詰まりそうになる。
「だけど、元気そうでよかったわ……」
抱きついてきた女が、ホッとしたように呟いた。
いやっ、だから俺は息苦しいんだって!
俺は片腕で無言の抵抗をする。
ガラガラガラ。
再び戸の開く音がした。
こっ、今度こそお嬢かっ!?
「ん?アンタ誰?」
こっちだって聞きてえよ。
「あっ、あなたこそ誰よっ!」
驚いたようなお嬢の声がした。
そんな話は後でいいから、とりあえず俺を早く自由にしてくれっ!
「それよりも、まずは柊木さんから離れなさいよ」
そうだそうだ!頑張れ、お嬢っ!
「何よ、偉そうに!要とどういう関係!?」
その女がお嬢に気を取られて少し力が弱まった隙に、俺はグイッと身体を押し出した。
「ぷはあーっ」
ようやく解放された俺は、突然やってきた女を見上げる。
「……って、お前……」
「うふふっ。お久しぶり、要」
腰まで伸びた金髪、厚化粧、ピッチピチのミニスカート……そして、見た目とギャップが激しすぎる低い声といえば。
「……あ、愛梨、か?」
「柊木さん、この人と知り合いなの?」
お嬢が怪訝な顔で俺を見る。
「知り合いですって?アンタが誰だか知らないけど、私と要は知り合いどころか、ずーっと昔からの特別な関係よ!」
その女こと愛梨は、ほぼ人工的に作られた細い眉をつり上げて怒る。
「ずっと昔からの関係?」
「ああ。こいつは愛梨と言って、まあ何かと世話になってるオ○マちゃんだ。ちなみに、愛梨ってのは源氏名だけどな」
「え?おっ、オ○マ!?」
お嬢が驚いたように目を見開いた。
「ち、ちょっと要!今時、その表現は古すぎるわよっ!今はニューハーフよ、ニューハーフっ!!」
「お前、自分がオ○マちゃんって認めてんだ」
「……人の話、聞いてんの?」
俺と愛梨の会話を、お嬢はただポカンとした表情で見つめている。
「おっと、いけね。愛梨、紹介するよ。彼女が新堂楓さんだ」
「あっ、どうも……初めまして」
お嬢は愛梨に向かって軽く頭を下げた。
すると、愛梨はお嬢の全身を上から下まで舐めるように眺め、
「……ふうーん。アンタがこの頼れるナイスガイ要をフった娘なの?へえーっ……」
と皮肉をたっぷり込めて言う。
「フった?それはどういう事ですか?」
お嬢も負けじと言い返した。
「じゃあアンタ達は付き合ってんの?」
愛梨の意外な言葉に、俺とお嬢は顔を見合わせる。
「はあ?何でそんな話になるんだ」
「あら、意外な反応。私の情報網をバカにしてもらっちゃ困るわね」
そう答えて、愛梨はフフンと得意気に笑った。
「……誰だ?そんなガセネタたれ込む奴は」
「私は、要に悪い虫がつかないように見守ってあげてるの。それでなくても、こんな野育ちのようなお嬢様の世話なんか引き受けちゃって、いい加減呆れてるっていうのに……」
愛梨は天井を仰ぎ見ながら溜め息をつく。
「野育ちは失礼じゃないですか?」
「だってそうでしょ?あの新堂グループ会長の一人娘っていうから、さぞかし品行方正なお嬢様だろうと期待して来てみれば……ガックリだわ」
「おい、それは言い過ぎだろ」
「要も、こんなお嬢様のどこがいいの?私には理解出来ないわ!いつまでも子供の頃の淡い思い出なんか引きずっちゃって……」
「え?」
お嬢が、一瞬驚いた顔を見せた。
「おっと、愛梨。何を言っているのかな」
俺はさり気なく止める。
「あらまあ……秘密だったの?」
愛梨はさも驚いた顔をした。
「淡い思い出って?」
お嬢が俺の顔を見る。
「そんな事言ったか?聞き違いじゃね?」
笑ってごまかすと、
「別に隠すことないんじゃないの?」
愛梨がさらにけしかけてきた。
「しつこいぞ」
「……そんなに言うなら、内緒にしといてあげるけど」
愛梨は笑いながらクルリと踵を返す。
「内緒って?」
お嬢が再び訊ねてきた。
「気にすんなっ」
俺は病室を出ようとする愛梨の後ろ姿を睨みつける。
「ま、そのお嬢様と仲良くするのはどうかと思うけど。せいぜい後悔しないように気をつけてよね」
愛梨はそう言い残すと、ヒラヒラと片手を振りながら病室を後にした。
「……ったく。何しに来たんだ、アイツは」
お嬢に背を向けながらベッドに横になる。
「柊木さん。あの人の話って……」
「お嬢もしつこい。もう忘れろ」
「……あたし、三崎さんに聞いたの。お父さん達が同級生だって……それと、小さい頃に柊木さんと三崎さんに会って遊んだ事も」
「……それは、良介が言ってた話だろ」
「ううん。その前に聞いてた」
お嬢がポツリと答える。
「でも、いまいちピンと来ないんだろ?」
「……」
返答のないお嬢の反応に、俺は小さく息を吐いた。
いいんだ、別に。
あんなガキの頃の口約束なんて、所詮はこの程度なのさ。
「だけど……あたし、柊木さんと何か約束をしたような気がするの」
「えっ?」
お嬢の思いがけない発言に、俺は思わず上半身を起こそうとして、
「いっ、痛ってえ……」
同時に、痛めている左肩に力が入ってしまい顔をしかめる。
「だ、大丈夫っ!?」
「……一瞬、怪我してたの忘れてた」
ううっ、涙出そう……。
「昨日の今日だから、まだ安静にしてなきゃ駄目よ」
お嬢が俺の身体に布団をかけながら言った。
「それもこれも、皆アイツのせいだっ」
「そうよっ!あたしもそれは同感だわ。野育ちだなんて失礼極まりないし」
お嬢は頬を膨らませる。
「まあ、一概に否定は出来ないか」
「ち、ちょっと柊木さんっ!?」
「だけど、俺は今のままのお嬢で良いと思うぞ」
そう言って、俺はフッと笑った。
「ホントに?」
「ホントホント。お嬢はそのままで十分可愛い」
「や、やだっ、改めて言われると照れるじゃないっ!」
ペシッ!
お嬢は顔を赤らめながら俺の肩を叩く。
「いっ、痛ってぇー……」
しかも、よりによって怪我してる肩ときた。
「ああっ!柊木さん、ごめんなさいっ」
慌てて謝るお嬢を、俺は涙目で訴えるように見つめる。
「だ、大丈夫っ?……じゃないよね」
心配そうに見つめるお嬢の顔がすぐ目の前まで迫ってきた。
お、おいおいっ。
怪我してなかったら逆に押し倒すところだが、今は残念ながら出来ない。
というわけで。
「……そうだな。このままキスしてくれたら許してやってもいいぜ」
「じ、冗談っ!」
お嬢の身体が弾かれたように俺から離れる。
うーむ……まだ無理か。
そう思いながらも、何だか顔がにやけてしまう俺だった。




