第十五章:羊の仮面、狼の計算
サトシは、タカコの作戦通り、ヒロカワ医師に偽りの投降を行い、塗装の剥げた黒いバンに目隠しをされて押し込まれた。恐怖心と使命感を抱えながら、サトシは揺れる車内で、自らが歴史を覆す「トリックスター」であることを強く意識していた。
(見ていろ。『ブラック・ブラッド・リスト』を手に入れ、お前らの化けの皮を剥いでやる…)
一方、その様子を遠く離れたビルの屋上から、タカコは冷ややかな目で見下ろしていた。彼女の隣には、カオリを保護していた工作員・Kが控えている。
タカコの持つタブレット端末には、サトシに埋め込んだ極小の発信機からの信号が、地下深くへと移動していく様子が点滅していた。
「サトシは接触に成功しました」Kが淡々と報告する。
「ええ。上手く『絶望したB型』を演じきったようね。ヒロカワも、まさか彼がスパイだとは夢にも思っていないでしょう」
タカコはタブレットを指先でなぞった。
「彼がリストを手に入れても失敗してもかまわない。やっておいて損はない程度の保険ね」
「では、『ブラック・ブラッド・リスト』は、タカコ様の最終的な目標ではないのですね」Kは静かに尋ねた。長年の部下であるKは、タカコの真の目的が、常に二重、三重の層に隠されていることを知っていた。
タカコは夜景に目を向けたまま、低い声で続けた。
「もちろん違うわ。『ブラック・ブラッド・リスト』は、この社会の『信用』を崩壊させるための、最初の爆弾に過ぎない。リストが公表されれば、政府は動揺し、市民はパニックに陥る。骨髄外科医は追われる身となり、白の組織や星組は漁夫の利を狙って動き出す」
彼女はタブレットの画面を指差した。その先には、巨大な政府の紋章と、複雑なデータベースのアイコンが薄く表示されていた。
「真の目的は、この社会的な大混乱よ。血液型による支配構造が揺らぎ、全ての組織の注意が逸らされる、その一瞬の隙」
「その隙に…」Kの目が鋭くなる。
「政府が極秘裏に保持している、全人類の生体データ、そして最も重要な、『認識制御システム』へのアクセス手段を手に入れる」
タカコは、システムの真の恐ろしさを説明した。
「あの『認識制御システム』は、国民全員が受けている病気治療や義務的な健康診断の際に、極秘で投与されるマイクロマシンによって、少しずつ脳内に構築されているわ。成人になる頃に完成し、国民全員がシステムに接続され、思考や記憶を監視・操作できる状態にある」
Kの表情が凍りついた。サトシが今日、ヒロカワ医師から受けたB型の定期健康診断も、そのシステムを強化する一環であった可能性が高い。
「あのシステムにアクセスできれば、私たちは支配者たちが何を使って人々を分類し、抑圧しているのかを完全に理解できる。血液型支配というシステムの本質を丸裸にできる。そして、その制御手段を手に入れることで、支配という概念を完全に、永続的に消滅させるための最終兵器となる」
「つまり、サトシ君の潜入も、『ブラック・ブラッド・リスト』の奪取も、全ては政府の『認識制御システム』を奪うための陽動だったのですね」
「その通り。リストは囮、サトシはさらにその囮。この作戦は、支配という概念を消し去るための、最初のチェスの一手よ」
タカコはタブレットの電源を切った。
「K。サトシが悲鳴を上げている間に、仕事を済ませるのよ。彼は最高のデコイよ。私たちは、その犠牲を無駄にはしない」
サトシは、自分が主役の潜入劇だと信じて敵地へ乗り込んだ。しかし、タカコにとって、彼の愛も、彼の命も、巨大なパズルのための冷酷な『捨て駒』として利用されていたのだ。冷たい雨の中、タカコの真の作戦が動き出した。




