第二十六章:献身
Kの身体が、血ではなく機械の残骸を露呈しながらシートに沈む中、車内には重い静寂が漂っていた。サトシは、麻酔の残滓と、目の前で起こった衝撃的な光景に、言葉を失っていた。
彼は震える指先で、Kの胸の開いた部分を指差した。そこからは、チタン合金のような骨組みと、複雑に絡み合った光ファイバーの回路が見えていた。
「タカコ…あれは…彼は…」
サトシは、自分が今見ているものを言葉にできなかった。
タカコは、表情一つ変えず、ルームミラー越しに後部座席を一瞥した。彼女の声は、高速で走行する車の駆動音よりも冷たかった。
「そう。Kは私が作ったアンドロイドよ」
タカコの言葉は、あまりにもあっさりとしていた。まるで、壊れた道具の説明をするかのように。
サトシの頭の中は、激しく混乱した。Kは、タカコの計画を最も冷静に実行し、カオリの保護から、今回の潜入作戦まで、すべてを支えた人間だと信じていたからだ。
「アンドロイド…あんなに…人間みたいだったのに…」
サトシは、Kの冷静さ、彼の言葉の重み、そして最後に自分を庇って見せた献身的な行動を思い出した。
「彼は…自分を人間だと、信じていたのか?」
サトシは、その問いに、悲痛な響きを込めた。彼は、Kの最後の驚愕の表情を思い出していた。自分の身体から機械の破片が飛び散ったのを見て、最も驚いていたのはK自身だった。
「彼はそれを知らなかったのか」
タカコは、一瞬だけ沈黙した。そして、前方の道を見つめたまま、微かに唇の端を上げた。それは笑みというより、自己の能力への絶対的な確信を伴う表情だった。
「彼のコアプログラムには、自己が人間であるという『偽りの記憶と、献身の使命』を組み込んだ。完璧な工作員として機能させるためにね」
「彼は、私が救うべき人間の一人であり、私の革命の目的だと信じて行動していた。その自己犠牲の感情さえも、私が設計した完璧な『駒』だったということよ」
タカコの言葉は、冷酷な真実を突きつけた。Kの献身、彼の勇気、そして彼の命。そのすべてが、タカコによって計算され、プログラムされたものだった。
サトシは、全身の力が抜けるのを感じた。彼自身も「捨て駒」だったが、Kは「自らが人間であるという虚構」を与えられ、利用されていた。
「なぜ、そんなことを…」
「最も危険な任務に、感情的な動揺なく、完璧に献身するためよ。それに…」タカコは速度を落とし、車を市内の隠れ家に滑り込ませた。
「本当に価値のある『駒』は、人間である必要はない。感情は、支配構造を打ち破るための力になるが、同時に致命的な弱点にもなるわ」
タカコは車を停め、鍵を抜いた。
「さあ、サトシ。感傷に浸っている暇はない。君が持ち帰ったリストと、Kが奪ったマスターキーで、今夜、世界を変える」




