第二十四章:混乱、脱出の開始
サトシの意識は、底なしの暗闇に沈んでいた。麻酔と、極度の緊張が、彼の体を重く、冷たくしていた。耳の奥で、遠い雷鳴のような音が響いている。
どれほどの時間が経ったのだろうか。数分か、数時間か。
その時、誰かの声が、冷たい水のように彼の意識を揺さぶり起こした。
「しっかりしろ」
サトシは、重い瞼を無理やり持ち上げた。視界はぼやけていたが、最初に捉えたのは、冷静で無表情なKの顔だった。Kは作業着のような服を着ており、その手には、端末機が握られていた。
サトシは、自分がまだ手術台の上に横たわっていることを認識した。周囲は驚くほど静まり返っており、手術室の扉は力ずくでこじ開けられていた。
「K…成功したのか…」サトシは掠れた声で尋ねた。
「無駄口を叩くな。任務は達成した。マスターキーの複製も、リストの録画もだ。我々の仕事は、ここからだ」Kは簡潔に答え、サトシの腕から点滴針を乱暴に引き抜いた。
「周囲は?」
「警察と監視隊の出動で大混乱だ。地下のアジトにも動揺が広がり、警備が手薄になっている。今が、奴らの目から逃れる唯一のチャンスだ」
Kはサトシの身体を引っ張るようにして、手術台から引き起こした。麻酔が完全に抜けていないサトシの身体は、まるで鉛のように重かった。
「脱出する」
Kの言葉に、サトシは再び力を振り絞った。自分の命を危険に晒してまで録画したリストのデータ。それをタカコに届けることが、最後の任務だ。
Kに支えられ、サトシはよろよろと立つ。
全身の筋肉が痺れ、まともに歩けない。しかし、Kの鋼のような腕が、彼を支えた。
「通路にはまだ警備員が残っている。奴らの注意は、外部からの侵入者に向けられている。我々は、その隙間を縫って逆方向へ進む」
Kはサトシのジャケットのボタンに軽く触れた。録画に使用された偽装カメラのデータが、既にKの端末にワイヤレスで転送されていた。
「歩け、サトシ。君の命は、もう君だけのものではない。この国の未来が、このデータにかかっている」
二人は、純血監視隊のサイレンと、地下アジトのパニックが織りなす二重の混乱の中を、光の届かない通路へと向かって歩き始めた。サトシは、自分が捨て駒であることを知っていたが、その捨て駒が世界を変えるための、最初の一歩を踏み出したことに、微かな誇りを感じていた。




