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天使を閉じこめる檻  作者: 宝月 蓮


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アリョーナの決意、ユーリの想い

 アリョーナが成人(デビュタント)の儀に出て社交界デビューしてから一ヶ月経過した。


 この日、ストロガノフ伯爵家の帝都の屋敷(タウンハウス)にエレーナが遊びに来ていた。

 アリョーナはエレーナと紅茶を飲みながら談笑している。

「アリョーナ様、実は(わたくし)、婚約が決まりそうですの」

 少し頬を赤らめてはにかむ様子のエレーナ。

「まあ……! エレーナ様、おめでとうございます」

 アリョーナはまるで自分のことのようにアクアマリンの目をキラキラと輝かせた。

「お相手はどなたなのです?」

 アリョーナは興味津々な様子である。

「ユスポフ公爵家の三男の方ですわ。彼はユスポフ公爵夫人の生家キセリョフ伯爵家を継ぐことになっておりますの」

「キセリョフ伯爵家を……。どういうことでしょうか?」

 アリョーナは不思議そうに首を傾げる。


 通常母親が嫁入りしていた場合、子供が母親の生家を継ぐということはない。母親の生家には既に別の後継ぎがいることが普通である。


(わたくし)達が生まれる前のことですから詳しくは存じませんが、キセリョフ伯爵家の方々が問題を起こしたそうですわ。それでキセリョフ伯爵家は一時的に取り潰しになって、キセリョフ伯爵領はユスポフ公爵家預かりになったそうです。それで、ユスポフ公爵夫人はキセリョフ伯爵家の血を引いているから、彼女の子供には特別にキセリョフ伯爵家を継ぐ権利が皇帝陛下から与えられたそうですの」

 エレーナは聞いた話を思い出すかのように話した。

「キセリョフ伯爵家には色々あったのですね。それにしても、成人(デビュタント)してすぐに婚約話が決まりそうだなんて、凄いですわ」

(わたくし)も驚いております。社交界のことをあまり分かっていない中、ユスポフ公爵家の三男の方を紹介されて、どんどん話が進みましたの」

「エレーナ様、そのユスポフ公爵家の三男の方はどのような方なのです?」

「優しそうな方でした。キセリョフ伯爵領の勉強も熱心で、領地を盛り立てようと頑張っておられましたわ」

 エレーナは目線を左下に向けて柔らかく口角を上げた。

 エレーナ自身もユスポフ公爵家三男を好ましく思っているようである。

「シチェルバトフ侯爵家としても、ユスポフ公爵家と縁がつながるだけでなく、キセリョフ伯爵領の通行料も優遇していただけるそうだから、シチェルバトフ侯爵領の小麦を他領に運びやすくなりますわ」

「つまり、エレーナ様とユスポフ公爵家三男の方との婚約で、シチェルバトフ侯爵家は強くなるということですわね。……家の役に立てて羨ましいですわ」

 アリョーナは伏目がちにため息をつく。

「あら、アリョーナ様はストロガノフ伯爵家の為に役に立ちたいのですわね。確かに、貴族の女性の役割ですものね」

「はい。でも、正確に言うと、ユーリお義兄(にい)様のお役に立ちたいのです。お義兄様の為に、ストロガノフ伯爵家を強くしたいのですわ」

 ユーリへの想いに蓋をしたアリョーナ。そのアクアマリンの目は、どこか切なげだった。

「健気ですわね。でも……アリョーナ様は本当にそれでよろしいのです?」

 エレーナは意味深な笑みを浮かべている。

「え……?」

(わたくし)、こう見えて人を見る目はあると思っておりますの。人が考えていることは少しだけなら分かりますわ。アリョーナ様は……貴女の義兄君(あにぎみ)、ストロガノフ伯爵閣下を好いているのでは?」

 エレーナのマラカイトの目はアリョーナの本心を見透かすかのようであった。

「……エレーナ様の仰る通りですわ」

 アリョーナは肩をすくめて白状した。

「でも、ユーリお義兄様と(わたくし)義兄妹(きょうだい)。ストロガノフ伯爵家を強く出来るわけではありませんから、お義兄様の為にはなりません」

 諦めたようにため息をつくアリョーナ。

「だけど、それで良いのです。(わたくし)は、ユーリお義兄様の役に立てるのならば、それで十分(じゅうぶん)ですわ」

 アリョーナのアクアマリンの目は、少し切なそうだが真っ直ぐであった。

「左様でございますか……。(わたくし)としては、アリョーナ様はもっとご自身の気持ちに正直になっても良いかと思いますが」

 エレーナは困ったように微笑んでいた。






♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔







 その日の夜。ストロガノフ伯爵家帝都の屋敷(タウンハウス)のアリョーナの私室にて。

 アリョーナは社交界デビューしてから知り合った令息達を思い出していた。

(ユーリお義兄様の為に、ストロガノフ伯爵家を強く出来る家の方……)

 アリョーナは紙に思い出す限りの令息達の名前を書く。

(この方と結婚したならば、ストロガノフ伯爵領で作る絹織物の売り先を増やすことが出来そう……。こちらの方ならば、ストロガノフ商会を更に売り込むことが可能……)

