ストロガノフ伯爵家の秘密
※性暴力を匂わせる描写があります。苦手な方はブラウザバックを推奨します。
ユーリがストロガノフ伯爵家にやって来て三年が経過した。
この年でユーリは十三歳、アリョーナは十歳になる。
相変わらずユーリはエヴドキヤやイーゴリから暴力を振るわれる日もあったが、アリョーナに心配かけない為にも黙っていた。
アリョーナに情けないところを見せたくないというプライドもあったのだ。
アリョーナはユーリに暴力を振るうエヴドキヤに容姿がそっくりではある。しかし、ユーリはアリョーナに恐怖や嫌悪感を抱くことはなかった。
また、ユーリはイーゴリからエヴドキヤの私室で二人きりになったという理由で殴る、蹴るなど暴行されているが、ストロガノフ伯爵家当主としての教育は受けさせてもらえた。
一応イーゴリからはストロガノフ伯爵家次期当主として見てもらえているらしかった。ユーリの教育も予想以上に進んでおり、十四歳になる年に社交界デビューさせてもらえるそうだ。
そんなある日、ユーリはまたエヴドキヤの私室に呼び出された。
拒否しようものならエヴドキヤの味方である使用人達に引きずられてでも連れて行かれるので、ユーリは諦めてエヴドキヤの私室に入る。
「あんたのストロガノフ伯爵家次期当主としての教育、随分と進んでいるみたいね」
棘のある声である。
ユーリはエヴドキヤに対し、ただ「はい」と頷くことしか出来ない。
案の定、エヴドキヤには服で隠れる場所を鞭で打たれる。
痛みで表情を歪めるユーリだが、グッと堪えていた。
「あんたさえ来なければアリョーナがストロガノフ伯爵家に残れたのに! 少しでもあの男……憎きイーゴリと血の繋がりのあるあんたがストロガノフ伯爵家を継ぐだなんて、私の計画が台なしよ! あんたなんか、今すぐ出て行きなさい!」
甲高い声で叫ぶエヴドキヤ。
確かにエヴドキヤとイーゴリの仲は悪い。イーゴリはエヴドキヤを愛しているのだが、エヴドキヤは彼に非常に冷たい。
しかし、二人共アリョーナのことは大切にしていた。
エヴドキヤがユーリに対して恨みのような感情を向けて鞭で打つのは、エヴドキヤと血が繋がった娘アリョーナを手元に置けないことへの怒りだと思っていた。
しかし、先程のエヴドキヤの言葉に、ユーリは疑問を抱いた。
「アリョーナも……義父上と血が繋がっているのでは……?」
ユーリは痛みに耐えて声を絞り出した。
「私の可愛いアリョーナがあの男と!? 笑わせないでちょうだい! アリョーナは私が本当に愛する人との子供よ。イーゴリなんかの子じゃないわ!」
恍惚とした表情のエヴドキヤ。
ユーリはムーンストーンの目を大きく見開いた。
(アリョーナは……義父上と血が繋がっていないだと!?)
アリョーナは艶やかでふわふわとした長いブロンドの髪にアクアマリンのような青い目。
エヴドキヤも髪はアリョーナと同じで柔らかな癖のあるブロンドの髪。目の色はサファイアのような青い目。
そしてイーゴリは黒褐色の髪にヘーゼルの目。
確かにアリョーナは髪色、目の色、顔立ち全てにおいてイーゴリの要素が皆無なのだ。
エヴドキヤはストロガノフ伯爵家に嫁入りした立場である。エヴドキヤが計画していたことはお家乗っ取りだった。
「では……義父上との初夜は……?」
ユーリは恐る恐る聞いてみた。
「そんなもの、あらかじめ断種剤を飲ませておいたし、媚薬と睡眠薬で誤魔化したわよ。あの男に子を残されても困るし」
エヴドキヤは平然と言い放った。
断種剤を勝手に他人に使用することはアシルス帝国で違法とされている。しかしエヴドキヤは違法行為を平然とやってのけたのだ。
お家乗っ取り及び違法薬物を他者に使用。これが世間に明らかになれば、エヴドキヤだけでなくアリョーナもただでは済まない。
アリョーナは醜聞を持つ母から生まれたと、一生後ろ指を指されながら生きていかなければならなくなる。
ユーリはアリョーナを守りたいが為、このことを黙っておくことにしたのだ。
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ユーリは十四歳になった。
社交界デビューも果たし、社交シーズン中は帝都ウォスコムで過ごすことが多くなった。
しかしユーリは時間を見つけて定期的にストロガノフ伯爵領に戻っている。
「ユーリお義兄様、帝都から戻っていらしたのですね。お帰りなさい」
ストロガノフ伯爵城ではアリョーナが出迎えてくれた。
艶やかでふわふわとしたブロンドの長い髪、アクアマリンのような青い無垢な目。やはりアリョーナは天使のようだった。
ユーリにとって、何よりも愛おしい存在である。
