第十八章:分散システム
サトシが骨髄外科医の地下アジト奥深くへと誘導されるのと並行して、タカコの腹心である工作員Kは行動を開始していた。
Kは、繁華街から少し外れた一角にある、外見は平凡なオフィスビルに潜入した。このビルは、政府の「認識制御システム」を構成する無数のコンピューターの一つが収容されている、分散ネットワークのノードだ。
Kは、事前にタカコから提供されていた高度な偽造IDとアクセスコードを使い、セキュリティを静かに突破し、ビルの最下層にある、厳重に遮蔽されたサーバー室へと到達した。
サーバー室の内部は、異様な静寂に包まれていた。室温は低く保たれ、無数のラックに収められたコンピューター群が、青い光を放ちながら静かに稼働している。
Kは携帯用の小型解析装置を取り出し、ラックの一つに接続した。画面に表示されたネットワーク構造図は、タカコの事前情報と一致していた。
「破壊は無意味だ」
タカコの警告がKの脳裏をよぎる。
「認識制御システム」は、単一の巨大なサーバーで動いているわけではない。それは、都市中に点在する無数の小型コンピューターによって構築された、分散型ネットワークだった。
街のビル、病院、公共施設、時には地下の配電所などに分散配置されている。これらのコンピューターは常に相互にデータを同期しており、たとえ一つのノードを破壊しても、データを改ざんしても、別のノードが即座に機能をカバーし、システム全体に影響は及ばない。
「破壊は不可能…」Kは小さく呟いた。
タカコの真の狙いは、この破壊不可能なシステムを機能停止させることではなく、システムの中枢に隠された「アクセス手段」、すなわち制御権を掌握するための「マスターキー」を手に入れることだった。そのマスターキーを手にすれば、システムを完全に停止させるか、あるいは支配者自身がアクセスできないようにロックしてしまうことも可能になる。
Kは解析装置を回収し、サーバーラックの裏側に隠された、さらに厳重な認証パネルに手を伸ばした。サトシが骨髄外科医の地下で混乱を作り出している今が、唯一のチャンスだ。
「サトシ君、持ちこたえてくれ。君の犠牲は、無駄にはしない」
Kの任務は、単なるデータの奪取ではない。それは、国民全員の脳に構築された見えない鎖を断ち切るための、時間との戦いだった。




