友人の存在
アシルス帝国の短い夏が終わり、秋が深まっている。
アリョーナがユーリに監禁されて三ヶ月が経過していた。
アリョーナは三ヶ月間、外へ出ることは許されなかった。また、ユーリも外へ出ずにずっとアリョーナの側にいた。
ここ最近のユーリは顔色が悪く、隈が酷い。
窮屈な生活だったが、アリョーナはどこか不安定なユーリのことを放っておくこと出来ず、この状況を甘んじて受け入れていた。
そんなある日のこと。
「アリョーナ……ストロガノフ商会で少しトラブルが起きたみたいだ。……面倒だけれど、僕が立ち会わなければならない」
ユーリはため息をつく。
相変わらずムーンストーンの目からは光が消えていた。
アリョーナを監禁してからはずっとこうである。
「アリョーナとずっと一緒にいたいのに……」
ユーリは切なげにアリョーナを抱きしめた。
「ユーリお義兄様……ストロガノフ商会は、きっとお義兄様がいないと困ると思います。ですから、行ってください。私は、ここで待っておりますから」
アリョーナは力なく微笑む。
「……分かった。すぐに戻るから、ここから出てはいけないよ」
ユーリはアリョーナの唇にそっとキスをし、監禁部屋を出て行った。
その際、アリョーナが簡単に鍵を開けられないように外から鎖で鍵を閉めるのであった。
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ユーリはストロガノフ商会がある建物から出て行く。
商会関連の仕事が終わったようだ。
(早くアリョーナに会いたい……)
ユーリはストロガノフ伯爵家の馬車へ乗り込もうとした。
「おお、ユーリじゃないか」
その時、ユーリに話しかける者がいた。
栗毛色の髪にマラカイトのような緑の目。厳つい顔立ち。ユーリの友人であり、シチェルバトフ長男のフロルである。
「フロル殿……」
ユーリはやや面倒そうに苦笑した。
「ここ三ヶ月何をしていたんだ? ロマノフ帝室主催の夜会にも参加していなかったようだし。皇帝陛下もストロガノフ伯爵家のことを心配していたぞ」
アシルス帝国を治めるロマノフ家主催の夜会は基本的に国内貴族は全員参加である。
しかしユーリは色々と理由を付けてアリョーナと共に欠席していた。
ロマノフ家もユーリの理由を認めたらしく、欠席してもユーリとアリョーナが罰を受けることはなかった。
「色々あったんですよ」
ユーリの表情は消えている。
早くアリョーナの元へ戻りたい気持ちが大きく、ユーリは馬車に乗ろうとした。
そんなユーリの腕をフロルが掴む。
「フロル殿? 離してください」
ユーリはやや不機嫌そうに眉を顰めた。
「久々に会ったんだ。食事でもどうだ? それに……今の君を放っておくことは出来ない」
フロルはマラカイトの目を真っ直ぐユーリに向けている。
まるでユーリの精神状態を見透かすかのようだ。
「まあ断られても、無理矢理連れて行こうと思うが」
フロルはニッと笑い、ユーリを連れ出した。
ユーリは諦めたようにため息をつき、ストロガノフ伯爵家の馬車にはそのまま戻るよう指示をした。
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ユーリがフロルに連れて来られたのは、やや大衆向けのレストラン。
客層は平民が多いが、中にはユーリやフロルのように身なりの良い者達もいる。
「ユーリ、このレストラン、帝都では結構有名らしいぞ。何でも、オーナーシェフがナルフェック王国出身で、アシルスとナルフェックを融合した料理が出るみたいで、かなり評判が高いみたいだ」
「そうですか」
ユーリはフロルの説明を適当に聞き流した。
するとフロルはため息をつく。
「ユーリ、今の君は出会った頃みたいで凄く不安定だな」
フロルのマラカイトの目は心配そうにユーリを見据えている。
フロルが出会ったのは、ユーリが十四歳の時。丁度イーゴリがアリョーナやエヴドキヤ似の女性を襲っていたことを知ってしまった時である。
ユーリはストロガノフ伯爵家と交流のある貴族のサロンに招かれていた。そこで給仕係がつまずいてしまい、ユーリは給仕係が運んでいた飲み物を被り服が濡れてしまう。また、ユーリの近くにいたフロルも飲み物を被ったようで、服が濡れてしまっている。
二人は主催者と給仕係から慌てて謝罪され、着替えを用意するからということで別室に案内されたのだ。
その際、フロルはユーリの体が傷だらけであることに気付く。
レポフスキー公爵家時代と、ストロガノフ伯爵家に来てからの虐待の傷である。
ユーリは最初、フロルにそのことを隠して誤魔化そうとした。しかしフロルは引き下がらなかったので、諦めて正直に話すことにした。
そこから、フロルは親身になりユーリの相談に乗ってくれるようになったのだ。
どうやらフロルは大変な目に遭っている者を放っておけない気質のようなのであった。
フロルは口が硬く信用出来る人物だと判断したユーリは、自分が抱えていることを話した。
レポフスキー公爵家時代の虐待のこと、ストロガノフ伯爵家でイーゴリとエヴドキヤから受けている仕打ち。そして、イーゴリがエヴドキヤ似の平民女性を性の捌け口にして片っ端から襲っていることや、アリョーナがエヴドキヤの不貞により生まれた子であることなども、フロルは知っている。
それでいてアリョーナを守る為にもイーゴリとエヴドキヤの件は公にしたくないというユーリの気持ちも汲んでくれていた。
「もしかして、君の義妹君、アリョーナ・イーゴレヴナ嬢のことで何かあったのか?」
フロルにそう聞かれたユーリは思わずフォークとナイフをカチャリと置く。
今のユーリは誤魔化せたり取り繕える精神状態ではなかったのだ。
「……図星か。……何があったかは無理には聞かない。ただ、俺の妹のエレーナも、アリョーナ・イーゴレヴナ嬢に最近会えていないから心配していた。エレーナはストロガノフ伯爵家の帝都の屋敷を訪ねたらしいが、使用人からアリョーナ・イーゴレヴナ嬢はいないと言われたそうだ」
「アリョーナの居場所は僕だけが分かっていれば十分ですから。アリョーナは僕が守らないと……!」
ユーリはフロルから目を逸らし、運ばれて来た料理を素早く食べた。
「今の君は本当に心配になるくらいだ」
フロルはため息をつくのであった。
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ちなみにユーリとフロルが食事をしているレストラン、『小さくて大きな恋物語』や『クリスティーヌの本当の幸せ』にチラッとに登場したアンリが経営している設定です。