そしてアリョーナの体つきは少しずつ女性らしくなっており、ユーリはアリョーナを意識する頻度はストロガノフ伯爵家にやって来た頃よりも増えていた。
「ただいま、アリョーナ。しばらくしたらまた帝都に行くけれど、少しの間はアリョーナと一緒にいられるよ」
ユーリはムーンストーンの目を愛おしげに細めた。
「またお義兄様と一緒にいることが出来て嬉しいです」
アリョーナは天使のような笑みをユーリに向けていた。
イーゴリやエヴドキヤとの関係は悪く、ストロガノフ伯爵家の帝都の屋敷彼らと過ごす時間は地獄だった。
しかし、彼らがおらずアリョーナと二人だけで過ごす時間は、ユーリにとって天国のようだった。
ずっとアリョーナと二人で過ごしたいと思うユーリだが、社交シーズン中なのでそういうわけにはいかない。
数日後、名残惜しくはあるがユーリは帝都ウォスコムに行かなければならない日になってしまった。
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ユーリが帝都に戻ったある日。
ユーリはとんでもないものを見てしまう。
同世代の令息達が集まるサロンに行った帰りのことだ。
ユーリは裏路地を歩くイーゴリの姿を見つけた。
彼の隣には、柔らかな癖のあるブロンドの髪の若い女性。後ろ姿なので顔は見えなかった。
(義父上……? 一体何を……? 隣にいる女性は誰だ?)
ユーリは怪訝そうに首を傾げ、そっとイーゴリの後をつけた。
しばらくイーゴリの後を追っていると、イーゴリと共にいる女性の横顔が見えた。
ユーリはハッと息を飲む。
(アリョーナ……!? いや、違う。あの女性はアリョーナそっくりだけれど……)
イーゴリと一緒にいる女性がアリョーナに似ていた為驚愕したユーリ。
しかし、目の色はターコイズのような青だったので、アリョーナではないことが分かり少しだけ肩を撫で下ろした。
(それにしても、義父上は何をしているのだろう?)
ユーリは疑問に思い、引き続きイーゴリの後を追ってみた。
耳を澄ませてみると、二人の会話が聞こえて来る。
「えっと、貴族のおじ様、どうして私にこんな良い服を買ってくれるのですか?」
「まあ君は美しいからね」
女性に対してねっとりと気味の悪い笑みを向けるイーゴリ。
「それに、君じゃなきゃ出来ないことがある」
イーゴリはそう言い、女性をとある家に連れ込んだ。
そして次の瞬間、女性の悲鳴が聞こえた。
ユーリは何事かと思い、そっと窓から中を覗く。
(あれは……!)
目に飛び込んで来た光景に、ユーリは絶句した。
イーゴリは無理矢理女性の体を暴き、襲っていたのだ。
更に、イーゴリと嫌がる女性の会話により、イーゴリは今までも同じようなことをしていたことが判明した。
イーゴリはエヴドキヤから閨事を拒まれており、彼はエヴドキヤに似たブロンドの髪に青い目の平民女性を片っ端から襲って無理矢理体の関係を持っていたのだ。
(まさか義母上に似た女性を片っ端から襲って性の捌け口にしていたとは……!)
ユーリは気持ち悪くなりその場から逃げ去った。
そしてユーリはハッと思い出す。
『私の可愛いアリョーナがあの男と!? 笑わせないでちょうだい! アリョーナは私が本当に愛する人との子供よ。イーゴリ何かの子じゃないわ!』
エヴドキヤはそう言っていた。つまり、アリョーナはイーゴリと血の繋がりがない。
(アリョーナは……義母上とほぼ瓜二つの容姿……。もしアリョーナが自分の子ではないと義父上が気付いたら……!)
ユーリは最悪の事態を想像した。
(アリョーナだけは絶対に守らないと……!)
その後のことはよく覚えていない。
ユーリは気付けばストロガノフ伯爵家の帝都の屋敷に戻り、私室で必死に今後の計画を殴り書きしていた。
『アリョーナを守る為には、義父上と義母上を殺すしかない。アリョーナの秘密を守る為にも』
ユーリはアリョーナを守るために必死だったのだ。
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ユーリは隣で寝息を立てるアリョーナの頭をそっと撫でる。
ふと、アリョーナの手首にはめた手枷が目に入る。
ユーリは愛おしげな、切なげな、複雑そうな表情になる。
「ごめんねアリョーナ、僕はただ君を愛しているだけなんだ。この手で幸せにしたい。この手で守りたい。ずっと僕の側にいて欲しい。……それだけなんだ」
ユーリは震えながら、アリョーナを抱きしめるのであった。
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