幸せな日々
アリョーナとユーリの想いが通じ合ってから、ユーリの行動は早かった。
一週間後、アリョーナはユーリの正式な婚約者になったのだ。
共にストロガノフ伯爵家で育った義兄妹だが、血の繋がりは薄い為アリョーナとユーリは結婚可能である。
皇帝エフゲニーからも二人の結婚の許可をもらっている。
「アリョーナ、これは僕からのプレゼント。僕と婚約してくれたお礼。受け取ってくれるよね?」
「ユーリお義兄様……こんなにたくさん……!」
アリョーナはユーリからのプレゼントの量に驚いてアクアマリンの目を大きく見開いている。
複数着のドレス、様々なアクセサリーがアリョーナの目の前に広げられていた。
「アリョーナに似合うと思って作らせたんだ」
満面の笑みのユーリ。
「ありがとうございます。私も何かお返ししなければ」
「別にアリョーナに何かして欲しくてプレゼントしたわけではないよ。ただ僕がそうしたかっただけ。アリョーナはずっと僕の側にいてくれるだけで良いんだ」
ユーリのムーンストーンの目はどこまでも甘く優しくとろけるようだった。
ムーンストーンのネックレス、ムーンストーンのブローチ、ムーンストーンのブレスレット、ムーンストーンの指輪、ムーンストーンが使われた黒い薔薇の髪飾り……。ユーリからプレゼントされたアクセサリーは全てムーンストーンが用いられていた。ユーリの目の色である。
「まあ、強いて言うならばアリョーナの目の色……アクアマリンのブローチが欲しいかな。婚約者同士なら、お互いの目の色の宝石が使われたものをプレゼントし合って身に着けるのが普通だからね」
ユーリは愛おしげにアリョーナを見つめていた。
「分かりましたわ、ユーリお義兄様」
アリョーナはふわりと天使のような笑みを浮かべた。
アリョーナはユーリと婚約して以降、幸せな日々を送っていた。
ストロガノフ伯爵家の帝都の屋敷では、領地経営や商会のことをユーリから教えてもらい、アリョーナはユーリの為に頑張っている。そんな日々に充実感を抱き、アリョーナはもっとユーリの為に頑張ろうと思えた。
「アリョーナ、僕の為に頑張ってくれるのは凄く嬉しい。だけど、無理はしないで。休憩することも大切だよ」
ユーリはそんなアリョーナに対し、上質な紅茶やお菓子を用意した。二人だけのティータイムである。
ユーリが仕入れた紅茶や料理人に作らせたお菓子はいつもアリョーナ好みだった。
もう八年も一緒にいるので、ユーリはアリョーナの好みを知り尽くしていたのだ。
「ありがとうございます、ユーリお義兄様」
アリョーナは嬉しそうに表情を明るくし、フルーツがふんだんに使われたタルトを一口食べる。
「美味しいですわ」
うっとりと表情を綻ばせるアリョーナ。アリョーナはやはり天使のような笑みである。ユーリは愛おしげにムーンストーンの目をアリョーナに真っ直ぐ向けていた。
また、夜会ではユーリが方時もアリョーナから離れずにいるので少し困ったが、ユーリと長くいられることはアリョーナも嬉しかった。おまけにユーリからプレゼントされたドレスやアクセサリーを着用しているので、アリョーナはいつもユーリから守られているような気分になっていた。
そしてユーリもアリョーナがプレゼントしたアクアマリンのブローチを着用しているのだった。
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しかし、ユーリは時々一人でストロガノフ伯爵家の帝都の屋敷を一人で出て行き何かをしている様子だった。
アリョーナが何をしているのかを聞いても、「アリョーナが心配することはないよ」と優しい表情ではぐらかされてしまう。
(ユーリお義兄様、一体何をなさっているのかしら……?)
