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またすぐに会いましょう。

 ある日、一人の敬虔な牧師が亡くなった。彼が横たわる棺の前に二人の男が立っていた。一人は白い服の天使で、もう一人は黒い服の悪魔だった。

「この方の魂は天国と地獄のどちらに送りましょう?」

天使と悪魔は人間を見下すように見つめていた。


 「敬虔な牧師であったのですから、天国に送りましょうか。」

「でも、こいつ。オレとヤッたぞ?悪魔を召喚した上に性行為まで働いてる。地獄行きだ。」

悪魔は天使を見てニヤリと笑う。

「地獄へ行ってしまえば、再び貴方と合間見えるでしょう?ここは天国へ送り、敬虔な牧師としての正しい生活をさせましょう。」

天使は悪魔の頬を撫でる。


「お前、拷問みたいなこと言うな。悪魔の才能あるんじゃないか?」

「人間のような欠陥生物を清く正しく導くのが、役目ですから。」

「欠陥生物も面白いんだけどなぁ。こうやって穴を埋めあってて。」

悪魔は天使とキスをする。お互いにじっと見つめあって、微笑み合う。


「ふふ、貴方を召喚したばかりに、地獄で貴方に会えないとは…哀れな男です。」

「オレを召喚しなければそのまま天国行きだったろ。」

「当然でしょう?貴方を独占していいのは私だけなのですから。」

天使は悪魔の腰に手を回し、身体を寄せる。


「はっはっ!天使サマが人間みたいなことを言う。地獄でオレと過ごすか?」

悪魔は天使の顎を悪戯に引き上げる。

「行きませんよ。地獄で貴方に会っても、背徳感が無いじゃないですか。」

「やっぱりお前、悪魔の才能あるよ。」

悪魔は天使の唇に自身の唇を重ねる。


「貴方こそ、私を誑かす位の大いなる悪魔じゃないですか。」

「そりゃ言えてるね。絶対に堕としてみせるよ。」

「とっくの昔に貴方には落ちてはいますが、人間を貴方に堕とさせない為に、ずっと天使であり続けるのです。」

天使は悪魔をぎゅっと抱き寄せる。悪魔は天使の肩に顔を埋める。


「そりゃ、殊勝な心がけだ。ますます堕ちて来る時が楽しみだ。」

「貴方が人間を誘惑する限り、私は天使であり続けましょう。」

「オレはお前を焦がす為に、人間を誑かし続けよう。」

「悪い方ですね。」

「悪魔だからな。」

天使と悪魔は見つめ合って唇を交わすと、再び棺に向き直す。


 「それでは、この人の魂は天国へと運びます。また、人間が亡くなった時に会いましょう。」

「おう。じゃあな。」

魂と呼ばれる物を持った天使は悪魔に背を向けて歩き出す。悪魔はその後ろ姿をじっと見つめる。

「またすぐに会えるな。」

悪魔は人間に死の種をばら撒きに人里へ出掛けた。



 天使と悪魔が再び合間見えたときは、棺には敬虔なシスターが眠っていた。

「こいつの魂はオレかお前のどちらが連れていく?」

二人は膝を立て、棺を覗き込む。


 「こんな戦禍の中でオレの誘惑にも負けず、他者の為に祈った清廉な女だ。天国だろ。」

「他者の為に祈るほど罪深い行為はありません。地獄に送りましょう。」

天使は立ち上がり、棺を見下し淡々と述べる。悪魔は目を見開いて、天使を見上げる。

「見たことが無いくらい清い女だぞ?」

「貴方の誘惑に堕ちないような、見る目の無い人間は天国へは行けません。」

天使は目を細めて悪魔の髪を撫で、額に口を付ける。


「ははっ、じゃあ、人間はどちらにせよ天国へは行けないんだな。」

「人間なんてみんな、地獄へ行けばいいのです。欠陥生物が清く正しく生きられる訳が無いのですから。」

「乱暴な天使サマだ。人間は醜くとも生きようとして、オレは好きなんだがなぁ。」

悪魔も立ち上がり、腕を組んで棺の全体を見渡す。


「神の慈悲に甘える人間共に好意を抱く事はありません。もっとも、人間は貴方からの好意を受けているのですから、許せる訳が無いでしょう。」

天使は悪魔の頬を撫で、自分の顔を近づける。

「オレを独占したいなんて、人間みたいな事を言うな。」

悪魔は天使と唇を交わす。天使は悪魔の首から手を回し抱き締める。悪魔もそれに応えるように、天使の腰に手を回す。


「オレはお前とヤりたいだけだけど。」

「愛を交わしたいなど、人間みたいな事を言いますね。まあ、我々の存在自体が人間の祈りによって出来ていますから、当然ではありますが。」

再び悪魔は天使と唇を交わす。悪魔の指が天使の衣服の隙間へ入ろうとすると、天使は悪魔の指を絡めとり、身体を離す。


「でも、絶対に情は交わしませんよ。私が堕ちたら貴方、私の事なんて気にも留めなくなるでしょう?」

「どうかな?」

悪魔は獲物を追う猟犬のような瞳で、天使を見てニヤリと笑う。

「私を堕としたい為だけに、人間を誑かす。そんな貴方に焦がれているのですから。」

