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お嬢は恋するお年頃  作者: ほづみゆうき
~第一章~
10/17

不安と戸惑いと・・・

 結局。


 柊木さんの入院に必要な着替えやタオル等ひとまず揃えられる物だけを準備すると、お父さんとあたしは、再び三崎さんの運転する車に乗せてもらう事になった。


「どうせ通り道ですし」


「じゃあ、お言葉に甘えて乗せてもらうか」


 というわけで、現在に至る。



 それにしても……あたしと柊木さんと三崎さんのお父さん達が同級生だったなんて。


「何それーっ!全然知らなかった!」


 あたしは、思わず声を大にして叫ぶ。


 いや、叫ばずにはいられなかった。


「実は、柊木君もそうやけど三崎君とも初対面とちゃうんやで。お母さんが生きとった頃に、一回やけど皆で会うた事あるんやからな。まあ、楓はまだ小さかったから覚えてないやろうけどな」


 お父さんが隣で耳を押さえながらボソッと呟く。


「ええーーっっ!?」


 あたしは目を見開いた。


 し、知らなかった……てゆうか、お父さんの言うとおり、本当に覚えていない。


「僕と要は中学に上がる前でよく覚えていますよ。ちょうど、お嬢様が幼稚園に通われていた頃でね。僕も要も男兄弟しかいないから、そりゃあもう妹が出来たみたいな気持ちになって遊びましたよ」


 三崎さんはハンドルを握りながら、その頃を思い出したのかフッと微笑んだ。


 でも待って。柊木さんも覚えてるって言うけど、本人からそんな話をしてきた事はないな……と思った時、あたしはハッとする。


「そっ、そういや、柊木さんが入院する事を家族の方に知らせなくていいのっ!?」


 そう言って、お父さんの方を向くと、


「今更、何を言うとんねん。そんなんとっくに連絡済みや。ワシらが病院に着く頃には話も聞いとるやろうし、入院の手続きは身内しか出来へんからな」


「あ、そ、そっか……そうだよね」


 あたしはすぐに納得した。


「しかし、久しぶりの再会がこんな形になるとは……」


 ふと、お父さんの表情がこわばる。


 離れて暮らしているとはいえ、柊木さんのご両親にとっては大事な息子なんだし、その息子が自分の同級生を庇って負傷、さらに入院したとなれば複雑な心境だろう。


「……」


 そう考えると、あたしも黙り込んでしまった。


「あーあ、お二人とも急に暗くなってどうしたんです?要は、そう簡単にくたばる奴じゃありませんよ。それは新堂会長だって良くご存知のはずじゃないですか」


 三崎さんが励ますように声をかけてくる。


「そう簡単にって、過去にもあったんですか?」


 あたしは三崎さんに訊ねた。


「ん?ああ、何せ仕事が仕事ですからね。その度にご両親が呼び出される訳で、いつも気が気じゃないって嘆いておられますよ」


「そうですよね……」


「だから、ご両親もこの仕事を辞めるように説得しているらしいんですけど。それなのに、当の本人は懲りずに誰かさんの執事兼ボディガードなんか引き受けてるし」


 そう言って、三崎さんは小さく肩をすくめる。


「……」


 そんな事情があるなんて知らなかった……ま、自分が不利になるようなこと言うわけないか。


 でも、柊木さんが無理をしてまで続ける意味って何だろう……あたしがご両親の立場だったら、やっぱり同じように止めると思う。


「お、お父さんもな、強制的に頼んだ訳やないんやで。ちょっと相談のつもりで話をしただけなんやで。そしたら、柊木君が快く引き受けてくれたさかいにな、うん」


 ここに来て言い訳っ!?


