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【消えた妖刀】第3話 刀剣女子・新開アンナ

 私が歴史研究部を訪れて挨拶したその夜、またしても「通り魔事件」が起きた。


 翌朝のニュースで緊張した表情の女性キャスターがやや早口にしゃべる。


「昨晩11時頃、福岡市内にあるマンションの地下駐車場で『人が血を流して倒れている』と通報がありました…」


 前の事件から一週間余りで起きただけに、各メディアもより大きく報じた。


 警察によると倒れていたのは40代の男性で、すでに出血性ショックにより死亡していたという。鋭利な刃物のようなもので左側の首から斜めに切られていたそうだ。


 一部ネットニュースでは最初の被害者が病院で息を引き取ったことを伝え、傷口から見て二件とも同じように日本刀で切られた可能性を示唆している。被害者の金品などは持ち去られておらず、その手口から世間では事件の呼び名が変わった。


「辻斬事件」だ……。




□歴研部「刀剣を知る集い」


 歴史研究部は役員交代で4月より3年生の里中光代さんが正式に部長となった。新入部員歓迎の「刀剣を知る集い」を企画したところ参加者は5名の予定だという。


 私は里中さんと2年生の“立ちション”万代幸佑はすでに知っているが、部員は現在のところ男子8人、女子7人の総勢15人になる。それぞれ興味がある歴史を自分で調査研究しており、ほとんど部室に顔を出さないメンバーもいるらしい。


 そんな話をしていたところに見知らぬ女子が入ってきた。


「立花寺さん、ちょうどよかったわ。こちらが新入部員の……」


 里中さんが私に紹介しようとしたところ、元気いっぱいに自己紹介をはじめた。


「はじめまして!新入生の新開アンナ(しんがいあんな)です。理学部化学科を専攻してます」


「はじめまして。新入生の立花寺君枝。スポーツ科学部です、よろしくね」


 私が挨拶を返すと、新開アンナは緊張が和らいだのかマイペースに続けた。


「じゃあ同じ新入部員じゃん。わたしぃ~、『刀剣乱舞』が大好きなんだ。新入部員歓迎企画を知って即入部を決めたの! 『刀剣女子で眼鏡女子のアンナ』って覚えてね、うふっ」


「ええ、よろしくね」


 私がアイドル風なノリにタジタジとなっていたら、後ろから茶々が入った。


「ほぉ。橘の君に刀剣女子か~、今年の歴研部は面白くなりそうだな」


 振り向くと奴だった。立ちション野郎はどうも苦手だ。


「僕は万代幸佑、薬学部2年生。よろしく」


「万代さん。新開アンナです。よろしくお願いします」


 お互いに挨拶を終えたところで、改めて新開アンナを観察してみよう。


 黒髪ロングのポニーテール。細いフレームの丸メガネ。膝丈スカートにスニーカーを履いていた。


 まだ子どもっぽさが残る顔立ちとしゃべり方はアイドルっぽい雰囲気を醸し出している。


 かと思えばトレーナーの上からでも胸のふくらみとウエストのくびれがわかる豊満なプロポーション。


 なるほど、万代幸佑の反応が心なしかハイテンションに思えたのはそのせいだろう。


 結局、新入部員は私と新開アンナの2人だった。「刀剣を知る集い」には部長の里中光代さんと副部長の桜田宏明(さくらだひろあき)さん、2年生の万代幸佑さんが同行してくれるらしい。



□「越すに越されぬ 田原坂」



 今日はいよいよ土曜日。朝9時に部室に集合。実家暮らしの副部長が自前の乗用車を運転して現地に向かう段取りだ。


 私やアンナちゃんはつい先日まで高校生だったので早起きは苦にならない。しかし大学生活にどっぷり浸かった先輩たちは朝に弱いのではないかと懸念された。


 ところが、3人とも新入生よりずいぶん早く部室に来ていたらしい。私が8時半頃に行くと何やら忙しそうに準備していた。早起きが苦手そうな万代さんでさえやる気満々という感じだ。


