第二十二章:ウィルスの合奏
骨髄外科医の「栄光の間」でサトシが命がけの録画を終え、いよいよ手術台へと連行される頃、外部ではKの緻密なハッキング作戦が佳境に入っていた。
Kは不在係員の端末に偽装してシステムに侵入した後、すぐにマスターキーの奪取に移ることはしなかった。彼は、この強固な分散ネットワークの特性を深く理解していた。
「一つのキーで複数の接続があれば、たちまち警報が鳴るだろう」
タカコの事前の分析では、マスターキーが使用された場合、そのアクセスログは即座にネットワーク全体に拡散・検証され、不正な利用があれば即座にシステムがロックアウトされる。
Kの目的は、マスターキーを奪うことではない。警報を鳴らさずに、利用可能なマスターキーを複製することだった。
Kは、流れるようにキーボードを叩き続けた。彼の指先から生み出されるのは、目立つ単一の侵入プログラムではない。
「ならばもう一つ、マスターキーを作ればいい」
Kは、システム内のごく小さな、通常業務で発生する無害なバグやエラー領域を標的にし始めた。彼は、一つ一つが注意も引かない、極めてささやかなウィルスコードを、システム内の複数の機能モジュールに感染させていった。
あるウイルスはサーバーの応答速度をごくわずかに遅延させる。
あるウイルスは係員Aの端末から発生する特定のコマンドを、無害なメンテナンス作業として分類させる。
あるウイルスは特定のアクセスパターンを、システムが自動で発行した新しいサービスキーだと誤認識させる。
これらのウィルスは、個々に見ればシステム管理者が見過ごす程度の「さざ波」に過ぎない。しかし、Kはそれらの感染した機能を組み合わせていくことで、本来なら不可能な「マスターキーの複製」を可能とした。
Kが実行したコードはウィルスたちが開けた小さな小さな穴を通して一つの巨大な偽装認証を作り出した。それはまるで、異なる音色の楽器が一つに集まり、調和の取れた「ウィルスの合奏」を奏でるかのようだった。
数秒後、Kの端末に緑色のランプが点灯した。
「完了」
彼は、政府の「認識制御システム」の機能は一切停止させることなく、メインのマスターキーの痕跡も残さずに、完全に独立した、二つ目のマスターキーを複製し、手に入れたのだ。
Kはすぐに端末の接続を解除し、偽装キーを暗号化して内部メモリに保存した。彼の任務は成功した。あとは、サトシが作り出した混乱が、骨髄外科医のアジトでどのような結果を迎えるかを見届けるだけだった。