アリョーナは少しの不安を感じた。しかし、しばらくするとユーリは一人でストロガノフ伯爵家の帝都の屋敷を出て行くことはパタリと止んだ。
数日後。
アリョーナは朝、新聞を見てアクアマリンの目を大きく見開いた。
「ユーリお義兄様、これ……!」
新聞の一面に、レポフスキー公爵家が人身売買に関わっていたことが発覚した件についての記事が書かれていた。
「ああ。僕の生家だよ。叔父が人身売買に手を染めていたんだ。実は僕もここ最近その件で色々と聞かれていたんだよ」
ユーリは困ったように笑う。
「では、時々お義兄様が一人で出掛けていたのは……」
「うん。アリョーナの想像の通りだよ。君に心配させたくなかったんだ」
ユーリはムーンストーンの目を優しく細めた。
「ユーリお義兄様……」
アリョーナはようやくここ最近感じていた不安が消え、安心するのであった。
記事によると、レポフスキー公爵家当主であるユーリの叔父は人身売買に手を染めた罪で処刑が確定していた。また、ユーリの叔父の妻も人身売買に関わっていたということで叔父と同じように処刑だそうだ。叔父夫婦の息子であるユーリの従兄ゲラーシーは人身売買には関わっていなかったが、連座で罰を受けることになった。処刑ではなく労働徒刑だそうだ。
ちなみにユーリもレポフスキー公爵家の血を引き継いでいるが、既にレポフスキー公爵家からは離れてストロガノフ伯爵家に入っているので連座での罰は免れることが出来たのである。
「それでね、アリョーナ。レポフスキー公爵家は一旦取り潰しになったんだ。それによってレポフスキー公爵領は僕預かりになった。今後僕達の間に子供が二人以上生まれた場合、ストロガノフ伯爵家を継がない子がレポフスキー公爵家を継ぐことが出来るようになる。皇帝陛下のサインがしてある書類に詳しいことが書いてあるよ」
ユーリはアリョーナに皇帝エフゲニーがサインした書類を渡す。
アリョーナはそれを読み、「まあ……」と驚きの声をあげた。
「これ……キセリョフ伯爵家の件と同じですわね」
ふと、アリョーナは以前エレーナから聞いたことを思い出した。
「僕達が生まれる前に起こったキセリョフ伯爵家の件、アリョーナも知っていたんだ」
ユーリは意外そうにムーンストーンの目を丸くする。
「ええ。ストロガノフ伯爵家の帝都の屋敷にエレーナ様がいらした時に聞きましたの。エレーナ様の婚約者がユスポフ公爵家の三男の方で、キセリョフ伯爵家を継ぐそうです」
「ああ、だから知っていたんだね」
ユーリは納得したような表情である。
「でもユーリお義兄様、レポフスキー公爵家の血を引き継いでいるお義兄様は、生家に戻らないのですか?」
アリョーナはきょとんとした表情で首を傾げている。
「うん。だって僕はストロガノフ伯爵家の当主になったからね。それに、レポフスキー公爵家に戻ったら、アリョーナといる時間が短くなるだろう? アリョーナと一緒にいられる時間が短くなるなんて、僕には耐えられない」
甘く切なげな表情のユーリである。
「もう、ユーリお義兄様ったら」
アリョーナはほんのりと頬を赤く染めていた。
「それとさ……」
ユーリは妖艶な表情になり、そっとアリョーナに近付いた。
「僕の生家、レポフスキー公爵家を存続させる為には……僕達の間に二人以上子供が必要だ。アリョーナには頑張らせてしまうことになるね」
アリョーナの耳元でそう囁く。
艶やかな声に、アリョーナは顔を林檎のごとく真っ赤に染める。
(それって……そういうことよね……!?)
アクアマリンの目はほんのり潤んでいた。
アリョーナのその様子を見たユーリは、思わずアリョーナを抱きしめる。
「アリョーナ、可愛い反応だね。でも、その表情は僕以外に見せたら駄目だよ」
ユーリはそのままアリョーナにキスをする。
幸せで、甘くドキドキする時間は続くのであった。
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