 あたしは、キッとお父さんを睨みつけた。


「はいはい、親子喧嘩は外でやって下さい。もう病院に着きますよ」


 三崎さんの言葉で、お父さんとあたしはピタッと黙ってしまう。


 この後、顔を合わせれば責めてくるであろう柊木さんのご両親の気持ちを考えると、いてもたってもいられなくなるあたしであった。




 ーーその後。


「まずは謝るしかあれへんやろうな……」


 仕事中である三崎さんと別れ、あたしとお父さんはICUに向かいながら打ち合わせに入る。


「そうよね」


「今回は文句を言える立場やないからな」


「そうよね」


「ジッと耐えるしか思いつかんわ」


「うん……あたしも同じよ、お父さん」


 親子で肩を落としながら病院の廊下を歩いていると、すれ違う人が見て見ぬ振りをして通り過ぎていく。


 きっと、気を遣っているんだろう……違う意味で。


 そして、階段で二階へ上がり目的地に到着した。


「ワシの携帯に連絡がないって事は、まだ意識が戻ってないんやろな……」


「……」


 今となっては、ただ柊木さんの無事を願うしかない。


「先生の話やと、急所は外れとったから命には別状は無いだろうって。せやけど、ショック状態らしいから油断は出来へんとも言うとった」


「そう……」


 ますます落ち込むあたしに、お父さんがポンと肩を叩いてきた。


「お前がそんなんでどうするんや?柊木君が目覚めた時は、元気な顔見せて安心させたらなあかんやろ?」


「う、うん……」


「とりあえず待合室に行っとこか」


 あたしはコクンと頷くと、そのまま隣にある待合室へ入る。


 そして、窓際の席へお父さんと向かい合わせに座った。


「柊木さん……きっと大丈夫だよね……」


 再び、手術室から出てきた時の状況を思い出してしまい涙が溢れてくる。


「……ううっ、ひっく……」


「楓……」


 お父さんは、そんなあたしの頭を優しく撫でてきて……待合室には他にも何人かいたけれど、あたしは我慢しきれずに声を押し殺して泣いてしまった。




 ーーあれから、どれくらいの時間が経っただろう……窓から見下ろす景色は、いつの間にか夕日で赤く染まっている。


「少しは落ち着いたか?ほら、お前の好きなミルクティーや。これでも飲んで元気出せ」


 そう言って、お父さんは目の前に紙コップを置いた。


「ありがとう。でも、今はあたしよりお父さんの方がやつれて見えるよ」


 普段はキッチリと固めたオールバックも、心なしかモサッとしている。


「ははっ、そうか?」


 一度は笑ってみせたけれど、


「ワシの前で倒れていく柊木君が、目に焼き付いてしもて離れへんねや……」


 そう言って表情を曇らせた。


 あたしも近かったけれど、お父さんなんか目の前だもん。


 こんな事になるのなら、あの時はもっと優しくしておけば良かったとか、もっと色んな話をしておけば良かったとか……なんて後悔したり。


 だけど、柊木さんってうちに来てからまだ半月ほどしか経っていないのに、何故だかもっと前からいるような気がする……。


 そんな事を思い巡らせていたその時。


「すみません。こちらに新堂様という方はいらっしゃいますか?」


 待合室の入口で看護師さんの呼ぶ声が聞こえた。


「あ、はいっ。私が新堂ですが」


 お父さんがスッと立ち上がり、あたしも入口を振り返る。


「どうぞ、こちらへお入り下さい」


 とICUの方に案内された。


「えっ?」


 あたしとお父さんの目が合う。


 ま、まさかっ……柊木さんの意識が!?


 はやる気持ちを抑えつつ、その目の前に迫る重厚な扉の内側へと入っていった。



 ピッピッピッピッピッ……。


 規則正しい機械音や人工呼吸器の吸引音が、静まり返った室内に響いている。


 所謂、重篤な患者さんが入る大きな病室だけあって、専門の看護師さんが忙しそうに動き回っていた。


「こちらです」


 案内されて来たのはICUの一番奥のベッドで、そこには鼻と口を酸素吸入のマスクで覆われ、左肩には少し血が滲んだ包帯を巻き、両腕には何本もの点滴の針が痛々しい姿の男性が静かに横たわっている。


 さらに、ベッドの横には脈拍や血圧、心拍数等の数値が表示されているモニターがあり、その下には『外科、患者名 柊木要、25歳、O型』の順に手書きで書かれた紙が貼られてあった。


 それは、同時にあたしの目の前で眠っているのが柊木さんだということを思い知るのに、十分すぎる証拠を突きつけられたような気持ちになる。


 ただ、顔色が手術前よりも若干良くなっているように見えるのが、唯一の救いかもしれない。


「……久しぶりだな、新堂」


 柊木さんの眠るベッドのそばには、中年層くらいの上品な男女が二人いて、その男性の方がお父さんに声をかける。


「久々の再会がこんな形になるとは……何と言ったらええんか、とにかく申し訳ない気持ちで一杯や……」


 声を詰まらせながら、深く頭を下げて詫びるお父さんだ。


 そっか……このお二人が柊木さんのご両親なんだ。


 あたしも、お父さんに続けて頭を下げる。


「新堂、お嬢さんも頼むから顔を上げてくれ」


 柊木さんのお父様は、あたし達の方に歩み寄って来るなり、小さな声でそう言った。


「悪いのは息子の要だ。私達の忠告を無視した罰が当たったんだろう」


 真っ先に責められるかと思ったのに、返ってきた言葉は逆に息子を責めるものだった。


「……君が、あの時のお嬢さんか。暫く見ないうちに大きくなったね」


 そう言ったかと思えば、あたしを見て微笑む。


「本当にね。おいくつになったのかしら?」


 今度は柊木さんのお母様が訊ねてきた。


 息子がこんな状態だっていうのに、まるで他人事のような雰囲気のご両親だ。


「わっ、私なんかの事より……」


 予想に反した話の流れに、あたしは戸惑いを隠せないでいる。


「ふふっ。そろそろお年頃のようね」


 答えてもいないのに、お母様は意味深な笑みを浮かべた。


「まあ、新堂には色々と聞きたい話もあることだし。ここから出ようか」


 え? おっ、お父様っ!?


「そうね。せっかくこうしてお会い出来たのも何かの縁ですわ」


 ええ? おっ、お母様っ!?


「い、色々って何や!?今は、彼の容態が心配やないんか」


 お父さんが驚いたように言う。


「要は心配いらん。私達が向こうで話をしている間にも気がつくだろう」


 お父様は言い終わらないうちに、スタスタとドアの方へと歩いていった。


「そうよ。私達よりもお嬢さんだけ残った方が要にはいいでしょうから。さあ、新堂さんは私と一緒に行きましょうか」


 お母様はそう言いながら、呆気にとられているお父さんの腕を掴んで連れて行こうとしている。


「お、おいっ、柊木っ!」


 周囲にいた看護師さんも驚くなか、三人はICUを出て行ってしまった。


「……」


 そして、一人ポツンと取り残される。


 しかも、あたしだけ残った方が柊木さんにはいいって、どういう意味なんだろう。



 柊木さんのご両親の思いがけない行動と慣れない病院の環境に悩まされて、あたしの疲れは一気にピークを越えてしまっていた。



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