友人
ストロガノフ伯爵家と関係がある貴族達への挨拶を終えた後、アリョーナは成人する令嬢をエスコートした未婚の令息達に話しかけられた。
「アリョーナ・イーゴレヴナ嬢、もしよろしければ俺とダンスを」
「申し訳ないが、アリョーナは疲れている。だから君とのダンスは出来ない」
ダンスに誘われることもあったが、それらは全てユーリが断っていた。
「あの、ユーリお義兄様、私疲れてなどは」
「駄目だよアリョーナ。世の中には危険な男がたくさんいる。アリョーナには危険な目に遭って欲しくないんだ」
戸惑うアリョーナに対し、ユーリは真剣な表情である。
(……ユーリお義兄様がストロガノフ伯爵家の事業を継続しやすいように、メリットのある相手と知り合いたいのだけれど)
アリョーナはユーリが本気で自身を案じてくれていることに嬉しく思いつつも、少しだけ複雑だった。
「ユーリ、そんなに過保護だと義妹君に嫌われてしまうぞ」
そこへ、悪戯っぽい声が聞こえた。
栗毛色の髪にマラカイトのような緑の目。背丈はユーリと同じくらいだが、彼よりも少し年上に見える男性である。その顔立ちは、やや厳つい。
「フロル殿……」
ユーリはその男性――フロルを見て苦笑した。
「ユーリ、いや、ストロガノフ伯爵閣下と呼んだ方が良いか? 一応まだ爵位を継いでいない俺よりも君の方が立場は上だからな」
「いや、いつも通りユーリで構いませんよ。フロル殿は侯爵家の方ですから」
ユーリはフロルに対してクスッと笑った。
父称抜きで呼び合うので、二人は結構仲が良さそうだとアリョーナは感じていた。
「アリョーナ、紹介するよ。彼は僕の友人、シチェルバトフ侯爵家長男のフロル殿だ」
ユーリが紹介してくれたので、アリョーナはフロルにカーテシーで礼を執る。
「楽にしてくれて構わない」
フロルの言葉を聞き、アリョーナはゆっくりと体勢を戻す。
「お初にお目にかかります。ストロガノフ伯爵家長女、アリョーナ・イーゴレヴナ・ストロガノヴァと申します。義兄がお世話になっております」
「初めまして。俺はフロル・マルティノヴィチ・シチェルバトフ。ユーリから紹介された通り、シチェルバトフ侯爵家長男です。アリョーナ・イーゴレヴナ嬢、君のことはユーリからよく聞いている。なるほど、君が……」
フロルのマラカイトの目は、優しげだがやや意味深で複雑そうだった。
すると、ユーリがアリョーナの前に立つ。
「それでフロル殿、何の用でしょう?」
「ああ、俺の妹も今年十五歳だから、せっかくだし君の義妹君にも紹介しようと思ったんだ」
フロルがそう言うと、一人の令嬢がやって来た。
栗毛色の真っ直ぐ伸びた長い髪に、マラカイトのような緑の目。髪色と目の色はフロルと同じである。顔立ちはフロルとは違い、柔らかで大人びている。アリョーナよりも少し背が高い。
アリョーナは再びカーテシーで礼を執る。
「ストロガノフ伯爵家長女、アリョーナ・イーゴレヴナ・ストロガノヴァと申します」
「アリョーナ・イーゴレヴナ様、私はシチェルバトフ侯爵家次女、エレーナ・マルティノヴナ・シチェルバトヴァでございます。よろしくお願いしますわ」
フロルの妹エレーナは柔らかな笑みをアリョーナに向けた。
アリョーナ達はしばらく四人で談笑していた。
フロルはやはりユーリより年上で、今年二十五歳。既に妻子もいるそうだ。
ユーリはフロルと共通の知人が開催したサロンで出会ったらしい。
また、シチェルバトフ侯爵家はフロルとエレーナを含めて五人子供がおり、一番上がフロル、一番下がエレーナだそうだ。
「では、エレーナ様は賑やかな環境でお育ちになられたのですね。私は義兄だけですから、羨ましいです」
エレーナの話に、アリョーナは面白そうにワクワクした様子で微笑んでいた。
「アリョーナ様、兄や姉が五人もいると騒がしくもありますわよ。特に三人の兄が喧嘩を始めた時は、お姉様と避難しておりましたわ」
エレーナは楽しそうに思い出して笑っていた。
既にアリョーナとエレーナは父称抜きで呼び合う仲になっていた。
「そういえば、シチェルバトフ侯爵領は鉄鉱石の生産量がアシルス帝国トップでございましたよね? 金属加工技術も有名だと存じております。どんなに硬い金属も切ることが出来る鋏があるとか」
「アリョーナ様の仰る通りでございますわ。よくご存知ですわね」
「お義兄様の為になりそうなことを色々学んでいるだけでございます」
アリョーナはフロルと話しているユーリの方をチラリと見た。
「アリョーナ様はお義兄様思いですのね」
エレーナはふふっと笑った。
「アリョーナとエレーナ・マルティノヴナ嬢が仲良くなれて安心しました。フロル殿の妹君だから、他の奴らよりは信用出来ます」
「凄い言い方だな、ユーリ」
ユーリとフロルはアリョーナとエレーナを見守りながら話していた。
フロルはユーリの言葉に苦笑している。
「それにしても、過保護が過ぎないか? 君はアリョーナ・イーゴレヴナ嬢にベッタリだったぞ」
「アリョーナは……僕が守らないと……。僕の手で守りたいんです……」
ユーリのムーンストーンの目は、どこまでも真っ直ぐで、どこまでも虚ろだった。
「まあユーリが彼女のことを大切にしていることは分かっているが……」
フロルは呆れつつも、どこか心配そうにユーリを見ていた。
読んでくださりありがとうございます!
少しでも「面白い!」「続きが読みたい!」と思った方は、是非ブックマークと高評価をしていただけたら嬉しいです!
皆様の応援が励みになります!