 アリョーナは色々と考えていた。


 その時、扉がノックされる。

「アリョーナ、入っても良いかな? 夜のティータイムにしよう」

 扉越しに聞こえる優しい声。ユーリである。

「ええ、どうぞ」

 アリョーナは扉の向こうに微笑みながら返事をした。

 アリョーナの私室にユーリが入って来た。

「アリョーナ、帝都の屋敷(タウンハウス)の料理人が新鮮な果物使ったタルトを作ってくれた。一緒に食べよう」

 ユーリは甘く優しい表情をアリョーナに向ける。

 それだけで、アリョーナは嬉しくなった。

「はい、ユーリお義兄様」

 アリョーナは天使のような笑みをユーリに向ける。

「アリョーナ……」

 ユーリはムーンストーンの目を満足そうに細めた。

 しかし、アリョーナが書いていたメモが目に入ると、途端にムーンストーンの目がスッと冷える。

 ユーリはアリョーナが書いた令息達のメモを手に取る。

「アリョーナ、これは何かな……?」

 ユーリの声は少し震えている。

「ああ、それは今まで知り合った令息達のメモですわ。(わたくし)は、ストロガノフ伯爵家強く出来る方と縁を作ろうと思っておりますの」

 アリョーナは蓋をした本心を隠す為に目を伏せた。

「縁を作る……それって、彼らのうちの誰かと結婚するということかい?」

「ええ」

 アリョーナは頷いた。

「その方が、お義兄様もストロガノフ伯爵家当主として領地経営などをしやすくなると思いましたの。(わたくし)がユーリお義兄様の為に出来ることはこのくらいしか」


 このくらいしかありません、と言おうとしたアリョーナだが、ユーリに強く抱きしめられてしまい言葉が出なくなる。


(え……?)

 ユーリの大きな体に包まれたアリョーナは、心臓が跳ねて鼓動が速くなる。

「ユーリ……お義兄様……?」

「アリョーナ、僕はそんなこと望んでいない」

 ユーリはアリョーナを抱きしめる力を強めた。

「僕は、アリョーナにずっと側にいて欲しいんだ。君が僕の側から離れるなんて、想像したくない」

 ユーリは余裕がない様子だった。

「え……?」

 初めて見るユーリの姿に、アリョーナはただ戸惑うばかりである。

成人(デビュタント)の儀の時、僕は君を大切な存在だと周りに紹介したことを覚えているかい?」

「……はい。義妹(いもうと)としてですよね?」

「違う」

「え……?」

 ユーリから否定され、アリョーナは戸惑いを強める。

「僕はアリョーナをただの義妹だなんて一度も思ったことはない。僕は……アリョーナを愛しているんだ。義妹としてではなく、一人の女性として」

 ユーリに包まれて聞いた、彼の本心。アリョーナはアクアマリンの目を大きく見開いた。

(ユーリお義兄様が……(わたくし)を……!?)

 蓋をした気持ちが溢れ出し、涙として現れる。

 思わず嗚咽が漏れるアリョーナ。

 ユーリはハッとしてアリョーナを離す。

「……まさか泣く程に嫌がられるとは」

 ユーリは自嘲しながらアリョーナに背を向けた。

「違いますわ!」

 アリョーナはユーリに後ろから抱きつく。

「アリョーナ……?」

 ユーリはハッとムーンストーンの目を見開いた。

(わたくし)も、ずっとユーリお義兄様のことを愛しておりますの。義兄(あに)としてではなく、一人の男性として」

 アリョーナは胸の奥から溢れ出した本心を、真っ直ぐユーリに伝えた。

「だから、(わたくし)はせめてお義兄様の役に立ちたいと思って、ストロガノフ伯爵家を強く出来る家の方との結婚を考えておりましたの。ですが……叶うのならば、この先もユーリお義兄様の側にいたいです」

 アクアマリンの目からは水晶のような涙がポロポロと零れる。

「アリョーナ……!」

 アリョーナの本心を聞いたユーリはくるりと彼女の方に振り返り、優しく彼女の涙を拭う。

(わたくし)のユーリお義兄様への想いは……叶わないものだと思っておりましたわ」

 するとユーリは首を横に振る。

「僕は、アリョーナを手放したくなかったんだ。僕の為にストロガノフ伯爵家を強くしようだなんて考えなくて良い。アリョーナは、ただ僕の側にいてくれるだけで良いんだ。僕はそれだけで満足だよ」

 甘く優しい表情のユーリ。ムーンストーンの目は、アリョーナへの愛おしさで溢れていた。

「ユーリお義兄様……。(わたくし)で良いのですか?」

 アリョーナの声は少し震える。

「ああ。アリョーナが良い。アリョーナ以外は何も望まない。……僕にはアリョーナだけなんだ」

 真っ直ぐなムーンストーンの目。

 ゆっくりとユーリの顔が近付く。

 アリョーナの唇に、ユーリの唇が触れた。

 アリョーナの胸の奥からは、嬉しさが込み上げていた。

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