「すみません。遅くなりました」


 私は予定時間早く着いたが、後輩としてそのように挨拶した。


「いいのよ。気にしなくて。私たちは持って行く資料やカメラを確認していただけだから」


 里中さんが優しく応じてくれた。


「おはようございまーす。皆さん早いんですねー」


 ほどなくするとアンナちゃんが到着して全員集合だ。


「皆そろったわね。じゃあ、桜田くんよろしく」


「新入部員と顔を合わせるのは初めてだよな。副部長の桜田宏明。法学部法律学科3年。本日は運転手も務めるのでよろしく」


「よろしくお願いします!」


「よろしくですー」


 私とアンナちゃんはそれぞれ自己紹介した。


 桜田さんはサイドを刈り上げずに長めしたアイビーカット風な髪型。スタイリッシュな黒縁メガネをかけた真面目なタイプに思えた。



 そんな桜田さんが運転する5人乗りコンパクトカーは、目的地「熊本市田原坂西南戦争資料館」を目指して太宰府ICから九州自動車道に入った。下り車線を1時間弱走って植木ICで降りると、15分ほどで資料館のある田原坂公園に着くそうだ。



 蓮華大をスタートすると早速、里中さんによる「予習」が始まった。


「西南戦争は知ってるわよね。西南の役ともいうわ」


 私は高校の日本史で習った記憶を総動員して「西郷隆盛の…」と答えようとしたところ……。


「西郷隆盛といえば明治維新の立役者ですよ。でも当初は明治新政府に参加していたけど、盟友の大久保利通たちと意見があわず新政府を辞めて故郷・鹿児島に帰っちゃうの」


 アンナちゃんが立て板に水の如く話し始めるではないか。


「桐野利秋や篠原国幹、村田新八をはじめ西郷さんを師と仰ぐ血気盛んな連中が、西郷さんを担ぎ上げたといってもいいんじゃない。薩摩の藩閥と大久保ら新政府との対立は深まるばかり。とうとう西南戦争が勃発するのよ」


 私は彼女が見た目と裏腹に堂々と説明するのでポカンとして聞くしかない。


「そうね。『佐賀の乱』をはじめ士族による反乱が続いたこと。薩摩の私学校開設や火薬庫襲撃事件。いろいろな要因が重なってのことだけど、そこまで触れるとキリがない。 新開さんのポイントを押さえた説明はおみごとよ」


「やたー」


「じゃあ、新開さん。『田原坂の戦い』についてはどうかしら」


「はい。西南戦争のうち田原坂での激戦は最も熾烈を極め、17日間にも及んだんです。官軍(政府軍)も薩摩軍も多くの戦死者を出した末、官軍が田原坂を制して突き進みました」


「そうね、新入部員としては十分でしょう。よくできました」


 里中さんとアンナちゃんの個人授業みたいになっているが、私などほとんど知らないのだからここは致し方ない。



 すると運転席から副部長の桜田さんが歌いだした。


「雨は降る降る人馬は濡れる、越すに越されぬ 田原坂」


 なかなかの美声である。


「ってね。熊本県民謡にも歌われてるけど、僕が知ったのは南こうせつとかぐや姫がそれを元に歌った『変調田原坂』だなぁ」


「え、あのフォークグループのかぐや姫ですか!?」


 私は知っている話題が出たから飛びついた。


「桜田くんは昭和歌謡やフォークソングに通じてるの。まあ歴史と言えなくもないわね」


 里中さんが教えてくれた。


「当時の田原坂は一週間も冷たい雨が降り続いたの。新型銃を装備していた官軍に対して旧式銃を使用していた西郷軍は火薬が湿ってしまい苦戦したそうよ。それで銃を諦め刀を抜いて斬り込んだため、勇猛で知られる薩摩隼人を怖れて逃げる者もいたというわ」


「でも、薩摩軍は官軍を防ぎきれなかったんですよね」


 私は自分がよく知らないことでも、気になるととにかく確かめたくなる。


「官軍も怖れてばかりではなかったの。腕に覚えがある警察官などで結成した抜刀隊が白兵戦で健闘したそうよ」


「資料館ではそんな薩摩軍や官軍が使ったであろう刀剣を見られるかもな」


 里中さんの説明に続き万代さんまで口を開いた。


「うわー!ワクワクしてきちゃったー!」


 刀剣女子・新開アンナとっては大好物なのだろう。



 そんな彼女の出会いから事態は思わぬ方向に動き出すのだが、この時は知る由もない。


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