天使の瞳は崇拝にも似た独占欲を映し、絡めた指には一層力が込められる。

「お前こそ、地獄にぴったりだ。行き先は6階層目の嫉妬だ。」

「私は天国で貴方に焦がれるという罪を負っていたいのですよ。その方が何倍も恋しくなる。」

天使は悪魔の唇を親指で拭い、そのまま首筋に指を這わせる。


「お前は、誰よりも悪魔だ。悪魔を焦がすほどの大いなる悪魔だ。」

「ふふっ、どうでしょう?貴方を焦がせる程には、気高い天使だと思いますよ。」

首筋から這わされた指は悪魔の衣服の境界をなぞる。天使は指先を汚い物を見るように視線を注ぐ。


「オレはお前が気高く在るように祈りを捧げよう。」

「自身の為の他人への祈りなど、かなり罪深い事をされますね。」

「悪魔だからな。」

天使はスッと両手を引っ込めて、棺に向き直る。悪魔は中空に浮く手を引っ込めて、腕を組む。


 「他者の為の祈りは残酷です。この方は自分が救われたいが故に、他者の幸せを祈った罪深い者です。」

「地獄行きかな?美味しくは無さそうだが、オレが連れて行こう。」

「自分の為だけに生きられるように、地獄へ送りましょう。」

「意外と優しいんだな。」

「天使ですから。」

天国を望んだ魂は悪魔によって引き抜かれた。悪魔は天使に背を向けて歩く。


「さて、戦禍を静めに行きましょう。すぐ会えない方が、悪魔も私に焦がれてくれるでしょうから。」

天使は悪魔のばら撒いた死の種を回収しに出掛けた。



 次に二人が向かい合ったのは、天使が住む天国だった。

「わざわざこんな碌でもない所にようこそ。何の御用ですか?貴方が私に会いに来るわけがないでしょう?」

天使は静かな怒りを滲ませながら、顎に手を添えて首を傾げる。


「時間がきた。天使を堕とす事が出来なかったオレは人間に生まれ変わるらしい。」

天国では全く見ないような黒い服の悪魔が、両手を握り締めて天使を真っ直ぐに見据える。

「それは逆らえぬ世の定め。これほど時間が短く感じた事は無かったかもしれません。」

真っ白な衣服の天使は、悪魔の手を取り自身の唇まで運んだ。


「オレはお前となんか出逢わなければ良かった。」

悪魔は繊細な糸を解くように、天使の髪を梳かす。

「そのせいで、お前が愛してた、天使を誑かす事しか考えていない最低な悪魔では無くなってしまったからな。」

「そうやって私に責任転嫁するところも、全て最低で愛おしいです。」


悪魔は天使の指を絡めとり、天使の唇に自身の唇を押し付ける。

「私は貴方に出逢えて良かったですよ。貴方のお陰で私は天使で居続けようと思えたのですから。」

「理由が無くなったな。地獄へ堕ちるか?」

「貴方の居ない地獄に行く理由なんて、ありませんよ。」

天使は悪魔の瞳を食い入るように覗き込む。


「じゃあ一緒に人間に生まれ変わればいいだろう?」

「ずっと清い天使であり続ける私の事を貴方は好いているのでしょう?」

天使は指を絡めたまま、悪魔の背に腕を回す。

「ああ、そうだ。オレの誘惑に一切屈しないお前が好きだ。」

悪魔も天使の背に腕を回すと、悲しそうな笑みを返す。

「ならば、私はずっと天使で居続けましょう。」

悪魔の首に顔を埋めた天使は、自分に言い聞かせるかのように囁く。


「私が天使で居続けることで、少なくとも私の記憶の中の貴方は私を愛してくれるのですから。」

「お前はお前の記憶の中のオレに焦がれ続けるんだな。」

「ええ。貴方は本当にズルい方です。」

天使が悪魔を強く抱き締めようとすると、天使の腕は悪魔の身体をすり抜け、空気を掠めとる。


「こんなに進む時を憎く思うことは、これまでもこれからも永遠に無いでしょう。」

触れられなくなった悪魔を背に、天使は自分の手を見つめる。


 「オレが人間になったら、お前はオレを探してくれるのか?」

「人間に生まれ変わった貴方を探しに行く私なんて、貴方はお嫌いでしょう?」

天使は薄く消えかかった悪魔を睨む。その目は悩ましく伏せられ、キラキラと光を反射していた。

「その通りだが、少し淋しい気もするな。」

悪魔は触れられない天使の目を拭うように撫でる。

「人間みたいな事を言いますね。」

「もうすぐ人間になるらしいからな。」

悪魔は穏やかに笑う。天使は再び悪魔に向き直ると、しっかりと悪魔を見据える。


「人間の短い生を終えたとき、必ず私が貴方の魂を食べて差し上げましょう。そうすれば、貴方が愛した清い天使と永遠を生きられますよ。」

「その時にオレはお前を覚えているのか?」

「覚えていないで欲しいですね。貴方の魂を食べるとき、私は貴方が愛した清い天使ではなくなっているかもしれませんから。」

「そうか。オレは、オレが愛したお前で無くなる前に消える事が出来て幸せだよ。」

悪魔は消えかけた身体で天使を強く抱き締める。


「本当に最期まで卑怯な悪魔。」

