第十六章:支配者の戦略
Kは、タカコがタブレットの電源を切った後も、その場を動かなかった。彼の頭の中は、国民全員の脳内にマイクロマシンが構築されているという、恐るべき真実で満たされていた。
「その『認識制御システム』があるのに、何故、星組や白の組織、それに骨髄外科医のような反政府組織が堂々と存在出来ているんですか?」Kは尋ねた。
完全な支配が可能ならば、反体制勢力は一掃されているはずだ。その矛盾に、彼は違和感を覚えていた。
タカコは、夜風に紫色の髪をなびかせながら、冷たい声で答えた。
「それはね、K、支配者にとって、反政府組織は完全に消してはいけないものだからよ」
彼女は説明を続けた。
「国民は、血液型による階級支配に不満を抱えている。その不満は、いつか大爆発する。それを防ぐために、政府は、『ガス抜き』のパイプが必要なのよ」
「ガス抜き…」
「ええ。白の組織は『平等』という理想で、星組は『運命』という幻想で、不満分子を集めさせる。国民の怒りやエネルギーを、非現実的な目標や、手出しのできない組織活動へと誘導しているの」
タカコは鋭い視線を向けた。
「しかし、その組織にあまりにも力がついて来たら、どうなると思う?」
「…政府が介入する」
「介入ではないわ。システムを使うのよ。白の組織のメンバーや指導層に、突然の『事故』が起きる。不審な病気に倒れる。星組の預言者の思考を不安定にし、教義を混乱させる。骨髄外科医は、闇市場を監視隊にリークされ、重要な取引を潰される」
彼女は淡々と、支配の裏側にある恐ろしい真実を語った。
「そうして、組織の力が衰える。反政府組織は、『生かさず殺さず』の状態に置かれる。この状態を維持することで、不満層のガス抜きが出来るのよ」
Kは、この社会の構造が、単なる階級支配ではなく、高度な心理操作に基づいた、より悪質なシステムであることを理解した。三大組織は、政府にとって「必要な悪」であり、「制御された抵抗」に過ぎなかったのだ。
「私たちが目指すのは、彼らのガス抜きパイプに穴を開けることじゃない。支配者たちがパイプそのものを握っている手の甲を、丸ごと焼き切ることよ」
タカコは、サトシの発信機が止まったことを確認した。目的地に着いたのだ。
「サトシというデコイは、最高の成果を出したわ。骨髄外科医は今、彼という『最高に魅力的な獲物』に夢中で、外部からの侵入に警戒を割く余裕はない。今がチャンスよ、K」
「承知しました」
Kは深く頷き、タカコが示した地下鉄の廃線跡へと、姿を消した。彼の任務は、サトシが命を懸けて作り出した一瞬の混乱を利用し、政府の「認識制御システム」へと繋がる最も脆弱なゲートを突破することだった。




