第二十一章:偽りの栄光とB型の真実
サトシは、ドクター・ヒロカワの案内で「栄光の間」と呼ばれる部屋に連れて行かれた。それは手術室のような無菌室ではなく、重厚な木製パネルと間接照明で飾られた、まるで高級クラブのような異様な空間だった。部屋の中央には、最新のホログラフィックディスプレイがあり、その上にデータが投影されていた。
「さあ、サトシ君。これが、我々が築き上げた『偽りの栄光』の証拠だ」
ヒロカワは誇らしげに言った。ディスプレイに投影されたデータ――それが、噂に聞く『ブラック・ブラッド・リスト』だった。
サトシは、衣類の偽装カメラが確実に作動していることを確認しつつ、慎重にディスプレイに近づいた。彼は「臆病なB型」を演じ、感動と貪欲さを示さなければならない。
リストには、数十名の氏名、現在の血液型(全てA型)、そしてその横に小さな文字で「元:B型 (35歳時変更)」「元:O型 (22歳時変更)」「元:AB型 (特殊ケース)」といった情報が並んでいた。
サトシは目を凝らした。彼の演技は、一瞬で吹き飛んだ。
「これは…」
彼がリストに見たのは、この国の最高権力者たちだった。
内閣総理大臣:現A型(元O型)
純血監視隊総司令官:現A型(元B型)
最大財閥の会長:現A型(元B型)
サトシは演技ではなく、本当に驚愕していた。
彼が日頃、テレビやメディアで目にしていた、高貴で清廉潔白な「A型」の象徴とされていた人物たちが、軒並み、金と手術で血を買い替えた「不純物」だったのだ。
「馬鹿な…」サトシの口から、掠れた声が漏れた。
「驚いたかね?」ヒロカワは満足そうに微笑む。「彼らは皆、B型やO型の出自を恥じ、我々の技術で真の頂点に立った。彼らは、我々の最も熱心な顧客であり、最高の『成果』だ」
サトシの視線が、リストのさらに下へと滑った。そこに、彼の知る名前が目に飛び込んできた。
カオリの父親、政府最高幹部:現A型(元AB型)
「あいつまで…」サトシの拳が震える。カオリの父親もまた、自己の出自を捨て、A型を装っていた。しかし、その横の「元AB型」という注釈は、カオリがAB型であるというタカコの言葉を裏付けていた。
このリストは、単に金で血を買った人々の名簿ではない。それは、この国が血液型という虚偽の上に成り立っていることの、動かぬ証拠だった。
「どうだね、サトシ君。君もこのリストに、やがて名を連ねるのだ。カオリ君を救い、この階級社会の勝者となるのだ!」
ヒロカワは陶酔したように語る。
サトシは、自分が今見ているものの歴史的な重みを理解した。この映像さえあれば、タカコの言う通り、支配者たちの権威は完全に崩壊する。
サトシは、ヒロカワに背を向けるようにして、時間を稼ぎつつ、隅々までリストをカメラに収めることに集中した。彼の頭の中には、Kがシステムへの侵入を完了させるまでの時間、一秒でもとも持ちこたえなければならないという、強烈な使命感が燃え上がっていた。
「素晴らしい…本当に、素晴らしい成果です、ドクター・ヒロカワ」
サトシは、震える声に無理やり感動のトーンを乗せて言った。その声は、驚愕と、そして怒りによって、本物よりもずっと説得力のある「歓喜」を帯びていた。




