頂の景色
短編です
「それって努力って呼べなくなぁい?」
どこで、誰に言われたのかも全く思い出せないけど、今、自分の頭の中で勝手に反芻している言葉がこれだった。
ずっとこの言葉が引っ掛かっていた。
周囲の顔色をうかがうのが得意だった。顔や仕草を見れば大抵の相手の感情や感覚、考えていることなどが解った。それに合わせて言葉や仕草を紡ぐのは自分にとっては容易だった。
しかし社会人になって、次第にその薄く塗り重ねてきたメッキにひびが入るようになっていった。
周囲との会話にずれが生じるようになった。
不思議な感覚だった。相手はこう思っているはずだ、こういう答えを望んでいるのだろう。そう思って、考えを巡らせて言葉を紡ぐ。しかし相手からの反応が想像したものと違う。いったい何がいけないのか、まったくわからない。
それでも、普段の業務中や出退勤の際、周囲は変わらず接してくれる。だから大丈夫だと思っていたんだ。何も問題ないと。
しかしだんだん、その普通の反応でさえも、妙に気になるようになっていった。
笑顔で声をかけてくる同僚や、仕事を振ってくる上司、好意を寄せているであろう後輩の女の子。みんな、裏に何か後ろ暗いものを抱えている様に見えて、恐ろしくなった。
そのころから、職場に行くことが怖くなっていった。
人との感覚のズレ、おかしくなっていく自分。
次第に、電車に乗るのも困難になって、仕事を辞めた。
実家に帰って、ぼんやり過ごすうち、親父から一緒に山に登ろうと声をかけられた。
最初こそ嫌がっていたけど、登ってみると案外いい運動で、俺はみるみるのめりこんでいった。
最初は親父と一緒に登っていたけど、だんだん一人でも行きたくなって、最近はほとんど一人で登っている。
山頂付近になると、息がだんだん苦しくなる。酸素が少なくなってくると、脳みそが、昔の記憶を呼び起こす。
今回のもそれだ。「それって努力って呼べなくなぁい?」誰に言われたんだか、そもそも自分に向けての言葉だったのかさえも怪しいが、妙にこの言葉が気になった。
周囲と合わせるために、周囲の顔色を窺っていた過去の自分。常に笑顔を張り付けて、相手に不快感を与えない様に、出来るだけ派手な行動はしないで、周囲に目を付けられない様に、でも全く何もしないのも変に目立つから、ある程度の仕事はこなさないといけない。
そうやって懸命に努力を積み重ねてきたころに、そう言われた気がする。
そうだ、あの言葉がきっかけで、俺は会社に行くのが怖くなったんだ。
明確に自分に向けられたのかどうかも良くわからない、誰が言ったのかも覚えていないような言葉一つで、自分の心が壊れたのだと思うと、不思議と笑みがこぼれてくる。
もうすぐ山頂だ。足が重い、息が苦しい。それでも歩みを止めないのは、山の頂から見る景色を味わうためか、それとも自分のしてきた努力を認めさせるためか。
努力を認めさせる?いったい誰に?自分は自分の努力をちゃんと認めて来たんだろうか。そもそも自分は、努力出来ていたんだろうか。
思考がグルグルと巡る。だんだん視界までぼんやりしてきたような気がしたところで、森が開けた。
気が付くと、“山頂”と書かれた立て看板が見えた。
強い風がビュウと吹き抜けていった。
——頂の景色——
頂に立つ




