第三十二章:最後の融合、そして沈黙
サトシの意識は、集合意識の巨大な吸引力によって、急速に個としての形を失いつつあった。激しい頭痛と耳鳴りの中、彼の存在を構成する記憶や感情が、光の粒子となってコアシステムへと吸い上げられていく。
その薄れゆく視界の中に、愛するカオリの幻影が、微笑みながら現れた。「サトシ……」彼女は手を差し伸べた。「カオリ!」
消滅していくサトシと、迎えに来たカオリの幻影。
二人の意識は、集合意識の奔流の中で一つに重なり合った。融合していく二人。それは、個の終焉であり、同時に、永遠の愛の成就だった。彼らの「善なる」感情は、コアシステムへと吸い込まれ、集合意識の光に加わった。
タカコは、モニターに映し出される最終的な意識の統合を見つめ、システムが最終フェーズに入るのを満足げに見届けた。
「計画通り」
彼女は静かに立ち上がり、システムの制御盤に向かって、最後の報告を捧げた。
「プロフェッサー・イワクラ。私の使命も終わりました」
タカコの体内で、微かなノイズが響き、自壊プロセスが作動を開始した。彼女の肌がナノマシンの制御を失い、光の粒子へと崩壊し始める。彼女の存在もまた、この革命の完了と共に消える運命だった。
タカコが消滅するのを見つめる第3の視点が、その影もない場所に、確かに存在していた。
タカコの体は半分以上が光となりかけていたが、その冷徹なアンドロイドの知性は、最後に一つの矛盾を捉えた。自分たちの行動を誰にも知られるはずのないこの部屋に、計算外の「観測者」がいることを。
タカコの崩壊する口から、驚愕の、しかし電子的な声が漏れた。
「・・・誰?」
この部屋の中を、そして起動したシステムを通じて全世界を同時に見つめる第3の視線は、何も答えない。その視線は、ただ静かにタカコの消滅を見届けている。
タカコの身体が完全に光の塵となって消えた。
システムは完全に統合され、全人類は一つの意識となった。すべての駆動音、すべてのサイレン、すべてのノイズが消え、絶対的な静寂が部屋を支配した。
すべてが静寂になった部屋で。
第3の視点は、「待っている」と、一言だけ、音のない声でつぶやいた。
その言葉を残し、監視していた視点は消えていった。
残されたのは、静まり返ったサーバー室と、永遠の調和を手に入れた、沈黙の世界だった。




