じゃぶじゃぶ
ブームなのかなんなのか、近頃コインランドリーが増殖している。ついこの間までコンビニだった場所、空き地だった場所、ホームセンターがあったはずの場所。
ガラス張りで中の様子が見えるちょっとおしゃれなコインランドリーが増えている。
けれども今日訪れたコインランドリーは廃墟のような見た目だ。写真屋と占い館とコインランドリーが同じアパートの下で繋がっている。
色が剥げ、なぜか焦げているアライグマのキャラクターが描かれた看板には「じゃぶじゃぶ」の文字。レトロと言えば聞こえはよいが化石みたいな外観だ。
中に入れば靴を脱げという貼り紙と、これまた祖母の家にありそうな花柄デザインのスリッパが十組ほど置かれている。
スリッパに履き替え辺りを見渡せば壁一面に洗濯機。反対側に乾燥機と両替機があり、中央には大きな机がみっつと背もたれのない椅子がいくつか。
入り口近くに置かれた組み立て家具の書棚に随分と古い週刊誌や漫画雑誌の増刊号が乱雑に押し込まれている。
昭和の遺物。そんな印象の店だ。
それでも機械は入れ換えられているらしく、数年前の洗濯機になっている。がおしゃれ感はない。
壁に貼られた洗濯の仕方を説明する色褪せた人魚のイラストがどこかセンチメンタルな雰囲気に思えた。
他に客は居ない。
なんとなく二番目の洗濯機を選び、毛布とシーツを突っ込む。大物は干す場所が限られている自宅で洗うのは躊躇われる。そういう時に重宝するのがコインランドリーだ。乾燥までできる。
小銭を六枚入れて蓋を閉めた。
待ち時間、近所へ出掛ける人も多いが他人に洗濯物を移動させられたりするのが嫌なので座って待つことにする。準備されている雑誌はなんだか不潔そうだ。触りたくない。持ち込んだ電子書籍リーダーで暇潰しすることにした。
電子書籍の読み放題プランは重宝する。買うほどではないが興味のある本に手出ししやすい上に好みでなかった場合、途中で読むのを止めてもあまり後悔しない。
書店で並んでいても購入することはないであろうタレントの自伝らしき本を読みながら時間を潰していた。
意外と言い回しが面白い。買わないけれど。
そんなことを考えていると、一瞬暗くなった気がした。
照明の揺らぎとでも言うのだろうか。古い建物だ。きっと配線に問題でもあるのだろう。
あまり気にせず本の続きを読む。電子書籍リーダーなら暗いところでも画面の明かりで読むことが出来る。たとえ途中で電球が切れたとしたって乾燥機に移すときに少し暗い程度で問題ないだろう。
けれども照明がしつこく揺らぐ。完全に消えることはないが、点滅と言うよりは揺らぎという印象だ。
僅かばかりの不快感。席を移動することで軽減されるかはわからないが、なんとなく入り口近くの端に移動した。
一つ気になると他の部分も気になってくるものだ。
先程までは全く気にならなかったのに、なんとなく見られているような気がする。
しかし店内には誰も居ない。ただ奧に防犯カメラがあるから、きっとそのせいだろうと思った。
落ち着かない。洗濯機はあと十五分ほど回り続ける。
そうしている間に、洗濯機の回る音とは別の音が響いていることに気がつく。
低音。力強い人の声。
それがなにか呪文のようなものを唱えているように聞こえる。
真言だ。
それに混ざってなにか打楽器のような音が聞こえる。
一体なんなんだ。
驚いた直後、隣が占い館だということを思いだす。
最近の占い師は除霊の真似事でもしているのだろうか。どうせ霊感商法かなにかだろう。
それにしても壁が薄いのだなと思う。これだけ真言やらなんやらが響いてくると言うことはあちらにも洗濯機の音が響いているのだろう。
うんざりしながら残り十分。
こんなことならイヤフォンを持ってこればよかった。
後悔しても遅い。
そう考えた瞬間、大きな音がした。
なにかを叩くような音だ。
気がつけば真言と打楽器の音が消えている。
そしてバンバンとなにかを叩く音が強くなる。
一体何だろう。
辺りを見渡せば、開いていたはずの三番目の洗濯機の蓋が閉まっていた。
他に客は居ない。
しかし洗濯機の蓋が閉まっている。
いつの間に。
そうしている間に、叩く音がどこから響いているのか理解する。
三番目の洗濯機だ。
なにもないはず。回ってすら居ないはずの洗濯機。
どうしてここから音がするのか。
恐る恐る除いて見る。
バシッ。
響いた音と同時に、洗濯機の蓋に手形のような物が現れる。
丁度女性の手程の大きさだ。
思わず悲鳴を上げそうになった。
そして、洗濯機から離れようとすると、なにかと目が合った。
人の目に見える。
まるで助けを求める様な視線を向け、洗濯機の蓋に新たな手形を作っていく。
なんだこれは。
思わず後ろに下がると、腰が机にぶつかった。
その瞬間、アラーム音が響く。
驚いて音の方を向くと、洗濯物を入れていた洗濯機が洗濯終了を示していた。
それどころではない。
慌てて隣の洗濯機を見る。
けれどもなにもない。それどころか洗濯機の蓋は開いている。
目の錯覚だったのだろうか。それとも夢?