天使が目を閉じると、頬に一本の水の跡がスッと走る。

「お前こそ、オレをこんな狂った最期にさせた最悪な男だろ。」

天使は悪魔の唇だった場所の空気に唇を重ねる。冷たい感触も暖かい感触も無い、ただの空間。


 「じゃあな。どうせまたすぐ会えるだろうけど。」

「ええ。必ず、またすぐに会いましょう。」

悪魔が手を振っても、天使は振り返すこともせずにじっと見つめる。悪魔の身体が完全に消滅するのを、天使は微動だにせずに見守った。


「人間になった貴方は、貴方なであるのでしょうか…。」

天国から落ちていく悪魔の魂だったものを見下ろしながら、天使は呟いた。



 黒い衣服に身を包んだ天使は、とある男の棺の前に立っていた。

「お前がここの地区担当の天使か。そんなナリだったから、この地区は悪魔しか居ないのかと思ったぜ。」

教会の入り口から悪魔が入り、天使の横に並ぶ。


「遅かったですね。貴方が後任の悪魔ですね。」

「お前が早すぎたんだよ。まだ葬儀すら始まっていないじゃないか。」

悪魔は不満そうに天使を睨んだが、天使は棺の遺体をじっと見つめていたままだった。


「でもよ、お前は何で服が黒いんだ?天使って言ったら、白い服だろ。堕天使でも無いのによ?」

「そうですね…形見という奴でしょうか?記憶の中の私の愛した人がこのような格好であったので。」

悪魔は不思議そうな顔をする。


「悪魔に恋をしたってことか?その割りにはお前は天使じゃないか。何故、天使のままなんだ?」

「恋…とはちょっと違いますね。私は理想のままでいなくてはいけないだけです。だから、天使であり続けているのです。」

「よく解らねぇ。」

「貴様のような低俗な悪魔に理解なんて求めませんよ。」

淡々と述べる天使に、悪魔は舌打ちをして棺に向き直る。


「本題に入るが、こいつの魂はどっちに持っていく?」

悪魔は腕組みをして、棺を見下ろす。天使は棺に寄りかかると、眠る男の顔を食い入るように覗き込む。

「天国にも地獄にも連れては行きません。この魂は私が責任を持って食べましょう。」

「食べる?天使サマが魂を食べる?あっハッハ!傑作だねぇ?悪魔でも地獄に落としてから食べるのに、ここで食うのか?頭イカれてるんじゃないのか?」

「ええ。とっくに。」

腹を抱えて笑う悪魔をよそに天使は淡々と答えた。


「この時をずっと待ってたんですよ。この時のために、ずっと清い天使であり続けたのですから。」

棺の中に向かって話し掛ける天使に、悪魔は恐怖すら覚えたのか、距離を取った。

「へぇ…知り合い?」

「知り合い…そうですね。私の記憶の中にはいたのですが、こう対面すると違う人だったかも知れませんね。」

「他人の空似ってやつか?傍迷惑極まりないと思うぞ。」

「貴様ごときには解りませんよ。」

天使は悪魔に視線を移すこと無く、答える。


「ずっと焦がれ続けた貴方は、ただの人間になってしまった。この落胆が理解できますか?」

悪魔が首を傾げていると、天使は棺の男に手を伸ばし、魂を抜き取る。

「私の記憶の中ではあんなに穢れた悪魔だったのに。今ではこんなに清い人間の魂になってしまって…。」

天使は清らかな魂を口に含み、ごくりと飲み込む。


「美味しくない。貴方ってこんなに美味しくなかったのですね。」

天使は虚空を見つめたまま一人で喋っていた。悪魔は様子を伺おうと、天使をそっと覗き込んだ。

「清い魂が不味いって、お前…」

「ねぇ、生まれ変わってから貴方は一切、私に焦がれてはくれなくなりましたね。」

天使は自身の胸に手を当て語り掛ける。

「誰と喋ってんだ、お前?」

「貴方が私に焦がれてくれないなら、私は理想の貴方になりましょう。」

天使が目を瞑り、再び目を開くと、そこには天使の澄んだ瞳は無かった。


「堕天使…になったのか?えらくあっさりと…」

「ふふ、どうでしょう?」

天使だった誰かが振り向くと、そこにいた悪魔は血を流して倒れていた。

「堕天使なんかじゃない…お前は…悪魔を殺す悪魔だ…」

「ちょっと手が当たった位で情けない。さて、絶対に屈服しそうにない天使でも探しに行きましょう?記憶の中の貴方が失望するくらい。」

天使だった何かは楽しそうに笑いながら、教会を後にした。

「貴方は私の中にしかいなくて、私は貴方になったのですから。これ以上の幸せがありますでしょうか?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんともビターな……。 とりあえず思うのは、こんな奴らに裁かれたくないってことですかね。私情を挟むどころか、私情しかないとはこれ如何に(笑) [気になる点] 直接シなかろうと、あんな思考し…
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