第十七章:「栄光の間」への要求
サトシは、ヒロカワ医師の手配した黒いバンで長時間揺られた後、ついに骨髄外科医の秘密のアジトに到着した。目隠しを外されると、そこは地下深くにある、無菌だが古びた医療施設だった。金属と消毒液の冷たい匂いが鼻をつく。
タカコの指示により、サトシは既に、彼の安物のジャケットのボタン、および腕時計に、極小の偽装カメラが仕込まれていることを確認していた。タカコは、書類やデータを物理的に奪うことは不可能だと断言していた。
「奪って持ち出すのは無理。奴らの最も貴重な情報は、目で見せるよう要求し、それを録画して持ち出すのよ。その情報さえあれば、外部から公開できる」
ドクター・ヒロカワは白衣姿で、優しい笑顔を浮かべていた。しかしその背後には、二人の大柄な屈強な警備員が立っている。
「ようこそ、サトシ君。君の勇気に心から敬意を表する。愛する女性のために、自らの血を変える決断。これこそ、真の『進化』だ」
ヒロカワは麻酔の準備をしている看護師に目配せをした。
「すぐに手術の準備に入る。君をこの腐敗したB型という階級から解放し、カオリ君を救うに足る、最高のA型にしてあげよう」
サトシは動揺を見せず、決意に満ちた目でヒロカワを見つめ返した。彼の心臓は激しく鼓動していたが、演技がそれを上回る。
「待ってください、ドクター・ヒロカワ」
サトシの声は、微かに震えていたが、それは恐怖ではなく、「血を捨てる」ことへの葛藤を装ったものだった。
「俺は、自分の血を捨てる。自分の人生を変える、一生に一度の決断だ。だが、俺はまだ、あんたたちの組織を完全に信用したわけじゃない」
ヒロカワは怪訝そうに眉を上げた。
「何を言うんだね? 君は自分の意志でここに——」
「俺は、あんたたちの『力』をこの目で見て、納得したいんです。あんたたちは、俺のようなB型をA型にする…その成果が、本当にこの社会の頂点に立っているという証拠を」
サトシは身を乗り出し、必死な表情を見せた。
「俺は、血の階級を金で乗り越えた人々のリストを見たいんです。それが、あんたたちが提供できる『偽りの栄光』の証拠でしょう? その証拠を見て、俺も同じように成功できると確信したい」
サロシは続けて、最も重要な要求を切り出した。
「奪うつもりはありません。書類にしろデータにしろ、俺なんかに持ち出せるわけがないのは分かっています。ただ、リストを数分間、俺の目の前で見て納得させて欲しい。 俺の決断を正当化するため、あんたたちの力を証明してくれれば、喜んで手術台に上がります」
ヒロカワは再び、警戒の色を見せたが、サトシの必死な演技と、リストを盗み出すどころか、せいぜい目で確認して満足したいという「小物」の要求に、優越感が勝った。リストは厳重に管理されており、盗めるわけがないという絶対的な自信もあった。
「ふむ。君の不安も理解できる。よかろう」
ヒロカワは警備員に手を振った。
「君の献身に対する、最高の褒美だ。看護師、麻酔は待て。サトシ君を『栄光の間』へ案内しなさい」
彼はサトシに向かって胸を張った。
「君に見せてやろう。この腐った社会で、いかに多くの成功者が、我々の手によってA型の血を買い、頂点に上り詰めたかを。それが『ブラック・ブラッド・リスト』だ」
サトシは心の中で、偽装カメラのスイッチがオンになっていることを確認した。彼の命を懸けた潜入ミッションは、今、極めて危険な局面を迎えた。