洗濯中に退屈すぎて居眠りをしてしまったのかもしれない。
気味が悪いとは思うが、この洗濯物をそのまま持ち帰るわけにもいかない。
できるだけ早く終わってくれることを祈りながら、毛布とシーツをそれぞれ別の乾燥機に突っ込み、小銭を入れる。
なんとなく、枚数が少ない方が早く乾くような気がする。
頼む。早く乾いてくれ。祈りながら、背後の洗濯機を警戒する。
さっきの女は一体なんだったのだろう。
女と確定したわけではないが、手の大きさや目元の印象から女性と感じられた。
落ち着かない。早く終わってくれ。
そう願っていると、再び真言と打楽器の音が響いてくる。
もう二度とこの店を利用するものか。恨めしく思う。
家から一番近いからこの廃虚同然の店を選んだというのに。空いているから快適に利用できるだろうなんて認識は甘かった。
空いている店にはそれなりに理由があるのだ。
どんどん真言を唱える声と打楽器の音が大きくなっていく。
それに伴い、照明が揺らぎ、洗濯機の蓋がバタバタ動き出した。
来る。
どこか本能的に感じてしまう。
洗濯機の中からまたバシバシ叩く音。
そして、今度は声まで聞こえてきた。
あけて
か細い声だった。それなのによく響く。
まるで脳髄に直接流し込まれるようだった。
まさか、あの中から出てこようとしているのだろうか。
彼女の言うとおりに開けたらどうなる?
なぜ洗濯機の中に居るのかだとか、そんなことは考えたくない。
もう嫌だ。我慢できない。
まだ回っている乾燥機の蓋を開けて生乾きの洗濯物をかき集め、持って来た籠に押し込む。
店を出ようとした。
扉が開かない。
あけて
またか細い声が響く。
まさか。あの女を洗濯機から出さないと帰れないのだろうか。
勘弁してくれ。あの女が本当に無害かなんて保証されない。
そもそも洗濯機の中に入っている時点でこの世の物ではないのだ。
もう一度扉を動かしてみるが全く開く気配がない。
洗濯機の蓋は叩き続けられている。
真言が更に大きくなった。
洗濯機の蓋を叩く音も力強くなる。
たぶん、洗濯機の中の女はあの真言が嫌なのだろう。
だとしたら。蓋を開けたら占い館の方に行ってくれないだろうか。
一か八か。覚悟を決めて洗濯機に近づく。
深呼吸し、蓋を開けた。
その瞬間、照明が消える。
体の横を湿ったなにかがひたひたと水を滴らせながら通り過ぎていった。
そうして数秒後、再び照明が戻る。
慌てて扉に近づけば、僅かに水の滴った形跡がある。
手で押してみると、今度はあっさりと開いた。
慌てて外に出て靴に履き替える。
もう二度とこの店は利用しないと強く誓って大急ぎで家に向かった。
あの店がその後どうなったかは知らない。
ただ一つ言えることは、持っていった洗濯物は他のコインランドリーで洗い直す羽目になった。




